桜夜 ―桜雪の夜、少女は彼女の恋を見る―

白河マナ

文字の大きさ
8 / 44

第7話 かいしんのいちげき

しおりを挟む
「あの夜、私は月使つきしとしてあそこにいました」

「ツキシ?」

「大きな桜の木……あれが御神木なのはご存知でしょうか?」

「たしか、彩がそう呼んでいた気がするな」

「うん」

「御神木は、すべての村人にとって、神聖で等しく尊いもの……拠所よりどころなのです。皆が自己を成立させる為になくてはならないもの」

 彩はその言葉に頷いている。
 ……全然わからねぇ。

 とにかくあの木は村人にとって大切なものらしい。それだけは理解できた。
 けれど、

「ちょっといいか?」

「はい」

「それがツキシの説明なのか?」

「月使というのは……御神木のお供え物の当番のようなものです。役目はそれだけではありませんが」

「じゃあ、あの日は、供え物をする当番だったから、あそこにいたんだな」

「はい。御神木の下であなたを見つけました。雪が降っていて、あなたは全身濡れていて、冷たくて。口元から白い息が漏れていましたが、顔は真っ青でいまにも死んでしまいそうでした」

「それで?」

 俺が聞きたいのはここからだ。

「私はお供え物を確認して帰りました。……それだけです」

「ぇあ?」

 つい間抜けな声が出てしまう。
 詠は俺から視線をそらし、傍らに置いてある縄を見つめている。

「死にそうな俺を見つけて、その後は?」

「ですから、」

「んな説明で納得できるか」

 話にならない。

「じゃあなにか、死にそうな俺を見つけて、そのまま放置して帰ったって言うんだな」

「……そ、それは」

「どうなんだ?」

 一同沈黙。
 皆、詠の言葉を待つ。

「……コホン」

 わざとらしく大げさに咳払いをしてみる。
 詠は明らかに何かを隠している。

 言いにくいことなのかもしれない。
 だからといって、こんな半端な説明では納得できない。

「御神木の下にいた桜居さんが、どうしてうちの近くにいたんだろうね」

「そうね」

「だよな」

 3人の視線が詠に集まる。

「……怒らないと約束してください」

「いやだと言ったら」

「帰ります」

「俺が怒るようなことをしたんだな?」

 潔白なら間違いなく否定するはずだ。
 わざわざ自分を不利な方向に追い込む必要なんてない。

「そ、それは言えません」

「したんだな?」

 立ち上がろうとする詠の頭を鷲づかみにする。

「まだ食べ終わってないだろ?」

「か、帰りますぅ~!」

 詠は手足をバタバタさせる。
 頭を押さえつけているから、立ち上がることはできない。

「せっかく彩が作ってくれたクリームコロッケも食わずにか?」

「きょ、脅迫ですかっ!?」

 そんな大げさなものでもないと思うが。

 ……それに、
 コロッケと天秤にかけられる程度の秘密なのか?

「なんとでも言ってくれ」

「ううっ……私は無実です。不可抗力なんです……」

 詠はようやく観念し、座りなおす。
 ひとまず逃げないようにコロッケが乗っている詠の皿を奪う。

「ああっ!」

「お・れ・に・な・に・を・し・た?」

「……あ、あの日、気を失っているあなたを見つけて」

「見つけて?」

「今にも死んでしまいそうで……」

「死んでしまいそうで?」

「雪の中で寝たら、死んじゃうって聞いたことがありましたので……」

 ちらちらと俺の顔色を窺いながら話している。
 追い詰められた小動物のようだった。
 第一印象とは雲泥の差だ。こちらが地なのかもしれない。
 彩と沙夜は話に割り込もうとはせず、食べるのを止めて俺たちを見ている。

「私が揺すると、あなたは少し目を開けて……完全に起こしてあげないと、死んでしまうと思いまして……」

「思って?」

「みぞおちに……ちを」

「あ゛?」

「ですから、ぱんち」

「……」

 鳩尾にパンチ?

「……そっか」

「えっ?」

「親切でしてくれたことなら仕方がないよな」

「……」

「雪ん中で寝ると死ぬって、俺も聞いたことがあるし」

「そ、そうです」

「それに、眠った人間を起こすには、殴るのが1番だよな」

「ですよねっ!」

「……んな訳ねぇだろ」

「……ごめんなさい」

「ごめんで済むかっ!」

「……ごめんなさいです」

「ごめんなさいですで済むかっ!」

「でも、起こしてあげるつもりだったんです」

「逆に気絶したっつーの!」

「……うう、悪気はないんですよぉ」

「初対面だった人間に悪意を持たれてたまるかっ!」

「……だって、あのぱんち、かいしんのいちげきだったんですぅ……えぐっ……」

 ……り、理由になってねぇ。
 まあ、反省はしているようだけど。

「そんなものを、あの日、あの瞬間に出すな」

「人を気絶させたのは初めてなんです!」

「もういい喋るな。怒りが倍増する。初めてだろうが100回目だろうがどうでもいい」

「……ごめんなさいです」

 とりあえず、詠の手付かずのコロッケを掴んで口に入れる。

「あっ」

 もぐもぐと咀嚼そしゃくする。
 うむ、美味い。

「……ん? なんか文句でも?」

「そ、それ私の……」

「罰だ。これで勘弁してやる」

「反省してるのに……」

「そんなこと自分から言うことじゃないだろ」

「せっかく、縄まで持ってきたのに」

 傍らに置いてあったそれを差し出す。
 稲わらを重ね束ねて作られている、2メートルほどの丈夫そうな太縄だ。

「それなのに、沙夜さんたちに助けられた後でした」

「助けられた後?」

「はい。だから、あなたはこうして、沙夜さんの家に……」

「あの日から6日も経ってるのによく言えるな。そんなこと」

「6日?」

 俺の話に、驚きの表情を浮かべる。

「そうですか……」

「もういい。一応、助かったんだしな」

「……すみませんでした」

「いいって。それより、その縄で俺をどうするつもりだったんだ?」

 そのほうが気になる。

「え? それはもちろん、こうやってたすき掛けのようにして……」

 器用に自分の身体に縄を巻きつける。

「桜居さんを神社まで引きずろうと……なにかおかしいですか?」

「……なあ、沙夜」

「なに?」

「この辺のやつらは、みんなこうなのか」

「ん……。そうかもしれないわね」

「ダメだ……この村の人間どもは……」

「そんなことないよね、お姉ちゃん」

「みんないい人たちよ」

「ですよねー」

「お前が言うなっ!」

「あうぅ……桜居さん、怖いです……」

 こうして俺のド田舎ライフにアホがひとり加わった。
 結局、誰が俺を桜の木の下から移動させたのかは分からなかった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...