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市
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何故か僕は田中に『ようかん』と呼ばれている。
記憶喪失という事になっているし便宜上『呼び名』はあった方が良い。
呼び名を付けられた事に不満はない。
ただ『ようかん』はないだろう?
僕が『天草をくれれば本物の羊羹をご覧に入れますよ』って山岡さんみたいな事を言ったのが全ていけないんだが。
僕の頭の中には、いつの間にかお菓子のレシピが沢山入っている。
女神が言っていた『希望』なのだろう。
『ないなら作れば良いじゃない』と。
魚屋には出入りの漁師が沢山いる。
「天草なら魚の網にイヤってぐらい絡み付いてくるよ」という事で天草はほどなく死ぬほど集まった。
天草で何をするのか?
干した天草を煮て、寒天を作るんだよ。
寒天があれば羊羹が出来る。
そして「どうやら宗易様の囲っている女は甘党らしいぞ」という噂が広まったのか果物がやたら付け届けとして送られてくる。
田中、結構権力者だったんだな。
「応仁の乱の後、宗易様のお父様の店は傾き、葬式も出せないほど困窮された。
それを宗易様が一代で立て直されたのだ」とか出入り業者のオッサンが言ってたな。
どうやら田中の周りの人間は『ゴマを擦っている』訳じゃなく『本心から心酔している』みたいだ。
お陰で金平糖も手に入る。
金平糖を砂糖の代わりに果物の煮汁と一緒に煮込んでいることは秘密だ。
一度番頭に見つかって「高価な金平糖で何をやってるんだ!もったいない!」としこたま怒られた。
僕は田中の店で丁稚奉公のような事を昼ごはんまでして、午後から菓子作りに没頭していた。
僕の作った前衛的な菓子は田中が茶を入れた時の『茶請け』として使われたので、文句を言う者も出なかった。
一つわかった事として『茶の肴』と『酒の肴』は同じ物が多い。
菓子が甘くない物が多い代わりに、酒の肴に甘い物が出てもこの時代の人達は全く気にしない。
つまり酒宴でも僕の作った菓子は登場する。
でも僕の作った羊羹は所詮『フルーツ寒天ゼリー』の域を出なかった。
「やっぱり羊羹は小豆だよな・・・」
僕が呟いていた時に声かけてきた少女がいる。
「貴女の菓子作りには小豆が必要なのね?」
「え?誰?」僕は思わず呟いてしまった。
少女は身なりを見ても、ある程度身分が高い事がわかる。
しかし子供とは思えない、美人だ。
僕みたいな海のものとも山のものともわからない人間が不敬を働いて良い人間だとは思えない。
でも少女は僕の言葉を咎めようとは一切しなかった。
「私?
私は『秀子』。
近江で縁談があってその顔合わせに来たついでに堺に来たのよ」
うん、知らない。
近江って確か滋賀の事だよね?
滋賀にふるさと納税した人が「返礼品の近江牛が美味しかった」とか言ってた。
しかしこの時代の結婚スゲーな。
見たことろ少女は10歳かそこらじゃねーか。
「その歳で縁談?
凄いね!」僕は思った通りを口にした。
「ううん、今回の話は破談になると思う」
少女は全然残念そうじゃない。
「何で?
相手が気に入らなかったの?」
僕の質問にしばらくキョトンとした顔の少女は鈴が鳴るような声で笑い始めた。
「『政略結婚』に『気に入る』も『気に入らない』もないわよ。
私は家の方針に従って道具として振る舞うだけ。
それに今回の破談を切り出してくるのはおそらく相手方。
こちらは六角様が奔走してくださって、何とか縁談をまとめようとしてたのよ?」
マジかよ!?
確か『六角氏』って『信長の野望』で序盤で滅亡する国じゃん!
戦国大名としてはショボいかも知れないけど、戦国大名になれるだけで大したモノだ。
その戦国大名を奔走させられるこの少女も半端じゃない。
しかし、身分の高い人は大変だな。
この時代、大変なのは男だけじゃないんだ。
身分の高い女性も同様に大変なんだ。
僕はそのどちらでもないから菓子作りに励むだけだけどね。
それに権力に近寄ったら僕には『ハーレム落ち』の未来が待っている。
まぁ、ハーレムを望んだ僕の自業自得なんだけど。
「ここにいらっしゃいましたか。
お探しいたしました」
現れたのは田中だ。
因みに僕は田中の事を「オヤジ」と呼んでいる。
もちろん田中と二人っきりの時限定だ。
他の人達がいる前じゃ僕は田中を「CEO」と呼ぶ。
呼ばれた田中も周りの人達も、全く意味がわかっていない。
でも「『CEO』とは南蛮人の言葉だ」と言ったら誰も文句は言わなかった。
この時代の人ら、横文字に弱すぎだろ。
「あの珍しいお菓子を作った娘に会いに来たのよ
すぐに戻るつもりだったわ」と秀子。
へぇ、あの田中が頭を下げるって事はこの少女はやっぱり身分が高いんだ。
良かった、タメ口叩いて切腹させられないで。
去っていく少女がこちらをクルッと振り向くと僕に向かって言う。
「私達、友達になれるかしら?」
「勿論でございます」僕は少し畏まって言った。
少女は子供と思えない気品のある笑い方をするとこう言った。
「お兄様への土産話が出来たわ」
「『お兄様』?」僕は首を傾げる。
「今度『ようかん』に小豆を送るわね!」
少女は誰かに聞いたのか、僕の呼び名を知っていた。
綺麗な子だったな・・・。
僕が呆けていると田中が僕に向かって言う。
「凄い方に名前を覚えていただいたな!」
ようかんが名前なのも変だけど・・・それはこの際どうでも良い。
「『秀子様』ってそこまで凄い人なの?」
「『秀子』はあの方の幼名だ。
多くの者はあの方を『お市様』と呼ぶ」
・・・って事はあの方のお兄様って『織田信長』!?
って事は近江の縁談の相手って『浅井長政』!?
破談ってどういう事!?
もしかして何かの拍子に歴史変わっちゃった?
・・・なんて事はなく、後日の二回目の顔合わせで浅井長政とお市様の縁談は決まるのだった。
そして、この時の約束の『小豆』が信長の命を救う事を誰も知らない。
記憶喪失という事になっているし便宜上『呼び名』はあった方が良い。
呼び名を付けられた事に不満はない。
ただ『ようかん』はないだろう?
僕が『天草をくれれば本物の羊羹をご覧に入れますよ』って山岡さんみたいな事を言ったのが全ていけないんだが。
僕の頭の中には、いつの間にかお菓子のレシピが沢山入っている。
女神が言っていた『希望』なのだろう。
『ないなら作れば良いじゃない』と。
魚屋には出入りの漁師が沢山いる。
「天草なら魚の網にイヤってぐらい絡み付いてくるよ」という事で天草はほどなく死ぬほど集まった。
天草で何をするのか?
干した天草を煮て、寒天を作るんだよ。
寒天があれば羊羹が出来る。
そして「どうやら宗易様の囲っている女は甘党らしいぞ」という噂が広まったのか果物がやたら付け届けとして送られてくる。
田中、結構権力者だったんだな。
「応仁の乱の後、宗易様のお父様の店は傾き、葬式も出せないほど困窮された。
それを宗易様が一代で立て直されたのだ」とか出入り業者のオッサンが言ってたな。
どうやら田中の周りの人間は『ゴマを擦っている』訳じゃなく『本心から心酔している』みたいだ。
お陰で金平糖も手に入る。
金平糖を砂糖の代わりに果物の煮汁と一緒に煮込んでいることは秘密だ。
一度番頭に見つかって「高価な金平糖で何をやってるんだ!もったいない!」としこたま怒られた。
僕は田中の店で丁稚奉公のような事を昼ごはんまでして、午後から菓子作りに没頭していた。
僕の作った前衛的な菓子は田中が茶を入れた時の『茶請け』として使われたので、文句を言う者も出なかった。
一つわかった事として『茶の肴』と『酒の肴』は同じ物が多い。
菓子が甘くない物が多い代わりに、酒の肴に甘い物が出てもこの時代の人達は全く気にしない。
つまり酒宴でも僕の作った菓子は登場する。
でも僕の作った羊羹は所詮『フルーツ寒天ゼリー』の域を出なかった。
「やっぱり羊羹は小豆だよな・・・」
僕が呟いていた時に声かけてきた少女がいる。
「貴女の菓子作りには小豆が必要なのね?」
「え?誰?」僕は思わず呟いてしまった。
少女は身なりを見ても、ある程度身分が高い事がわかる。
しかし子供とは思えない、美人だ。
僕みたいな海のものとも山のものともわからない人間が不敬を働いて良い人間だとは思えない。
でも少女は僕の言葉を咎めようとは一切しなかった。
「私?
私は『秀子』。
近江で縁談があってその顔合わせに来たついでに堺に来たのよ」
うん、知らない。
近江って確か滋賀の事だよね?
滋賀にふるさと納税した人が「返礼品の近江牛が美味しかった」とか言ってた。
しかしこの時代の結婚スゲーな。
見たことろ少女は10歳かそこらじゃねーか。
「その歳で縁談?
凄いね!」僕は思った通りを口にした。
「ううん、今回の話は破談になると思う」
少女は全然残念そうじゃない。
「何で?
相手が気に入らなかったの?」
僕の質問にしばらくキョトンとした顔の少女は鈴が鳴るような声で笑い始めた。
「『政略結婚』に『気に入る』も『気に入らない』もないわよ。
私は家の方針に従って道具として振る舞うだけ。
それに今回の破談を切り出してくるのはおそらく相手方。
こちらは六角様が奔走してくださって、何とか縁談をまとめようとしてたのよ?」
マジかよ!?
確か『六角氏』って『信長の野望』で序盤で滅亡する国じゃん!
戦国大名としてはショボいかも知れないけど、戦国大名になれるだけで大したモノだ。
その戦国大名を奔走させられるこの少女も半端じゃない。
しかし、身分の高い人は大変だな。
この時代、大変なのは男だけじゃないんだ。
身分の高い女性も同様に大変なんだ。
僕はそのどちらでもないから菓子作りに励むだけだけどね。
それに権力に近寄ったら僕には『ハーレム落ち』の未来が待っている。
まぁ、ハーレムを望んだ僕の自業自得なんだけど。
「ここにいらっしゃいましたか。
お探しいたしました」
現れたのは田中だ。
因みに僕は田中の事を「オヤジ」と呼んでいる。
もちろん田中と二人っきりの時限定だ。
他の人達がいる前じゃ僕は田中を「CEO」と呼ぶ。
呼ばれた田中も周りの人達も、全く意味がわかっていない。
でも「『CEO』とは南蛮人の言葉だ」と言ったら誰も文句は言わなかった。
この時代の人ら、横文字に弱すぎだろ。
「あの珍しいお菓子を作った娘に会いに来たのよ
すぐに戻るつもりだったわ」と秀子。
へぇ、あの田中が頭を下げるって事はこの少女はやっぱり身分が高いんだ。
良かった、タメ口叩いて切腹させられないで。
去っていく少女がこちらをクルッと振り向くと僕に向かって言う。
「私達、友達になれるかしら?」
「勿論でございます」僕は少し畏まって言った。
少女は子供と思えない気品のある笑い方をするとこう言った。
「お兄様への土産話が出来たわ」
「『お兄様』?」僕は首を傾げる。
「今度『ようかん』に小豆を送るわね!」
少女は誰かに聞いたのか、僕の呼び名を知っていた。
綺麗な子だったな・・・。
僕が呆けていると田中が僕に向かって言う。
「凄い方に名前を覚えていただいたな!」
ようかんが名前なのも変だけど・・・それはこの際どうでも良い。
「『秀子様』ってそこまで凄い人なの?」
「『秀子』はあの方の幼名だ。
多くの者はあの方を『お市様』と呼ぶ」
・・・って事はあの方のお兄様って『織田信長』!?
って事は近江の縁談の相手って『浅井長政』!?
破談ってどういう事!?
もしかして何かの拍子に歴史変わっちゃった?
・・・なんて事はなく、後日の二回目の顔合わせで浅井長政とお市様の縁談は決まるのだった。
そして、この時の約束の『小豆』が信長の命を救う事を誰も知らない。
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