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第二章

第74話 不協和音

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 結婚後の初めての俺の休日、俺とハンナはエドワード領の中心街を訪れていた。特に用事はない。
 そう。つまるところ、俺にとっての初デートというやつだ。

 結婚して妻になったとはいえ、出会ってまだ日も浅く、女慣れしていない俺は今日の日を迎えるまで己の高鳴る鼓動を抑えるのにとても苦労した。
 
 ――恐い。 ただでさえ女性との2人きりが苦手な俺にデートはあまりにハードルが高い。

 オドオドしながらグダグダのデート運びをする己の姿が目に浮かび、俺のような恋愛初心者が行き当たりばったりで行くなんてまさに自殺行為だろうと、ハンナに愛想を尽かされるのが恐くて入念なデートプランまで練った。
 しかし、それも俺の余計な一言のせいで全て台無しになってしまった。

 ――バレてしまったのだ。

『私と結婚するまで、頑なに結婚を拒み続けていた理由はその人なんですね?』

 俺の中で生き続けている魔女の存在が……

『私とその人が似ているから、だから私と結婚してくれた、そうなんですね?』

 叶わなかった俺の初恋を……魔女に、ハンナを重ねて見ていた事を……。

 魔女への想いを断ち切り、ハンナだけを愛すると誓ったはずなのに、現に今も、魔女は俺の心中で微笑んでいる。
 結局はハンナの指摘通り、叶わなかった魔女との恋をハンナとの結婚の中に見出し、酔っていただけ。

 いくら心に刻んでいても、どうしてもハンナを死んだはずの魔女のように見てしまっていた。

 ――やはり、ダメらしい。

 ハンナからの指摘は全て俺の本心を貫いていて、もはや弁解の余地など何処にも無い。

 これ以上ハンナの側にいては彼女を傷つけるだけ。故に、この結婚はやはり無かった事に――

『ダメ!! 追いかけて!!』

「――ッ!?」

 ハンナとの別れを決意しようとしたその時、これまで微笑んでいただけだった俺の中の魔女が突然叫んだ。

『追いかけて! そして捕まえて、抱き締めて!! 絶対に離さないでっ!!』

 魔女のその叫びに俺の体は咄嗟に動いた。迷いは無かった。ハンナを追いかけねばと、その一心だった。しかし、丁度そのタイミングで、

「お待たせ致しました。御注文のオムライスとハンバーグでございます」

 注文していた料理が運ばれて来た。

「大変申し訳ないのだが急用が出来てしまった。これは出来れば君達のまかないにでもしてくれ。 釣りは要らない。」

 そう言って俺は代金より多めの金をテーブル上に置き、ハンナの後を追った。
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