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第20話
しおりを挟む目に映るものすべてが燃えていた。
火の粉と灰が小雪のように舞い周囲の風景をぼかしているので、もやもやとした夢の中にいるようにも感じられる。
屋敷は、巨大な炎の塊と化し、周辺の木々をも飲み込みはじめている。
『……』
アンドロイドの私にとっての聖域──。
長い間、私はあの檻の中で生きてきた。しかし同時に、守られてもいたのだ。
外に出て、初めてそう感じる。
テレビ番組や本、ラジオ、いくつかのメディアから、外の世界がどういうものであるのか、知っているつもりでいた。
美しい世界。
沢山の人のいる世界。
良いもの、悪いもの、どちらとも言えないもの──人々の多様な感情が渦巻く、灰色の世界。
そして、あの人のいる世界。
終わりへと続く、
幸せを手にするための旅。
そんな門出の日には似つかわしくない景色が私の瞳を蝕む。
外に出た私が最初に見ることになったのは、紅の海に沈む、生まれ育った屋敷の姿だった。
歩く。
過去に背を向け、明日を追いかけるように。
屋敷にあった大きな旅行用のスーツケースを引きずる。
ごつごつした地面のせいで、タイヤがうまく回転しないので、力いっぱい引っ張る必要があった。
50メートルも進まずに、息が上がってしまう。
それでも、私は歯を食いしばり、懸命にまた歩き出す。
自分自身のために。
最初で最後の、ささやかな意志を貫くために。
**********
何もかもが初めてのことだった
バスに乗った
毎日、長い距離を歩いた
街を見た
大きな看板を見た
切符を買うためにお金を払った
お釣りをもらった
電車に乗った
お婆さんに話しかけられた
お婆さんに地図を見てもらって質問をした
海を見た
沢山の人を眺めた
小さな虫を銜えた、黒い鳥を見た
凄く速く走る自転車を見た
遠くに虹を見た
様々な形、色をした車を目で追いかけた
高いビルを見上げた
川を見た
魚釣りをしている人がいた
公園のベンチに座った
お店で帽子を買った
飲むことができないのに、自動販売機で3回もジュースを買った
並んで歩く猫と犬を見た
走り回る子どもたちにジュースをあげた
白い月を見た
雨を浴びた
粗大ゴミの山を見た
世界は、多くのもので、溢れていた
私の存在なんて、世界にとっては見えないくらいちっぽけで、いてもいなくても変わらないもののように思えた。
**********
あの人の家に近づくにつれて、私は、不安になっていった。
いきなり追い出されたらどうしよう、話くらいは聞いてもらえるだろうか、拒絶されるかもしれない。
不安が恐れに変化していく。
そんな折。
新しい地図を買うために本屋に立ち寄った際、とある雑誌が目にとまった。
『こんな出会いがしてみたい!! ベスト100!!』
私は雑誌を手に取る。
ページをめくると、男性読者が理想とする女性との出会いについて、100ものシチュエーションが記されていた。
地図とその雑誌を買い、公園のベンチで読んだ。
人気上位の出会いは、条件が合わなかったり、とてもありふれたものに思えた。だから私は、下位のものから選ぶことにした。
100位 : 女の子が空から降ってくる 1票
その他にも、雑誌の中には、ためになる知識が満載だった。意味のわからないこともたくさん書かれていたけれど、端から端まで読んでみた。
雑誌を読み終え、さっそく準備に取り掛かった。
きっと、大丈夫。
心の中で、繰り返す。
『こ、こんばんは、すす……む……さん? さま? ふつつかもので……すが、よろしく……おねがいします』
声に出してみる。
もっとうまく話せないと、会った途端に嫌われてしまうかもしれない。
わたしは、流暢に話せるようになるまで、伊月進さんとの出会いの練習を続けた。
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