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第9章 慟哭
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本棚にはぎっしりと分厚い本が詰まっていた。
「すごい量の蔵書ですね」
カチュアは棚から一冊取り出して、ぱらぱらとページをめくる。
「……」
まるで読めなかったので、元の場所に戻す。
学院が休みの日、カチュアはライザの屋敷を訪ねた。石塀で囲まれた、広い庭のある大きな屋敷だった。学院から歩いて十五分ほどの場所にある。
「あのー、ライザ様」
「なに?」
「あの本は、どこにあるのでしょうか」
「ああ、そうだったわね。それを読みに来たんだったわね」
ライザは魔法を使い、手の届かない一番上の段から本を取り出した。タイトルを確認してカチュアに渡す。
「その本がお気に入りみたいね」
「そういう訳じゃないんです。ただ、どうしても気になって……」
「気持ちは分かるわ。本って最後まで読まないと読んだ気がしないのよね」
ライザは微笑む。
「でも続きがあるのよ、その本。『アルファ・オメガ』という本なんだけど、その中で著者は『始まりは終わり』で導き出した結論を否定しているわ」
「結論って、オメガのことですか」
「ええ。そうよ。最後の部分。案外、図書館にあるのは、著者本人が持っていた本なのかもしれないわね。それであの部分が破れてるのかも」
「オメガが予備のランクというのは……」
「間違い。ωは、ψの先には無いわ。まったくの別物なの」
「それでは、」
カチュアが聞こうとすると、ライザは棚から一冊の本を取る。
「読んでみるといいわ。あなたにも関係があるかもしれないことだから」
「私に……?」
ライザは本を開き、冒頭の詩を読んだ。
終ワリ ハ 始マリ
始マリ ハ 終ワリ
我ハ アルファ
ソシテ
我ハ オメガ ナリ
「これはアラケリアの遺跡の石碑に記されていた詩」
「我はアルファ、そして、我はオメガなり……」
カチュアは呟く。
そのまま解釈するのなら、アルファがオメガであるということだ。
「先に言っておくけど、単純にアルファがオメガってことじゃないから。ただ、アルファの裏側に存在するのがオメガかもしれないってこと」
ライザは少し迷ってから、話をはじめた。
「私には妹がいるの。その子のランクは、アルファだったわ。でも、今は違う。目覚めたの、力が。私が七歳で妹が五歳の時だった。授業で習ったと思うけど、普通ランクが上がることなんてあり得ないわ。でも、アルファだけは特別なの」
「特別、ですか」
「このことは一握りの魔法士しか知らないから他言無用でよろしくね。アルファは、覚醒するの。妹の場合は、一週間くらい高熱にうなされて、熱が下がって目を覚ましたときには、私のランクを超えていたわ」
「ライザ様を……」
「私が集めた情報だと……といっても、アルファの数が少なすぎるから十例くらいだけど、覚醒してβまでしかランクが上がらなかった子もいるわ」
「それでも、その話が本当なら、私は嬉しいです」
カチュアは笑顔でそう言った。
「そうでもないわよ。覚醒時の苦しみに耐えられずに死んだ子もいるし。短時間で器のサイズが変わるのだからその負担は計り知れない。妹は力を手に入れた代わりに、一部の記憶を失ったわ。だから、自分がアルファだったことを覚えてないの」
「……」
「怖い?」
カチュアは頷く。
ライザはカチュアの肩に手を置き、大丈夫よと言った。その温かい一言にカチュアの不安は和らいだ。
「勘だけど」
「……」
付け足されたその言葉で、カチュアはまた不安になった。
◇ ◆ ◇
カチュアはライザから二冊の本を借りた。屋敷を出て、一度宿舎に帰って食堂で昼食を食べると、借りたばかりの本を持って学院の中庭のベンチに行った。
そこには名前の無い少女がいた。
少女はカチュアが隣に座っても気づかず、ひとり黙々と膝の上でシロツメ草の花冠を編んでいた。見違えるくらい上達していた。
「上手になりましたね」
少女はカチュアの声にビクッとして、
「びっくりした」
と、目を丸くさせる。カチュアは笑みを浮かべる。
「もう私が作ったものと変わらないです」
少女の手は傷だらけだった。
「頑張りましたね」
「うん。まいにちがんばった」
絵本の表紙に描かれている花冠と、自分の作ったものを見比べる。
「そう言えば、その本は、どんなお話なのですか」
『てづくりのまほう』というタイトルを見たときから、子ども向けの絵本とはいえ内容に興味があった。
「おんなのこがいるの。おんなのこには、おかあさんがいないの。おんなのこは、まいにちおかあさんのおはかとおはなしするの。でもおはかはこたえてくれないの。なにもこたえてくれないの。でもおんなのこはそれでもしあわせ。かなしいけど。おんなのこはおかあさんのたんじょうびに、ぷれぜんとをするの。くさであんだかんむりをおはかにのせるの。そうしたら、おかあさんがゆめにでてくるの。おんなのこは、おかあさんとたくさんたくさんはなすの。さいごにおかあさんはひざまくらをしてくれるの。でもおんなのこがおきると、おかあさんはいないの」
カチュアはそれを聞いて少し心配になったが、
「いんちょうせんせいにあげるの。たんじょうびだから」
少女はそう言った。
単純に母親が喜んでくれるものとして、花冠を選んだようだった。
「よろこんでくれるとおもう?」
伏し目がちに呟く少女に『絶対に喜んでくれます』とカチュアは答えた。
「ライザ様は今日は午後から学院に戻るって言ってました。もう院長室にいらっしゃると思います」
名無しの少女は、手作りの花冠を持って院長室に向かった。
◇ ◆ ◇
「入っていいわよ」
ライザは机の上に山積みになっている書類や本を整理していた。少女は後ろに作ったばかりの花の冠を隠したまま、近づく。
「どうしたの?」
「はなしがあるの」
「いいわよ。話して」
書類を分類しながらライザは聞こうとする。
「だいじなはなしなの」
少女は真剣な顔をして言う。大きくはっきりとした声だった。ライザは手を止め、少女に向き直った。
「これでいいかしら」
こくりと頷く。
「あの、」
少女は視線を落とす。
意を決して少女が話を始めようとしたとき、ライザのモジュレータが光り、低い鐘の音が鳴った。
「……」
少女が顔を上げると、ライザの姿はなかった。
「すごい量の蔵書ですね」
カチュアは棚から一冊取り出して、ぱらぱらとページをめくる。
「……」
まるで読めなかったので、元の場所に戻す。
学院が休みの日、カチュアはライザの屋敷を訪ねた。石塀で囲まれた、広い庭のある大きな屋敷だった。学院から歩いて十五分ほどの場所にある。
「あのー、ライザ様」
「なに?」
「あの本は、どこにあるのでしょうか」
「ああ、そうだったわね。それを読みに来たんだったわね」
ライザは魔法を使い、手の届かない一番上の段から本を取り出した。タイトルを確認してカチュアに渡す。
「その本がお気に入りみたいね」
「そういう訳じゃないんです。ただ、どうしても気になって……」
「気持ちは分かるわ。本って最後まで読まないと読んだ気がしないのよね」
ライザは微笑む。
「でも続きがあるのよ、その本。『アルファ・オメガ』という本なんだけど、その中で著者は『始まりは終わり』で導き出した結論を否定しているわ」
「結論って、オメガのことですか」
「ええ。そうよ。最後の部分。案外、図書館にあるのは、著者本人が持っていた本なのかもしれないわね。それであの部分が破れてるのかも」
「オメガが予備のランクというのは……」
「間違い。ωは、ψの先には無いわ。まったくの別物なの」
「それでは、」
カチュアが聞こうとすると、ライザは棚から一冊の本を取る。
「読んでみるといいわ。あなたにも関係があるかもしれないことだから」
「私に……?」
ライザは本を開き、冒頭の詩を読んだ。
終ワリ ハ 始マリ
始マリ ハ 終ワリ
我ハ アルファ
ソシテ
我ハ オメガ ナリ
「これはアラケリアの遺跡の石碑に記されていた詩」
「我はアルファ、そして、我はオメガなり……」
カチュアは呟く。
そのまま解釈するのなら、アルファがオメガであるということだ。
「先に言っておくけど、単純にアルファがオメガってことじゃないから。ただ、アルファの裏側に存在するのがオメガかもしれないってこと」
ライザは少し迷ってから、話をはじめた。
「私には妹がいるの。その子のランクは、アルファだったわ。でも、今は違う。目覚めたの、力が。私が七歳で妹が五歳の時だった。授業で習ったと思うけど、普通ランクが上がることなんてあり得ないわ。でも、アルファだけは特別なの」
「特別、ですか」
「このことは一握りの魔法士しか知らないから他言無用でよろしくね。アルファは、覚醒するの。妹の場合は、一週間くらい高熱にうなされて、熱が下がって目を覚ましたときには、私のランクを超えていたわ」
「ライザ様を……」
「私が集めた情報だと……といっても、アルファの数が少なすぎるから十例くらいだけど、覚醒してβまでしかランクが上がらなかった子もいるわ」
「それでも、その話が本当なら、私は嬉しいです」
カチュアは笑顔でそう言った。
「そうでもないわよ。覚醒時の苦しみに耐えられずに死んだ子もいるし。短時間で器のサイズが変わるのだからその負担は計り知れない。妹は力を手に入れた代わりに、一部の記憶を失ったわ。だから、自分がアルファだったことを覚えてないの」
「……」
「怖い?」
カチュアは頷く。
ライザはカチュアの肩に手を置き、大丈夫よと言った。その温かい一言にカチュアの不安は和らいだ。
「勘だけど」
「……」
付け足されたその言葉で、カチュアはまた不安になった。
◇ ◆ ◇
カチュアはライザから二冊の本を借りた。屋敷を出て、一度宿舎に帰って食堂で昼食を食べると、借りたばかりの本を持って学院の中庭のベンチに行った。
そこには名前の無い少女がいた。
少女はカチュアが隣に座っても気づかず、ひとり黙々と膝の上でシロツメ草の花冠を編んでいた。見違えるくらい上達していた。
「上手になりましたね」
少女はカチュアの声にビクッとして、
「びっくりした」
と、目を丸くさせる。カチュアは笑みを浮かべる。
「もう私が作ったものと変わらないです」
少女の手は傷だらけだった。
「頑張りましたね」
「うん。まいにちがんばった」
絵本の表紙に描かれている花冠と、自分の作ったものを見比べる。
「そう言えば、その本は、どんなお話なのですか」
『てづくりのまほう』というタイトルを見たときから、子ども向けの絵本とはいえ内容に興味があった。
「おんなのこがいるの。おんなのこには、おかあさんがいないの。おんなのこは、まいにちおかあさんのおはかとおはなしするの。でもおはかはこたえてくれないの。なにもこたえてくれないの。でもおんなのこはそれでもしあわせ。かなしいけど。おんなのこはおかあさんのたんじょうびに、ぷれぜんとをするの。くさであんだかんむりをおはかにのせるの。そうしたら、おかあさんがゆめにでてくるの。おんなのこは、おかあさんとたくさんたくさんはなすの。さいごにおかあさんはひざまくらをしてくれるの。でもおんなのこがおきると、おかあさんはいないの」
カチュアはそれを聞いて少し心配になったが、
「いんちょうせんせいにあげるの。たんじょうびだから」
少女はそう言った。
単純に母親が喜んでくれるものとして、花冠を選んだようだった。
「よろこんでくれるとおもう?」
伏し目がちに呟く少女に『絶対に喜んでくれます』とカチュアは答えた。
「ライザ様は今日は午後から学院に戻るって言ってました。もう院長室にいらっしゃると思います」
名無しの少女は、手作りの花冠を持って院長室に向かった。
◇ ◆ ◇
「入っていいわよ」
ライザは机の上に山積みになっている書類や本を整理していた。少女は後ろに作ったばかりの花の冠を隠したまま、近づく。
「どうしたの?」
「はなしがあるの」
「いいわよ。話して」
書類を分類しながらライザは聞こうとする。
「だいじなはなしなの」
少女は真剣な顔をして言う。大きくはっきりとした声だった。ライザは手を止め、少女に向き直った。
「これでいいかしら」
こくりと頷く。
「あの、」
少女は視線を落とす。
意を決して少女が話を始めようとしたとき、ライザのモジュレータが光り、低い鐘の音が鳴った。
「……」
少女が顔を上げると、ライザの姿はなかった。
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