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第12話 ハリセン少女の下克上
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「おはようございますっ!」
「今日も元気だな」
言った瞬間、ハリセンで頭をはたかれる。
「『おはようございます、先生』でしょ?」
「お前、手加減なしで殴るぞ」
昨日のことをまだ根に持っているらしい。
彩と沙夜は、2人そろって朝から神社に勉強をしに行った。
犬(500円)の散歩と猫(シロシロ)の相手をするのに飽きた俺は、午後になってからこうして神社にやってきた。
勉強中の2人には会うことはできないが、俺の用事は詠にこの村のことを教えて貰うことだから問題ない。
「生徒が先生に手を上げる気ですか?」
「俺、お前を先生だとは思ってねーし」
「なんで!?」
驚くことじゃないと思うが……。
「先生っぽくないから。それと、子どもだし」
スパーン!
かなり爽快な音が鳴った。
俺の頭の上で。
「体罰でPTAに訴えるぞ」
「失礼なことを言うからだよ。私と桜居さんって年齢は同じくらいだし」
「実年齢はな」
「それ以上は言わない方がいいと思うよ」
微笑んではいるが、口元がひくひくしている。
まあ、こいつのハリセン攻撃なんて痛くも痒くもないが、話が進まないのでそろそろやめよう。
……それにしても。
「長峰家で最初に会った時には、大人しくて上品そうでまともなヤツだと思ってたんだけどな」
てっきり怒ると思ったが、
「いいところに気づきましたね、桜居さん」
「急にしおらしくしなくてもいい」
詠は背筋を伸ばしてしとやかに畳の上に正座をする。
「これも私なのです。村の神事を司る月使としての私」
「は?」
「それでは、本日の授業を始めます」
「二重人格者か?」
「違うよ。私が月使だってことは話したでしょ? この村で月使はとても神聖なものなの。神の使い──のようなものなのかな。話すと長くなるから、前はお供え物の当番みたいなものって言ったけど、神事を行い神様の言葉を聴いて村人に伝えることが月使本来の仕事なの」
「村人の目に触れそうな場所では、猫かぶってるってわけか」
「まあ、そうだね」
「で、村中であの桜の木を崇めてるのか」
「厳密に言うと、御神木そのものを崇めているわけじゃないんだよ。御神木は前にも言ったけど依代なの、神事の時の」
「昨日も言ってたが、シンジって?」
「お祭り……というよりは儀式なのかな。半年に1度、村のすべての人が御神木に集まって託宣を賜るの。託宣というのはね、神様の意思。月使である私が御神木を介して拝聴する言葉。そしてそれを村人に伝えるのが私の仕事」
神様の言葉をあの桜の木を通して詠が聴く、か。
怪しい宗教みたいな話だけど、やっぱり信じなくちゃいけないのだろうか。
村ぐるみで俺に嘘ついても仕方ないし。
「神様、ね」
「たぶん、桜居さんが思ってるのとは違うと思うよ。私たちの言う神様っていうのは神霊のことだから。神霊は、思念の塊。人や物や動植物が残した思念が集まって、長い時間をかけて、ひとつの意思が生まれる。それが神霊というもの」
「……それって、昨日、神主さんに取り憑いたやつだよな」
「うん。でも、アレは村の神霊じゃないよ」
「じゃあ、とりあえず昨日の神霊の正体はいいとして、月使はどんなことを村人に伝えるんだ?」
「ええと……まずは、御神木から聴いたことをそのままお母さんに伝えるの。お母さんは、私のひとつ前の月使だったんだよ。託宣は、私には意味のわからない言葉ばかりのときもあるから、お母さんがそれを村の人に分かりやすい言葉で伝えるの。内容は……半年分の大まかな天候のこととか……」
「とか?」
詠は俺から目を逸らし、
「……宣告」
消え入りそうな声で呟く。
くしゃ。
詠がハリセンを握り締める音──それが沈黙に割り込む。
宣告?
何の宣告だ?
訊けばいいだけなのに、簡単なことなのに、詠の顔を見ると躊躇われた。俺が黙っていると詠は立ち上がって背を向ける。
「本当は月使なんていらないんだよ。私たちは、自分の死期なんて知っちゃいけないんだよ。いくら私たちが……だって。あの人も……」
死期──死の宣告。半年に1度の神事で告げられる誰かの死。
それを村人に伝えなくちゃならない。
もしもそれが本当なら。
詠は今まで、どれだけの人に死を告げてきたのだろう。
「だったら辞めればいいじゃないか」
「ねえ、桜居さん」
「なんだ?」
「1ヵ月後に死ぬって言われた人が、どんな顔をするか知ってる?」
想像なんてできない。
「この村の人はね、笑うんだよ。これから死んじゃうのに、それなのに……救われたような顔をして、私に『ありがとう』って言うんだ。私もね3年前まではそれが当たり前だと思ってた。でも普通は、自分が死ぬことを知って喜んだりはしないんだよね」
どんな言葉を返せばいいのかわからない。
「……でもね、辞めることはできないの」
「どうしてだ?」
「……私たちは隔離されているから」
それは──
以前、沙夜からも聞いた言葉だった──
「今日も元気だな」
言った瞬間、ハリセンで頭をはたかれる。
「『おはようございます、先生』でしょ?」
「お前、手加減なしで殴るぞ」
昨日のことをまだ根に持っているらしい。
彩と沙夜は、2人そろって朝から神社に勉強をしに行った。
犬(500円)の散歩と猫(シロシロ)の相手をするのに飽きた俺は、午後になってからこうして神社にやってきた。
勉強中の2人には会うことはできないが、俺の用事は詠にこの村のことを教えて貰うことだから問題ない。
「生徒が先生に手を上げる気ですか?」
「俺、お前を先生だとは思ってねーし」
「なんで!?」
驚くことじゃないと思うが……。
「先生っぽくないから。それと、子どもだし」
スパーン!
かなり爽快な音が鳴った。
俺の頭の上で。
「体罰でPTAに訴えるぞ」
「失礼なことを言うからだよ。私と桜居さんって年齢は同じくらいだし」
「実年齢はな」
「それ以上は言わない方がいいと思うよ」
微笑んではいるが、口元がひくひくしている。
まあ、こいつのハリセン攻撃なんて痛くも痒くもないが、話が進まないのでそろそろやめよう。
……それにしても。
「長峰家で最初に会った時には、大人しくて上品そうでまともなヤツだと思ってたんだけどな」
てっきり怒ると思ったが、
「いいところに気づきましたね、桜居さん」
「急にしおらしくしなくてもいい」
詠は背筋を伸ばしてしとやかに畳の上に正座をする。
「これも私なのです。村の神事を司る月使としての私」
「は?」
「それでは、本日の授業を始めます」
「二重人格者か?」
「違うよ。私が月使だってことは話したでしょ? この村で月使はとても神聖なものなの。神の使い──のようなものなのかな。話すと長くなるから、前はお供え物の当番みたいなものって言ったけど、神事を行い神様の言葉を聴いて村人に伝えることが月使本来の仕事なの」
「村人の目に触れそうな場所では、猫かぶってるってわけか」
「まあ、そうだね」
「で、村中であの桜の木を崇めてるのか」
「厳密に言うと、御神木そのものを崇めているわけじゃないんだよ。御神木は前にも言ったけど依代なの、神事の時の」
「昨日も言ってたが、シンジって?」
「お祭り……というよりは儀式なのかな。半年に1度、村のすべての人が御神木に集まって託宣を賜るの。託宣というのはね、神様の意思。月使である私が御神木を介して拝聴する言葉。そしてそれを村人に伝えるのが私の仕事」
神様の言葉をあの桜の木を通して詠が聴く、か。
怪しい宗教みたいな話だけど、やっぱり信じなくちゃいけないのだろうか。
村ぐるみで俺に嘘ついても仕方ないし。
「神様、ね」
「たぶん、桜居さんが思ってるのとは違うと思うよ。私たちの言う神様っていうのは神霊のことだから。神霊は、思念の塊。人や物や動植物が残した思念が集まって、長い時間をかけて、ひとつの意思が生まれる。それが神霊というもの」
「……それって、昨日、神主さんに取り憑いたやつだよな」
「うん。でも、アレは村の神霊じゃないよ」
「じゃあ、とりあえず昨日の神霊の正体はいいとして、月使はどんなことを村人に伝えるんだ?」
「ええと……まずは、御神木から聴いたことをそのままお母さんに伝えるの。お母さんは、私のひとつ前の月使だったんだよ。託宣は、私には意味のわからない言葉ばかりのときもあるから、お母さんがそれを村の人に分かりやすい言葉で伝えるの。内容は……半年分の大まかな天候のこととか……」
「とか?」
詠は俺から目を逸らし、
「……宣告」
消え入りそうな声で呟く。
くしゃ。
詠がハリセンを握り締める音──それが沈黙に割り込む。
宣告?
何の宣告だ?
訊けばいいだけなのに、簡単なことなのに、詠の顔を見ると躊躇われた。俺が黙っていると詠は立ち上がって背を向ける。
「本当は月使なんていらないんだよ。私たちは、自分の死期なんて知っちゃいけないんだよ。いくら私たちが……だって。あの人も……」
死期──死の宣告。半年に1度の神事で告げられる誰かの死。
それを村人に伝えなくちゃならない。
もしもそれが本当なら。
詠は今まで、どれだけの人に死を告げてきたのだろう。
「だったら辞めればいいじゃないか」
「ねえ、桜居さん」
「なんだ?」
「1ヵ月後に死ぬって言われた人が、どんな顔をするか知ってる?」
想像なんてできない。
「この村の人はね、笑うんだよ。これから死んじゃうのに、それなのに……救われたような顔をして、私に『ありがとう』って言うんだ。私もね3年前まではそれが当たり前だと思ってた。でも普通は、自分が死ぬことを知って喜んだりはしないんだよね」
どんな言葉を返せばいいのかわからない。
「……でもね、辞めることはできないの」
「どうしてだ?」
「……私たちは隔離されているから」
それは──
以前、沙夜からも聞いた言葉だった──
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