彼女は戦いに赴き、僕はひとりゴーレムを造る

白河マナ

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井戸の中

第15話 セラ=メイネス

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「シュルト君、こんな危険なものを家に残して外出してはいけない。悪用されれば死者が出る」

 そう言うなり、セラ様は勢いよく僕のゴーレムを右拳で殴りつける。ぼき、と音がして、殴った手首から先が異様な角度で折れ曲がってしまう。

「セラ様! なにしてるんですか!?」

「いやあ、痛い痛い。なるほどなるほど。鑑定院の評価値は私が適当に決めたのだけれど、防御Bというのはこんなに硬いのだね」

 僕が呆然としていると、セラ様は折れていない左手で空中に文字を書くような仕草を見せ――折れた右手首全体が透明なガラス状の球体に包まれる。そして球体の内側に水色の液体が渦を巻きながら注がれていき、すぐに球体内は液体で満たされる。
 この魔法は、300年前の世界でリリアナが僕の傷を治したのと同じ……。

「私の部下に、キミのゴーレムを転送してもらったんだ。驚かせてしまったかな」

 僕のゴーレムが部屋にあることの驚きは、セラ様の奇行によって完全に上書きされてしまっている。

「手、大丈夫ですか?」

「問題ない。治ったよ」

 右手を覆っていた魔法の球体が消え、元通りになった手を僕の方に向け、手首や指を曲げて見せる。

「最初に話しておこう。私はね、知っている。ずっとキミたちを監視していたからね。キミが孤児などではなく、300年前の過去から来た異物であることも、キミの存在が328日後に完成するリリアナの大魔法のアンカーであることも。だからこそ、気に入らないんだ。あのバカ女のことが」

 口調は平坦だけれど言葉は辛辣だ。

「セラ様、これ以上リリアナを侮辱しないでください。リリアナは『ネジマキ』から世界を救おうとしているんです。それに監視って何ですか? 僕たちは何も悪いことはしてません」

「それだよ、それ。それがダメだと言っているのだよ、私は」

 人差し指の先端を額に当てられ、僕は後ずさる。
 男だと分かっていても、美しい顔を近づけられるとドキリとしてしまう。
 セラ様は自分の言葉が絶対だと言わんばかりの確信に満ちた表情で、後ずさる僕を追い詰めてくる。
 この世界に来て僕がリリアナから教わってきたことは嘘なのか?
 一瞬、その可能性が頭をよぎる。

「僕が知らない何かがある……んですか?」

「ああ、あるね。あり過ぎて数えきれない。キミに不足しているものは、自我と気概と関心。さっきそう言ったよね、私は」

「僕にそれらが無いと?」

「ゼロだとは言っていない。毎日毎日、飽きもせずゴミみたいなゴーレムを造り続けられるキミの根気や信念は尊敬に値する。ただね、キミはなぜ、何のためにゴーレムを造っているのかな? まさか単にリリアナに命令されたから、ではないよね?」

 セラ様との会話は、心に痛い。

「どうして……どうして僕は、そこまで敵意を向けられるのでしょうか?」

「決まっているだろう。キミが敵意を向けてくるからだよ。私はこんなにもキミのことを案じているのに、キミはまるで聞く耳を持たない。実に嘆かわしいことだ。敵意を向けられる人の気持ちを理解して欲しいな」

 僕は確かにリリアナのことを悪く言われたことで、セラ様に敵意を向けているのかもしれない。でも僕はリリアナを信頼しているし、好きな人を侮辱されて笑っていられるほど心は荒んでいない。

「僕はセラ様が苦手です」

「それは知ってるよ。わざとやっているからね。ねえシュルト君、キミは何に悲しみ、何をされたら怒るんだい? それを教えてくれないかな? 上っ面の言葉はいらない。知りたいんだよ、シュルト君。リリアナやジークハルトに恩はあるだろう。でもね、キミの命はキミだけのものだ。リリアナたちはキミのことを『ネジマキ』を倒すための使い捨ての道具としか見てないかもしれないよ」

「それでもいいです。どうせ僕は、あのままだったら300年前に死んでいた身ですから。道具? いいじゃないですか。僕はここに来る前は、周りの人間にゴミと呼ばれていました。世界を救うための道具になれるなら、本望です」

「そんなに誇らしげに自分がゴミだったなんて言わないでくれるかな。本望なんて言葉も使ってはいけない。前の世界で蔑まれ、虐げられたことで、誇りも自我も失ったのかい? しかしながら、ゴミと呼ばれてもなお生き永らえてきたのは、生への執着からではないのかな? それとも屈辱に耐えながら反撃の機会を窺っていたのかい? 逃げる機会を窺っていたのかい? 誰かに救われるのを待っていたのかい? 私はそれが知りたいんだ。キミの心の深層を理解したい」

「心の深層? 僕はただ、自分を助けてくれた人に恩返しがしたい。それだけです。だから毎日ゴーレムを造っているんです」

「キミは300年前の世界で父親を殺され、母親に裏切られ、兄とも生き別れ、クソ貴族どもに心も身体も痛めつけられた。どうにか逃げ出すことができたが、森の中でケモノに襲われて瀕死の重傷。だが、運良くリリアナに拾われた。そして300年後のこの世界にやってきた。あっているかな?」

「……はい、間違いないです」

 セラ様はどこからこの情報を得たのだろう。
 ここまで詳細なことは、リリアナとジークにしか話していない。

「キミはリリアナを助けたい、世界を救いたい、そのためにゴーレムを造っていると言うけれど、どうも主体性に欠けている。私には、キミがこの世界に一切の興味がなく、ただリリアナに仕込まれたルーティーンを惰性的に続けているようにしか見えないんだ。だから無意味に時間を貪り、人を殺せるゴーレムを造った意味も理解せず、この通り簡単に盗まれてしまう。なぜだかわかるかい? キミは心の深層では誰も信用していないし、この世界にも人々にも興味がないからだよ。だからリリアナのために何かを自発的に行うこともない。彼女が戦う理由を知ろうともせず、いなくなっても探さない。それはなぜか。無関心だからだ。目的も理由も告げずに消えたリリアナは、二度と帰ってこないかもしれない。彼女はキミにとって大切な人ではないのかい? キミは何を根拠に彼女が無事に戻ってくると思っているのかな? もし彼女が死体で帰ってきたら、キミは数日悲しんだ後、すぐに次の依存先を探すだろう。それがキミの本質だ」

 何も言い返すことができない。
 セラ様の言う通りなのかもしれない。僕はリリアナが突然いなくなってしまっても、変わりなくゴーレムを造り続けている。なぜならリリアナを信頼しているからだ。あと数日もすれば帰ってくると疑いなく信じている。
 だけど、その根拠は何だ? 本当にそれでいいのだろうか?
 僕はリリアナがどこに行ったのかも、いつ帰ってくるのかも、いま何をしているのかも知らない。僕は無力だ。でも、無力なりにやれることがあったはずだ。
 知りたい。
 今日まで溜め込んでいた疑問を、関心を、残らず明らかにしたい。

「……セラ様、僕には知りたいことが多くあります。僕たちを監視していると言いましたよね。ということは、セラ様はリリアナの居場所を知っている。その他にも多くのことを知っている。僕たちを監視する理由も含めて、セラ様の知っていることを、僕に教えてください。お願いします」

「ようやく心を開いてくれたね。いいね、その顔。惚れてしまいそうだ」


【彼女の魔法完成まであと328日】
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