あわいの宦官

沖弉 えぬ

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完結編

29少年の覚悟、中年の決意

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 于雨ユーユーは気付いたら子珠ズージューの手を取って走り出していた。最初のうちは無我夢中だったので忘れていたが、後ろから誰も追いかけてきていないのに気付くと股の間の傷が思い出したように疼き始める。
「あっ、于雨!」
 宿舎を抜けて後宮の近くまで来たところで足を止め、痛さに呻きながらずるずると城郭に寄りかかりうずくまる。
「い、痛いよね? どうしよう、薬持ってきてない」
「大丈夫……大丈夫、子珠」
 じわじわ目に涙を溢れさせる子珠の手を握りしめて、痛みが治まるまでしばらくその場で堪える。
永参ヨンツァン先輩、怒ってるよね」
 子珠の恐々とした呟きを聞き取り于雨は俯く。于雨は永参の恐ろしさを真には知らない。永参と同室になるはずだったが急遽部屋替えが行われて玲馨と同室になったおかげで、永参に手籠めにされる事はなかった──その頃宿舎にやってきた子珠を犠牲にする形で。
 永参の事など気にしなければいいと思うが、気弱な子珠は永参の言いなりになるしかなく、今回の事が彼に見つかれば想像もしたくないような罰が与えられると怯え切っている。それでも于雨は子珠が泣くのはもう嫌だった。于雨の代わりに彼が苦しむのは間違っていると思った。
 だから、教練房が開放される頃を狙って私室を出て、子珠を見つけて無理矢理連れ出してきた。子珠が抵抗したのは最初だけで「嫌な事から逃げよう」と説得すると子珠も自分の足で走り始めた。
 于雨は痛む下腹部を押さえながら必死に考える。
 このまま兵士に見つかってしまうときっと脱走を疑われてしまう。少年宦官の脱走にはとても厳しく、逃げきれずに城内で捕まれば酷い折檻が待っていて、外で見つかれば殺しても構わない事になっている。だから今ここで誰かに見つかってしまうのは非常にまずかった。
「あ、立って平気?」
「うん。子珠、後宮に行こう」
「え、でも、僕はまだ入っちゃいけないんじゃないの?」
 正確には于雨も後宮の中で暮らす皇族付きの宦官になった訳ではないので同じく出入り禁止だ。だが今はそんな事を気にしている場合ではなかった。
「会いたい人がいる。その人に助けてもらおう」
 思えば玲馨は四郎スーランという名だけを記し、どこに行けば件の宦官と会えるかを書いてはくれなかった。もしかしたら見落としていただけかも知れないが、生憎手紙は燃えて灰になってしまった。四郎は皇帝付きの宦官であるというならば、于雨は後宮の他に行くべき場所を知らない。黄麟宮なら後宮の奥にある。しかし離宮である紅桃宮の場所まで教えられていなかった。
 果たして、于雨は子珠の手をしっかりと握り、後宮へと向かって歩みを再開させる。
 後宮へと続く門が見えたところで、于雨は痛みとは別に冷たい汗を掻く。門衛の事をすっかり忘れていたのだ。
 しかしここで歩みを止めては怪しまれるだろうと思い、寧ろ堂々と胸を張って進んでいく。
「おい、止まれ。お前たちは何だ?」
「宦官です」
「そんなものは見れば分かる。そうではなく所属を言え」
「はい、ほ、黄麟ホアンリン宮です。本日より陛下にお仕えせよと、す、四郎先輩より言付かりました于雨です」
 于雨は慣れない嘘にしどろもどろになりながらも、きっとおかしな事は言っていないはずだと自分に言い聞かせる。皇帝付きだという四郎という宦官に会う方法は、于雨にはこれ以外思いつかなかった。
「……暫く待て。確認を取る。──おい」
「はい」
 若い門衛が指示を受けて門の奥へと消えていく。確認を取る相手が四郎ならきっと何とかしてくれる。だけど、皇帝や他の宦官だったらどうしよう。
 口から飛び出してきそうなほどに心臓が鳴っている。残った方の門衛に見下ろされるほどに汗が止まらなくなる。一度思い出してしまったせいか下腹部の傷もズキズキと痛んだ。
 逃げ出したいと思った時、左手に握った子珠の手が強く于雨を握り返した。思わず振り返ると子珠は不安そうな顔をしながらもじっと于雨の目を見つめ、いつものように「どうしよう」や「ごめんね」のような弱音を吐かなかった。
 もはや逃げ出してきたという事実は変えられないのだ。だったら于雨は責任をもって子珠を守らなくてはならない。
 子珠の事を教練房から連れ出そうと考えついたのは、子珠が于雨の看病に来なくなって数日が過ぎてからだった。子珠は気弱だが真面目なので一度引き受けた事を理由もなく放り出したりはしない。それに優しい子なので前にも浄身後の宦官の面倒を見ていたくらいだ。おかしい、と思った。
 来なくなった原因に病気や怪我も思い浮かんだが、それ以上に彼の同室者──永参の事が頭を過った。
 きっと子珠が夜に于雨のところへ行っているのを知って気に食わないと思ったのだ。子珠は、于雨の看病をしている事が永参に知られたら彼から怒られるだろうとよく言っていた。だからいつも体を拭いて薬を塗ってくれた後は逃げるようにして自室へ戻っていた。
 教練房で子珠を見つけた時、彼のあまりに惨い姿に于雨は言葉を失った。左頬は真っ赤に腫れて唇にも切ったような痕がある。後ろを向けばうなじにまで蚯蚓みみず腫れの痕がついていて、子珠が酷い暴力を振るわれているのは一目瞭然だった。
 だけど誰も子珠の事を心配しない。指摘する事もしない。子供たちはおろか大人でさえも子珠を遠巻きにする。永参はそれほど周囲から恐れられているのだ。
 そう思ったら、夢中で子珠の手を掴んで宿舎から走り出していた。走ってくる途中「子珠」と名の書かれた四つに折り畳まれた紙を子珠が懐から落とした。それを拾った于雨は紙を破り捨ててきた。永参は自分が囲っている少年に名を与え、必ず「お守り」と称して名を書いた紙を持たせるのだ。そのお守りが少年に手を出してはならないという暗黙の印になっており、お守りのせいで子珠が誰からも無視をされていると思うと無性に腹が立った。
 若い門衛が門の向こうから誰かを伴って帰ってくる。祈るような思いでそちらを見つめ、やがて一度だけ見たあのお面のような顔をした宦官だと、四郎本人であると分かると、于雨の不安はいくらか解消されていった。
「あの」
「すまなかった于雨。こちらの手違いで門衛にまでお前たちの話が通っていなかった。これは正式な通達だ、受け取れ」
 四郎は于雨の言葉を遮って、丸めた紙を渡してくる。紙を広げ辛うじて読める文章を頭の中で繋げていくと、確かに于雨を黄麟宮付きの宦官にする、といったような事が書かれている。これで漸くひとまずの難を逃れたという訳だ。
 安心すると同時に下腹部の痛みが強くなったが、まだ門衛たちはいまひとつ納得がいかないような顔をしている。今度こそ彼らの視線からさっさと逃れたくて、子珠の手を引き四郎の後に従った。




「あ、あの四郎先輩、この子は──」
「子珠。永参の現在の同室者だな。知っている」
 于雨に紹介されるも、子珠は状況が何ひとつ理解出来ていなかった。四郎の冷めた目に見下ろされて萎縮し、ぱくぱくと口を開閉させたが諦めて拱手だけする。
「一人増えたところで大差はない。だがお前が浄身を済ませていない事は黙っていなさい」
「は……はい……」
 ほとんど消えるようなか細い声で答え、子珠は拱手したまま小さく丸まってしまう。だが四郎のおかげでしばらくは逃げ場が出来た、と思っていいのだろう。
 門からしばらく背の高い壁に囲まれた隘路を行くといくつかの大きな殿舎を通り過ぎていく。そして最後に辿り着いた洞門どうもんを潜ると、そこにはいっとう美しい外観をした殿舎がそびえ立っていた。ここが皇帝の暮らす黄麟宮だと言われても美しいという事しか分からず実感は湧かない。
 四郎は複数ある扉のうち一つを開けて于雨たちを中へ入れた。中では数名の宦官着を着た宦官たちが忙しそうに動いている。于雨は忙しない彼らの起居にやや面食らう。そのうち一人の宦官が三人に気付き四郎に近付いてきた。
「その子たちですか、新しい宦官というのは」
「そうだ」
 たった一言交わしただけで、後は一切疑われなかった。もしかしたら本当に于雨が知らなかっただけで療養後は皇帝付きになる予定だったのかも知れないとさえ思えてくる。
 この人は一体何者なのだろうか──。不思議に思いながも四郎の後について行くと宦官部屋の奥の間に通されて、きっちりと扉を閉められた。急な密室が恐ろしく感じたのか、于雨の手の中で子珠の手が一瞬大きく震えた。
「陛下には私からお前たちの事を話しておく。あのお方はお前たちに無体を働くような方ではない」
 玲馨の口から聞く皇帝の姿は確かにそんな感じだ。それに玲馨は愚痴っぽく皇帝の事を話す事もあるが、彼がとても皇帝の事を敬愛しているのをよく知っている。于雨に良くしてくれた玲馨の慕う人なら──と于雨は四郎の言葉を信じた。
 しかし子珠は皇帝の事をその名くらいしか知らないだろうし、永参のせいで権力のある大人というのは無条件で怖いものかもしれない。同年の少年たちにも他の大人たちからも捨て置かれた経験もある。子珠はすっかり怯え切ったまま于雨の手を放さないばかりか、青い顔で俯き四郎の言葉にも返さなかった。
 さすがに様子がおかしいと感じたが、四郎は気付いていないのか気にしていないのか、子珠には構わず話を先に進めていく。
「玲馨に話を聞いて来たという事で良いか、于雨」
「はい。あの、手紙で。玲馨先輩とはほとんど入れ違いで宿舎に戻ったので」
「十分だ。ではお前がどうしたいか──」
 急に背中に伸し掛かられて、「うわっ」と声を上げてしまう。子珠がしがみついてきたのかと思ったがそうではない。子珠は妙な呼吸の仕方で苦しそうに喘ぎ、ほとんど自分の力で立つ事が出来なくなっていた。
 突然の事に気が動転してしまった于雨から四郎が子珠を抱えてその場に座らせた。四郎は子珠の背を殊更ゆっくりと撫でながら「息を吸おうとするな。吐く事に集中しろ」と言って彼を介抱する。
 やはり子珠は体調が悪かったのだ。気付いていたのに声を掛けてあげられなかった悔しさにぎゅっと唇を引き結ぶ。
 于雨はただ二人のやり取りを見ているしかなく、子珠のそばに膝をついて彼の手を両手で握った。
 やがてそう長くかからず子珠の呼吸が落ち着いてくると、四郎は子珠の体を抱えて更に部屋の奥へと行ってしまう。彼は自身の行動にいちいち言葉で説明をくれないので慌てて立ち上がり四郎の後を追いかけると、四郎はぐったりとした子珠を寝台のうちのひとつに座らせるところだった。それで漸くここが宦官の寝所なのだと思い至る。
「于雨、少し離れる。あれは考え過ぎたりすると起こる発作だ。気を逸らすために子珠に何か話しかけていなさい」
「は、はい」
 では子珠は大丈夫という事だろうか。安心したのも束の間子珠が倒れて驚いたが、平時と全く態度の変わらない四郎を見ていると焦る必要はないのだという気持ちになる。
「子珠、もう大丈夫?」
「う、うん。さっきは、すごく苦しくてびっくりしたけど、もう戻ったみたい」
「良かった。ごめんね、体調悪かったのにたくさん走らせてしまった」
「ううん、違うの。ぼ、僕ももっと早く苦しいって言えば良かった」
 たった今まで苦しげだった姿を見ていたので、話しかけろと言われても体調を心配する以外の事が思いつかない。とにかく安心してほしいという気持ちを伝えたくて、四郎が戻ってくるまでの間、子珠の頭を撫でていた。
 戻ってきた四郎の手には水が入った湯呑と小さな木箱が持たれていた。木箱は薬箱だったようで中から軟膏を取り出している。
「子珠、背中を、いや傷のあるところを全て見せなさい」
「えっ、あ、の、だいじょうぶ、です」
「袍に血の滲んだ跡があった」
「あ……」
 血と聞いて于雨は思わず子珠の背中を見ようとした。しかし見える範囲に血のような染みは見つからない。
「放っておくと化膿して皮膚がただれて、最後には腐って死んでしまうがそれでも構わないか?」
 玲馨がこの場に居たら「子供相手に何て容赦のない」と呆れていただろう。しかしこの場に率直すぎる四郎を止める大人は誰もいないので少年二人は腐った皮膚を想像して心底ゾッとした。
 観念したらしい子珠はそろりと衿に手を掛けるが、何故か合わせを寛げようとはせず于雨の方を見上げる。
 見られる理由が分からず首を傾げると、四郎に「出ていなさい」と言われてしまう。
 傷があるのは背中なのだから必ず誰かが薬を塗ってあげなくてはならない。それを考えるとここで四郎の手当てをちゃんと見て、次からは于雨が代わりをしてやりたいと思ったのだが、何より子珠がそれを望まないというなら于雨に出来る事はない。気まずそうに顔を俯ける子珠にわがままを言う訳にもいかず、于雨はとぼとぼと寝所を出て行った。





 于雨が出ていき扉の閉まる音がしてから漸く子珠が背中を向けて袍を脱ぎ始める。時々傷に布が擦れるのか終始顔を顰めながらやっとの思いで半裸になった。
 四郎は子珠の背中を見て、僅かに眉を寄せた。四郎が反応を見せたのはそれだけで、傷の酷いところから順に軟膏を塗っていく。
 背中の鞭の痕はそれは酷いものだった。永参の噂は当然四郎も耳にしており、彼が私室で何をしているかも知っている。だが少年を相手にこれだけの暴力を振るっているというのは初めて知る事実だった。否、恐らく初めて少年を性的な方法以外で虐げたのではないだろうか。
「子珠。永参はお前に何と言って鞭を振るう?」
 思い出すだけでも怖いようで子珠の体が震える。しかし子珠は四郎の事を多少なりと信用したのかやがてぽつりぽつりと言葉をこぼすようにして永参の事を話し始めた。
 永参は子珠に「汚らわしい」「醜い」と詰っては「何故お前のような者が生きている」と叱りつけて鞭を打つという。
 四郎は子珠の話を聞いて違和感を覚えた。
 あれは少年を歪んだ目で見て、それを何か神聖なものとしている異常者だ。その被害に遭った者は数知れず、玲馨もまたそのうちの一人である。
 永参は少年たちを事の殊の外時を掛けてじっくりと丁寧に、そして慎重に扱った。そうして己の嗜好に沿うよう仕込むのだが、ごく少数の少年は永参から好意を持たれていると勘違いしたり、或いは彼を利用して良い仕事を貰おうと媚を売ったりする者も現れた。
 永参の行いは間違いなく暴行であるが、それは絶対に痛みを与えず行われる性的な、永参にとってある種儀式のような神秘的とも言える行為だった。子珠の薄く弱弱しい背中に無数についた鞭の痕は、永参と子珠の間に他の少年たちには無い何かがあった事を示している。
 子珠がよっぽど怒りを買うような事をしたのだろうか。こんな大人しく、思い詰めて呼吸を乱れさせるような気弱な子供が、蛇のように狡猾で冷酷な男を怒らせるとは俄かには信じがたい。
 あらかた軟膏を塗り終えると袍に軟膏が付かないよう包帯を巻いてやろうとしたが、正面を向くよう言っても子珠は下を向いたまま無言で首を振る。胸か腹に見られたくない痣でもあるのかも知れない。
 やりにくさを感じながらも包帯を巻くため背中から手を回したその時だった。鉄で固めたかのように微動だにしないはずの四郎の顔に、それと分かるほど驚きがはっきりと浮かんだ。手が止まる。
 太るほどの食事量は与えられていないはずの浄身する前のの胸が、僅かにのだ。
 ──子珠は、もしや。
「子珠、お前は親に売られたのか?」
「あ、兄です」
「城へ来る前に兄はお前に何かを言い付けなかったか? 決して他人には明かしてはいけない、と」
「あ……あの……っ」
 子珠は四郎の視線から逃れるように身を縮め、それからはだけたままの胸元を両手で隠すようにする。四郎が何を察したのか、子珠もまた理解したのだと分かる仕草だった。
 とにもかくにも手当てをさっさと終えなくてはならない。四郎は極力胸には触れないよう気を遣いながら包帯を巻き、袍は自分で着るよう言って、薬箱を戻してくると部屋を一度離れた。
 部屋を出ると扉の開閉に邪魔にならない位置で、于雨が所在無げに壁に凭れ掛かっていた。
 于雨は知っているのだろうか。子珠が少年ではなく少女だと。彼は先日、浄身を終えたところだが、以前から互いに面識があった事だろう。こう幼くては万が一という事はないだろうが、しかし──。
 鉄面皮と影で呼ばれる四郎の顔つきが、この時ばかりは苦くなるのを堪えられなかった。





 薛石炎シュエシーイエンはひやりとした嫌な汗を掻きながら、自分より頭ひとつ分背の高い年下の上官の後ろをついて歩いている。
 どうして自分はこんなところに連れてこられたのか、目の前の男が何を考えているのかさっぱり分からない。
 まず下級貴族も端くれの薛石炎にとっては敷地の広さもさることながら、家屋の前に庭園が広がっているという事実が受け入れ難い。翡翠を切り出した假山は翡翠の周囲に池が張られているのだが不思議な事に蓮など定番の植物は無く、少々寂しげな印象を放っている。
 石畳の中腹には洞門があり、それを抜けるといよいよお目見えするのはこの敷地の主役である皇母の住まう殿舎だ。ちなみに石畳から脇に逸れたところには六角形の四阿あずまやが見える。その周辺には木が植えられているが何の木かまでは分からなかった。
「し、星昴シンマオ様、私は一体何故こんな所へ……些か刺激が強う御座います」
 自分の沓が踏みつけている石畳にも職人の技工が凝らされており、一歩進むごとに建材費やら工費やらの重さで体が沈みそうである。
 臆病者の本領を発揮する薛石炎の事など一切気に留めていない星昴は、さっさと石畳を歩き終えて主殿の扉に向かって「私だ。来たぞ」とさながら皇帝かのように偉そうに声を掛けている。果たして扉を開けた宮女は星昴の無礼な振る舞いにも心得た対応をし、星昴を中へと招いた。
「何を突っ立っている薛石炎」
「は、はぁ」
 やはり入るのか、中へ。
 胃が雑巾を絞るようにギュウと悲鳴を上げる音を聞きながら、薛石炎は自分の装いに汚れが無いかなどしつこく確認してから扉を潜った。
「まぁ、星昴様、ようこそいらっしゃいました」
 落ち着いた柔らかな声が聞こえるなり薛石炎は素早く拱手する。高貴な女性の顔というものはむやみやたらと眺めて良いものではない。少々込み入った事情から天子の母でありながらも皇太后と呼ぶのは憚られるのだが、それでも今や彼女は沈という国の母、国母には違いない。つまり沈で最も貴い女性なのだ。
 応接間で二人を出迎えたのは戊陽の母、賢妃その人だ。噂によれば近頃体調を崩していたという話だったが、起き上がって綺麗に着飾っている──薛石炎の感覚による──ところを見るに回復したらしい。
 宮女が気を利かせて薛石炎の分まで椅子を出してくれるが薛石炎は丁重に辞退して、星昴が腰掛ける椅子の斜め後ろに控える。
「体調はいかがか」
「ええ、陛下が看て下さったのですっかりよくなりました」
 皇帝は確か二十歳そこそこの歳だったはずだ。その母という割には歳がいっている。しかし歳を召しても若い頃の美しさは損なわれておらず、気品があり柔和な印象のたおやかな女性だ。鼻につかない程度の知性も垣間見える。
「戊陽の事は心配いらない。禁軍の精鋭がついているからな」
「そうですね。ええ……私が気負い過ぎても何にもなりませんもの」
 数日ほど前の話だ。城の西側に位置する西沈シーシェンが物々しい雰囲気に包まれていた。禁軍の兵士たちがずらりと列なして広い範囲を埋め尽くしていたのだ。
 後で聞いた話によると東の少数民族であるリエン族が挙兵し、山芒シャンマンに侵攻してきたのだそうだ。どうりで大勢の兵士がきっちりと武装していた訳である。ざっと数えただけでも千近くの兵士が槍や剣を構える様は味方と分かっていても恐ろしいような光景だった。武芸に縁のない薛石炎は城で開かれる武芸大会を見物した事もなかったので、初めて見る本物の軍隊にすっかり恐れをなした。
 あの中に若き皇帝の姿もあったのかと思うと、一人息子を見送った母の気持ちは同じ子を持つ親として察するにあまりある。
「賢妃よ、此度はそなたが手塩にかけて育てた桃を分けてもらえないか相談に来たのだ」
 ──桃?
 星昴は他人を気遣うという事を知らないのでろくな世間話もせずに本題を切り出した。
「桃ですか? ええ、どうぞ。近頃は皆歳を取ってたくさんは食べられなくなりましたし、星昴様に十分にお分け出来ると思いますよ」
 確かに薛石炎たちの対応した宮女たちはどれも賢妃と同じかもっと年上のようだった。後宮の仕組みをよくは知らないが、宮女とは大抵が若い女たちが務めるものだ。何か事情があるのだろう。恐らく、賢妃の生家に纏わる複雑な事情が。
 それにしても星昴は一体桃などを貰ってどうするつもりなのか。賢妃の育てた桃の味がよっぽど気に入ったのだろうか。
「言葉が足りなかったな。桃の実ではなく、桃の木丸ごと一本、私の家の庭に移し替えたい」
 応接間の空気が一瞬にして冷える。
 賢妃宮の桃と言えば賢妃がそれはもう苦労して漸く結実させた事で有名だった。あくまで後宮の中での事なので星昴も薛石炎も蚊帳の外かと思いきやこれが案外そうでもない。
 賢妃がこの紅桃宮へと居所を移す時、それはもう多くの男手が駆り出される事になった。当時既に太常寺にいた星昴と薛石炎の采配で、太常寺からも若い人手を貸し出した事を覚えている。通常、妃や皇子たちの引っ越しは内侍省と宮官、つまり宦官と宮女たちによって行われるのだが、桃の木の移植など女手はもちろんひ弱な宦官たちでは何年かかるか分からないからと、移植する際特別に外部から人足を雇い入れた。
 通常では発生しない費用に喘ぐ官吏たちの悲鳴は、他人事でありながら太常寺にも届いていた。妃たちの中で最年長でありながらも大人しい事で有名だった賢妃の今世一のわがままは、官吏たちの間でこんな風に噂された。「陛下を失われた事で御心を病んでしまわれたのかもしれない」と。要は頭がおかしくなったと言われていたのである。
 是が非でも桃の木を諦めなかった賢妃からたった一本とは言え分けてほしいと願い出る事は、当時の苦労や騒動を直接その目で見聞きしてきた宮女や宦官たちからすれば、よっぽど厚かましい願いだと言えた。
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「では賢妃、枝を一本ではどうだろうか。剪定する際に切ってしまった部分で良いのだ」
「……それでしたら、桃は寒い時節に剪定しますのでその頃にまた紅桃宮をうかがっていただければ」
「いや、それでも遅いな。筆より小さな枝で構わぬのだ」
 桃の事はよく分からないが、間違った季節の剪定は木のためにはあまりよくないのだろう。賢妃の顔を見ればそれくらいの事は誰にでも想像出来る。星昴は変わり者の怠け者で知られているが、他者の気持ちが全く分からない訳ではない。それでも条件を緩めてでも食い下がるからには、桃の木に何かよほどの事があるのだ。
「賢妃、よく考えてくれ。これは沈の栄枯に関わる事なのだ」




 たかが桃の木くらいで賢妃は何をそんなに拒むのか、とは薛石炎は思えなかった。休日はもっぱら釣りをして過ごすのが好きな薛石炎は釣り竿に使う竹のしなり具合から糸の丈夫さ、針の大きさなど拘りだしたらきりがない。もしある日突然お前の拘りの竿を一本分けてくれないかと言われたら、どうにかこうにかそれらしい理由を付けて丁重にお引き取り願う事だろう。お前の釣り竿が、国の趨勢すうせいを決めるのだと言われたとしても、だ。何故ならよもや自分のこさえた釣り竿ごときが国を未来を決めると言われても到底信じられないからだ。
「星昴様、何故あのように桃の木に拘られるのです?」
 皇族や上級貴族というものは城内の移動に馬車をよく使うが星昴が使っているところは見た事がない。薛石炎としても一緒に馬車なぞに乗せられては下級貴族がと笑い者にされるので助かっている。
 二人は並んで東沈ドンシェンに向かって歩いていたのだが、星昴はぴたりと足を止めて薛石炎を見下ろした。
 皺が目立ち始めた星昴の目が通常より糸一本分くらい大きく見開かれている。大変分かりづらくそして大変珍しい事だが、これは星昴が驚いた時にする表情だ。声や言葉に出して驚きを表現せず、じ、と驚愕の対象を見つめるので居心地は最悪だ。
「薛石炎は何も知らずに私についてきていたのか」
「何も仰らなかったのは星昴様で御座います」
「四阿の辺りに桃の木が生えているのを見て分かりそうなものだが」
「恥ずかしながら私はあれが桃の木だと気付けませなんだ」
 じ、と見つめられる。そんなにも桃とは常識的に知られた植物だろうか。花などは梅や桜に似ていると聞くが、大きな桃園がある東江ならいざ知らず、沈では桃は生産されていない。
「戊陽が寄越した写本には目を通したであろう」
「写本と申されましても一体どれの事やら分かりません」
 彼の言う写本とは皇帝付きの宦官が持ってきた十数冊に及ぶ真新しい本の事だ。同じ形に切りそろえた紙を重ねて背の部分で綴じた独特の形をした「本」は大変使い勝手が良いのだが、まだまだ珍しくあまり普及していない。貴重な本に感動したのも束の間、星昴はそれら写本全てに目を通せと言ってきた。それが昨日の昼の八つ時約十五時の事である。
「私が拝読したのは『木と魔除け』という、何故太常寺の書架に無いのかと思うような物だけです」
 それも半分ほど読んで止まっている。
「植物のもつ魔除けの力について詳しく調べられておりましたな。いくつかは無病息災に今後の祭祀にも──」
「まさにその本だ、薛石炎」
「はい?」
 星昴と薛石炎とでは年齢もだが体格が違う。小さくて老いた薛石炎のために歩く速度を落とすという気遣いをする人ではないので、薛石炎ははふはふとやや息を切らしながら首を傾げた。
「桃の木が出てくるのはその本だ、薛石炎。桃の木はあわいの妖魔を退ける力を持つ魔除けの木だとされている」
「はぁ」
「地脈の気は全ての物に宿るのだ。それは根を伐られた木材にも、はたまた我らが装う衣の細い糸にさえ宿っている。だが果たして不毛の地となった『あわい』は、それら『せい』の物から気を枯らし奪い去っていった。故、嘗て計画された植樹による破魔は、終ぞなし得ぬまま頓挫し今日に至る」
 頓挫したのならやはり桃の木を求めて何になるというのだ。
「薛石炎、植樹計画によって植えられた木々はなぜ枯れたと思うかい?」
「さっきご自身で仰ったではありませんか。あわいは生気を吸い取ると」
「ならば吸い取られないためにはどうすれば良いかな?」
「それは……」
 まるで教師と学徒のようなやり取りに私塾時代を思い出す。伯父に無理を言って養子に入れてもらい貴族の端くれとなったが、私塾には恵まれたと薛石炎は当時を振り返る。
「地脈から気を供給し続ければ枯れないのでは? それが出来ないから苗木は植えたそばから枯れたのでしょうけど」
「出来る」
「えっ」
「かも知れない」
「……はぁ」
 間もなく太常寺の庁舎が見えてくると、薛石炎の足取りは急に重たくなった。
 例の卜占及び卜師復活計画は皇帝の宦官とやらが成果を持ち帰るまでは一時休止だ。となれば後は日々の業務に追われるその隙間を使って写本を読み耽る事になる。最近は老眼が酷くなってきて細かい文字を追うのが辛い。
「桃の木を使って試そうとお考えなら、皇母様にもそうお話しされたら良う御座いましょう」
「失敗したら枯れるのだ。病み上がりの者を悪戯に不安がらせる事もないだろう」
 本心から賢妃を気遣っての発言か、それとも桃の木が枯れないという勝算が薄いのか。どちらにせよ薛石炎を星昴の代わりに喋らせて賢妃を説得してほしかったのなら、初めからそれを伝えておかなくては意味が無いだろうに。
 星昴は薛石炎とは全く違う角度で物事を考える人である。おかげでこうして意思の疎通が上手くいかない事が度々あった。振り回されるのは決まって薛石炎なので今回の事に片がついたら隠居しようと心に決める。
「紅桃宮の桃が駄目となると、別の手を考えなくてはならぬな」
 今度は一体どんな案を持ち出してくるのか。出来ればもう巻き込まないでほしいところだが。
「そう言えば、星昴様。また陛下の代わりをなさるのですよね?」
「今朝から朝議には出ていたぞ」
「当然で御座います。こんな所で油を売っていてよろしいので?」
「ん、良い。戊陽は何でも自分でやりたがるのが良くない。それでは人材も育たぬ」
 あなたは何でも人に押し付け過ぎる、と喉まで言葉が出かかった。
 太常寺の庁舎に入ろうとしたところで声を掛けられる。振り返るとそこには昨日写本を運んできた宦官の姿があった。まさか、と思っていると今日もまた五冊ほど写本を渡してくる。
「良い暇潰しが出来たな、薛石炎」
 暇潰し。
 皇帝からの密命を帯び、皇帝不在の代理をし、その上で太常寺の長官としての通常業務を抱えている状況で、暇の一言が出てくる自身の怠惰ぶりを顧みてほしい。
 固く握った拳に「絶対に辞めてやる」と誓う薛石炎だった。
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養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

すべてはあなたを守るため

高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです

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