桜夜 ―桜雪の夜、少女は彼女の恋を見る―

白河マナ

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第3話 長峰Aと金属バット

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 夜、俺は目を覚ました。
 さすがド田舎だけあって、夜は気味が悪いほどに静かだ。
 表には外灯もないので、月でも出ていない限り、出歩くことはできそうになかった。
 まあ、まだ動けないけど。

「くー」

 彩が俺のすぐ隣で寝ている。

「すぴー」

 その隣で、彩の姉である長峰沙夜ながみねさやが眠っている。

「そんな寝息の人間がいるか」

「……ばれました?」

「お前ら、無防備にもほどがあるぞ」

「そう?」

「見ず知らずの男を泊めたばかりか、一緒の部屋で寝るなんてな」

「だって、あなた動けないし」

「まあ、そうだけど」

「彩が気に入ったみたいだから」

「じゃあ、そこに立てかけてある金属バットはなんだ?」

「魔除けのお守り」

「……そういうことにしておく」

 深くは訊かない。
 俺はあらためて彩の姉を見やる。
 肩までの長さの黒髪は彩と同じだが、沙夜の髪質の方がさらさらとしていてきめ細かい。無邪気な妹とは違って目は少し切れ長で凛としている。話しかけることを一瞬躊躇するくらいの美人。だが妹同様そんなことは本人を前にして言わない。姉妹揃って性格に難があり過ぎる。

「桜居さんは、この村になにをしに来たの?」

「別にこんな村には用はない」

人桐峠ひときりとうげに行く予定だったんだが、途中で事故った」

「車で?」

「いや、バイクで橋の上から川に飛び込んだ。で、流された」

「……それはすごいわね」

「死ぬかと思ったぞ、さすがに。必死に岸までたどり着いて、助けを探したんだけど」

「力尽きたのね」

「いや、誰かが……」


 空から降ってくる桜色の雪──
 黒髪の女──

 女の……泣き出しそうな顔……。
 音のない静かな夜……。


「……桜居さん?」

「そういや桜の木があったな」

 どうして俺は黒髪の少女のことを隠したのだろうか。

 なぜか、話すことに抵抗があった。
 俺が見たのは、沙夜でも彩でもない女だった。

 この村の人間だったのだろうか。
 それとも、夢が作り出した幻だったのだろうか。

「桜?」

「ああ。木の下まで辿り着いた。だけど誰もいなくて、そのうち何もかもが面倒になって……もういいや、って。俺、意外と諦めはいいほうなんだ。これも運命かなーって」

「ダメよ。運命なんて、どこにも存在しない」

 沙夜の口調は断定的だ。

「世の中は多くの必然と少しの偶然で成り立ってるのだから」

「現実主義なんだな」

「ええ。私と彩で、ちょうどバランスが取れているの」

「なるほど」

 確かに妹があれじゃあ、姉はしっかりするしかないだろう。

「あ、今、失礼なこと思ったでしょ?」

「少しな」

 バットに手をかける姉。

「スマン、俺が悪かった」

「わかればよろしい」

 にこにこと笑う。
 妹に負けず劣らず、こいつもいい性格してる。

「なあ、姉」

「姉じゃなくて、沙夜よ」

「なあ、沙夜」

「いきなり呼び捨て?」

「じゃあ、長峰A」

 ちなみにBは妹だ。

「……沙夜でいいわ」

 やや口元がヒクついてるが気にせず続けてみる。

「それなら、さっちゃん」

「私の話、聞いてる?」

「あんまり」

「じゃあ、ジェスチャー付きで、もう一度教えてあげるわ」

 薄明かりに光る金属バット。
 何か所かに凹みがあるのが生々しくて恐ろしい。

「遠慮する」

「無理しなくても、」

 不意に姉の声が途切れ、目の前が真っ暗になる。
 意識がとぎれる寸前──どこかで見た黒髪の少女のことを思いだした。

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