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12月29日(土)
第93話
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男同士でラブホテルから出ることには、やはり抵抗があった。
通りすがりの他人のことなど、誰も気に留めることはないだろう。そう自分に言い聞かせながらも、誰かに好奇の目で見られるのではないかと、そんな不安感を払拭するのは、俺には難しいことだった。
身体の節々には、鈍い痛みが残り、下半身は違和感と擦れるようなヒリヒリとした熱が籠っているようだった。暁斗の手前、少しだけ虚勢を張って、気にしていない風を装いながら、言葉少なにホテル街から抜け出していく。
日の高い晴れた冬空の下、暁斗と肩を並べて歩いていることが、非日常的な気がして、胸の奥が、むず痒い。思い返せば、暁斗と外を歩くのはいつも夜だった気がする。
「年末年始はどうされるんですか?」
「ああ、実家に帰省するぐらいしか考えてなかったな」
「そうですか」
暁斗は口を閉ざして、俯き加減で歩を進めた。
「暁斗は実家に帰らなくていいのか?」
「帰りますよ。ゴルフセットを見繕ってこないといけないので」
ふふっと面白いことを思い出したように暁斗は笑った。
「本気でゴルフ始めるのか……」
「子供の頃に、父に少しだけ教わっていたんですよ。まあ、中学生になると、そんな機会もなくなりましたが」
「へー……じゃあ、俺より上手そうだな」
またしても、暁斗に遅れをとるのだろうか。
神戸に移住する前に、コソ練でもするべきかもしれない。暁斗は「十年もクラブを握っていないので、全然自信ありませんよ」と満更でもなさそうに笑っている。
幼少期に、父親にゴルフ場へ連れられた思出話を語る暁斗は、楽しそうだった。
きっと、矢口家は健全で暖かな家庭なのだろう。暁斗の父親は、愛息子がゴルフを始めると聞いたら、きっと喜ぶだろうな、なんて思いを馳せた。そうして、ふと、大切な息子が年上の男と付き合っていると知ったら、暁斗の両親はどう思うだろうか、と思い至る。
引き摺られるように、「お付き合いしている人はいないの?」と顔を合わせる度に、不安げに尋ねてくる自身の母の顔も思い浮かんで、憂鬱な気分になった。
互いに、身内に祝福されるような相手と付き合っているわけではない。
右手の指輪を、そっと撫でた。小さなすれ違いも、大きな障壁も、たった二人きりで乗り越えていくしかない。俺たちの関係は、どちらかの気持ちが醒めたときに、或いは、何かを諦めたときに、呆気なく終わるような、そんな不確かな関係でしかないのだから。
首を横に振って、浮かんだ思考を散らした。「今は考えない」そう決めたはずの事柄の一つだった。
「あの、俺は実家はちょっと顔出すぐらいなんですけど、祐介は、ずっと実家の方で過ごされるんですか?」
「特に予定もないから、そうするつもりだけど」
俺の年末年始は、毎年同じルーティンを繰り返している。実家に帰省して、親戚の集まりに顔を出して、学生時代の友人達と飲み会をする。後はダラダラと映画や撮り溜めていたドラマを消化しながら、寝て過ごす。
つらまなくも魅力的な長期休暇だ。
「じゃあ、年越しは俺と過ごしてくれますか?」
「そうだな」
意を決したように言うものだから、可笑しくて笑ってしまった。暁斗は、少しムッとして、それでも安堵したように苦笑いしていた。
「このまま、俺の家に来ませんか?」
「荷物を置きに帰りたいし、スーツも邪魔だしな。明日、改めて」
「そうですか。……じゃあ、待っていますね」
地下鉄の入り口の階段前で、暁斗は足を止めて、少し寂しそうに微笑んだ。軽く手を上げて、階段を降りていく。けれど、十段ほど降りた辺りで、急に足が動かなくなった。
この後、ダルい身体のまま地下鉄に乗って、いつもの駅に下りて、そこから自分のアパートまで歩いて帰る。冷え込んで散らかった部屋で、バッグを置いて、スーツを脱いで、ベッドに寝転がって、惰眠を貪って、腹が減ればカップ麺を食べながらテレビでも観るのだろうか。そんな一人の夜を過ごすのだろうか。
振り返れば、疎らに人々が降りてくる姿が見えるだけだった。階段を駆け上って、地上に出た。
辺りを見回して、今別れたばかりの男の背中を探す。
暁斗が乗る路線はどこだったろうか。足早に、行き交う人々を掻き分けながら、なんだか堪らない気持ちになった。
見慣れた後ろ姿を見つける。寒々しい人波の中、そこだけが温かな空気を纏っているような錯覚がした。
安堵の息を吐いて、コートの端を掴んだ。男は顔だけ振り向いた。
「え、祐介?」
驚いたように目を丸くする暁斗に、急に照れ臭い気持ちなって、目を逸らした。
「やっぱり、暁斗の家に行くよ」
暁斗は、丸くした目を細めて、ふわりと微笑んだ。
通りすがりの他人のことなど、誰も気に留めることはないだろう。そう自分に言い聞かせながらも、誰かに好奇の目で見られるのではないかと、そんな不安感を払拭するのは、俺には難しいことだった。
身体の節々には、鈍い痛みが残り、下半身は違和感と擦れるようなヒリヒリとした熱が籠っているようだった。暁斗の手前、少しだけ虚勢を張って、気にしていない風を装いながら、言葉少なにホテル街から抜け出していく。
日の高い晴れた冬空の下、暁斗と肩を並べて歩いていることが、非日常的な気がして、胸の奥が、むず痒い。思い返せば、暁斗と外を歩くのはいつも夜だった気がする。
「年末年始はどうされるんですか?」
「ああ、実家に帰省するぐらいしか考えてなかったな」
「そうですか」
暁斗は口を閉ざして、俯き加減で歩を進めた。
「暁斗は実家に帰らなくていいのか?」
「帰りますよ。ゴルフセットを見繕ってこないといけないので」
ふふっと面白いことを思い出したように暁斗は笑った。
「本気でゴルフ始めるのか……」
「子供の頃に、父に少しだけ教わっていたんですよ。まあ、中学生になると、そんな機会もなくなりましたが」
「へー……じゃあ、俺より上手そうだな」
またしても、暁斗に遅れをとるのだろうか。
神戸に移住する前に、コソ練でもするべきかもしれない。暁斗は「十年もクラブを握っていないので、全然自信ありませんよ」と満更でもなさそうに笑っている。
幼少期に、父親にゴルフ場へ連れられた思出話を語る暁斗は、楽しそうだった。
きっと、矢口家は健全で暖かな家庭なのだろう。暁斗の父親は、愛息子がゴルフを始めると聞いたら、きっと喜ぶだろうな、なんて思いを馳せた。そうして、ふと、大切な息子が年上の男と付き合っていると知ったら、暁斗の両親はどう思うだろうか、と思い至る。
引き摺られるように、「お付き合いしている人はいないの?」と顔を合わせる度に、不安げに尋ねてくる自身の母の顔も思い浮かんで、憂鬱な気分になった。
互いに、身内に祝福されるような相手と付き合っているわけではない。
右手の指輪を、そっと撫でた。小さなすれ違いも、大きな障壁も、たった二人きりで乗り越えていくしかない。俺たちの関係は、どちらかの気持ちが醒めたときに、或いは、何かを諦めたときに、呆気なく終わるような、そんな不確かな関係でしかないのだから。
首を横に振って、浮かんだ思考を散らした。「今は考えない」そう決めたはずの事柄の一つだった。
「あの、俺は実家はちょっと顔出すぐらいなんですけど、祐介は、ずっと実家の方で過ごされるんですか?」
「特に予定もないから、そうするつもりだけど」
俺の年末年始は、毎年同じルーティンを繰り返している。実家に帰省して、親戚の集まりに顔を出して、学生時代の友人達と飲み会をする。後はダラダラと映画や撮り溜めていたドラマを消化しながら、寝て過ごす。
つらまなくも魅力的な長期休暇だ。
「じゃあ、年越しは俺と過ごしてくれますか?」
「そうだな」
意を決したように言うものだから、可笑しくて笑ってしまった。暁斗は、少しムッとして、それでも安堵したように苦笑いしていた。
「このまま、俺の家に来ませんか?」
「荷物を置きに帰りたいし、スーツも邪魔だしな。明日、改めて」
「そうですか。……じゃあ、待っていますね」
地下鉄の入り口の階段前で、暁斗は足を止めて、少し寂しそうに微笑んだ。軽く手を上げて、階段を降りていく。けれど、十段ほど降りた辺りで、急に足が動かなくなった。
この後、ダルい身体のまま地下鉄に乗って、いつもの駅に下りて、そこから自分のアパートまで歩いて帰る。冷え込んで散らかった部屋で、バッグを置いて、スーツを脱いで、ベッドに寝転がって、惰眠を貪って、腹が減ればカップ麺を食べながらテレビでも観るのだろうか。そんな一人の夜を過ごすのだろうか。
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見慣れた後ろ姿を見つける。寒々しい人波の中、そこだけが温かな空気を纏っているような錯覚がした。
安堵の息を吐いて、コートの端を掴んだ。男は顔だけ振り向いた。
「え、祐介?」
驚いたように目を丸くする暁斗に、急に照れ臭い気持ちなって、目を逸らした。
「やっぱり、暁斗の家に行くよ」
暁斗は、丸くした目を細めて、ふわりと微笑んだ。
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応援してます、頑張って下さい!
ご感想いただき、ありがとうございます。
確かに今回はキュン多めの作品になっているかもしれません。
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