オメガ

白河マナ

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第6章 終わりの始まり

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「悪かったわね。授業を止めてしまって」

 学院の会議室には、ラーチェとシオンを除いたすべての教師が集まっていた。突然のライザの召集にそれぞれが表情を硬くしている。

「遅くなりました」

 野外で実習をしていたラーチェが部屋に入ると扉が自動的に閉まり、鍵がかかる。

「これで全員かしら。シオンはちょっと私の使いでクライトを出てるから。とりえずみんな座って頂戴」

 おのおの席につく。
 広い、正方形の部屋に、椅子だけが並べられている。壁は淡いブルーの塗装がされているだけで装飾はなく、厚いカーテンが窓からの日差しを完全に遮っていた。しかし部屋の中は明るい。魔法の光が天井の四隅から部屋の中を等しく照らしている。

「さっそく本題に入るわね。今日からしばらくの間、禁止していたライブラリの〇〇一九四五番=『宏遠こうえん餌袋えぶくろ』のアクセス制限を解除します」

 教師たちは互いに顔を見合わせる。

「禁じたのは戦争中のことだから、知らない者も中にはいるかもしれないわね。後で知っている人から適当に聞いて。知っている者は解除の意味はわかるわよね」

 ほとんどの教師がうなづく。

「ライザ様、」

 言いかけたラーチェに、

「そういえば、あなたはあの場にいたんだったわね。そんな不安そうな顔をしないで。これは保険みたいなもの」

「……ですが、使用する可能性があるということでは」

「さあね、わからないわ。勘みたいなものよ。ただね、私のところに色々な気になる情報が入ってくるものだから」

 ライザはイヤリングを触りながら思案し、話をはじめた。

「話すと長くなるんだけど……千三百年くらい前、大陸の北半分をアラケリアという国が支配していた。魔法士の国、知ってるわよね。で、南半分はラガって国が支配していた。お互いは常に対立していて国境付近では争いが絶えなかった。ええと、まあとにかく、ランク持ちと普通の人間たちが別々の国に分かれて、魔法と剣はどっちが上なのかって下らないことを争っていたわけね。人間たちを魔法で根絶やしにするのは可能なことなんだけど、当時アラケリアでは奴隷として人間を使ってたし、そこまで徹底できる指導者もいなかった。強力な魔法を使った土地を人が住めるように戻すのも大変でしょうから、度々小競り合い程度にやりあっていたってところかしら。全面戦争にまでは至らず、両国の勢力はほぼ五分と五分のままの状態が長く続いた。でもね、月日がたって世代が変わるにつれて次第に両国の関係は和平の方向へと進んでいった。やがて限られた街のみだけど互いの国を行き来できるようにもなった。アラケリアは人間の素晴らしい技術の数々を知ることになり、逆に魔法の知識はラガへ流出した」

 ライザは一息ついて、私はこういう話をするの苦手なのよ、と愚痴をこぼす。

「たとえばラーチェ、魔法が使えなくなったら、あなたと人間との境目はなんだと思う?」

「ランク持ちであるかどうかです」

「そうね。では、魔法が使えないランク持ちと普通の人間、どちらが個として優れているかしら」

「一概には結論づけられません。普通の人間同士を比べるようなものですから。ただ、私たちは日ごろ魔法に頼った生活をしていますので、それを考えると私たちの方が劣るのかもしれません」

 ライザは満足そうな笑みを湛え、

「その通り。それで拮抗が崩れたの、アラケリアとラガの」

 ライザの魔法で教師たちの間に半透明の映像が浮かび上がる。それは鎧だった。土汚れていて骨董品と呼んでも差し支えないほど古めかしい鎧。

「対魔法防具、とでも言えばいいのかしら。こういうものがラガで極秘裏に研究されて、やがて大量に作られた。そしてアラケリアは滅びた。ほとんどの魔法士は殺されて、モジュレータやプレートは処分され、魔法士はその後の歴史から姿を消した。百年、二百年と経つうちに、こういった鎧や対魔法用の道具は必要性がなくなって廃棄されていった」

 ライザは映像を消す。
 教師の一人が「それらの道具にはどのような種類のものがあって、どれくらいの数が現存するのでしょうか」と質問する。

「そこまではわからないわ。いまの映像の鎧は私の部屋にあるから、興味ある人には見せてあげる」

「ライザ様、仮にそういった対魔法用の防具や道具を手に入れた集団がいたとしたら、それはシリウスにとって脅威となりうるのでしょうか」

「どうでしょうね。資料が少なすぎて何とも言えないわね」

「『宏遠こうえん餌袋えぶくろ』のアクセス制限の解除は、それが理由ですか?」

「まあ、そんな感じかしら。で、頼みがあるんだけど、〇〇一九四五番の印と詠唱を授業に入れて欲しいの。一日三十分くらいでいいわ」

 わかりましたと教師たちは言う。

 ライザの命令は絶対だ。質問する者はいる、しかし、ライザの考えに異を唱える者はいない。首領と配下から学院長と教師という関係になっても、そのことはギルド時代から変わらない。

「悪いわね。では会議はこれで終了します。最後に質問とかあるかしら」

 挙手した一人にライザは頷きを返す。

「さっきのアラケリアの歴史の話に戻るのですが、祝福の儀はもしかして……」

 今ではもう行われなくなったが、アラキア王国では新生児に対して祝福の儀という儀式を行う習慣があった。教会からの使者が新生児の額を聖水で濡らし、肌の色が青くなるものを神に祝福されざる者として処分した。

「そうよ。聖杯はその当時に作られたランク持ちを特定するための道具。何百年もの間、私たちはあれのせいで異端者扱いされ、殺され、奪われ、迫害され続けてきた。当時の魔法士狩りの名残よ、あれは」

 質問した男は無言のまま床を見つめている。

「過去のことを気に病んでも仕方がないわ。祝福の儀はすでに廃止されているのだから。他に質問はないかしら。特にないなら会議は終了よ、ラーチェは話があるからこのまま残って頂戴」

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