オメガ

白河マナ

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第2章 王都

2-2

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「さっそくだけど、確かめさせてもらうわ」

「今、ですか?」

 赤くなった頬をさすりながら、ジードが言う。着ていた鎧と剣はライザの命令で外し、部屋の脇に置いてある。

「さっきも言ったでしょう、教えられないって。でも、あなたがシリウスに戻るというのなら、」

 ライズの居場所を教えてあげると、ライザは約束した。

「でもね、あなたは一度ここを辞めた人間。そんな人を戻すのには、それなりのあかしが必要でしょう?」

 ジードは剣の柄に手をかけ、

「だからって今更テストですか?  俺はあなたを傷つけたくないんですよ」

「ここを去って身に付けてきたのは、その達者な口だけ、なのかしら」

 その一言に、ジードの目の色が変わる。

「……死んでも知らないぜ」

御託ごたくはいいわ。私も暇じゃないの」

「手加減はしない」

「それはとても楽しみ」

 ジードはやや腰を落とし、重心を安定させる。そして、少しずつ、すり足で間合いを詰める。素手のライザは、半身に構え、自分からは動かずにジードの出方を窺う。
 剣の間合いに入ってからも、ライザは表情ひとつ変えなかった。それどころか、身じろぎすらしない。
 剣を構えるジードの姿がライザの瞳に映り込む距離になっても、両者は攻撃に移らない。その姿が全身像から上半身のみになったところで、ジードも動きを止める。

 ライザがまばたきをした瞬間をジードが逃さず──剣を抜いたが──放った渾身の剣戟けんげきは、わずかにライザの頬をかすめただけだった。
 床に一滴、血が落ちる。

「ふぅん」

 ライザは感心しながら一言つぶやき、親指で傷口をなぞる。
 勝負は決していた。
 部屋の中にはライザしかいなかった。剣戟をかわして懐に飛び込んだライザが、ジードの胸のあたりに触れると、ジードは室内から消え去っていた。
 左耳を飾る大きなイヤリングを触りながら、

「惜しかったわね」

 笑みを見せ、ライザは椅子に座る。

「でもいいわ。合格」

 読みかけの本の続きを読みながら、ライザはジードが戻ってくるのを待った。そして数分後、砂埃にまみれた姿で現れたジードに向かって、

「ライズに会いに行くのなら、ついでに頼みたい仕事があるの」

 と、晴れやかな笑顔で言った。


◇ ◆ ◇


「仕事、ですか」

「そ。私の顔に傷までつけておいて、まさか自分の用事だけを済まそうなんて、考えてないわよね」

「つまり、責任とって俺に結婚しろと?」

 それは大仕事だとジードは大げさに眉間みけんを押さえる。

「……まだ殴られ足りない? それとも次は水浴びがいいかしら」

 ジードは立ち上がろうとするライザを慌てて制止する。

「ひ、引き受けますから」

「嬉しいわ。出立は?」

「明日の朝に」

「それなら仕事の内容も明日話すから、出かける前にまたここに来なさい。今夜はこの建物の裏にある宿舎の一部屋を貸してあげるから、そこで休むといいわ」

「わかりました。けど……シリウスは垢抜け過ぎじゃないんですか。こんなに変わっていると思いませんでした」

「そうかしら」

「ギルドは一体どこに行ったんですか?」

「ほとんど活動してないわね。自然消滅寸前って感じ。仕事といっても、王族や金持ちが依頼してくる護衛くらいだし。昔のような汚い仕事をしなくても大丈夫なのよ、もう。いまはこの学院の運営やランク持ちの探索に人手が割かれているわ」

「なら俺はギルドに戻ったわけじゃないんですか」

「正確には、そういうことになるわね。ええと、シナっていう子を呼ぶから、その子の説明を受けて頂戴」

 ライザが左耳のイヤリング──モジュレータに指を当てると、赤く丸い宝石が何度か点滅を繰り返す。

「すぐに来ると思うから少し待って。他に質問は?」

「そう言えば──中庭で草をむしってた子は、一体なんなんですか」

「驚いた?」

「魔法士なら誰でも驚きます」

 ジードは悟られないように魔法を使って少女のランクを計測してみたが、計測不能と返ってきた。
 通常、魔法で他人のランクを測る場合、自分よりも五つ上のランクから下についてのみ判別できる。
 つまり、δデルタであるジードのモジュレータが計測不能という値を返してきたのなら、少女のランクはιイオタ以上ということになる。

「一応、私の後継者候補なんだけど……ひとつ大きな問題があるのよね」

 ライザは頬杖をつき心底困り果てた様子で、

「感染しているのよ、あの子。それもメリッサにね」

「それって、」

「ええ。まだワクチンの場所がわかってないウイルス。あの子が、あんなに大きなローブを着ているのは自分の身体を見せたくないから」

「これまでに感染例は?」

「二十三例あるわ。けど、全滅。助かった事例はないわね」

 と言いながらも、ライザの表情に諦めの色はなかった。どうにかして少女を救ってみせるという強い意志が感じられる。

「ライズ様に頼んではどうでしょうか?」

「絶対に嫌」

「どうして?」

「どうしても、よ」

「まだ根に持ってるんですか、あの事──」

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