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第13話 3年前の訪問者
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彩が石段を駆け下りていく。
今日の勉強を終えた2人に合流して、俺たちは神社の長い階段を下りていた。
「転ぶなよ」
「平気~っ!」
夕焼けに照らされる笑顔。
「桜居さんは、詠に何を習っているの?」
隣を歩く沙夜が顔を向ける。
「今日の詠、楽しそうだった」
「妬いてるのか?」
「……そうかもしれないわね」
「……」
「本気にしないでね」
どこからか鳥の囀りが聴こえる。
それは、今日の終わりを寂しがって鳴いているような、そんな響きがした。
美しい夕焼け。
だけど、のんびりと景色を眺めている訳にはいかなかった。
早く帰らないと真っ暗になってしまう。
ほぼ外灯のないこの村では、日没と共に人々の生活は終わりを迎える。
「村のことだ。この村のことが知りたくて」
「……そう」
沙夜は隣にいる俺ではなく、まるで目の前に立っている他の誰かと話しているようだった。
「変わってるでしょう? 外から来たあなたから見たら、異常に近いのかもしれないわね」
隔離──詠と沙夜が言った、言葉。
俺は詠の話を思い出す。
『昔……私や桜居さんが生まれる、ずっとずっと前から……この村の運命は決まっているんだよ』
『1人残らず、死んでおしまい』
『そう決まっているの』
『私たちは、この村から出ることはできない』
『でもね……そんな悲しい運命を断ち切ろうと、私たちは小さな希望の欠片に縋りながら、これまで生きてきたんだよ』
『生き続けていれば、いつか終わるんじゃないかって』
信じがたい、この村の歴史と運命。
やるせない気持ちになった。
俺にはどうすることもできない。
どうして俺はここにいて、こんな思いをしなくちゃならないのだろう。
「沙夜は、この村が好きか?」
「大嫌い」
「だろうな」
「だけどそれ以上に自分が嫌い」
「……そうか」
「私さえいなければ──って、いつも思うもの」
「いるものは仕方ないだろ」
「……そうね」
「なあ、次の神事っていつだ?」
「訊いてどうするの? 参加させないわよ」
「どうして?」
「詠から何も訊いていない?」
「どんな内容かは聞いてるけど」
「3年前に何が起こったのか聞いていないの?」
「何があったんだ?」
確か、昨日、詠からも3年前という言葉を聞いたような気がする。
それと前に神主さんからも。
「知らないならいいわ。それでも神事には参加させないけれど」
沙夜の表情は真剣だった。
その瞳からは断固たる意思が窺えた。
「これ以上、この村に関わっては駄目」
「心配してくれるのか?」
「彩の為にね。あの子、あなたのこと、ゴーちゃんやシロと同じくらい気に入ってるみたいだから」
「俺は犬猫と同レベルか」
「ふふ。ある意味、似たようなものかも」
彩が遥か先の階段から手を振っている。俺は手を振り返す。
茜色の光に包まれながら彩はこちらを見上げている。そしてまた背中を向けて階段を降りはじめた。
「なあ、沙夜」
「なに?」
「黒川葉子」
俺は名前を告げた。
懐かしい──この名前を口に出したのは、本当に久しぶりかもしれない。
確証があった訳じゃない。ただ、この村で起きた出来事がアイツとは関係ないことを確かめたかっただけなのだと思う。
『誰、それ?』
沙夜の、そういう反応を求めていたのに。
「何も言わなくていい」
沙夜から話を訊く必要はなかった。その表情だけで十分だった。
なぜ俺がここにいるのか。なぜ俺なのか。
その理由が、ようやくわかったような気がする。
そういうことなら、いろいろな事に説明がつく。
これは偶然なんかじゃなくて。
必然なのかもしれない。
その時、俺は詠と神主さんの話を思い出していた。
《私もね3年前までは、それが当たり前だと思ってた。けれど、普通は自分が死ぬことを知って、喜んだりはしないんだよね》
《ええ。あなたの前は……確か、3年前くらいに女の方が1人いらしたわね。それ以来かしら》
3年前、村を訪れた女性。
なぜその女がこの村に来たのかはまだ分からない。
だが、そいつはその時、神事に参加して──告げられたんじゃないのか。
自分の死を。
村人じゃない、その女が。
その時、取り乱す女の姿を目の当たりにした詠は、村人と外の人間とのズレを感じたんじゃないのか。
沙夜が神事に俺を参加させてくれないのは、その出来事が原因じゃないのか。
そして、自分の死期を知った、その女は──
街に帰り、
よく分からない病気で、入院して。
誰にもその事を伝えることなく、そして様々な想いを抱えたまま、1人ぼっちで死んでしまったのではないだろうか。
今日の勉強を終えた2人に合流して、俺たちは神社の長い階段を下りていた。
「転ぶなよ」
「平気~っ!」
夕焼けに照らされる笑顔。
「桜居さんは、詠に何を習っているの?」
隣を歩く沙夜が顔を向ける。
「今日の詠、楽しそうだった」
「妬いてるのか?」
「……そうかもしれないわね」
「……」
「本気にしないでね」
どこからか鳥の囀りが聴こえる。
それは、今日の終わりを寂しがって鳴いているような、そんな響きがした。
美しい夕焼け。
だけど、のんびりと景色を眺めている訳にはいかなかった。
早く帰らないと真っ暗になってしまう。
ほぼ外灯のないこの村では、日没と共に人々の生活は終わりを迎える。
「村のことだ。この村のことが知りたくて」
「……そう」
沙夜は隣にいる俺ではなく、まるで目の前に立っている他の誰かと話しているようだった。
「変わってるでしょう? 外から来たあなたから見たら、異常に近いのかもしれないわね」
隔離──詠と沙夜が言った、言葉。
俺は詠の話を思い出す。
『昔……私や桜居さんが生まれる、ずっとずっと前から……この村の運命は決まっているんだよ』
『1人残らず、死んでおしまい』
『そう決まっているの』
『私たちは、この村から出ることはできない』
『でもね……そんな悲しい運命を断ち切ろうと、私たちは小さな希望の欠片に縋りながら、これまで生きてきたんだよ』
『生き続けていれば、いつか終わるんじゃないかって』
信じがたい、この村の歴史と運命。
やるせない気持ちになった。
俺にはどうすることもできない。
どうして俺はここにいて、こんな思いをしなくちゃならないのだろう。
「沙夜は、この村が好きか?」
「大嫌い」
「だろうな」
「だけどそれ以上に自分が嫌い」
「……そうか」
「私さえいなければ──って、いつも思うもの」
「いるものは仕方ないだろ」
「……そうね」
「なあ、次の神事っていつだ?」
「訊いてどうするの? 参加させないわよ」
「どうして?」
「詠から何も訊いていない?」
「どんな内容かは聞いてるけど」
「3年前に何が起こったのか聞いていないの?」
「何があったんだ?」
確か、昨日、詠からも3年前という言葉を聞いたような気がする。
それと前に神主さんからも。
「知らないならいいわ。それでも神事には参加させないけれど」
沙夜の表情は真剣だった。
その瞳からは断固たる意思が窺えた。
「これ以上、この村に関わっては駄目」
「心配してくれるのか?」
「彩の為にね。あの子、あなたのこと、ゴーちゃんやシロと同じくらい気に入ってるみたいだから」
「俺は犬猫と同レベルか」
「ふふ。ある意味、似たようなものかも」
彩が遥か先の階段から手を振っている。俺は手を振り返す。
茜色の光に包まれながら彩はこちらを見上げている。そしてまた背中を向けて階段を降りはじめた。
「なあ、沙夜」
「なに?」
「黒川葉子」
俺は名前を告げた。
懐かしい──この名前を口に出したのは、本当に久しぶりかもしれない。
確証があった訳じゃない。ただ、この村で起きた出来事がアイツとは関係ないことを確かめたかっただけなのだと思う。
『誰、それ?』
沙夜の、そういう反応を求めていたのに。
「何も言わなくていい」
沙夜から話を訊く必要はなかった。その表情だけで十分だった。
なぜ俺がここにいるのか。なぜ俺なのか。
その理由が、ようやくわかったような気がする。
そういうことなら、いろいろな事に説明がつく。
これは偶然なんかじゃなくて。
必然なのかもしれない。
その時、俺は詠と神主さんの話を思い出していた。
《私もね3年前までは、それが当たり前だと思ってた。けれど、普通は自分が死ぬことを知って、喜んだりはしないんだよね》
《ええ。あなたの前は……確か、3年前くらいに女の方が1人いらしたわね。それ以来かしら》
3年前、村を訪れた女性。
なぜその女がこの村に来たのかはまだ分からない。
だが、そいつはその時、神事に参加して──告げられたんじゃないのか。
自分の死を。
村人じゃない、その女が。
その時、取り乱す女の姿を目の当たりにした詠は、村人と外の人間とのズレを感じたんじゃないのか。
沙夜が神事に俺を参加させてくれないのは、その出来事が原因じゃないのか。
そして、自分の死期を知った、その女は──
街に帰り、
よく分からない病気で、入院して。
誰にもその事を伝えることなく、そして様々な想いを抱えたまま、1人ぼっちで死んでしまったのではないだろうか。
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