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序章
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私の中には器がある。
いつからだろう。ちょうど胸の奥のあたりに、コップほどの大きさの器があるのを、私はいつも感じていた。
私はアラキア国民のお母さんとゼノン国民のお父さんとの間に生まれた。
お母さんは、なんとなくそれに気づいていたのだと思う。
私が普通ではないことを。
けれど、なにも話してはくれなかった。お母さんは、私が大きくなったら話してくれるつもりだったのかもしれない。でもその機会は訪れなかった。
戦争が始まり、お母さんは死んでしまった。
双頭の竜をモチーフにした、小さなメダルつきの首飾り。それだけが私の手元に残された。私は首飾りをお母さんの形見として身につけることにした。そのことがどういう結果を招くのか、私はまだ知らずにいた。
首飾りを身につけた翌日──
突然のことだった。
不意に、胸の奥に冷たい水を注がれたような感覚に襲われた。
からっぽだった私の器の中に、どこからか冷たい液体が流れてきて、器はそれで一杯になってしまう。
私は悲鳴を上げた。心配してくれたお父さんが、お医者さんを呼んでくれたけれど、身体のどこにも異常はないと言われた。
確かに痛みもなかったし、体調も悪くなかった。
でも、私の中には、それ以来ずっとなにかが溜まっていた。心配かけないためにお父さんには大丈夫って言ったけど、本当はすごく怖かった。
誰にも打ち明けられないまま、数日が経ち、私とお父さんは、戦乱を避けるためにクレズの町を出て、ゼノン公国の小さな町に住むことした。
お母さんが死んでしまう前の、穏やかな暮らしを取り戻すために。
けれど待っていたのは、過酷な生活だった。
お父さんはなかなか仕事を見つけることができなかった。敵国のアラキア人の血──お母さんの血が流れている私は、そのことを常に隠さなければならなかった。
私は。
少しずつ臆病になっていった。
貧しさと、寂しさ、それに伴う悲しみ。そういう目に見えない気持ちが、とても優しかったお父さんを少しずつ変えてしまった。
お父さんは、一日中お酒を飲み、私に暴力を振るうようになった。
戦争とお母さんの死が、すべてを狂わせてしまった。
街から街へと旅を繰り返す、そんな毎日はとてもつらかったけど、慣れていく以外になかった。
そんな中、私は胸に溜まっていた液体を消す方法を見つけた。
首飾り。
お風呂の時も片時も離さず身に付けていた、形見の首飾りから数メートルの距離を置いた瞬間──器の中の液体が嘘のように消えた。
試しに私とお父さんが泊まっていた宿の人に、首飾りを一日中つけてもらったけれど、なにも起こらなかった。私が首飾りをつけると、なにかの拍子に器が液体で満たされる。だけど、首飾りを外して少し離れるとやはり液体は消えてしまう。
このことで私は、首飾りには不思議な力があることを知った。そしてその力は私の中の器に関係しているから、私以外の人が身に付けても影響を与えないのだ、という考えに行き着いた。
でもこれは私の妄想なのかもしれない。
器も。
それを満す液体も。
すべて、私の妄想で、幻。
なぜなら、器も液体も目に見えるわけじゃなく、ただ感じるだけだったから。戦争を境にお父さんと同じように、私の心も壊れてしまったのかもしれない。
そう思うこともあった。
私の中には器がある。そして、首飾りをつけているとなにかの拍子に、その中に見えない液体が注がれる。それだけのこと。
そのことで、私になにかができるわけでもなかったし、なにかができるとも思えなかった。けれど誰にも話せなかった。
見せることができないものを理解してもらえるとは思えなかったから。
私と器と液体。
これが何であるのかを知ったのは──
それまで私が、どれほど危険なことをしていたのかを知ったのは──
あの日、私がお父さんに大怪我を負わせてからだった。
いつからだろう。ちょうど胸の奥のあたりに、コップほどの大きさの器があるのを、私はいつも感じていた。
私はアラキア国民のお母さんとゼノン国民のお父さんとの間に生まれた。
お母さんは、なんとなくそれに気づいていたのだと思う。
私が普通ではないことを。
けれど、なにも話してはくれなかった。お母さんは、私が大きくなったら話してくれるつもりだったのかもしれない。でもその機会は訪れなかった。
戦争が始まり、お母さんは死んでしまった。
双頭の竜をモチーフにした、小さなメダルつきの首飾り。それだけが私の手元に残された。私は首飾りをお母さんの形見として身につけることにした。そのことがどういう結果を招くのか、私はまだ知らずにいた。
首飾りを身につけた翌日──
突然のことだった。
不意に、胸の奥に冷たい水を注がれたような感覚に襲われた。
からっぽだった私の器の中に、どこからか冷たい液体が流れてきて、器はそれで一杯になってしまう。
私は悲鳴を上げた。心配してくれたお父さんが、お医者さんを呼んでくれたけれど、身体のどこにも異常はないと言われた。
確かに痛みもなかったし、体調も悪くなかった。
でも、私の中には、それ以来ずっとなにかが溜まっていた。心配かけないためにお父さんには大丈夫って言ったけど、本当はすごく怖かった。
誰にも打ち明けられないまま、数日が経ち、私とお父さんは、戦乱を避けるためにクレズの町を出て、ゼノン公国の小さな町に住むことした。
お母さんが死んでしまう前の、穏やかな暮らしを取り戻すために。
けれど待っていたのは、過酷な生活だった。
お父さんはなかなか仕事を見つけることができなかった。敵国のアラキア人の血──お母さんの血が流れている私は、そのことを常に隠さなければならなかった。
私は。
少しずつ臆病になっていった。
貧しさと、寂しさ、それに伴う悲しみ。そういう目に見えない気持ちが、とても優しかったお父さんを少しずつ変えてしまった。
お父さんは、一日中お酒を飲み、私に暴力を振るうようになった。
戦争とお母さんの死が、すべてを狂わせてしまった。
街から街へと旅を繰り返す、そんな毎日はとてもつらかったけど、慣れていく以外になかった。
そんな中、私は胸に溜まっていた液体を消す方法を見つけた。
首飾り。
お風呂の時も片時も離さず身に付けていた、形見の首飾りから数メートルの距離を置いた瞬間──器の中の液体が嘘のように消えた。
試しに私とお父さんが泊まっていた宿の人に、首飾りを一日中つけてもらったけれど、なにも起こらなかった。私が首飾りをつけると、なにかの拍子に器が液体で満たされる。だけど、首飾りを外して少し離れるとやはり液体は消えてしまう。
このことで私は、首飾りには不思議な力があることを知った。そしてその力は私の中の器に関係しているから、私以外の人が身に付けても影響を与えないのだ、という考えに行き着いた。
でもこれは私の妄想なのかもしれない。
器も。
それを満す液体も。
すべて、私の妄想で、幻。
なぜなら、器も液体も目に見えるわけじゃなく、ただ感じるだけだったから。戦争を境にお父さんと同じように、私の心も壊れてしまったのかもしれない。
そう思うこともあった。
私の中には器がある。そして、首飾りをつけているとなにかの拍子に、その中に見えない液体が注がれる。それだけのこと。
そのことで、私になにかができるわけでもなかったし、なにかができるとも思えなかった。けれど誰にも話せなかった。
見せることができないものを理解してもらえるとは思えなかったから。
私と器と液体。
これが何であるのかを知ったのは──
それまで私が、どれほど危険なことをしていたのかを知ったのは──
あの日、私がお父さんに大怪我を負わせてからだった。
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