オメガ

白河マナ

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第5章 刃

5-1

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 ライズのモジュレータ『ルイン』が、奇妙な音を発していた。
 それは村の半径三十キロ以内に誰かが侵入したことを示していた。検知の魔法で、ライズは常に村の周囲を監視している。

 数は四つ。
 侵入者が四人であることがわかる。
 しかし、この距離では、まだ相手の性別や体格、服装など細かい情報を得ることはできない。
 村の男たちは今日は狩りに出ている。村に残っているのは、女と子どもと老人、そして客人であるジードだけだ。
 ライズはリットとジードの二人を呼んだ。

「どうしたの、お母さん」

「二人にお願いがあるの。聞いてくれるかしら」

「どうしたんですか」

「実はね、メルト石を取ってきて欲しいの。場所はリットが知っていますので、ジードさんも娘と一緒に行って手伝ってくれるかしら」

 メルト石とは、器にソークを補充するための──モジュレータに吸わせることで、器を満たすことができる不思議な鉱石のことだ。

「メルト石ですか」

「うんっ」

 なんとなく腑に落ちない表情のジードとは対照的に、リットは素直に応じる。

「じゃあ、色々と用意しなくちゃね」

 リットはそう言って、走って家を出て行ってしまう。ライズは小刻みにモジュレータを操作している。

「どうしたんですか、そんなに慌てて」

「……やっぱりわかるかしら」

「ええ」

「娘をお願いするわ。あと一時間ほどで、バズたちがリアにやってくるから」

「俺も戦います」

「あなたは妹さんのためにも、戦ってはダメ」

「ですが、」

「私を誰だと思っているの? これでも『破滅の魔女』と恐れられた女よ。大丈夫、私と『ルイン』がある限り、負けはしないわ」

 と、笑ってみせる。

「それにバズの目的は私だけなのでしょう」

「……一つ聞いていいですか」

「ええ。なにかしら」

「どうして俺なんかに娘さんを預けるんですか。俺は、」

 ジードが戸惑った様子でライズに何かを言いかけたところで、

「ただいま~!」

 リットが帰ってきた。

「おかえりなさい。用意はできた?」

「うん。二人分の針と糸をもらってきたよ。それとバケツも借りてきた。竿は向こうで作るから」

 リットは、はしゃぎながらジードの腕に絡んでくる。

「……」

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

「すぐに出かけたほうがいいわね、二人とも。ゆっくりしていると帰りが遅くなってしまうから」

「そうだね」

「リット、ジードに迷惑をかけないようにね」

 ライズは娘を招き寄せ、強く抱きしめ、額にキスをする。
 その表情はとても穏やかだった。

「大丈夫だよ。いつまでも私を子ども扱いしないでよ、お母さん」

「そうね。では、ジードさん。娘をよろしくお願いします」

「……わかりました」

 ジードは静かに言った。


◇ ◆ ◇


 ところどころ隆起していて歩きにくい場所を、リットは平然と進んでいる。森の中は木々がそれほど密集しておらず、木漏れ日が差し込んでいて明るかった。

 ジードは感心しながらリットの後ろ髪を眺めている。
 同じような道を通っている気がするのだが、リットに確認すると、微妙な枝の角度の違いや太陽の位置を頼りに歩いているのだそうだ。
 一人で引き返すのは不可能に近かったので、ジードは、周囲に目をやりながらもリットから離れないように注意して進む。

「ねえ、ジードって魔法士?」

 後ろを振り向きもせずにリットがそう呟く。

「……どうしてそう思う?」

「なんとなく、かな」

 それ以上、リットは聞いてこなかった。
 二人は無言のまま歩いていたが、やがて木々が開け、眼前に水面が広がった。

「こんなところに湖があるのか」

「たぶん、リアの村の人しか知らない場所なんじゃないかな。じゃあさっそく釣り竿を作るから、木を見つけようね」

「釣り竿? 俺たちはメルト石を取りに来たんじゃないのか」

「だから必要なんじゃない。もしかして、メルト釣りってやったことない?」

 首を傾げ、ジードはリットを見つめる。
 メルト石は鉱石で、山の岩を削って取るのが常識だ。実際にやったこともある。

「あ、そうか。ジードが言いたいのは、あっちのメルト石なんだね」

 リットは一人で納得している。

「どういうことだ」

「メルト石はね、二種類あるんだよ」

「……二種類?」

「うん。どちらも同じものだけどね。メルトって本来は、魚の名前だって知ってる?」

 ジードは首を横に振る。

「えっと、メルトっていう魚がいて、その魚が山から溶け出した鉱石をお腹の中に溜めて結晶を作るの。本来はそれをメルト石というの。で、山で取れるのが大地に染みる前のもので、大抵は不純物が入ってて質が高くないんだって。前にお母さんが話してくれたの」

「それは初耳だ」

「ということだから、釣り竿になりそうな木の枝を探しましょ」

 二人は再び森の中に足を踏み入れる。
 やがてジードが手ごろな長さの木の枝を二つ見つけ、リットが慣れた手つきでそれに釣針と糸をつける。見た目はよくないが、釣り竿としての機能を果たすのにはこれで十分だった。
 二人は地面に座って、間にバケツを置く。
 そして同時に、水面に糸を垂らす。餌は近くにいた小さな虫などだ。

「ねえ、ジード。さっきの話の続きだけど……」

「さっき?」

「ジードが魔法士だっていう話だよ。本当のことを教えて欲しいな。口止めされているんでしょ? お母さんは、私を絶対に魔法士にしたくないみたいだから」

「……」

 リットの表情は疑惑に満ちている。
 素直に話してしまうべきか。ジードは悩む。

「何も言ってくれないってことは、やっぱりそうなのね」

「ライズさんは心配してるんだ、お前のこと」

 二人は一時間ほどで計五匹(そのうちリットが四匹)の魚を釣り上げた。釣り上げた魚は一種類で、そのどれもが寸胴で不恰好だった。
 リットはバケツの中で泳いでいる魚を一匹つかみ上げる。左手で魚を持ち、右手でその大きな口を開く。

「ほら、こうやってね、下顎と上顎をしっかり押さえて、人差指と中指をまっすぐ入れて……」

 直径三センチほどの丸い石が取り出される。色は全体的に薄い黄色で、表面はごつごつしていて非常に硬かった。
 リットは石を取り出した魚を湖に放していく。

「これが、本当にメルト石なのか? 山で取れるのとは大違いだな。まず色から違うし、こんなに大きな塊は見たことがない」

 ジードは石をリットに返す。

「これを吸わせると、どれくらいソークが埋まるんだ?」

 その言葉に、リットの表情が止まる。

「なんのこと?」

「この石をなにに使うのか知らないのか?」

「なにって……宝石の代わりとして、指輪とか首飾りとかの装飾に使うんでしょ? お母さんが言ってたよ」

「……」

「えっ、違うの?」

 通常メルト石はモジュレータに吸わせて使用する。
 魔法を使った際に不足した器の中のソークを補うことができる。メルト石を知っているのだから、ジードは当然リットが知っているものと思っていた。

「ねえ、ジード?」

 リットが疑いの眼差しを向けている。

「いま吸わせるって言ったよね。ということは、この石はモジュレータに対して使うんでしょう?」

「……」

「使うとどうなるの?」

 これ以上誤魔化すのは無理であると判断し、ジードは観念した。手製の釣り竿を置き、木陰に座り込む。

「俺から訊いたってライズさんに言わないと約束できるか」

「うんっ! 約束する!」

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