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第2章 王都
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ジード=スケイルは、七年ぶりにクライトの街に帰ってきた。
王都となったことでクライトは著しく変貌していた。街全体は強固な外壁に包まれ、外壁の内側にはより高い城壁があり、新王のいる城を守っている。
でこぼこだった道はきれいに黒レンガで舗装され、ほとんどの家々は建て直され、街は明るさと活気に満ちあふれていた。
行き交う人々はみな清潔な格好をしており、住民の生活水準が格段に上がったことを如実に示している。
七年前。
アラキア王国とゼノン公国との十ヶ月に及ぶ戦争が終わったその年、選都が決定し、国の首都機能のすべてがクライトに移されることになった。
王都になるということは、国家の経済と文化の中心になることに他ならない。
そして。
遷都にともない、一部の闇ギルドや犯罪組織など、これまでクライトを根城にしていた影の部分はすべて払拭された。唯一残ったのは、先の大戦での多大な戦功を認められた魔法士ギルド『シリウス』だけだった。
「どこにあるんだ、一体」
ジードは悪態をつく。
門番に言われたとおり歩いてきたはずなのだが、それらしい入り口は見あたらない。気がつけば、大きな屋敷の前にいた。
「おい、そこの子ども」
屋敷の中庭で草をむしっている女の子に話かける。
「どうしたの、おじさん」
女の子はジードをまじまじと見つめ、わずかに顔をしかめた。
クライトにはアラキア中から様々な人種が集まり、住んでいる。だがそれでも、黒い瞳と髪というのは珍しい。
ジードは、長身で髪は短く、肌は浅黒く、細身でありながらも筋肉質な体つきをしている。つぎはぎだらけの皮の胸当て。首には枷のような古めかしい金属のアクセサリ。右手の親指には銀色の指輪。腰には古ぼけた剣。だらしなく巻かれた皮のベルトには、なんだかわからないものが幾つもぶら下がっている。しかも、やや臭う。
いろいろな意味でとても近寄りがたい。だがその顔立ちは……と言いたいところだが、こちらもパッとしない。
『可もなく、不可もなく』
ジードが七年前まで所属していた、シリウスの首領、ライザの弁である。
「ちょっと待て、子ども」
「うん?」
「いま『おじさん』って言わなかったか?」
女の子は、ジードをまっすぐ指さして、
「おじさん……」
「大間違いだ。どう見ても俺はおにいさんだろ」
女の子は、真剣な面もちでジードの目を見つめる。そして、
「あやしいおにいさん?」
「……それも違う。あやしくない普通のおにいさんだ」
「でも、へんなかっこう」
「それは差別というものだ。なにを着ていようが俺の年齢や人格とは関係ない」
「なるほど」
「納得したか?」
「かなりした」
「じゃあ、誤解がとけたところで訊きたいことがある……って、オイ!」
いつの間にか、女の子はまた草むしり作業に戻っていた。
「ん?」
「こっちに戻ってこい」
素直に、大きめのローブを半分ひきずるようにしながら、とてとてと走ってくる。
「どうしたの?」
「訊きたいことがある」
「わたし?」
「お前の他に誰がいるんだ」
くるりと回ってから、女の子は、
「いなかった」
「じゃあ、質問してもいいな」
「うん」
「シリウスって、知ってるか?」
「ここ」
女の子は、かすかに微笑んで、
「ここ、だよ」
そう言われて、改めてジードが周囲を見てみると、屋敷の門には覚えのある紋章のレリーフがあることに気づく。そして、目の前の女の子が着ているローブにも、やはりシリウスの紋章が刺繍されていた。
屋敷を眺める。
三階建ての、まるで貴族の屋敷のような豪奢な建物がそこにはあった。広い中庭の中央には大きな噴水があり、植え込みや芝生は手入れが行き届いていた。
七年前、シリウスは路地裏の地下にあった。
変わり果ててしまった古巣の姿に、ジードは肩を落とす。一度だけ深いため息をついてから、気を取り直して、
「首領のところに案内してくれ」
「シュリョウさん?」
「あー、ええと、ここで一番偉い人のところだ」
「いんちょうせんせいかな」
「名前はライザだよな?」
「うん、おじ、おにいさんの名前おしえて」
一部に引っかかるところがあったが、ジードは突っ込まずに流す。
「ジードだ。ジード=スケイル。格好いいおにいさんだ」
女の子は大きく頷き、待っててと言い残し、建物の方へ走っていった。しばらくすると戻ってきて、
「はい」
一枚のカードをジードに手渡す。
銀製の綺麗なカードには、シリウスの紋章とライザの名前が掘ってあった。
「なんだ、これは?」
「おかねのかわりみたい。それをつかっておフロにはいって、あたらしいフクにきがえてから、またきなさいって」
「お前、臭いとか言わなかったよな」
「おしえてあげた」
「……」
「ダメだった?」
ジードを見上げ、目を潤ませる少女。
「また来る」
太陽が真上に達したころジードは戻ってきた。金属が擦れ合う、耳障りな音とともに。
女の子は、やはり中庭の草をむしっていた。着ているローブは少女の体のサイズに合っておらず、指先から足元まで全身を包み隠している。
女の子はジードに気づき、今度は声をかける前に走り寄ってくる。
「かっこいい」
物々しい全身鎧を着たジードに向かって微笑み、あちこちをぺたぺたと触ってくる。ジードはクライトで最も高級な宿の風呂を借り、最も高い剣と鎧を身につけてきた。
無論、ライザのカードで。
「院長さんのところに連れていってくれるな」
「うん」
この時のジードはまだ、ライザにグーで殴られることを知らない。
王都となったことでクライトは著しく変貌していた。街全体は強固な外壁に包まれ、外壁の内側にはより高い城壁があり、新王のいる城を守っている。
でこぼこだった道はきれいに黒レンガで舗装され、ほとんどの家々は建て直され、街は明るさと活気に満ちあふれていた。
行き交う人々はみな清潔な格好をしており、住民の生活水準が格段に上がったことを如実に示している。
七年前。
アラキア王国とゼノン公国との十ヶ月に及ぶ戦争が終わったその年、選都が決定し、国の首都機能のすべてがクライトに移されることになった。
王都になるということは、国家の経済と文化の中心になることに他ならない。
そして。
遷都にともない、一部の闇ギルドや犯罪組織など、これまでクライトを根城にしていた影の部分はすべて払拭された。唯一残ったのは、先の大戦での多大な戦功を認められた魔法士ギルド『シリウス』だけだった。
「どこにあるんだ、一体」
ジードは悪態をつく。
門番に言われたとおり歩いてきたはずなのだが、それらしい入り口は見あたらない。気がつけば、大きな屋敷の前にいた。
「おい、そこの子ども」
屋敷の中庭で草をむしっている女の子に話かける。
「どうしたの、おじさん」
女の子はジードをまじまじと見つめ、わずかに顔をしかめた。
クライトにはアラキア中から様々な人種が集まり、住んでいる。だがそれでも、黒い瞳と髪というのは珍しい。
ジードは、長身で髪は短く、肌は浅黒く、細身でありながらも筋肉質な体つきをしている。つぎはぎだらけの皮の胸当て。首には枷のような古めかしい金属のアクセサリ。右手の親指には銀色の指輪。腰には古ぼけた剣。だらしなく巻かれた皮のベルトには、なんだかわからないものが幾つもぶら下がっている。しかも、やや臭う。
いろいろな意味でとても近寄りがたい。だがその顔立ちは……と言いたいところだが、こちらもパッとしない。
『可もなく、不可もなく』
ジードが七年前まで所属していた、シリウスの首領、ライザの弁である。
「ちょっと待て、子ども」
「うん?」
「いま『おじさん』って言わなかったか?」
女の子は、ジードをまっすぐ指さして、
「おじさん……」
「大間違いだ。どう見ても俺はおにいさんだろ」
女の子は、真剣な面もちでジードの目を見つめる。そして、
「あやしいおにいさん?」
「……それも違う。あやしくない普通のおにいさんだ」
「でも、へんなかっこう」
「それは差別というものだ。なにを着ていようが俺の年齢や人格とは関係ない」
「なるほど」
「納得したか?」
「かなりした」
「じゃあ、誤解がとけたところで訊きたいことがある……って、オイ!」
いつの間にか、女の子はまた草むしり作業に戻っていた。
「ん?」
「こっちに戻ってこい」
素直に、大きめのローブを半分ひきずるようにしながら、とてとてと走ってくる。
「どうしたの?」
「訊きたいことがある」
「わたし?」
「お前の他に誰がいるんだ」
くるりと回ってから、女の子は、
「いなかった」
「じゃあ、質問してもいいな」
「うん」
「シリウスって、知ってるか?」
「ここ」
女の子は、かすかに微笑んで、
「ここ、だよ」
そう言われて、改めてジードが周囲を見てみると、屋敷の門には覚えのある紋章のレリーフがあることに気づく。そして、目の前の女の子が着ているローブにも、やはりシリウスの紋章が刺繍されていた。
屋敷を眺める。
三階建ての、まるで貴族の屋敷のような豪奢な建物がそこにはあった。広い中庭の中央には大きな噴水があり、植え込みや芝生は手入れが行き届いていた。
七年前、シリウスは路地裏の地下にあった。
変わり果ててしまった古巣の姿に、ジードは肩を落とす。一度だけ深いため息をついてから、気を取り直して、
「首領のところに案内してくれ」
「シュリョウさん?」
「あー、ええと、ここで一番偉い人のところだ」
「いんちょうせんせいかな」
「名前はライザだよな?」
「うん、おじ、おにいさんの名前おしえて」
一部に引っかかるところがあったが、ジードは突っ込まずに流す。
「ジードだ。ジード=スケイル。格好いいおにいさんだ」
女の子は大きく頷き、待っててと言い残し、建物の方へ走っていった。しばらくすると戻ってきて、
「はい」
一枚のカードをジードに手渡す。
銀製の綺麗なカードには、シリウスの紋章とライザの名前が掘ってあった。
「なんだ、これは?」
「おかねのかわりみたい。それをつかっておフロにはいって、あたらしいフクにきがえてから、またきなさいって」
「お前、臭いとか言わなかったよな」
「おしえてあげた」
「……」
「ダメだった?」
ジードを見上げ、目を潤ませる少女。
「また来る」
太陽が真上に達したころジードは戻ってきた。金属が擦れ合う、耳障りな音とともに。
女の子は、やはり中庭の草をむしっていた。着ているローブは少女の体のサイズに合っておらず、指先から足元まで全身を包み隠している。
女の子はジードに気づき、今度は声をかける前に走り寄ってくる。
「かっこいい」
物々しい全身鎧を着たジードに向かって微笑み、あちこちをぺたぺたと触ってくる。ジードはクライトで最も高級な宿の風呂を借り、最も高い剣と鎧を身につけてきた。
無論、ライザのカードで。
「院長さんのところに連れていってくれるな」
「うん」
この時のジードはまだ、ライザにグーで殴られることを知らない。
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※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
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