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第19話 神事、告白
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御神木の前には、3メートルほどの高さの祭壇が設けられていた。
祭壇の前にはキャンプファイアのように木材が組まれ、そこから炎の柱が立ちのぼり、その炎と祭壇を囲んで4基のかがり火が配置されている。夜闇の中にその場所だけが浮かび上がっていた。
桜はまだ満開だった。
しかし霧雨のように桜の花びらが降っていて、それらは吸い込まれるように火中に飛び込んでいく。
そして火の粉となり、最後には白い灰となって闇に消えていく。
「……」
村人は一度神社に集合して、それからここに来るらしい。
炎の番をしているのだろうか、一人の村人が、こちらに背中を向けて地面に腰を下ろしている。
俺は声を殺して神事の開始を待つ。10分ほど待っていると松明の列が見えた。 遠くから7、80人くらいの集団が歩いてくる。
俺は、音をたてないように祭壇に近づき、神事の様子がよく見えそうなところの茂みに隠れた。
すると炎の番をしていた人影がこちらに向かって歩いてきた。
人影は、俺のいる茂みのすぐ近くで立ち止まり、また背中を向けて座る。
俺に気づいたのではないらしい。
しかし、その人影の正体は、沙夜だった。
「……」
なぜだ?
どうして沙夜だけがこんな場所に一人でいるのだろう。
村のみんなと遠く離れた場所に。
炎の見張り番なのだとしたら、もう役目は終わったはずだ。沙夜も祭壇に集まらなければいけないんじゃないのか。
「……」
村人たちは、桜の木の下に集まり終えていた。
それが異様な光景に見えるのは、村人たちが4人に1人くらいの割合で、体のどこかにに包帯を巻いているからだろう。
顔や手、右足だけ、首、両足とも。白い帯を巻いている箇所はバラバラだった。
儀式のための格好なのだろうか。これだけ多くの人たちが、同時に怪我をすることもないだろうし。
俺は村人たちの中から彩を探してみたが、見つけることはできなかった。
やがて。
白い装束に身を包んだ女──詠が祭壇の上に立ち、後ろに控えている神主さんから短刀を受け取る。
詠は短刀の切っ先で自分の右腕をなぞる。白い腕に、一筋の紅い線が走る――表情を変えることもなく、詠は一歩前に出て、目の前の炎にその血を垂らした。
それと同時に。
風もないのに、御神木が大きく揺れた。
「……」
無数の花びらが降り注ぐ。
詠の姿が隠れてしまうほどの量の花びらが、一斉に揺れながら落ちてくる。
散っていく。
御神木の桜は、今日このときを待っていたかのように、驚くほどの早さで散りはじめていた。
「……」
きっと誰もが言葉を失っているに違いない。
村人たちは、視界を覆うほどの桜の花びらに包まれ、何を思っているのだろうか。
俺は、あの中で自分も桜を見上げてみたい、という衝動に駆られていた。
すぐ近くに座っている沙夜も同じことを考えているのだろうか。
「私は……」
背中を向けたまま、沙夜が口を開く。
「……この村の人間じゃないの」
勿論、あたりには俺しかいない。
もしこれが独り言ではなく俺に向かっての言葉なら──ここに俺がいることに、最初から気づいていたのだろう。
「私はお母さんと血が繋がっていないのよ。お父さんの連れ子。つまり、村の人間じゃないの。だから、神事には参加できない。昔から、いつも遠くから眺めるだけだった。だけどあの時――3年前は黒川さんがいた……私が我侭を言ったのよ、黒川さんに。神事はいつもひとりで、つまらないから。村の人間じゃない私だけが仲間はずれで寂しかったから。一緒に神事を見てくれる人がいて欲しかったの」
沙夜は相槌を待つことなく、独りで話を続ける。俺が口を挟む隙はなかった。
「本当は、黒川さんが落ち込んでいようといまいと、私には関係なかったのよ。私は自分勝手な我侭のために、黒川さんを神事に誘ったの」
顔を上げ、神事の方に顔を向ける。
その背中は、俺にはとても小さく見えた。
「それなのに、あの人は……神事が終わって、そのことを私が話した後も、全部知っても笑って許してくれたわ」
ぽつり、ぽつりと語られる、真実。
「それどころか、ありがとうって……私を慰めてくれた。大好きな人に……さよならが言える、って……生きる目標ができたって」
「……」
── 神事を見て、考えて欲しい ──
彩の望み。
それは、きっと──
「痛みに涙を流して……血を吐きながら……、でも、本当に嬉しそうに笑ったの。黒川さんは。私、自分が恥ずかしくなったわ。死の宣告を受けた彼女のことを妬む村の人たちが、すごく嫌いになった。ただ自分の境遇に嘆くだけで、死を待ち望むだけの暮らしに何の意味があるの、って。そう思うようになった」
言葉がいったん途切れる。
「でも、私なんかが、そんなことを言っても無駄だった。結局、私には誰の痛みも苦しみもわからない。他人事だから言えることなのよ、これは。だから私は──これからもこんな風に、村の輪の外で神事を見続けるの。一人きりで。彩が……死んでしまう日まで……」
「……彩なら、一緒に、ついてきてくれると思う」
「勝手なこと言わないで。彩が村を出るってことは、並大抵のことじゃないのよ」
「それでも、お前が望みさえすれば、」
「言えるわけないじゃない!」
俺に振り向いて、悲痛な叫び声を上げる。
その胸を打つ表情に、かける言葉を見失ってしまう。
そして。
沙夜の瞳が潤みはじめたかと思うと、瞬く間にぽろぽろと涙がこぼれた。
何かを訴えるような眼差しで、だがそれでもまだ、沙夜は本心を無理やりに抑えこんでいるようだった。
その思いに反して、
大粒の涙が、とめどなく流れ落ちていた。
祭壇の前にはキャンプファイアのように木材が組まれ、そこから炎の柱が立ちのぼり、その炎と祭壇を囲んで4基のかがり火が配置されている。夜闇の中にその場所だけが浮かび上がっていた。
桜はまだ満開だった。
しかし霧雨のように桜の花びらが降っていて、それらは吸い込まれるように火中に飛び込んでいく。
そして火の粉となり、最後には白い灰となって闇に消えていく。
「……」
村人は一度神社に集合して、それからここに来るらしい。
炎の番をしているのだろうか、一人の村人が、こちらに背中を向けて地面に腰を下ろしている。
俺は声を殺して神事の開始を待つ。10分ほど待っていると松明の列が見えた。 遠くから7、80人くらいの集団が歩いてくる。
俺は、音をたてないように祭壇に近づき、神事の様子がよく見えそうなところの茂みに隠れた。
すると炎の番をしていた人影がこちらに向かって歩いてきた。
人影は、俺のいる茂みのすぐ近くで立ち止まり、また背中を向けて座る。
俺に気づいたのではないらしい。
しかし、その人影の正体は、沙夜だった。
「……」
なぜだ?
どうして沙夜だけがこんな場所に一人でいるのだろう。
村のみんなと遠く離れた場所に。
炎の見張り番なのだとしたら、もう役目は終わったはずだ。沙夜も祭壇に集まらなければいけないんじゃないのか。
「……」
村人たちは、桜の木の下に集まり終えていた。
それが異様な光景に見えるのは、村人たちが4人に1人くらいの割合で、体のどこかにに包帯を巻いているからだろう。
顔や手、右足だけ、首、両足とも。白い帯を巻いている箇所はバラバラだった。
儀式のための格好なのだろうか。これだけ多くの人たちが、同時に怪我をすることもないだろうし。
俺は村人たちの中から彩を探してみたが、見つけることはできなかった。
やがて。
白い装束に身を包んだ女──詠が祭壇の上に立ち、後ろに控えている神主さんから短刀を受け取る。
詠は短刀の切っ先で自分の右腕をなぞる。白い腕に、一筋の紅い線が走る――表情を変えることもなく、詠は一歩前に出て、目の前の炎にその血を垂らした。
それと同時に。
風もないのに、御神木が大きく揺れた。
「……」
無数の花びらが降り注ぐ。
詠の姿が隠れてしまうほどの量の花びらが、一斉に揺れながら落ちてくる。
散っていく。
御神木の桜は、今日このときを待っていたかのように、驚くほどの早さで散りはじめていた。
「……」
きっと誰もが言葉を失っているに違いない。
村人たちは、視界を覆うほどの桜の花びらに包まれ、何を思っているのだろうか。
俺は、あの中で自分も桜を見上げてみたい、という衝動に駆られていた。
すぐ近くに座っている沙夜も同じことを考えているのだろうか。
「私は……」
背中を向けたまま、沙夜が口を開く。
「……この村の人間じゃないの」
勿論、あたりには俺しかいない。
もしこれが独り言ではなく俺に向かっての言葉なら──ここに俺がいることに、最初から気づいていたのだろう。
「私はお母さんと血が繋がっていないのよ。お父さんの連れ子。つまり、村の人間じゃないの。だから、神事には参加できない。昔から、いつも遠くから眺めるだけだった。だけどあの時――3年前は黒川さんがいた……私が我侭を言ったのよ、黒川さんに。神事はいつもひとりで、つまらないから。村の人間じゃない私だけが仲間はずれで寂しかったから。一緒に神事を見てくれる人がいて欲しかったの」
沙夜は相槌を待つことなく、独りで話を続ける。俺が口を挟む隙はなかった。
「本当は、黒川さんが落ち込んでいようといまいと、私には関係なかったのよ。私は自分勝手な我侭のために、黒川さんを神事に誘ったの」
顔を上げ、神事の方に顔を向ける。
その背中は、俺にはとても小さく見えた。
「それなのに、あの人は……神事が終わって、そのことを私が話した後も、全部知っても笑って許してくれたわ」
ぽつり、ぽつりと語られる、真実。
「それどころか、ありがとうって……私を慰めてくれた。大好きな人に……さよならが言える、って……生きる目標ができたって」
「……」
── 神事を見て、考えて欲しい ──
彩の望み。
それは、きっと──
「痛みに涙を流して……血を吐きながら……、でも、本当に嬉しそうに笑ったの。黒川さんは。私、自分が恥ずかしくなったわ。死の宣告を受けた彼女のことを妬む村の人たちが、すごく嫌いになった。ただ自分の境遇に嘆くだけで、死を待ち望むだけの暮らしに何の意味があるの、って。そう思うようになった」
言葉がいったん途切れる。
「でも、私なんかが、そんなことを言っても無駄だった。結局、私には誰の痛みも苦しみもわからない。他人事だから言えることなのよ、これは。だから私は──これからもこんな風に、村の輪の外で神事を見続けるの。一人きりで。彩が……死んでしまう日まで……」
「……彩なら、一緒に、ついてきてくれると思う」
「勝手なこと言わないで。彩が村を出るってことは、並大抵のことじゃないのよ」
「それでも、お前が望みさえすれば、」
「言えるわけないじゃない!」
俺に振り向いて、悲痛な叫び声を上げる。
その胸を打つ表情に、かける言葉を見失ってしまう。
そして。
沙夜の瞳が潤みはじめたかと思うと、瞬く間にぽろぽろと涙がこぼれた。
何かを訴えるような眼差しで、だがそれでもまだ、沙夜は本心を無理やりに抑えこんでいるようだった。
その思いに反して、
大粒の涙が、とめどなく流れ落ちていた。
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