オメガ

白河マナ

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第6章 終わりの始まり

6-3

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 ライザはカーテンを開き、正門のほうへ歩いていく子どもたちの背中を眺める。子どもたちの話し声が遠ざかっていく。夕日がライザの影を部屋の床に落としていた。

「あの、私だけに話とは」

「本当はシオンにするべきなんだけど、いないから。あなたのクラスにカチュアという新入生がいるわよね」

「はい。アルファの子ですね」

「クラスの子たちと仲良くやっているかしら」

「はい、とても。勉強もできます。アルファなのが残念です」

「そう……」

「カチュアが何か?」

「あの子、モジュレータを持ってるのよね」

「首飾りですね。亡くなった母親の形見だとか」

「詳しく見たことがある?」

「いえ」

「実はあれが必要なのよ」

「それでしたら、私がカチュアから借りて、」

「借りてきても意味がないのよ。寄生タイプのモジュレータだから、あれ。カチュアをマスター登録してしまったから、もうあの子以外誰にも使えないわ」

「あのモジュレータがどうかしたのですか?」

「カチュアの母親が何者だったのかはわからないけど、あのモジュレータには膨大な数のキープレートが含まれているの。その数は二〇〇を超える」

「二〇〇!?」

「いま現在、私たちが安全に使うことができる魔法は約三〇〇。でもその中にアクセスにキープレートが必要なものは四〇足らず。つまり、残り一六〇のキープレートは未知のものってこと。シリウス様の残してくれた資料に記載があるものもあったけど、それにも載っていない魔法への鍵が眠っているのよ、あの子のモジュレータには。あの子には申し訳ないけれど、宝の持ち腐れだわ」

 ライザは校庭の隅で草をむしっている女の子を見つける。少女には友達もいない。街へ出ようともしない。学院とすぐそばにある家を行き来するだけだ。いつも一人きりで。
 昔に比べたらライザはそれほど多忙ではない。
 少女と帰ろうと思えば一緒に帰ることもできる。朝も一緒に学院に来て、本を読んで聞かせてあげたり、少女の話に耳を傾けることもできるだろう。

 しかしライザにはどうしてもできなかった。ライザも少女と同じく両親の記憶はない。伯父のシリウスがいつも両親の代わりだった。だからライザには母親がどういうものなのかわからなかった。

「どうしても、あの子からウィルスを駆除してあげたいのよ」

 里親として何もできないせめてもの罪滅ぼしに。
 ライザは少女からウイルスが取り除かれたら、少女を養女として引き取ってくれる家庭を探すつもりでいた。
 家族や両親というものを知らずに育った自分のところではなく、愛のある家庭で幸福に生きていって欲しいと思っていた。
 ラーチェは、

「宿主を殺すしかありませんね」と言った。

「一番簡単な方法ね。でも、論外。まあ、一応手は打ってあるわ」

「そのことを私に伝えるために?」

「あ、そうだったわね。話がそれてしまったわ。本題は今回のアクセス制限解除の話――あの魔法、αアルファは使えないから。彼女にはそのあいだ別の課題を与えて頂戴」

「わかりました」

 ラーチェは頭を下げる。
 ライザはカーテンを閉め、

「それとね、あなたにだけ話しておくけど、ゼノン公国の小さな街で見つかったのよ、さっきの鎧。古い遺跡から。剣や鎧、用途不明の道具がほかにも十数点発見されているわ」

「ゼノン……ですか……」

「で、盗難されたの」

「シオン様、大丈夫でしょうか」

「どうかしら。万が一のことを考えて、ある物を渡しておいたけど、できれば使って欲しくないわね」

「ある物?」

「そうよ。私が作った試作品なんだけど、今回成功したら見せてあげるわ」


*****


 臨時担任になったラーチェはシオンと違い、実習よりも講義をメインで授業を行う。そのため教室の中での授業が多い。シオンがいなくなって三日経つが、ラーチェは一度もモジュレータを生徒に使わせていなかった。

「そうですね、これはとても極端な例なのですが……」

 今日は、シリウスが実施しているランク持ちの管理についての授業だった。

「皆さんも知ってのとおり、現在、アラキアでは子どもが生まれるとシリウスによってランク持ちかの判定が行われます」

 昔はシリウスに関係する人の子どもだけに行っていました、と補足する。ラーチェは、それとは別に人間たちの間で祝福の儀というものが行われていて、ランク持ちの子を異端児として処分・迫害していたことには触れずに話を進める。

「こんな話があります。ある町で女の子が産まれました。やがてシリウスからの派遣員が町にやってきました。そして、いざランクの確認を行おうとしたところ、ハチが一匹飛んできたのです」

「ハチ……ですか?」

 生徒の一人が、ラーチェに聞く。

「そう。ただのハチです。ですが、生まれたばかりの赤ちゃんが刺されたら危ないと思った派遣員は、そのハチを追い払おうとしました」

 カチュアは想像してみる。
 子どもを抱いたローブの男が、ハチを追い払おうとする様子を。

「赤ちゃんがそのとき何を感じたのかは誰にもわかりません。なにしろ生まれたばかりですから」

「なにが起こったんですか?」

「派遣員の体が突然燃え上がりました。その場には、赤ちゃんの両親や親戚もいました。その目の前で、派遣員は炎に包まれて焼け死んでしまいました」

 室内がしんと静まり返る。
 生徒は皆、なぜ、という顔をしている。

「きっと赤ちゃんは、派遣員のハチに対する殺気を感じ取って本能で反射的に攻撃してしまったのでしょう。もしくは、ハチを助けてあげたかったのかもしれません」

 ラーチェの考えをカチュアは疑問に思う。

「先生、どうしてそんなことが起こるのでしょうか? 赤ちゃんが魔法を使ったというのですか? モジュレータも無くて、印も詠唱も知らないのに」

「いいところに気づきましたね、カチュア。その通りです」

「先生、どうしてなの?」

 別の女の子が言う。

「それが、わからないのです。もしかしたら、本当は、モジュレータも印も詠唱も、魔法を使うのに必要がないのかもしれませんね。この話が本当なら、ですけど。もし、何も用いることなく魔法を使う手段を見つけられたのなら、シリウスの歴史に永遠に名を残すことになるでしょう」

 ラーチェは黒板に、

『魔法は未だ謎に包まれている』と書いた。

「これは非常に怖いことでもあります。わかりますね」

「今の話のようなことがまた起こる危険があるということですか」

 ラーチェのすぐ前に座っている男の子が訊ねる。

「今は万全を期してランクの確認をしていますので、同じことが起こる可能性は低いですが。赤ちゃんでさえ、ランクが高ければ、人を殺めてしまうほどの力を持っているのです」

 人を殺めて、という一言にカチュアは肩を震わした。

「ですから、シリウスはランク持ちの子どもを調査・管理して、そういうことが起こらないよう、この学院で正しい知識を身につけて頂こうと活動しているのです」

 ラーチェが黒板の文字を消していく。

「今日の話はここまでにしましょう」

 授業終了のチャイムが鳴るまで、まだ十五分ほどある。
 ラーチェは、印を結びながら、

「皆さんにモジュレータを配ります」と言った。

 中指の銀色の指輪が輝き、教卓の上に小さな袋が現れる。中からモジュレータ──腕輪や指輪を十三個取り出して適当に配っていく。
 ラーチェはカチュアの席だけを素通りする。カチュア以外の生徒にモジュレータを配り、再び黒板の前に立つ。

「ではこれから何をやるのか説明します。魔法の実習です。カチュアはちょっと待っていてくださいね」

 カチュアは、はいと返事をする。

「モジュレータをつけて下さい。コンソールの使い方は、わかりますね。まず、ライブラリの〇〇一九四五番を指定します。やり方は……」

 ラーチェは、モジュレータの操作方法と印と詠唱について説明する。それが何の魔法であるのかは伝えなかった。
 ラーチェが指導しているあいだ、カチュアは、自分だけが実習に参加できない理由を考えていた。

「これは練習用の特別な魔法です。魔法を唱え、ソークが器から減っていく感覚を体験して頂くことが目的です。器の中には何も落ちてきませんが、しばらくこの実習を行いますので、しっかりとコツを掴んでくださいね」

「ねえ先生、どうしてカチュアは一緒に参加できないの」

 誰かが言う。

「この魔法はαアルファには使えないのです。その代わり、カチュアには別の実習を用意してあります」

 言って、ラーチェは空中に光の玉を作り出す。
 小さな光の玉は、淡い光を発したまま、カチュアの目の前まで移動する。

「これって前に先生が見せてくれた……」

「ええ。あの時の魔法です」

「私にもこんな魔法が使えるのですか」

 目の前の光の玉を眺めながらカチュアは瞳を輝かせる。αアルファという理由で一人だけ皆と一緒の実習に参加できないことも、嬉しさで忘れてしまう。

「あなたの努力次第です。頑張りましょう」

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