アンドロイドが真夜中に降ってきたら

白河マナ

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第49話

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 ホームルーム中に気を失ったカナが目を覚ましたのは、4時限目が終わる15分前。カーテン越しに入ってくる光を突き破るように、カナは急に半身を起こした。

「……どこ?」

 言うと同時に記憶をたどる。
 学校に来た。初めて履く上履き。制服たち。知らない匂い。話し声。なんとなく壁に触ってみた。靴音。エレナがいた。廊下を歩く。教室に入る。自己紹介。教室に入って。たくさんの人がいて。それで──

「気分はどう? まさか伊月いつきが欠席だって知った瞬間、気を失うなんて思わなかったわ」

 声の方を見ると、白衣の宇佐美うさみエレナが椅子に腰掛けていた。

「もうこんな時間だし伊月いつきもいないけど授業受ける? 帰る?」

「……受けたい」

 ベッドを軋ませ、反動を利用してカナは立ち上がる。

「帰りは一緒になれないから一人で帰ってきてね」

「わかった」

「それともうひとつ。伊月いつきには会いに行くんじゃないわよ。あの子、インフルエンザらしいから」

「インフルエンザって?」

「ビョーキよ。インフルエンザっていう名前のウィルスによる伝染性感染症。今のあなたは人より免疫力が不足してるから、うつったら大変なことになるわ」

「うん、わかった」

「あと1時限しかないけど頑張ってきなさい。教室まで案内するから」

「ありがとう。でも一人で歩けるから平気よ。場所だけ教えて」


**********


「対策会議を開く」

 ハンバーグ弁当を食べ終えた多川たがわが神妙な顔つきで話し始める。

「会議ですか?」

 二院にいんはお茶を飲もうとした手を止め、多川たがわの第二声を待つ。

「何の対策よ」

 クリームパンの一切れを口に放る白貫しらぬき

「口裏合わせとか必要だろ」

「バカには敵わないわね」

「ですね」

「じゃーどうしろって言うんだよ。この状況を」

「何もしません。普通です」

「もしカナちゃんが記憶を失ってなくても、影の薄いアンタのことはどうせ覚えてな
かっただろうし」

「アホか! 俺は主人公クラスだっての!

「はいはい」

「どう見てもチョイ役ですよ」

伊月いつき……早く帰ってこい!! このコンビ最悪だ!!」

 と、多川たがわが天に向かって叫んでいた頃──伊月進いつきすすむは自宅で静かに眠っていた。

 先週末から酷く体調が悪いので体温を計ったら38度6分。病院でインフルエンザと診断され、処方された薬を飲み、二日前にようやく解熱して今は寝返りひとつしないで規則正しく寝息をたてている。

 インターホンが鳴る。
 居間で洗濯物を畳んでいた伊月浅子いつきあさこは、いそいそと廊下を歩き、玄関の扉を開ける。

「あの……こんにちは」

 制服を着た女の子だった。
 浅子あさこの表情が固まる。しかしすぐに、

「はいこんにちは」

宇佐美うさみカナと言います。伊月進いつきすすむさんはいますか?」

「ごめんなさいね。すすむは病気で寝てるの」

 カナはやっぱりといった表情をして、

「……そうですか。それでは失礼します」

「あ、ちょっと待って。せっかく来たのだから上がって頂戴」

「でも……」

 浅子あさこは躊躇しているカナの手を強引に掴み、家に上がらせる。
 カナは一度屈みこんで脱いだ靴を揃える。そして向き直った瞬間、浅子あさこに抱きしめられた。

「……よく頑張ったわね。偉いわ。お帰りなさい」

 カナは痛いほど強く抱きしめられ、どうしたらいいかわからず、

「……ただいま」

 自然と、押し出されるように声を発していた。
 浅子あさこは顔を上げ、カナを見つめる。慌ててカナは浅子あさこから離れる。

「……すみません。私……カナじゃないです。皆さんの知っているカナは……私の中に残っていません。彼女はいません。どこにも」

 浅子あさこは柔らかに微笑み、

「私の方こそごめんなさい。あなたはあの子の夢──だけど、だからといって、あなたが彼女を背負って生きることを誰も望んではいないわ」

「……」

「ホントよ」

すすむさんも……?」

「もちろん」

 再び柔らかな笑みを浮かべる浅子あさこを見て、カナの緊張が少し緩む。

「美味しいシュークリームがあるの。一緒に食べましょう」


◇ ◆ ◇


「楽しそうね、エナっち。嬉しいことでもあった?」 

 フラスコの中で茶葉がダンスする様子を見ながら、御堂千歳みどうちとせが質問する。

「青春を謳歌してる妹が微笑ましくてね」

「自称妹のこと?」

「本物だから」

「エナっちとは長い付き合いだけど、妹の話なんて聞いたことがないし」

「油断ならない相手にはプライベート非公開にしてるから」

「酷い! 大親友でしょ!」

「誰が?」

「私が」

「誰の?」

「エナっちの!」

「お茶、そろそろいいんじゃない? 早く注いで、お茶当番」

「仰せのままに……って、こらー!」

 そう言いながらもお互いのコップにお茶を注ぎはじめる。

「ありがと」

 エレナは熱い緑茶を一口飲み、天井を見つめる。

「あの子には幸せになってもらわないといけないの」

「それ、怖い考え」

 千歳ちとせは真顔になり、お茶を口にする。

「幸せなんて人に与えられるものじゃないから。その考えはちょっと嫌い」

「……千歳ちとせってまともなことを言うのよね」

「いつもだから」

「感心させられるわ。

 たまにを強調するエレナ。

「もっと褒めて」

 余計なひと言は聞き流す千歳ちとせ

「決めた」

「何を?」

「2度と千歳ちとせには食事を奢らない」

「どうして!?」

 唐突な発言に声を上げる。

「幸せなんて人に与えられるものじゃない、でしょ?」

 意地の悪い表情でエレナは笑った。
 
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