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第5章 刃
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話を聞き終えたリットはメルト石のひとつを手に取る。
恐る恐る右足首のモジュレータに触れされると、石は輝きとともにあたりの空気に霧散した。そして光の粒子がリットのモジュレータに吸い込まれていく。
「ひゃっ!」
一瞬でリットの体内の器がソークで満たされる。
ところが器が一杯になってもモジュレータからはソークが補充され続け、次から次へと溢れ出てしまう。
リットの許容範囲を超える量のソークが器に流れてきているのだ。
「……なんか、勿体ないね」
「今度からは石を砕いて、小さなカケラにしてから使ったほうがいいかもな」
「うん、そうだね」
ジードは自分が魔法士であることはリットに話していない。しかし、もうリットの中では疑惑が確信に変わっているようだった。
「じゃあ、釣りの続きをしよ」
リットは再び竿を持って針に餌をつける。ジードも次第にコツをつかみ、順調に魚を釣り上げていった。
すべての魚からメルト石を取り出して、湖に放し終えるころには、日が傾きはじめていた。
「にじゅういち、にじゅうに……と、」
リットは石を数えながら腰の皮袋に入れる。
「はい、これジードの分」
と言って、袋の中にある半分のメルト石を手渡す。ジードはその中から六つだけメルト石を取った。
「俺が釣った分だけでいい」
「ダメ。二人で釣ったんだから、分け前は半分ずつだよ。それにね、お母さんだってこんなにはいらないと思うし」
「なら、俺の分の残りは、リットにやるよ」
「本当に?」
「ああ。リットだって魔法が使えるんだから、立派な魔法士だ。持っていて無駄ってこともないだろ」
「魔法士? だって、私、アルファなんだよ?」
「アルファだろうとオメガだろうと魔法士には違いない。俺は、王都にある『シリウス』に行った時に、お前と同じアルファの生徒を見かけたしな」
「えっ、アルファの人も学院に入れるの?」
「ああ」
「いいなー。お母さんが許してくれるなら、私もクライトに行きたいよ」
「そんなに魔法の勉強がしたいのか」
「うん。そうなんだけど、私はお母さんを助けてあげたいんだよ」
ジードはリットに向き直る。
「私は、お母さんが戦争で何をしてきたか知ってるよ」
「……」
「お母さんは、たくさんの人たちを魔法で殺してしまったの。それは、戦争を終わらせるためには必要なことだったんだけど、お母さんにとっては、とても辛くて悲しいことだったんだよ。お母さんは、本当は自分の力がすごく嫌いで、戦争のことで今も心を痛めているの」
「……そうか」
「だからね、私が魔法で色んな人を助けてあげるの。アラキアの人もゼノンの人も。だって、同じ人間なんだし。お母さんが死なせてしまった分、私が大勢の人を救ってあげたいんだ」
ジードはただリットの言葉に耳を傾けていた。
脳裏では戦争時の惨状が浮かんでは消えていく。多くの人間が目の前で死んでいった。敵も味方も関係なく。至る所で死が渦巻いていた。
「私は、アルファだけど……それでも、なにかができると思うんだ。アルファだって、頑張れば色んなことができると思うの」
リットの白い瞳からは、強い決意が見て取れた。
「あ、これ、お母さんに言わないでね」
照れ笑いを浮かべるリット。
ジードは、さらわれた妹のことを想い、胸が痛む。
バズの望みはライズとの決着だ。騎士としての誇りを捨ててまでライズに挑もうとしている。結果、ライズは死ぬことになるかもしれない。
しかしジードは、それでも前へと進まなければならなかった。
◇ ◆ ◇
歩きながらリットは光の球を作り出す。
バケツを持ったジードがその後をついていく。石を取り出したメルトは湖に戻したので、バケツの中には釣りで使った糸と釣針が入っている。
まだ空は明るいが森の中は平地とは違い、日が傾きはじめると急速に暗くなる。小さな光の球はリットのそばで上下に揺れながら浮いていた。
「少しゆっくり歩かないか」
「そうだね」
ジードはこのまま帰るべきなのか迷っていた。
バズの目的はライズの命だ。どちらかが死ぬまで戦いは終わらないだろう。
ライズが死ぬか、バズが死ぬか。
バズはジードに命令した。魔法とライズについての情報を提供し、バズたちがアラキアに入国してライズと戦うための協力をするように、と。それがジードが妹を取り戻すための条件だった。
計画は綿密に練られ、実行された。
ジードがライズに外してもらった指輪と首枷も計画の一部を担っている。指輪はバズへの絶対服従と対象者の言動や行動の制限を、首枷にはまた別の特殊な魔法がかかっていた。
どうしてそんなものをバズたちが所持していたのか、ジードにはわからない。指輪も首枷はモジュレータと同時代に作られたもののように見えた。そうだとすると、千年以上も前の道具ということになる。
首枷は方位磁針のような受信機とセットになっていて、その受信機で首枷のある場所を正確に特定することができた。
もともとは、大昔の魔法士たちが囚人を監視するために使った道具であろうとジードは予想していた。
バズの計画は順調に進んでいる。
すでにジードの役目は終わり、あとはライズに外してもらった首枷を持ってゼノン公国にあるバズの屋敷に行けばいいだけだった。妹のルシアは解放される。
戦いの結果はどうあれ、ジードは、再び妹との平穏な暮らしを取り戻す。
だが──
リットは、母親を失うかもしれない。そのことがジードを苦しめていた。まだ間に合うかもしれない。戦いに加勢することはできないが、何かできることはないのだろうか、ジードは無力な自分に苛立ちを覚えていた。
「あれ、どうしたんだろう」
前を行くリットが急に立ち止まる。するすると近くの木に登り、遠くの空を眺める。
村の方向から幾筋もの黒煙が上がっていた。
恐る恐る右足首のモジュレータに触れされると、石は輝きとともにあたりの空気に霧散した。そして光の粒子がリットのモジュレータに吸い込まれていく。
「ひゃっ!」
一瞬でリットの体内の器がソークで満たされる。
ところが器が一杯になってもモジュレータからはソークが補充され続け、次から次へと溢れ出てしまう。
リットの許容範囲を超える量のソークが器に流れてきているのだ。
「……なんか、勿体ないね」
「今度からは石を砕いて、小さなカケラにしてから使ったほうがいいかもな」
「うん、そうだね」
ジードは自分が魔法士であることはリットに話していない。しかし、もうリットの中では疑惑が確信に変わっているようだった。
「じゃあ、釣りの続きをしよ」
リットは再び竿を持って針に餌をつける。ジードも次第にコツをつかみ、順調に魚を釣り上げていった。
すべての魚からメルト石を取り出して、湖に放し終えるころには、日が傾きはじめていた。
「にじゅういち、にじゅうに……と、」
リットは石を数えながら腰の皮袋に入れる。
「はい、これジードの分」
と言って、袋の中にある半分のメルト石を手渡す。ジードはその中から六つだけメルト石を取った。
「俺が釣った分だけでいい」
「ダメ。二人で釣ったんだから、分け前は半分ずつだよ。それにね、お母さんだってこんなにはいらないと思うし」
「なら、俺の分の残りは、リットにやるよ」
「本当に?」
「ああ。リットだって魔法が使えるんだから、立派な魔法士だ。持っていて無駄ってこともないだろ」
「魔法士? だって、私、アルファなんだよ?」
「アルファだろうとオメガだろうと魔法士には違いない。俺は、王都にある『シリウス』に行った時に、お前と同じアルファの生徒を見かけたしな」
「えっ、アルファの人も学院に入れるの?」
「ああ」
「いいなー。お母さんが許してくれるなら、私もクライトに行きたいよ」
「そんなに魔法の勉強がしたいのか」
「うん。そうなんだけど、私はお母さんを助けてあげたいんだよ」
ジードはリットに向き直る。
「私は、お母さんが戦争で何をしてきたか知ってるよ」
「……」
「お母さんは、たくさんの人たちを魔法で殺してしまったの。それは、戦争を終わらせるためには必要なことだったんだけど、お母さんにとっては、とても辛くて悲しいことだったんだよ。お母さんは、本当は自分の力がすごく嫌いで、戦争のことで今も心を痛めているの」
「……そうか」
「だからね、私が魔法で色んな人を助けてあげるの。アラキアの人もゼノンの人も。だって、同じ人間なんだし。お母さんが死なせてしまった分、私が大勢の人を救ってあげたいんだ」
ジードはただリットの言葉に耳を傾けていた。
脳裏では戦争時の惨状が浮かんでは消えていく。多くの人間が目の前で死んでいった。敵も味方も関係なく。至る所で死が渦巻いていた。
「私は、アルファだけど……それでも、なにかができると思うんだ。アルファだって、頑張れば色んなことができると思うの」
リットの白い瞳からは、強い決意が見て取れた。
「あ、これ、お母さんに言わないでね」
照れ笑いを浮かべるリット。
ジードは、さらわれた妹のことを想い、胸が痛む。
バズの望みはライズとの決着だ。騎士としての誇りを捨ててまでライズに挑もうとしている。結果、ライズは死ぬことになるかもしれない。
しかしジードは、それでも前へと進まなければならなかった。
◇ ◆ ◇
歩きながらリットは光の球を作り出す。
バケツを持ったジードがその後をついていく。石を取り出したメルトは湖に戻したので、バケツの中には釣りで使った糸と釣針が入っている。
まだ空は明るいが森の中は平地とは違い、日が傾きはじめると急速に暗くなる。小さな光の球はリットのそばで上下に揺れながら浮いていた。
「少しゆっくり歩かないか」
「そうだね」
ジードはこのまま帰るべきなのか迷っていた。
バズの目的はライズの命だ。どちらかが死ぬまで戦いは終わらないだろう。
ライズが死ぬか、バズが死ぬか。
バズはジードに命令した。魔法とライズについての情報を提供し、バズたちがアラキアに入国してライズと戦うための協力をするように、と。それがジードが妹を取り戻すための条件だった。
計画は綿密に練られ、実行された。
ジードがライズに外してもらった指輪と首枷も計画の一部を担っている。指輪はバズへの絶対服従と対象者の言動や行動の制限を、首枷にはまた別の特殊な魔法がかかっていた。
どうしてそんなものをバズたちが所持していたのか、ジードにはわからない。指輪も首枷はモジュレータと同時代に作られたもののように見えた。そうだとすると、千年以上も前の道具ということになる。
首枷は方位磁針のような受信機とセットになっていて、その受信機で首枷のある場所を正確に特定することができた。
もともとは、大昔の魔法士たちが囚人を監視するために使った道具であろうとジードは予想していた。
バズの計画は順調に進んでいる。
すでにジードの役目は終わり、あとはライズに外してもらった首枷を持ってゼノン公国にあるバズの屋敷に行けばいいだけだった。妹のルシアは解放される。
戦いの結果はどうあれ、ジードは、再び妹との平穏な暮らしを取り戻す。
だが──
リットは、母親を失うかもしれない。そのことがジードを苦しめていた。まだ間に合うかもしれない。戦いに加勢することはできないが、何かできることはないのだろうか、ジードは無力な自分に苛立ちを覚えていた。
「あれ、どうしたんだろう」
前を行くリットが急に立ち止まる。するすると近くの木に登り、遠くの空を眺める。
村の方向から幾筋もの黒煙が上がっていた。
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