30 / 44
第24話 詠の葛藤
しおりを挟む
外に出ると青空が広がっていた。
太陽の光が眩しくて、思わず手で両目を覆ってしまう。この村で見る空は、街で見た空よりも鮮明な青色をしている気がする。そして日の光は強い。
石段に向かう途中に境内を眺めたが、詠の姿はなかった。しかし、長く続く階段の真ん中あたりに、竹箒を使って一段一段を丹念に掃除している詠がいた。
「大変そうだな」
「あ、桜居さん。話は終わったんですね」
手を止め、にこやかに言う。
「朝早くから悪かった。それと…」
言おうか一瞬迷ったが、
「日記のこと、ありがとな」
「うん。元気を出してなんて無責任なことは言えないけど、やっぱり、桜居さんは、ちょっと意地悪なくらいが丁度いいと思います」
「俺のどこが意地悪なんだ」
「色々ですよ」
「……」
「意地悪で──」
と、言いかけたところで、詠は持っていた箒を落とした。カコンカコンと音を立てて、竹でできた箒が石段を落ちていく。
「あ……」
走って箒を追いかける詠。
俺はため息をつき、遠ざかる背中を見ながらのんびりと階段を下りる。
「……」
逃げる箒を捕まえた詠が下からじっと俺のことを見つめていた。そして俺が到着するなり、
「な、何言ってるんでしょうね、私……」
「……?」
「あ、いえ……なんでもないです」
詠の仕草から戸惑い、のようなものを感じる。
「変なやつだな」
「……そ、そうですよね」
少し様子がおかしい。
「……大丈夫か? なにか拾い物でも食べたんじゃないのか?」
「ひろい……もの?」
「そうだ。御神木の供え物とか」
「そんなことはしませんよ……あっ、」
食ってかかってくるのを期待していたのだが、思い当たる節を見つけたような表情をした。
「あ、あれは、ちゃんと綺麗なところだけ……」
綺麗なところ?
俺は、いつぞやの、詠のところに持っていった彩の手作りクッキーのことを思い出した。確かあれは俺がみんな地面に落としてダメに……。
「あれを……食ったのか?」
「……な、なんのことですか?」
俺からの視線をそらして、とぼけて見せる。食べたらしい。
「あれを……」
「だ、だって、勿体ないですし……手作りのクッキーなんて滅多に食べられないですし……食べ物を粗末にするとお母さんに怒られるし……」
「……」
「……うぅ、そんな冷たい目で見ないでください」
そう言った詠の顔が妙におかしくて俺は吹き出す。
「何もそんなに笑わなくてもいいじゃないですか!」
「はは」
「う~」
詠は怒って、竹箒を振り上げ──振り下ろそうとしたが、バランスを崩して階段から落ち──反射的に俺は詠の体を階段側に突き飛ばしていた。
そして俺自身は階段を転げ落ちた。
頭や肩、腰や膝などを何度か石段にぶつけ、数回転して止まる。
「……っ」
立ちあがり、服についた土や砂や葉っぱなどを払う。体のあちこちが痛んだが、大したことはなさそうだった。
「怪我はないか、詠」
「……」
こくりと頷く。
突然のことに驚いたのか、詠はその場に座りこんでいた。
「どこも痛くないか?」
「頭、ぶつけました……」
詠は涙目だった。
「そうか。それくらいで済んでよかった」
「よくないです…」
「痛いのか?」
「……痛いです」
そう言うが、それほど痛そうには見えなかった。
「立てるか?」
「……うん」
「じゃあ、俺は帰るから」
体中の痛みが退いてきたので、俺は一人で階段を下りだした。
「桜居さんっ!」
「……?」
「ありがとうございました」
「礼なんていらない。俺のせいだしな。詠の言う通り、俺は意地が悪いのかもしれない」
「……ごめんなさい」
「また、明日な」
「私……」
「ん?」
「私は……寂しいです。桜居さんがいなくなるのは」
「そうか」
「……はい」
「また、明日な」
「そうですね。また、明日ですよね」
「ああ。掃除、頑張れよ。邪魔して悪かったな」
「……邪魔なんかじゃないです」
石段を四つくらい下りたところで、背後から竹箒が石とこすれ合う音が聞こえはじめた。
木漏れ日が射す小道を抜け、俺は長峰家へと帰った。
太陽の光が眩しくて、思わず手で両目を覆ってしまう。この村で見る空は、街で見た空よりも鮮明な青色をしている気がする。そして日の光は強い。
石段に向かう途中に境内を眺めたが、詠の姿はなかった。しかし、長く続く階段の真ん中あたりに、竹箒を使って一段一段を丹念に掃除している詠がいた。
「大変そうだな」
「あ、桜居さん。話は終わったんですね」
手を止め、にこやかに言う。
「朝早くから悪かった。それと…」
言おうか一瞬迷ったが、
「日記のこと、ありがとな」
「うん。元気を出してなんて無責任なことは言えないけど、やっぱり、桜居さんは、ちょっと意地悪なくらいが丁度いいと思います」
「俺のどこが意地悪なんだ」
「色々ですよ」
「……」
「意地悪で──」
と、言いかけたところで、詠は持っていた箒を落とした。カコンカコンと音を立てて、竹でできた箒が石段を落ちていく。
「あ……」
走って箒を追いかける詠。
俺はため息をつき、遠ざかる背中を見ながらのんびりと階段を下りる。
「……」
逃げる箒を捕まえた詠が下からじっと俺のことを見つめていた。そして俺が到着するなり、
「な、何言ってるんでしょうね、私……」
「……?」
「あ、いえ……なんでもないです」
詠の仕草から戸惑い、のようなものを感じる。
「変なやつだな」
「……そ、そうですよね」
少し様子がおかしい。
「……大丈夫か? なにか拾い物でも食べたんじゃないのか?」
「ひろい……もの?」
「そうだ。御神木の供え物とか」
「そんなことはしませんよ……あっ、」
食ってかかってくるのを期待していたのだが、思い当たる節を見つけたような表情をした。
「あ、あれは、ちゃんと綺麗なところだけ……」
綺麗なところ?
俺は、いつぞやの、詠のところに持っていった彩の手作りクッキーのことを思い出した。確かあれは俺がみんな地面に落としてダメに……。
「あれを……食ったのか?」
「……な、なんのことですか?」
俺からの視線をそらして、とぼけて見せる。食べたらしい。
「あれを……」
「だ、だって、勿体ないですし……手作りのクッキーなんて滅多に食べられないですし……食べ物を粗末にするとお母さんに怒られるし……」
「……」
「……うぅ、そんな冷たい目で見ないでください」
そう言った詠の顔が妙におかしくて俺は吹き出す。
「何もそんなに笑わなくてもいいじゃないですか!」
「はは」
「う~」
詠は怒って、竹箒を振り上げ──振り下ろそうとしたが、バランスを崩して階段から落ち──反射的に俺は詠の体を階段側に突き飛ばしていた。
そして俺自身は階段を転げ落ちた。
頭や肩、腰や膝などを何度か石段にぶつけ、数回転して止まる。
「……っ」
立ちあがり、服についた土や砂や葉っぱなどを払う。体のあちこちが痛んだが、大したことはなさそうだった。
「怪我はないか、詠」
「……」
こくりと頷く。
突然のことに驚いたのか、詠はその場に座りこんでいた。
「どこも痛くないか?」
「頭、ぶつけました……」
詠は涙目だった。
「そうか。それくらいで済んでよかった」
「よくないです…」
「痛いのか?」
「……痛いです」
そう言うが、それほど痛そうには見えなかった。
「立てるか?」
「……うん」
「じゃあ、俺は帰るから」
体中の痛みが退いてきたので、俺は一人で階段を下りだした。
「桜居さんっ!」
「……?」
「ありがとうございました」
「礼なんていらない。俺のせいだしな。詠の言う通り、俺は意地が悪いのかもしれない」
「……ごめんなさい」
「また、明日な」
「私……」
「ん?」
「私は……寂しいです。桜居さんがいなくなるのは」
「そうか」
「……はい」
「また、明日な」
「そうですね。また、明日ですよね」
「ああ。掃除、頑張れよ。邪魔して悪かったな」
「……邪魔なんかじゃないです」
石段を四つくらい下りたところで、背後から竹箒が石とこすれ合う音が聞こえはじめた。
木漏れ日が射す小道を抜け、俺は長峰家へと帰った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
睿国怪奇伝〜オカルトマニアの皇妃様は怪異がお好き〜
猫とろ
キャラ文芸
大国。睿(えい)国。 先帝が急逝したため、二十五歳の若さで皇帝の玉座に座ることになった俊朗(ジュンラン)。
その妻も政略結婚で選ばれた幽麗(ユウリー)十八歳。 そんな二人は皇帝はリアリスト。皇妃はオカルトマニアだった。
まるで正反対の二人だが、お互いに政略結婚と割り切っている。
そんなとき、街にキョンシーが出たと言う噂が広がる。
「陛下キョンシーを捕まえたいです」
「幽麗。キョンシーの存在は俺は認めはしない」
幽麗の言葉を真っ向否定する俊朗帝。
だが、キョンシーだけではなく、街全体に何か怪しい怪異の噂が──。 俊朗帝と幽麗妃。二人は怪異を払う為に協力するが果たして……。
皇帝夫婦×中華ミステリーです!
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる