桜夜 ―桜雪の夜、少女は彼女の恋を見る―

白河マナ

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第20話 神事、静寂

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 桜が、散った。
 全ての花びらは、人に、地面に積もり、白い灰が周囲に漂っていた。

 神事はまだ続いている。
 かがり火に映し出された霧状の灰が、薄もやのように闇に揺れ、御神木を覆っていた。

 詠が1歩、また一歩と、祭壇の端まで進み出てくる。村人たちは静かにその様子を眺めている。

 虫の声が、かすかに聞こえる。

 いつの間にいなくなっていたのか、詠の母親──神主さんが再び壇上に上がってきて、神事の開始のときと同じように詠の背後に控えた。

 沙夜は、無言で御神木の方を見ている。
 後姿を見る限りでは、もう泣いてはいないようだった。

 詠は両手を広げる。上空を見つめたままの姿勢で、しばらく突っ立っていたが──そのうちに、背中を向けて神主さんと言葉を交わす。
 それが終わると村人たちに向き直って、何かを伝えた。

 その途端、
 村人たちから喚声が上がる。

 詠が言葉を発する。
 喚声が上がる。

 時折、神主さんが詠の代わりに何かを言う。それでもやはり、大喚声があがった。
 これが、託宣というものなのだろうか。

 神霊の言葉を聴き取って村人たちに伝える……それが月使である詠の役目だと言っていたことを思い出す。

 俺がいる場所からでは、詠の声までは届かない。

 ただ、村人たちはとても嬉しそうに見えた。これから、死を告げられる(それとも、もう告げられている?)かもしれないというのに。詠の言っていた通り、彼らは強く望んでいるのだ、死を。

 沙夜は、石のように身を固めている。
 6度目の喚声を最後に、詠と神主さんは祭壇をおりた。そして村人たちが2人を囲む。

「……」

 どうやら、神事は終わったらしい。
 神主さんたちを先頭にして、村人たちは来た道を戻っていく。

 小さな人影がひとつ。
 こちらに向かって歩いてくる。彩だった。

「帰ろう、お姉ちゃん」

 座り込んでいる沙夜に手を差しのべる。

「ええ」

「呼ばれなかったよ、あたし」

 沙夜は、わずかに肩を震わせたが、なんとか妹に笑みを返す。

「よかったわ」

「……うん」

 俺が二人の前に出て行っていいものか迷っていると、

「さあ、帰りましょ。そこに隠れてる覗き魔も連れて」

「誰が覗き魔だ!」

 俺はその謂れない言葉に、思わず立ちあがっていた。
 彩が驚いてこちらを見ている。

「あなたの他に、誰がいるのかしら?」

「お前が神事を見ることを許してくれなかったからだろ」

「見ちゃダメって言ったのに見るのは、立派な覗き行為よ。もしかして、私のお風呂も覗いたことがあるんじゃないの?」

「それは無い。そんな毒味みたいな真似ができるか」

「ど、どういう意味よ!」

 頬を赤らめながら、沙夜が歩み寄ってくる。

「言ったら怒るから言わない」

「2人とも、喧嘩しないでよ。あっ、でも、喧嘩するほど仲がいいって言うし……」

「「よくない!」」

 2人の声が重なる。

「ほら、息ぴったり」

 それは春の夜風のように優しく、だけど見ている者に寂しさを感じさせる笑顔だった。彩は俺と目が合うと視線を外して、

「そろそろ帰ろ。ゴーちゃんもシロもお腹を空かせてると思うし」

「俺も腹が減った」

「そうね」

 沙夜も素直に同意する。

「うん。なんだか、あたしもお腹が空いちゃった。帰ったら夜食にしようね」

 きびすを返して俺と沙夜の前を歩く。
 俺は今後も彩に死が告げられることがなければいい、と思っていた。

 沙夜も同じ気持ちだろう。
 あの時──俺は黒川の病気が治らないものだとは知らなかったから、祈ることさえできなかった。
 今度は、それくらいは、してやることができる。

 でも。俺の祈りが届くとは思えない。
 現実は、いつだって残酷なものだから。死は、無慈悲に、俺から大切な人を奪っていった。

「……」

 俺は村を出て行く。
 そうなれば、二度とこの村に来ることはないだろう。そしてこの姉妹と会うこともない。

 村は、滅びへと向かっている。
 仮に彩を失ったとしたら、沙夜は何を糧にして生きていくのだろうか。

 詠も、彩と同じ。
 神主さんだって、きっと。

 いつ訪れるかもしれない死を背負って生きている。アイツのように。

 俺に。
 何かが、できるのだろうか。

 神事を見るという彩との約束は守った。
 俺は神事さえ見ればいいものとばかり思っていた。だが、彩の本当の望みは、その先にある。
 俺が村のことを知り、2人のことを知り、そして──

「なにを考えているの?」

 不意に、沙夜に声をかけられる。

「悪かったな」

「どうしたの、いきなり」

「前に黒川のことで、お前にあたったこと、謝る。アイツを神事に誘ってくれたこと、理由はどうあれ今は感謝してる。ありがとな」

「……うん」

「腹、減ったな」

「……うん」

 あと少しだけ、この村に居よう。
 一度村を出たことがあるという、神主さんに相談してみるのもいいかもしれない。

 それに、沙夜と彩の母親のこと──何年も村を離れていたのなら、なにか、村を出ても平気な方法があるのかもしれない。

「桜居さん」

 俺と沙夜の数歩前を歩いていた彩が走り寄ってきて、腕を絡めてくる。

「お願いがあるんだけど、いい?」

「彩、私じゃダメなの?」

「……うん。お姉ちゃんには、できないことなんだよ」

 俺と沙夜は顔を見合わせる。

「桜居さん、ちょっと、しゃがんでみて」

 俺は言う通りにする。
 彩は俺の背後に回ると、背中に温かな重みが加わる。

「確かに、それは私にはできないわ」

 目を細めて笑みを浮かべる、沙夜。
 俺は彩を背負ったまま、立ちあがる。

「……重かった?」

「いや全然」

 軽い。その軽さは想像を超えるもので、まるで中身の無い人形でも背負っているようだった。

「もっと飯を食え。軽すぎる」

「……うん」

 左肩の上から顔を出して、頷く。

「……」

「どうした? 沙夜もして欲しいのか?」

「バ、バカなこと言わないで! そんな子どもみたいなこと、私がしたいはずが無いじゃない!」

「はいはい」

「……怒るわよ」

 俺はその言葉を無視して、暗がりの中を躓かないように下を見ながら歩く。御神木の方からの明かりのおかげで、なんとか帰り道を判別することができた。

 沙夜は、俺の背中の上で彩が寝息を立てていることに気づくと、しばらくは黙って隣を歩いていたが、

「……あの」

「……?」

「……ねえ」

「ん?」

「私も……いいかな」

 足元を見つめたまま、沙夜が呟く。
 一瞬、何のことを言っているのかわからなかったが、なんとなく直感で、

「2人を背負うのは不可能だ」

 と、小声で言う。

「大丈夫」

 沙夜も小さな声で返し、もたれ掛かるように、ぎこちなく腕を組んでくる。沙夜の腕は、とても冷たかった。

「……寒いのか?」

「少し、ね」

 それだけ言うと、また沈黙が訪れる。
 微かに聞こえる虫の声と、靴底が砂利をかむ音だけが暗闇に響いていた。

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