この度娘が結婚する事になりました。女手一つ、なんとか親としての務めを果たし終えたと思っていたら騎士上がりの年下侯爵様に見初められました。

毒島かすみ

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第三章 ギルバード侯爵家のメイド

家族

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 メイド職はシフト制で、週に2日の割合で休暇が貰える。
 
 そして今日はその待ちに待った休暇の日。連休となるか単休となるかはシフト次第。今回私に与えられたのは連休。
 休み無く働き通しだった貧困時代には考えられない贅沢だ。

 さて、問題はこの貴重な2連休を一体どのように過ごすか……だ。

 候補1、アリアに会いに行く。

 本音で言えば、未だに子離れ出来ていない私。
 自分の人生を自分らしく生きようと決意したが、娘と疎遠になってしまった事への喪失感はどうやっても誤魔化せない。とはいえ、

 うーん……。

 いくら子爵様から「娘の顔が見たくなった時はいつでも来ていい」と言われてはいても、新婚で一番楽しい時期にある2人の邪魔をするのは気が引ける。……やっぱり今回は見送って、次回の連休の時にしよう。うん。 

 という事で、候補2。
 お洒落な洋服を求めて領都へショッピングへ出掛けたい。

 すっかりお洒落をする事にハマってしまった私。
 今持っているおめかし用の洋服はこの前買ったやつのワンセットしか持っていない。もっと種類を増やしてコーディネートを楽しみたいのだけれど、でも……

 ――今の私にはそんなお金はもう無いのだ……がっくり。

 そう。 例の洋服代と生活費の足しに少し手をつけただけで、まだまだ巨額を保っていたリデイン子爵家からの恩恵を『結婚持参金』としてこの前アリアに返した為だ。

 いくら貴族となったとはいえど、自身で自由に使えるお金はおそらく無いだろうと、娘を思う親心からである。
 何より、まるで娘と引き換えに巨額の金を受け取るようで、私としてはそんな抵抗感も感じていた。
 あとは私の人生観として、自分の人生は自分の手で豊かにしたい。お金もそう。自分の手で稼いだお金で生きていきたい。そういった思いから全てを返したのだ。

 ただ、感謝は絶えずしているという事と、ちゃんと恩恵も受け取った認識でいるという事。
 確かに巨額は返したが、それがあったからこそ一念発起する勇気が持てたのだ。

 今こうして侯爵家のメイドとしていられているのは紛れもなくリデイン子爵家とアリアのお陰。

 ともあれ、巨額を手離した今の私に金銭的余裕はもう無い。
 そして、メイドとしての給金をまだ受けた事が無い私は、その額がどれ程になるかをまだ知らない。

 いくら侯爵家の使用人の給金が期待できるとはいえ、それでも『領都へショッピング』なんて優雅な事はもう出来ないだろうと思う。
 
 ……やっぱり、少しくらいは手元に置いておけば良かったかな?

 巨額を手離した事へ、ほんのちょっとだけ、後悔の念が今更ながら湧き上がったのはここだけの秘密だ。

 という事で、候補2も断念。

 候補3、実家へ帰る。

 ――次の日が休暇の場合には外泊が認められている。
 
 両親は私がギルバード侯爵家のメイド採用試験を受けた事までは知っているが、色々と忙しくて結果報告まではまだ出来ていない。 

 お父さんお母さん、後回しにしちゃってごめんね。

 という事で、うん。候補3で決定!実家へ帰ろう!!

 久しぶりに両親の顔も見たいし、今の私が元気で充実した毎日を送っている事も教えてあげたい。

 親は子の幸せを願うもの。
 ジョンと結婚してから、私がその結婚生活に苦労している事は両親も知っていた。そして、離婚を経て貧困に苦しんでいる事も。
 私がアリアの幸せを願うように、両親も私の幸せを願っていた。しかし、実際の私は幸せとは程遠い生活をしてきた。故に両親には心配ばかり掛けさせてしまった。

 そんな両親に『今、私は幸せ』だという事を伝えたい。伝えて両親を早く安心させてあげたい。

 そうと決まれば即行動だ。貴重な休日。大事にしたい。

 私は外泊許可を貰いにクライン様の所へ向かったのだった。



「ただいま」

「――エミリア?」

 実家の玄関扉を開けると、私の声に気付いた母が出迎えてくれた。遅れて父も奥の部屋から顔を覗かせ、私を視界に入れると優しい笑みを浮かべた。

 私は両親へ、無事にギルバード侯爵家のメイドになれた事、その先で楽しくやれている事を伝えると、

「あんたのその顔を見ればすぐに分かったよ。久しぶりにエミリアの、エミリアらしい顔が見られて安心したよ」

 母は私の事は全てお見通しで、もはや顔を見せるだけで報告は不要だったようだ。
 父はまるで自分の事かのように得意気に声を弾ませる。

「本当に侯爵家の使用人になるなんてすごいじゃないか!さすがエミリア、俺の自慢の娘だ」

 そんな両親達の喜ぶ顔と言葉が聞けて私も嬉しくなる。

 一体いつぶりだろうか。
 家族3人水入らずの時間に、心の奥底に温かい安らぎが広がっていく。
 両親との会話やふとした触れ合いから、まるで子供の頃に戻ったような感覚に心が満たされていく。

 愛娘に甘々な父は何年経っても変わっておらず、強くて優しい母は子供の頃からの憧れで、今尚追い続ける私にとって理想の女性像で、理想の母親像でもある。
 私を見る2人の目は昔同様に優しい。 

 本当、懐かしいなぁ。

 私はこの貴重なひとときに、幸せを噛み締めたのだった。



 実家からギルバード侯爵邸までの帰路、いつも使う最短の道ではなく、少し遠回りして帰る事にした。
 ふと、子供の頃にお気に入りだった場所に久しぶりに立ち寄ろうと思い立ったのだ。

「わぁ、やっぱり綺麗ねぇ。ここも昔と全く変わらないわ」

 私の目の前に広がったのは、夕焼けに染まる海と、オレンジと赤のグラデーションで埋め尽くされた空。
 その2つが織りなす美しい景色に感動が込み上げてくる。

 心地よい風が私の髪を撫で、耳には波の音が響く。私は素足で砂浜を海に向かって歩き出した。
 足元に感じる砂のざらつきと、ふくらはぎをくすぐる冷たい波が心地良い。

 子供の頃、嬉しい事や、悲しい事、感情の起伏の度に私はここを訪れ、この海の景色を眺めながら物思いに耽るのが習慣だった。

 愛したはずだった人から裏切られ、離婚して、10歳だったアリアと過ごした貧困時代を潜り抜け、今こうして母と娘それぞれの幸せを掴み取った。
 
 目を細め、美しい景色を眺めながら安堵感にも似た幸せを噛み締める。
 そんな時だった。

「――エミリアか?」

 唐突に、背後から聞き覚えのある声が掛けられた。
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