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第16話
しおりを挟む金曜。先週借りた絵本の返却日。
カナが帰ってこないからといってそのまま無視している訳にもいかず、事情を説明するため図書室にやってきた。
閑散とした室内は薄暗くて、微かに黴臭い。
「ということだから、あの絵本、今週も貸してくれ」
悩んだ結果、家にやってきた親戚の子どもにせがまれて、つい貸してしまったということにした。
「規則違反なんだけどね。又貸しは」
片瀬姉は、図書委員長の腕章を指差し、ジト目を向けてくる。
「今度、なんか奢るからさ」
「買収?」
「解釈は任せる」
「んー」
「いいじゃんか。どうせ滅多に借りる人いないんだから」
「残念ながら、次の予約が入ってるの」
「え? 誰?」
「2-Cの二院さんって子。常連さんよ」
2年で二院という苗字の生徒は、二院麻子しかいない。
「なら話は早い。俺から謝っておく」
「……あの子のこと知ってるの?」
「毎日一緒に昼飯食ってるしな。それよりも薙が二院のことを知ってるとはな。今度、ここに連れてこようと思ってたのに」
薙は腕を組み、考える仕草をして、
「新しい彼女?」
「違う。それに新しいって何だ。前にも言ったけど、俺に彼女はいねーし。二院は白貫が連れてきた新しい昼飯仲間だ」
「……ぁゃしぃ」
「そのジト目をやめろ」
「どうして伊月くんの周りには女の子が集まるのかしら。ルックスは人並みで……運動神経はいいらしいけど、私と同じ道草部だし……」
「独特のオーラみたいなものが出てるとか?」
「ないない。なーんにも出てないわよ」
「ひでぇ」
「二院さんに説明してくれるんならいいわ。でも早めに返すこと。いい?」
「ああ。ありがとな」
「さて、仕事に戻ろうかな」
世界の爬虫類というタイトルの分厚い図鑑から、しおりを抜き取る。
「仕事?」
「そうよ、仕事。委員長たる者、新書のチェックは立派な仕事よ……なに、その目は?」
「いや何でもない」
「ならいいけど」
「そういや、椎奈は?」
「風邪で休み。あ、そうだ。伊月くん、お見舞いに行ってくれない? ついでに委員会の今月の会報を渡してきて欲しいの」
「丁重にお断りします」
「私に回らないお寿司を奢るのと、椎奈のお見舞い、どっちがいい?」
「見舞い」
即答する。
断ったら絵本のこともあるし、本当に奢らされそうだ。
「はいこれ、プリント。あと、椎奈に頼まれてた本があるの。ついでに渡してきて」
「どっちがついでだ?」
プリントよりも目的は本を渡すことのように思える。
「解釈は任せるわ」
「さいですか」
「そうそう。椎奈が弱ってるからって、いやらしいことしないでよね」
「するか!」
「……本当かしら」
「俺を何だと思ってるんだ」
「聞きたい?」
「いや」
「賢明な判断だわ」
「で、椎奈の家って、どこにあるんだ?」
「伊月くんの家の近所よ。だから頼んでるんじゃない」
◇ ◆ ◇
片瀬《かたせ》姉が言ったとおり、俺の家から歩いて5分もかからないところに、椎奈の家はあった。
門扉も外壁も綺麗で、建ってから数年程度しか経っていないように見える。
インターホンを押すと、しばらくしてパジャマ姿の椎奈が出てきた。
「伊月先輩……?」
「お前、無防備過ぎだぞ。俺が押し売りとかだったら、どうするんだ」
「防犯カメラ、見ましたから」
「……」
「心配してくれて、ありがとうございます」
その自然なフォローの言葉が、余計に恥ずかしい。
「どうぞ上がってください」
「いや、」
「上がってください。両親は共働きなので、誰もいませんし」
「……」
なおさらダメだっつの。
薙に何を言われるかわかったもんじゃない。
だが、ドアを開けっ放しで話すのも風邪の椎奈の体に悪い気がしたので、ひとまず家の中に入り、玄関に腰掛ける。
「風邪は治ったのか?」
「はい。月曜日からは、学校に行けそうです」
「それは良かったな。薙姉さんも淋しがってたぞ」
「心配かけてしまいました」
「病欠じゃしかたないだろ。なりたくてなるヤツはいないし」
「……はい」
カバンから図書委員会の月報と、薙に渡された本を出す。
「わざわざありがとうございます。寝てばかりいるのは退屈だったので、嬉しいです」
「無理しないで休み休み読むんだぞ」
「……」
ふと、椎奈が微笑む。
「伊月先輩、本当のお兄さんみたいですよ」
「気のせいだ」
「強くて優しくて……私は先輩を見ていると安心できるんです」
「思い過ごしだ」
「どうしてかわかりますか?」
「錯覚だから」
「違いますよ。知っているからです」
「なにをだ?」
「先輩の……後ろ姿を、です。私は、伊月先輩のことを、ずっと見ていましたから」
「その発言はストーカー防止条例に抵触するぞ」
「ふふ、そうかもしれませんね。でも、あの頃の先輩は、声をかけられるような雰囲気ではありませんでしたから」
「いつのことだ?」
「私は去年、この町に引っ越してきました。でも9年前まで、私は隣町に住んでいたんですよ」
「そうなのか」
9年前の俺は──ハカナを探すことしか考えていなかった。
物凄いスピードで時間が過ぎていった。
「……なるほどな」
椎奈が俺のことを以前から知っていたのは、そのせいか。
「俺、そろそろ帰るから」
背中を向ける。
あの事件は当時、何度もテレビで放映されたし、俺ら家族は取材を受けたり町中でビラを配ったりしたから、今でも覚えているヤツは多い。
偉いだとか、バカだとか。
勝手なことを散々言われた。
「あの、まだ帰らないでください。私は、先輩に、言いたかったことがあるんです」
椎奈は緊張した面持ちで、
「先輩は、」
「……?」
「誰よりも頑張りましたよ! 一生懸命頑張ったんです! ハカナは、先輩のことが大好きだって言ってましたから!」
椎奈の叫び声がびりびりと全身に響く。
なぜだかわからないが、胸が熱くなった。
「きっと最後まで……ハカナは……幸せでした。だから……そろそろ、あの子に会いに来てくださいませんか」
「お前……」
椎奈はハカナのことを知っている……。
それもとても近い距離で……。
「ハカナを探して頂いたこと、感謝しています。当時の私は自由の許されない子どもで、何もできませんでしたから。先輩のお父さんとお母さんにも感謝しています」
「椎奈、」
「もうすぐ、ハカナの命日です」
「……」
「会いに来てください。ハカナは、先輩の家にはいないです。親族が何を言ったのかはわかりません。でも、それでも、お墓に……ハカナに会いに来てください」
「……いいのか?」
「ハカナが望んでいることですから。私からのお願いです。ぜひご家族でいらしてください」
「ああ。まずは親父たちに話してみる」
「よかったです」
「椎奈は、ハカナとどういう関係なんだ?」
「姉妹です。私の今の両親は、実の両親ではありません。苗字が違うのはそのせいです。とても複雑な家庭事情がありまして、簡単には説明できませんけれど、私とハカナは本当の姉妹です」
「……そうか」
「もっと早く会ってお話がしたかったです。ここまで来るのに、こんなにも時間がかかってしまいました」
「もしかして、風邪は仮病じゃねーだろうな」
「そ、それは違います!」
「ふーん」
「あ、その顔は信じてませんね!」
「信じてる信じてる」
「絶対に信じてない顔ですよ!」
「信じてるって。そろそろ本当に帰るからな」
「えーっ」
「風邪なんだろ?」
「……う」
「俺も帰って宿題やらないと」
「先輩がそんなことをするわけないです」
「失礼だな。俺だって、たまには宿題をやる気分になったりすることも、ないことはないかもしれない」
「……どちらかわかりません」
「またな」
「また病気になったら、本を宅配しに来てくださいね」
「気が向いたらな」
「ぜひ向かせてください」
俺はドアにかけた手を止め、
「椎奈」
「はい?」
「さっきみたいなことを言ってくれるヤツ、いなかったから……驚いたけど、少し、嬉しかったと言えなくもない」
「喉が痛くなりました」
はにかみながら喉元を押さえる。
「建前上、病み上がりなんだから、無理すんな」
「酷いです……本当なのに」
「そういうことにしておく。また、来週な」
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