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第1章 サタナエルの息吹
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「難しいわね。枷は取ってあげたけど、妹さんが敵の手中にあるのなら、あなたは迂闊に動けないし」
「相手はバズです。ゼノン公国、第十四騎士団のバズ=クラーゼン」
「私の殺害を指示したのも?」
「はい」
それを聞き、僅かにライズの目が見開かれたが、
「……眠いわ」
「は?」
その一言で、場の緊張の糸が緩む。
ライズはジードを寝かせていたベッドのシーツを正しながら、
「続きは、明日にしましょう」
と言った。
「でも、」
「まだ急ぐ必要はないから」
「どうしてそんなことが、」
「わかるの、私には」
ライズは緊迫感のない笑顔を向け、ジードからのこれ以上の言葉を遮る。
なぜわかるのかジードには理解できなかったが、左腕の『ルイン』が動作しているのを見て、なんらかの魔法で確認したのだと納得することにした。
ジードには、目の前のライズが先ほど自分のことを眉一つ動かさず殺そうとした人物とは思えなかった。
これがかの『破滅の魔女』とは信じられない。だがあの剣戟を交わし、ジードに幻影まで見せたことは、計り知れない実力の片鱗をうかがわせるのに充分だった。
「……」
「どうしたの?」
自分のことを見つめているジードに問い掛ける。
「ライザ様から聞いていた以上です。とてもオレなんかが太刀打ちできる相手じゃありませんでした」
「そうでもないわ。あなた、剣の腕はなかなかのものだわ。あまりに速いから少し驚いたもの」
少し……か。
渾身の一撃をそう評価されて、思わず落ち込みそうになる。
「申し訳ありませんでした」
ジードが頭を下げる。
困った顔をしてライズがため息をつく。
「その事はいいわ、今回は許してあげる。だから、そろそろ寝ましょう」
そう言ってジードをベッドに促す。
「あ、俺は床で寝ますよ。それとも外で寝てきましょうか」
「ジード、あなたはお客様なの。来客を床や外で寝かせる常識はこの村にないわ。ベッドで眠りなさい」
頷いてジードは横になる。
「それと『様』は、やめて」
魔法士ギルド史上、最高の魔法士。
ジードは、ライズがかつて『破滅の魔女』と呼ばれ、現シリウスの首領であるライザをも凌ぐ力を持っていたという噂が決して誤りでないことを確信していた。
対峙した時に受けるプレッシャーがまるで違うのだ。その瞳に見据えられただけで背筋が凍りつく。
ライズは静かに椅子に腰掛け、それと同時に、部屋に浮かんでいる魔法の光が弱まりはじめる。
「あ、あの、これ使って下さい」
ジードが毛布の一つをライズに手渡す。
「ありがとう」
そして、
完全な闇が部屋を支配した。
「ライズ様?」
「『様』じゃなくて『さん』でしょう?」
「すみません、ライズさん」
「それで、なに?」
「娘さん……リットって言いましたっけ」
「ええ」
「αなんて意外でした。あなたの子供なら、」
「あの子には、私みたいな道を歩ませたくないの。だからクライトの学院にも通わせてないし、これからもそのつもりはないわ」
「……」
「私は嬉しかった。どうせなら、魔法なんて使えない子どもとして生まれてきて欲しかったくらい」
「ではなぜモジュレータを?」
「たとえアルファでも、ランク持ちである以上、力のコントロール方法を知らなければ、他人を傷つけてしまうかもしれないから」
「……そうですね」
ジードは、ライズが言うように、チカラの使い方を知らずに自分の父親に大怪我を負わせてしまった少女のことを思い出した。
「最後にこれだけ知りたいのですが……あなたがωという噂……」
「ふふっ、私がオメガですって? 違うわτよ。で、ライザがσ。私クラスの魔法士だって他に存在しないのよ。オメガなんてこの世界にはいないと思うわ」
「……」
「もしそんな力を持った人がいるのなら、とっくに大陸を支配してるはずでしょ?」
大陸を支配、か。
力を持つものが常に権力欲に駈られるとは限らない。それを体現しているライズが言うのは、とても妙なことだった。が、ジードは口にしない。
「それにね、あなたにもわかるでしょう。魔法士はランクが全てではないわ。ランクは魔法を入れる器の大きさに過ぎないし。魔法は様々な要素──魔法の知識、モジュレータの性能やキープレートの数、詠唱や印を結ぶ速度、これらはランク以上に重要なことだわ。でもね、優れた魔法士の条件は唯一つ──」
「……」
「純真であること。それだけよ」
「ジュンシン……ですか?」
「ええ。ライザもそう言うでしょうね、きっと」
「それなら、子どもが最も優れた魔法士ということになりませんか?」
「信じられない?」
「……」
「子どもにはね、無いのよ」
ライズはそこで言葉を一旦止め、
「限界とか、固定観念というものが」
「……」
ジードはその意味を考え、黙ってしまう。
「って、お爺様が言ってたの。でも、実を言うと私にもその正確な真意まではわからないわ。なんとなく感覚で理解してるだけ」
そう言って笑う。
「お爺様というのは……」
ジードは念のために確認する。ライズはそうよと言い、ジードが想像している人物で正しいことを示す。
ライザの祖父であり、ライズの育ての親である──魔法士ギルドの創始者シリウス。亡くなって久しいが、ギルドの人間であれば誰もが知っている。
「そう言えば、お爺様からオメガの話も聞いたことがあったような……」
「本当ですか?」
「……えっと、なんだったかしら? ライザから聞いてない?」
「いえ」
「まあ、いいわ。そのうち思い出すでしょう。……ふぅ、さすがにもう限界。そろそろ本当に眠りましょう」
「すみません、色々と余計なことを聞いてしまって。おやすみなさい、ライズ様……じゃなくて、ライズさん」
「ふふ。おやすみ、ジードさん」
「相手はバズです。ゼノン公国、第十四騎士団のバズ=クラーゼン」
「私の殺害を指示したのも?」
「はい」
それを聞き、僅かにライズの目が見開かれたが、
「……眠いわ」
「は?」
その一言で、場の緊張の糸が緩む。
ライズはジードを寝かせていたベッドのシーツを正しながら、
「続きは、明日にしましょう」
と言った。
「でも、」
「まだ急ぐ必要はないから」
「どうしてそんなことが、」
「わかるの、私には」
ライズは緊迫感のない笑顔を向け、ジードからのこれ以上の言葉を遮る。
なぜわかるのかジードには理解できなかったが、左腕の『ルイン』が動作しているのを見て、なんらかの魔法で確認したのだと納得することにした。
ジードには、目の前のライズが先ほど自分のことを眉一つ動かさず殺そうとした人物とは思えなかった。
これがかの『破滅の魔女』とは信じられない。だがあの剣戟を交わし、ジードに幻影まで見せたことは、計り知れない実力の片鱗をうかがわせるのに充分だった。
「……」
「どうしたの?」
自分のことを見つめているジードに問い掛ける。
「ライザ様から聞いていた以上です。とてもオレなんかが太刀打ちできる相手じゃありませんでした」
「そうでもないわ。あなた、剣の腕はなかなかのものだわ。あまりに速いから少し驚いたもの」
少し……か。
渾身の一撃をそう評価されて、思わず落ち込みそうになる。
「申し訳ありませんでした」
ジードが頭を下げる。
困った顔をしてライズがため息をつく。
「その事はいいわ、今回は許してあげる。だから、そろそろ寝ましょう」
そう言ってジードをベッドに促す。
「あ、俺は床で寝ますよ。それとも外で寝てきましょうか」
「ジード、あなたはお客様なの。来客を床や外で寝かせる常識はこの村にないわ。ベッドで眠りなさい」
頷いてジードは横になる。
「それと『様』は、やめて」
魔法士ギルド史上、最高の魔法士。
ジードは、ライズがかつて『破滅の魔女』と呼ばれ、現シリウスの首領であるライザをも凌ぐ力を持っていたという噂が決して誤りでないことを確信していた。
対峙した時に受けるプレッシャーがまるで違うのだ。その瞳に見据えられただけで背筋が凍りつく。
ライズは静かに椅子に腰掛け、それと同時に、部屋に浮かんでいる魔法の光が弱まりはじめる。
「あ、あの、これ使って下さい」
ジードが毛布の一つをライズに手渡す。
「ありがとう」
そして、
完全な闇が部屋を支配した。
「ライズ様?」
「『様』じゃなくて『さん』でしょう?」
「すみません、ライズさん」
「それで、なに?」
「娘さん……リットって言いましたっけ」
「ええ」
「αなんて意外でした。あなたの子供なら、」
「あの子には、私みたいな道を歩ませたくないの。だからクライトの学院にも通わせてないし、これからもそのつもりはないわ」
「……」
「私は嬉しかった。どうせなら、魔法なんて使えない子どもとして生まれてきて欲しかったくらい」
「ではなぜモジュレータを?」
「たとえアルファでも、ランク持ちである以上、力のコントロール方法を知らなければ、他人を傷つけてしまうかもしれないから」
「……そうですね」
ジードは、ライズが言うように、チカラの使い方を知らずに自分の父親に大怪我を負わせてしまった少女のことを思い出した。
「最後にこれだけ知りたいのですが……あなたがωという噂……」
「ふふっ、私がオメガですって? 違うわτよ。で、ライザがσ。私クラスの魔法士だって他に存在しないのよ。オメガなんてこの世界にはいないと思うわ」
「……」
「もしそんな力を持った人がいるのなら、とっくに大陸を支配してるはずでしょ?」
大陸を支配、か。
力を持つものが常に権力欲に駈られるとは限らない。それを体現しているライズが言うのは、とても妙なことだった。が、ジードは口にしない。
「それにね、あなたにもわかるでしょう。魔法士はランクが全てではないわ。ランクは魔法を入れる器の大きさに過ぎないし。魔法は様々な要素──魔法の知識、モジュレータの性能やキープレートの数、詠唱や印を結ぶ速度、これらはランク以上に重要なことだわ。でもね、優れた魔法士の条件は唯一つ──」
「……」
「純真であること。それだけよ」
「ジュンシン……ですか?」
「ええ。ライザもそう言うでしょうね、きっと」
「それなら、子どもが最も優れた魔法士ということになりませんか?」
「信じられない?」
「……」
「子どもにはね、無いのよ」
ライズはそこで言葉を一旦止め、
「限界とか、固定観念というものが」
「……」
ジードはその意味を考え、黙ってしまう。
「って、お爺様が言ってたの。でも、実を言うと私にもその正確な真意まではわからないわ。なんとなく感覚で理解してるだけ」
そう言って笑う。
「お爺様というのは……」
ジードは念のために確認する。ライズはそうよと言い、ジードが想像している人物で正しいことを示す。
ライザの祖父であり、ライズの育ての親である──魔法士ギルドの創始者シリウス。亡くなって久しいが、ギルドの人間であれば誰もが知っている。
「そう言えば、お爺様からオメガの話も聞いたことがあったような……」
「本当ですか?」
「……えっと、なんだったかしら? ライザから聞いてない?」
「いえ」
「まあ、いいわ。そのうち思い出すでしょう。……ふぅ、さすがにもう限界。そろそろ本当に眠りましょう」
「すみません、色々と余計なことを聞いてしまって。おやすみなさい、ライズ様……じゃなくて、ライズさん」
「ふふ。おやすみ、ジードさん」
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