彼女は戦いに赴き、僕はひとりゴーレムを造る

白河マナ

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伝説の魔王の剣

第23話 夜の世界のゴーレム

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 僕はリリアナのソースコードを眺める。

「……読めません」

 リリアナのソースコードは、入門書にない言語で書かれている。以前キセラは、古代言語で書かれていると言ってたっけ……。

「言語が理解できなくても、なんとなくどのような処理が記述されているのか推測できませんか?」

「うーん。コメントもないし……どうして書いてないんですか……」

 セラ様の入門書には、記述した処理の意図や目的を必ずコメントとして残すようにと何度も注意書きがされていた。他の人が僕のソースコードを見たときにわかるように。

「改行も不規則で読みにくい……たぶん前半がゴーレム化の詠唱を省略する処理で、それ以降がゴーレムの動きの記述ですかね……動きの処理は通常時と戦闘時に別れてるのかな。通常時は待機が基本でマスターの指示に従い、戦闘時は攻撃の種類と攻防の比率かな?を書いていて……最後の長ったらしい処理は、何ですかねこれ……あっ、もしかして、」

 ひとつだけ心当たりがある。

「そうです! 敵の攻撃を受けた時に256分の1の確率で膝蹴りで反撃して、攻撃が当たった時に65536分の1の確率でゴーレムの全身を光らせる処理です!」

「リリアナ遊び過ぎ!」

 読めない言語。
 コメント無し。
 無意味な命令。

 ソースコードを読み解いていくほど、全身がゾワゾワする。

「あのとき私がソースコードを破りたくなった理由がわかりました?」

「わかります! わかり過ぎます!」

 キセラは瞳を潤ませ、勢いよく僕に抱きついてくる。肩に乗ってるメメも顔をなすり付けてくる。

「満点です、シュルト様。今回のテストは合格です。さすがセラ様やリリアナ様が見込んだ方……素晴らしい。これ、合格祝いです」

 キセラから小冊子を手渡される。
 表紙には『シュルト君でもわかるゴーレム入門2』と書かれている。
 これ、合格祝い……なのか?

「往路で1冊、復路で1冊。2冊でゴーレム造りの基礎が身につきます」

「ありがとうございます。古代言語は読めませんし、まだまだ僕は勉強が足りないです。たとえば、リリアナのソースコードにあるマスターの命令に従って動く処理の所に挟んでいる条件の意味とかもまるで分かりませんし……他にも疑問が幾つも」

「あそこは、現代言語にするとランダム32です。32分の1の確率でマスターの指示を無視します」

「……嘘って言ってください」

「一点の曇りもない真実です」

 たまにゴーレムが僕の言うことをきかなかった原因はこれか! 僕の滑舌が悪かったんだと思ってたのに!

「リリアナあああぁぁ!!」

 なかなか面白かったでしょ?
 そんなリリアナの言葉が聞こえてくる気がした。
 喋らなくなってしまったせいで忘れていたけど……リリアナは下らないことに全力で労力を注ぎ込むタイプだった。

「シュルト様は、ルルのソースコードをご覧になられましたか?」

「いえ、まだ」

「後で見てくださいね。たった1行です。究極に美しい……ルルのソースコードは、ひとつのサブルーチンを参照しているだけです」

「ということは、過去に誰かが作った猫のサブルーチンということですよね?」

「はい。ですが、ただの猫ではありません。サブルーチンの中身は難解で解析に数ヶ月かかりそうな内容でした。一言で表すなら、ルルは猫の姿をしたマスターの護衛ですね」

「その通りです、キセラ」

 まだ眠そうな目を擦りながらルルメが姿を現した。
 頭の上には、ゴーレム猫のルルが乗っている。
 単眼を覆っていた包帯を外している……課題に集中していて気づかなかったけれど、いつの間にか日が沈もうとしていた。
 
「ルルの役割はマスターガード――シュルトの身の危険を守ってくれます」

「ルルメのソースで参照しているサブルーチンは凄いです。夜の世界ではよく使われるものなのですか?」

「サブルーチン、ですか? やはり皆さんと私とでは魔法へのアプローチ方法が根本的に違っています。キセラはそのリングを介して私の法術の中身を可視化できているようですが、ソースコードというものを私は理解できていません。魔族にそのリングは必要ありませんし、余計な手続きなどはなく直感的に力を行使できます」

 魔族は直感的に魔法を使う。
 術石のマスター解除をせずに僕のソースコードを上書きできたのも、それが理由なのかもしれない。

「それとゴーレムの護衛についてですが、魔族が護衛なんてつけていたらバカにされてしまいますよ。ヤミビト用です。ただ、ヤミビトに護衛をつける行為も是としない風潮がありますから、あまり使用する魔族はいません。それに魔族は不器用なんです……シュルトみたいに精巧な造形はできません」

 夜の世界で魔族はヤミビトを統治している。
 魔族はヤミビトを守っているのは、創造神話で夜の世界のルアが魔族の始祖エストレーラを守ったことに起因しているのだろうか。

「ルルメ、闇の世界でゴーレムは何に使われているの?」

「主に労働力と医療です。ヤミビトがゴーレムを造り、魔族が命を与えます」

「医療?」

「そうです。ヤミビトの義足や義手にゴーレムが用いられます。夜の世界は戦争の存在しない世界ですけど、狩りや事故で体の一部を欠損するヤミビトもいますので」

 最強のゴーレムを造って『ネジマキ』を倒す。
 僕はそのためにゴーレムを造り続けてきたけれど……そんなに素晴らしい使い道があるなんて。

「なんだか嬉しいです。ゴーレムは戦いだけの技術だと思っていましたから」

「ゴーレムは人の営みを助けるための技術です」

 人の営みを助ける。
 もし『ネジマキ』を倒して平和が訪れることになったら、色々な人に教えられたゴーレムの技術を戦い以外の用途で使いたいな。
 

【彼女の魔法完成まであと320日】
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