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完結編
32東の果て
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岳川に架かる橋を渡る時、二人の死者を出した。しかし行軍は止まらない。前回の山芒遠征よりも軍の編成も大きくなったが山芒までたどり着くまでに掛かった日数はおよそ一日近く短縮された。
およそ一月ぶりに訪れた山芒の地は春の萌芽がしっかりと色づき夏景色になったくらいで視覚的な変化はさほどない。陥没した大穴も埋められておらず、宿舎だったものの残骸が風雨に晒されるままになっていた。
練族が挙兵したという報せを受けても、あわいの影響で人が暮らせる土地が減ってしまい、民は避難する先がなく家の中に閉じこもって戸を閉め切ってしまうので精一杯だ。練族が攻め込みここが戦地となったら、民は死んでゆくしか道はない。
通りに兵士以外が居なくなった非常時の山芒に到着した戊陽は、生まれてこのかた初めて見る臨戦態勢の戦場に、己の覚悟の甘さを思い知る。
「……決して、開戦させてはならぬ。決して」
「はい。この李孟義、陛下のお考えに賛同致します」
伝令の報せによれば山芒軍と練族は峠を挟んで睨み合いの状態が続いており、どちらか一方が矢を射かければたちまち開戦となるほど状況は緊迫しているという。
そこに千の禁軍を連れた戊陽が山芒軍に合流する事で、果たして前線に居るだろう向青倫がこれを追い風だと判断しない事を願いたい。同様に練族への刺激とならぬよう密かに合流する必要がある。
閑散とした山芒の山間の里を抜けてしばらく。前線に向かわせていた伝令が再び戻ってくると状況を伝えた。
「未だ戦の火蓋は切られず、両陣営とも山の峰を境に布陣したまま動かず。木王は陛下と禁軍には前線より一合下の砦にてお待ち頂きたい、との事です」
一合下とはこの場合、峠を十合目としたそのひとつ手前の砦という事で、千の軍勢が収まるにはあまりに小さな要害である。そしてその要害は前線にほど近い。そこまで来いというからにはやはり向青倫は禁軍を勝利を掴むための戦力として計算しているのだ。
戦など決してさせてはいけない──。紫沈からの道中に、戊陽はある作戦を考えていた。
砦に着く頃には天候が怪しくなり始めていた。西から流れてきた雲は今にも雨が落ちてきそうなほどに厚く空を覆っている。
兵士たちをせめて屋根のある所に入れてやりたいが、五百ほどが入ったところで砦の中はすし詰め状態になり、そこから結局五十ほどが鎧がぶつかるのを嫌って外へ出てしまった。
砦には全体に屋根があり、奥に行くにつれ二重三重に鉄格子の門扉が立ちはだかっている。ここは恐らく兵糧や武器などの軍需を蓄えておくための倉庫として建てられたものだろう。
さほど待たないうちに向青倫と数名の兵士が馬に乗って前線から下ってくると、戊陽も砦の見張り台から下りて砦の門前で向青倫と再会する。
「約束に違わぬ此度の応援、誠に感謝致します陛下」
「非常時だ楽にしてくれ。それにこの程度では約束を果たしたうちには入らぬ」
「……間をあけずしての再会にもおちおち喜んではいられませんな」
礼から直った向青倫が苦い顔で言う。口ぶりからして想像より状況は悪くないのかも知れない。
「被害は?」
「今のところはありませぬ」
「既に七日以上が経っているはずだが、練は全く攻撃をしてこないのか?」
「全く」
「一切?」
「一切」
戊陽が黙ると、向青倫も口を閉じる。それから砦からあぶれてしまっている兵士を見渡した。
「間もなく天候が荒れるでしょう。禁軍兵と共にこの先の要塞にお入りください」
「いやしかし、禁軍の姿が見えれば加勢が来たのだと思い練族が焦って攻撃してこないだろうか?」
「いいえ、恐らくそれはありませぬ」
向青倫は十合目にあるという要塞に移動しながらここまでの状況を説明する。
「此度は、寝耳に水の事で御座いました。完全に不意を衝かれる形となっていたため、練族が総出で山芒に侵攻していたら今頃前線はもっと後退し、ややもすると民の暮らす里にまで及んでいたかも知れませぬ」
戊陽が馬上から顔を上げる。間もなく上り坂が終わり、峠を越えたその先は高原地帯、練族の住む土地になる。峠はちょうど山芒と練族の住処を分ける境界だった。
前線が未だその境界の上にあるという事は、つまり練族が山芒側へ一歩も侵攻していない事になる。
「攻撃してくる素振りを一切見せないのに、練族は兵士をこの山道に集めているというのだな?」
「はい」
そして既に七日以上が過ぎている。
「……妙、としか言い様がないな」
「仰る通りで御座います」
「七日と言えば、土地や気候にも左右されますが、一つの戦が始まり終わるには十分な日数ですな……」
戊陽と向青倫の後ろで馬を進めていた李将軍が、自慢の髭を撫でながら首を傾げる。
武芸は一定の段階まで修めた戊陽だが、軍事学となると要点を押さえているだけで門外漢である。李将軍には戊陽の知識不足を埋めてもらうためにも向青倫との会話にて話す事を許していた。
「七日睨み合うだけでも兵糧を無駄に減らしてゆくばかりだというのに。とは言え、兵を引き上げる訳にもゆかぬとは、一体練族は何を考えておるのでありましょうか……?」
李将軍にも分からない事が戊陽に分かるはずがない。しかし、向青倫は思うところがあるらしい。
「待っている。そんな雰囲気なのです」
待つ?
「何を?」
向青倫が答えるよりも先に山芒最大の要塞である太句砦に到着し、一行は馬を降りて砦の中に入っていく。
膠着以前にそもそも戦いが始まっていないせいか、砦内は緊張よりも七日に及ぶ疲労の方が濃く表れて、空気はすっかり倦んでいた。壁に寄りかかっている者、床に座り込んでしまっている者、鎧を脱いで涼む者。今この瞬間練が武器を手に攻め込んできたら、彼らは果たして対応出来るのだろうか。
両軍は砦の物見櫓から見える峠に布陣しまさに正面から互いに不動のままだった。李将軍は素早く指揮して峠に布陣した山芒兵を禁軍兵と入れ替えていく。少しでも山芒の兵を休ませて、この先起こる可能性のある戦いに備えさせるのだ。
戊陽は砦内の卓に地図を広げて、向青倫と向かい合っていた。向青倫の隣には先日戊陽が助けた向青倫の次男、向峻が挨拶を済ませて難しい顔で地図を見下ろしている。
「この砦の先の峠以外に高原地帯から山芒に向かう道は無いのか?」
「道らしい道は御座いませぬが、当然山林に潜んで奇襲を仕掛ける事は出来ます。故、砦周辺から里の辺りまで兵に交代で見張らせております」
「ですが陛下、高原地帯には林らしきものは北端の方にありますが、それ以外に人が潜めるほどの木や岩といったものが全くありません。練が山林を利用し奇襲を掛ける事は出来ても逆は不可能なのです」
「だからこそ、数で圧倒してしまえば見晴らしの良い高原地帯を陥落させる事は容易い、と」
それが向青倫のかねてからの作戦で、それを実行するために禁軍の兵力を欲しがっていた。実行するには山芒の兵だけでは足りないと考えた。
戊陽は改めて砦の中を見回す。
確かに七日も続く睨み合いと聞けば飽いて疲弊するのもよく分かるが、それにしても砦の中で休む兵士たちの覇気の無さは目に余る。この様子ではいざ戦が始まっても士気が低いまま兵士たちが上手く動いてくれないような気がする。
里を調査していた玲馨によれば、現在の山芒では少々無理な徴兵が行われているらしい。兵役として駆り出された里の民を除いた正規軍は恐らく全体の半分程度ではないだろうかと李将軍は見立てていた。
そうやって聞くと、砦の中の疲れ切った空気にも納得がいく。今頃鍬を手に田畑を耕していたはずが、農地での働き手はろくに居ないのに戦うでもなく無駄飯を食らい続けるだけの待機命令はさぞやるせ無い事だろう。向青倫が禁軍に応援を求めた理由には、兵士として戦力になりきれない農民たちの穴を埋める意味合いもあったようだ。
「向青倫、私に考えがある。失敗すればそのまま開戦となるかも知れないが、成功すればお前の懸念を一つ晴らす事が出来る」
「……お話を、お聞かせ下さい」
「それは……! ち、父上はどうお考えですか?」
戊陽の案を聞いて驚いたのは向峻だけで、向青倫も李将軍も暫く黙って思案していた。
「実のところ、練族とは一度私が対話を試みました。しかし練族は武器を構えようとも言葉で応えようともせず、だんまりを決め込んで数日が経ちます。陛下でも同じ結果になるかも知れない。しかし、もし奴らが『待っている』ものが陛下であったなら……」
向青倫も本音では練族の待ち人が皇帝ではないと分かっている。皇帝と交渉したいのであれば山芒軍に対してそう要求するのが普通だろう。
だが万に一つに賭けてみたくなる心情もよく分かった。この砦に詰めている鎧を着せられただけの農民たちはもってあと二日という具合だ。それ以上が過ぎれば暴動が起きてしまいかねない。満足に軍事訓練を受けていないのであれば、農民たちの精神力が限界に達するのは当たり前の事だ。
岳川を渡る時、死者を二人出した。或いは犠牲者は少なく済んだ、よく抑えた、と思う者もいるかも知れない。だが違うのだ。多いか少ないかではない。彼らは、死んだのだ。
もうこれ以上の犠牲は出してはならない。そのためには、何としてでも戊陽はこの交渉を成功させなければならない。
砦を出て再び馬に乗る。すぐに峠に辿り着き、顔を上げればそこにはずらりと並んだ練の騎兵たち。衣の上から革の胸当てと小手を着けただけの弓兵が、聞いていた通り矢をつがえる事なく山道から高原に跨る境界を塞いでいた。
「驥驥」
馬から下りた戊陽は異様な空気にも怯える事なく主を運んでくれた馬の頬を撫でて、一歩、練族に近付く。練族の視線が一斉に戊陽を捉えた。
「陛下!」
まさか馬を下りるとは思っていなかったのか、慌てた様子の李将軍の声がした。
練族の空気が変わっていた。
横一列になっていた中から一人、驥驥に似た黒毛の馬に跨った練族が前に出てくる。
──族長だろうか。
練族の男たちの中で族長らしき者はひときわ小柄だった。子供ではない。女だ。
そうと分かると後ろに控えていた山芒軍からざわめきが起こる。それを向青倫が手で制した。
静寂の中に、風が吹く音だけがする。空気は冷たくて湿っぽく、間もなく雨が降り出すと告げている。
「私は沈の現皇帝である戊陽だ。此度、練族とは同盟を組むため紫沈より参った」
練族の女がくっ、と顎を上げて背筋を伸ばす。馬から下りている戊陽に対し、女は未だ馬上のまま、ますます見下ろす形になって李将軍が怒りに剣の柄を握り込む。
山芒軍からはまたしてもざわめきが起こっていた。先程よりも動揺が強いのか、静かになるまで時がかかった。
「練族の住まう東の高原は『あわい』によって土地が減り、暮らしが逼迫している。なれば我らからは練族に土地を渡そう」
そして──。
「その代わり、練族からは山芒にその戦力を貸してほしい。山芒の里の者たちと手を取りこの沈東方の地を守ってほしいのだ」
山芒、そして練族。双方の矛を収めさせるには、それぞれが欲しいものを互いに出し合うしかないのだ。それが戊陽の出した至極単純な答えであった。
少し前、太句砦内、会議室。
「同盟というからには互いに利がなければ成り立ちませぬ。そこをどうお考えか?」
「練族は土地が欲しい。山芒は兵力が欲しい。簡単な事ではないか」
おお! と声を上げたのは李将軍だけで、向青倫はおろか向峻までも険しい顔のまま黙っている。
「山芒と練が何故土地を求めて相争うのか、陛下はお忘れでは御座いませんな?」
「木王様、陛下を相手に些か態度が過ぎるのではありませんかな」
「良い、李将軍。事は山芒の領地に関わる問題。それだけではない。山芒の民の暮らしそのものに関連するのだ。奇譚無く言葉を述べてもらわねば困る」
「はっ。出過ぎた真似を致しました」
パシンッ、と音がするほど勢いよく抱拳礼をして李将軍が一歩下がる。
「土地が無いなら作れば良いのだ。向青倫よ、お前が岳川上流で行ってきた事の結果を思い出せ」
「……は、あれはしかし、確証のある事では」
「それを今、城で調査している者が居る。あわいを減らし嘗ての沈の姿を取り戻す方法をな」
向青倫が脱力していく。途方もない事だと思ったのだろう。いっそ呆れてしまったかも知れない。何故なら戊陽は、「無い土地」を交渉の餌に使おうとしているのだから。
「いざ練族が住処を移すとなっても、一日二日で出来るものでもあるまい? まぁそうでなくとも、半年程度待つくらいの事はしてくれよう。その間にまず山芒のあわいを消すのだ。同時に開墾、開拓を進める。可能なら練族に手伝わせるのが良いな。渋るようなら紫沈で人を募ろう」
李将軍は戊陽贔屓なので何を言ってもうんうんと頷くだけだが、向青倫はそうはいかない。
「机上の──」
「空論だと申すか、向青倫。本当にそうか? ならば他に案があるか。あるならそちらでも良いのだ。山芒と練が争わぬ未来があるなら、そのためになら私はいくらでも力を貸そう」
「父上」と向峻が父を呼ぶ。父とは違い、迷いの晴れた目をしている。
「練族との不和が解消されるのであれば後顧の憂いを断つ事が出来ます。なれば、山芒軍の兵役を減らし、陛下の仰る開墾開拓にも人手を割けるのではありませんか?」
息子にまで説得され三対一の形となり、向青倫は黙考したのち結論を出す。
「陛下、どうぞ山芒の良き未来のため、陛下のお考えのもとお力をお貸しください」
うむ、と何故か李将軍が満足気に頷く。それを後目に、戊陽を気を引き締めた。
交渉が失敗すればそのまま練族が武器を構えて突撃してくる可能性も視野に入れ、峠に布陣していた山芒・禁軍の連合軍にはそのように通達してある。皇帝自らが交渉に臨み、練族を前に馬を降りる姿を見て、戊陽を目視出来た前列の山芒兵たちにも僅かながら活力が戻っていた。しかし、勢いづく山芒側の心を折るかのように、練族の長はすげなく告げる。
「──たわけた事を」
にわかに戊陽の背後に控えていた兵たちと李将軍の殺気立つ気配を感じ取り戊陽は片手で制す。
「土地などどこにあるというのだ!」
若い女の威勢の良い声に続いて練の騎兵たちからもそうだそうだと野次が飛ぶ。
「土地は作る! そのためにも練族に協力してもらいたい」
「ふざけるな! 古くから我ら練の暮らしてきた高原を不毛にした上に、お前たちは高原へと我らを閉じ込めた……! そんな奴らの言葉をどう信用しろと言う!!」
いきり立つ練族たちの一方で、彼女の言葉のある一点が気になった戊陽は冷静に問いを返す。
「高原を不毛にした、だと?」
「しらばっくれるな!」
女は積年の恨みを込めて叫ぶ。
「自国どころか高原まで不毛にしたのは、お前たち沈の帝だろうが!」
青天の霹靂である。そんなことは生まれてこのかた耳にした事はない。沈の民とてあわいに苦しんできたのだ。七十年前には民の五分の一が死に、時を経るにつれて皇族は求心力を失って、今まさに沈という国が瓦解しようとしているのだ。それを、皇帝自らの行いだと練の女は言ったのか。
「何か……何か、勘違いをしていないか? 仮に我が祖先があわいを生んだのだとして、道理はどこにある? あわいは一体何のために作られたというのだ?」
「ハッ、沈の帝が知らないのか! これはお笑い種だ! ──なぁそう思わないか、水王よ」
練の女が手綱から手を放し、頭上から大きく手を振り下ろす。何かの合図だと分かるや否や、李将軍が馬から降りると即座に剣を抜き戊陽の前に飛び出してくる。
しかし練の騎兵はその場でぐるりと回って馬を後ろに向かせると、半数ほどが後方に下がっていくだけで突撃してくる事はなかった。
戊陽も李将軍も何が起きているのか分からず呆気に取られていると、下がった練の騎兵の代わりに甲冑姿の歩兵が前進し、旗手が黒地の旗を持ち上げた。
「あれは、百草霜に染めた旗に玄武の刺繍。北玄海軍です、陛下」
李将軍の呆気にとられたような呟きを辛うじて聞き取って声を上げたのは戊陽ではなく向青倫だった。
「……何故だ。一体どうしてあなたが練族などと手を組んでおられるのです、菫武修」
驚愕の面持ちで向青倫に名を呼ばれたその人は小柄な老人だった。馬に乗らず鎧も身に着けず、道袍を身に着けただけの軽装で、軽い足取りで戊陽の前までやってくると恭しく礼をする。
沈では明確に差別化している訳ではないが文人は拱手を、武人は抱拳礼をする事がほとんどだ。この老人、菫武修はその小さな形で後者だった。
「戊陽陛下。お初お目にかかります、私は北は北玄海を拝領する水王、名を菫武修と申します」
年齢は林隆宸と同じくらいだろうか。林隆宸は権力を笠に着たいやらしさがあったが、この老人にはそうした下品さは感じられない。生まれ付いた身分の高さと余裕が見てとれた。
一方戊陽は何が起きているのか状況を把握しきれず頭の中は焦りでいっぱいで、何と答えるのが正解かも分からなかった。しかし、戊陽はそうした焦りをおくびも出さずに胸を張り、正面から枯れ木のような老人を見下ろす。
「この場には礼も儀もありはせぬな、菫武修」
「もちろんに御座います」
いけしゃあしゃあと、という李将軍の声が聞こえてきそうだ。
即位式の際にも高齢を理由に登城しなかった老人が、山芒東方の高原地帯に現れるなど甚だ不敬である。だが最早、それを咎める段階にない事は、戊陽も菫武修もよく分かっていた。
「私めはこの度、陛下の暴政をお止めしに参った所存」
即座に李将軍の剣先が菫武修を捉える。戊陽も止めなかった。
「……聞こう」
「始まりは時の皇帝凱寧が、己の地位が揺らぐ事を恐れて国を五つに割った事に御座います。以来、四方は混乱に陥り多くの民が死に、見捨てられた四方は自力で領地を守る外なかった」
菫武修の話は続く。
「やがて凱寧が帝位を譲った後も上皇の座に収まり皇帝の言葉は全て上皇の言葉で御座いました。その後代々の皇帝たちは終ぞ四方を顧みる事はなく、広がり続けるあわいにいつ町が、村が、里が、飲み込まれるかも分からない日々に怯えて暮らすしかない。沈の皇族はもはや沈ではなく紫沈のみを国と思われている。ならば、我ら四方は今ここに手を取り沈という国家を正しく導かねばならぬ、と。嘗て神より国を預かりし初代皇帝とその忠臣たちに懸けて一念発起したのです」
菫武修の背後に控える北玄海軍は彼の言葉に胸を張り、自分たちは決して簒奪者ではない、我らこそが官軍であると主張するかのように堂々としている。皆、菫武修を信頼しているのだ。皮肉にも山芒軍に対して北玄海軍は菫武修のもとによく纏まっていた。
老人の言葉を戊陽は俄かには信じられなかった。だが戊陽には先祖たちの過ちを調べる術も時も与えられていない。今この場で何らかの決断に迫られている。
戊陽の混乱と躊躇いを見越したように、菫武修は声を張り上げる。
「木王、向青倫よ! 今我らは協力しあい、この沈の悪しき血族を征伐しようではないか!」
李将軍が剣先を菫武修に向けたまま向青倫を振り返る。向青倫が菫武修の手を取ると決めた時、戊陽には一切の逃げ道が絶たれる事になる。ほんの一歩の距離にある驥驥の馬体が遠く感じた。
退くも進むも命の保証は無い、絶体絶命の窮地。戊陽の思考が完全に止まりかけた時だった。
「──山芒の王よ! お聞き下さい!」
その声は山芒軍の最前列から聞こえてきた。衆人たちの視線が一斉に降り注ぐ中で声の主は馬上から向青倫を見据える。
「つい先日の陛下のご活躍をお忘れか! 一体誰が山芒の兵の命を救ったのか! あなたのご子息が今こうして鎧を纏い山芒軍の大将としての務めを果たせるのは、一体どなたのお陰かを思い出して頂きたい!!」
「……辛新」
戊陽の呟きを聞き取って李将軍がはっとしたような顔つきになる。山芒兵も驚いた様子で辛新を振り返っている。
辛新は決して臆病者ではないけれど、決して己の力を過信する愚か者でもない。辛新の立場では山芒兵たちの心を動かす事は難しいとよく理解しながらも、それでも辛新は声を上げていた。
義というよりも、辛新を突き動かすのは愛なのだろう。曲がりなりにも皇帝の妃として入宮を控えていた向峰を想えば、北玄海に手を貸した先の彼女の身に幸福があるかは定かでない。或いは人質のようにして他の王に嫁がせられる未来だってあるだろう。
だから辛新は叫ぶのだ。皇帝に味方せよと。
だがしかし、領主に義を尽くせと諌言する辛新の言葉は、山芒兵の耳にはまさに若き義勇の言葉に聞こえていただろう。この窮地において何と強かな男だろうか。辛新は戊陽が思っていたよりも強い男だったのだ。
俄かに山芒側の空気が皇帝派へと傾いて誰もが向青倫の出方を窺う空気に包まれた時、一人の山芒兵が馬を降りて向青倫の方へ歩いてくる。何事かと全員が警戒する中で、その正体に真っ先に気付いた向青倫が驚愕に目を瞠る。
「し、向峰お前、何故、何をしに……」
その名が聞こえた瞬間、兵士の間にわっと動揺が広まる。
「お父様。お父様は向亗お兄様の手紙を読んで道をお決めになられたのでしょう? 一度決めた事を覆すなど、向家に生まれた者として恥と向峰は思います」
娘に睨まれて、父は大いにたじろいだ。女の身で戦場に来た事を叱る事さえなく、苦い表情で辛新と向峰の言葉を噛み締める。
「……お前の、言う通りだな」
「お父様信じておりました! ──ではっ」
何と問う暇はなかった。
メキ、メキッ、と不穏な音が鳴ったかと思うと、複数の大木が峠を目掛けて勢いよく倒れ込んでくる。一斉に悲鳴が上がり、馬が嘶いて、両軍は慌てて峠から離れた。
咄嗟に李将軍に衿を掴まれていた戊陽もどうにか下敷きにならずに済んでいた。驥驥も上手く逃げ出している。
場は一瞬にして混乱に陥った。興奮した馬が四方八方に走り出し、山芒兵も禁軍も散り散りになっていく。恐らく倒れた大木の向こうも似たような状況だろう。
「陛下! 早く馬にお乗りになってください!」
向峰が戊陽に駆け寄りながら叫ぶ。言われるがまま驥驥に跨ると、傍に来た向峰が拱手する。
「向峰殿、今は」
「少しだけ、耳をお貸しください」
向峰は真剣な目をしていた。戊陽は一度、短く頷く。
「向峰は陛下からの御恩を一生忘れません。私たちの事を許してくださってありがとうございます」
辛新が居た方角を見ると、辛新もまたこちらを向いて馬上で抱拳礼をしていた。
「さぁ陛下は下山なさってください。詳しくは辛新が説明致します」
李将軍も運よく自分の馬を見つけ既に騎乗していた。有事に備えて訓練された馬なので逃げていかなったようだ。
向峰と別れ、李将軍と共に辛新と合流すると、背後でドォンと巨大な物が倒れた音が何度か続けて響き渡る。あれが木王の血筋に与えられた異能の力だ。木、或いは草花など自然の物に対して働きかける事が出来る。兄妹の中でどうやら公主だけがその力を授かって生まれたらしい。凄まじい力だ。まさに度肝を抜かれたが感心している場合ではない。
「陛下、お久しぶりで御座います。先ほどは出過ぎた真似をして申し訳ありませんでした」
「何を言うか。お前の呼びかけがなければ私は向青倫に剣で刺されていたかもしれない」
「いえ、きっと向青倫様は私などに言われずとも陛下を選ばれていたと思います。恐ろしい人ですが、同時に義理堅い人なのです。それより陛下」
辛新はさっと周囲に視線をやって聞き耳を立てられていない事を確認する。そも倒木の轟音と馬の嘶きと兵士の叫喚で、誰も他人の事に気を回している余裕はなさそうだ。
「伝令によると紫沈に東江軍が迫っているようです」
「……何、だって?」
「急ぎお戻りになられた方が良いかと。北が練族と手を組んだ事も含めて何かおかしな事になっている気がします」
「しかし」
「こちらの事は山芒軍にお任せ下さい。向峰様の力を陛下もご覧になられたでしょう?」
振り返ると峠にはすっかり組み上がった倒木によって堰が出来ていた。もはや正面からの突破は困難である。伐って進むにしても数日はかかりそうに見えた。
もう、迷っている暇はなかった。
「ああ。私の持つ力と比べると派手で実に頼りがいのある力だな。辛新、向峰殿をよく守ってやると良い」
「はい。命に代えてもこの山芒と共に守り通してみせます」
戊陽は深く頷くと李将軍を連れて峠を山芒に向かって下り始める。背後では混乱が収まりつつあり、やがて木を迂回してきた北玄海・練族連合軍との戦いが始まるのだろう。
戦を止められなかった。しかし、状況は戊陽の想定していたものからは既に大きく離れてしまっている。練族の長の言っていた事は果たして本当なのだろうか。
「陛下、禁軍については指揮権を向青倫へと渡してありますが、引き上げさせますか?」
「いや良い。東江が進軍してきているとなると、山芒を奪われたら今度こそ紫沈で挟撃される。それは避けたい」
「ではこのまま禁軍は残していきましょう。山を下りるまでに信頼出来る武官を見つけられたら護衛につけます。陛下のお力は紫沈に着くまで温存した方がよろしいかと」
「……そうだな」
北が裏切り、西が都を狙っている。東は戊陽側についたが南はどうだ?
情報を精査するにも人も時も足りない。事は既に起きたのだ。
それでも頭を巡るのは何故という思い。
これからだった。地方政治を是正する足がかりとして刺史を更迭し、そして中央で権力を恣にした林隆宸を排する事に成功していた。これからは、更に四方に散った権力を削ぎ、中央との連携を回復させて衰退していくばかりだった沈を再び繁栄へと向かわせる。そのために動き出したばかりだったのだ。
戊陽は自分のやり方が間違っていたとは思わない。けれど、遅かったのだ。二年そこらではきかない怨嗟が、沈には深く深く渦巻いていた。それに気付けなかった時点で、戊陽は四方の反乱を抑える機を逸していた。
およそ一月ぶりに訪れた山芒の地は春の萌芽がしっかりと色づき夏景色になったくらいで視覚的な変化はさほどない。陥没した大穴も埋められておらず、宿舎だったものの残骸が風雨に晒されるままになっていた。
練族が挙兵したという報せを受けても、あわいの影響で人が暮らせる土地が減ってしまい、民は避難する先がなく家の中に閉じこもって戸を閉め切ってしまうので精一杯だ。練族が攻め込みここが戦地となったら、民は死んでゆくしか道はない。
通りに兵士以外が居なくなった非常時の山芒に到着した戊陽は、生まれてこのかた初めて見る臨戦態勢の戦場に、己の覚悟の甘さを思い知る。
「……決して、開戦させてはならぬ。決して」
「はい。この李孟義、陛下のお考えに賛同致します」
伝令の報せによれば山芒軍と練族は峠を挟んで睨み合いの状態が続いており、どちらか一方が矢を射かければたちまち開戦となるほど状況は緊迫しているという。
そこに千の禁軍を連れた戊陽が山芒軍に合流する事で、果たして前線に居るだろう向青倫がこれを追い風だと判断しない事を願いたい。同様に練族への刺激とならぬよう密かに合流する必要がある。
閑散とした山芒の山間の里を抜けてしばらく。前線に向かわせていた伝令が再び戻ってくると状況を伝えた。
「未だ戦の火蓋は切られず、両陣営とも山の峰を境に布陣したまま動かず。木王は陛下と禁軍には前線より一合下の砦にてお待ち頂きたい、との事です」
一合下とはこの場合、峠を十合目としたそのひとつ手前の砦という事で、千の軍勢が収まるにはあまりに小さな要害である。そしてその要害は前線にほど近い。そこまで来いというからにはやはり向青倫は禁軍を勝利を掴むための戦力として計算しているのだ。
戦など決してさせてはいけない──。紫沈からの道中に、戊陽はある作戦を考えていた。
砦に着く頃には天候が怪しくなり始めていた。西から流れてきた雲は今にも雨が落ちてきそうなほどに厚く空を覆っている。
兵士たちをせめて屋根のある所に入れてやりたいが、五百ほどが入ったところで砦の中はすし詰め状態になり、そこから結局五十ほどが鎧がぶつかるのを嫌って外へ出てしまった。
砦には全体に屋根があり、奥に行くにつれ二重三重に鉄格子の門扉が立ちはだかっている。ここは恐らく兵糧や武器などの軍需を蓄えておくための倉庫として建てられたものだろう。
さほど待たないうちに向青倫と数名の兵士が馬に乗って前線から下ってくると、戊陽も砦の見張り台から下りて砦の門前で向青倫と再会する。
「約束に違わぬ此度の応援、誠に感謝致します陛下」
「非常時だ楽にしてくれ。それにこの程度では約束を果たしたうちには入らぬ」
「……間をあけずしての再会にもおちおち喜んではいられませんな」
礼から直った向青倫が苦い顔で言う。口ぶりからして想像より状況は悪くないのかも知れない。
「被害は?」
「今のところはありませぬ」
「既に七日以上が経っているはずだが、練は全く攻撃をしてこないのか?」
「全く」
「一切?」
「一切」
戊陽が黙ると、向青倫も口を閉じる。それから砦からあぶれてしまっている兵士を見渡した。
「間もなく天候が荒れるでしょう。禁軍兵と共にこの先の要塞にお入りください」
「いやしかし、禁軍の姿が見えれば加勢が来たのだと思い練族が焦って攻撃してこないだろうか?」
「いいえ、恐らくそれはありませぬ」
向青倫は十合目にあるという要塞に移動しながらここまでの状況を説明する。
「此度は、寝耳に水の事で御座いました。完全に不意を衝かれる形となっていたため、練族が総出で山芒に侵攻していたら今頃前線はもっと後退し、ややもすると民の暮らす里にまで及んでいたかも知れませぬ」
戊陽が馬上から顔を上げる。間もなく上り坂が終わり、峠を越えたその先は高原地帯、練族の住む土地になる。峠はちょうど山芒と練族の住処を分ける境界だった。
前線が未だその境界の上にあるという事は、つまり練族が山芒側へ一歩も侵攻していない事になる。
「攻撃してくる素振りを一切見せないのに、練族は兵士をこの山道に集めているというのだな?」
「はい」
そして既に七日以上が過ぎている。
「……妙、としか言い様がないな」
「仰る通りで御座います」
「七日と言えば、土地や気候にも左右されますが、一つの戦が始まり終わるには十分な日数ですな……」
戊陽と向青倫の後ろで馬を進めていた李将軍が、自慢の髭を撫でながら首を傾げる。
武芸は一定の段階まで修めた戊陽だが、軍事学となると要点を押さえているだけで門外漢である。李将軍には戊陽の知識不足を埋めてもらうためにも向青倫との会話にて話す事を許していた。
「七日睨み合うだけでも兵糧を無駄に減らしてゆくばかりだというのに。とは言え、兵を引き上げる訳にもゆかぬとは、一体練族は何を考えておるのでありましょうか……?」
李将軍にも分からない事が戊陽に分かるはずがない。しかし、向青倫は思うところがあるらしい。
「待っている。そんな雰囲気なのです」
待つ?
「何を?」
向青倫が答えるよりも先に山芒最大の要塞である太句砦に到着し、一行は馬を降りて砦の中に入っていく。
膠着以前にそもそも戦いが始まっていないせいか、砦内は緊張よりも七日に及ぶ疲労の方が濃く表れて、空気はすっかり倦んでいた。壁に寄りかかっている者、床に座り込んでしまっている者、鎧を脱いで涼む者。今この瞬間練が武器を手に攻め込んできたら、彼らは果たして対応出来るのだろうか。
両軍は砦の物見櫓から見える峠に布陣しまさに正面から互いに不動のままだった。李将軍は素早く指揮して峠に布陣した山芒兵を禁軍兵と入れ替えていく。少しでも山芒の兵を休ませて、この先起こる可能性のある戦いに備えさせるのだ。
戊陽は砦内の卓に地図を広げて、向青倫と向かい合っていた。向青倫の隣には先日戊陽が助けた向青倫の次男、向峻が挨拶を済ませて難しい顔で地図を見下ろしている。
「この砦の先の峠以外に高原地帯から山芒に向かう道は無いのか?」
「道らしい道は御座いませぬが、当然山林に潜んで奇襲を仕掛ける事は出来ます。故、砦周辺から里の辺りまで兵に交代で見張らせております」
「ですが陛下、高原地帯には林らしきものは北端の方にありますが、それ以外に人が潜めるほどの木や岩といったものが全くありません。練が山林を利用し奇襲を掛ける事は出来ても逆は不可能なのです」
「だからこそ、数で圧倒してしまえば見晴らしの良い高原地帯を陥落させる事は容易い、と」
それが向青倫のかねてからの作戦で、それを実行するために禁軍の兵力を欲しがっていた。実行するには山芒の兵だけでは足りないと考えた。
戊陽は改めて砦の中を見回す。
確かに七日も続く睨み合いと聞けば飽いて疲弊するのもよく分かるが、それにしても砦の中で休む兵士たちの覇気の無さは目に余る。この様子ではいざ戦が始まっても士気が低いまま兵士たちが上手く動いてくれないような気がする。
里を調査していた玲馨によれば、現在の山芒では少々無理な徴兵が行われているらしい。兵役として駆り出された里の民を除いた正規軍は恐らく全体の半分程度ではないだろうかと李将軍は見立てていた。
そうやって聞くと、砦の中の疲れ切った空気にも納得がいく。今頃鍬を手に田畑を耕していたはずが、農地での働き手はろくに居ないのに戦うでもなく無駄飯を食らい続けるだけの待機命令はさぞやるせ無い事だろう。向青倫が禁軍に応援を求めた理由には、兵士として戦力になりきれない農民たちの穴を埋める意味合いもあったようだ。
「向青倫、私に考えがある。失敗すればそのまま開戦となるかも知れないが、成功すればお前の懸念を一つ晴らす事が出来る」
「……お話を、お聞かせ下さい」
「それは……! ち、父上はどうお考えですか?」
戊陽の案を聞いて驚いたのは向峻だけで、向青倫も李将軍も暫く黙って思案していた。
「実のところ、練族とは一度私が対話を試みました。しかし練族は武器を構えようとも言葉で応えようともせず、だんまりを決め込んで数日が経ちます。陛下でも同じ結果になるかも知れない。しかし、もし奴らが『待っている』ものが陛下であったなら……」
向青倫も本音では練族の待ち人が皇帝ではないと分かっている。皇帝と交渉したいのであれば山芒軍に対してそう要求するのが普通だろう。
だが万に一つに賭けてみたくなる心情もよく分かった。この砦に詰めている鎧を着せられただけの農民たちはもってあと二日という具合だ。それ以上が過ぎれば暴動が起きてしまいかねない。満足に軍事訓練を受けていないのであれば、農民たちの精神力が限界に達するのは当たり前の事だ。
岳川を渡る時、死者を二人出した。或いは犠牲者は少なく済んだ、よく抑えた、と思う者もいるかも知れない。だが違うのだ。多いか少ないかではない。彼らは、死んだのだ。
もうこれ以上の犠牲は出してはならない。そのためには、何としてでも戊陽はこの交渉を成功させなければならない。
砦を出て再び馬に乗る。すぐに峠に辿り着き、顔を上げればそこにはずらりと並んだ練の騎兵たち。衣の上から革の胸当てと小手を着けただけの弓兵が、聞いていた通り矢をつがえる事なく山道から高原に跨る境界を塞いでいた。
「驥驥」
馬から下りた戊陽は異様な空気にも怯える事なく主を運んでくれた馬の頬を撫でて、一歩、練族に近付く。練族の視線が一斉に戊陽を捉えた。
「陛下!」
まさか馬を下りるとは思っていなかったのか、慌てた様子の李将軍の声がした。
練族の空気が変わっていた。
横一列になっていた中から一人、驥驥に似た黒毛の馬に跨った練族が前に出てくる。
──族長だろうか。
練族の男たちの中で族長らしき者はひときわ小柄だった。子供ではない。女だ。
そうと分かると後ろに控えていた山芒軍からざわめきが起こる。それを向青倫が手で制した。
静寂の中に、風が吹く音だけがする。空気は冷たくて湿っぽく、間もなく雨が降り出すと告げている。
「私は沈の現皇帝である戊陽だ。此度、練族とは同盟を組むため紫沈より参った」
練族の女がくっ、と顎を上げて背筋を伸ばす。馬から下りている戊陽に対し、女は未だ馬上のまま、ますます見下ろす形になって李将軍が怒りに剣の柄を握り込む。
山芒軍からはまたしてもざわめきが起こっていた。先程よりも動揺が強いのか、静かになるまで時がかかった。
「練族の住まう東の高原は『あわい』によって土地が減り、暮らしが逼迫している。なれば我らからは練族に土地を渡そう」
そして──。
「その代わり、練族からは山芒にその戦力を貸してほしい。山芒の里の者たちと手を取りこの沈東方の地を守ってほしいのだ」
山芒、そして練族。双方の矛を収めさせるには、それぞれが欲しいものを互いに出し合うしかないのだ。それが戊陽の出した至極単純な答えであった。
少し前、太句砦内、会議室。
「同盟というからには互いに利がなければ成り立ちませぬ。そこをどうお考えか?」
「練族は土地が欲しい。山芒は兵力が欲しい。簡単な事ではないか」
おお! と声を上げたのは李将軍だけで、向青倫はおろか向峻までも険しい顔のまま黙っている。
「山芒と練が何故土地を求めて相争うのか、陛下はお忘れでは御座いませんな?」
「木王様、陛下を相手に些か態度が過ぎるのではありませんかな」
「良い、李将軍。事は山芒の領地に関わる問題。それだけではない。山芒の民の暮らしそのものに関連するのだ。奇譚無く言葉を述べてもらわねば困る」
「はっ。出過ぎた真似を致しました」
パシンッ、と音がするほど勢いよく抱拳礼をして李将軍が一歩下がる。
「土地が無いなら作れば良いのだ。向青倫よ、お前が岳川上流で行ってきた事の結果を思い出せ」
「……は、あれはしかし、確証のある事では」
「それを今、城で調査している者が居る。あわいを減らし嘗ての沈の姿を取り戻す方法をな」
向青倫が脱力していく。途方もない事だと思ったのだろう。いっそ呆れてしまったかも知れない。何故なら戊陽は、「無い土地」を交渉の餌に使おうとしているのだから。
「いざ練族が住処を移すとなっても、一日二日で出来るものでもあるまい? まぁそうでなくとも、半年程度待つくらいの事はしてくれよう。その間にまず山芒のあわいを消すのだ。同時に開墾、開拓を進める。可能なら練族に手伝わせるのが良いな。渋るようなら紫沈で人を募ろう」
李将軍は戊陽贔屓なので何を言ってもうんうんと頷くだけだが、向青倫はそうはいかない。
「机上の──」
「空論だと申すか、向青倫。本当にそうか? ならば他に案があるか。あるならそちらでも良いのだ。山芒と練が争わぬ未来があるなら、そのためになら私はいくらでも力を貸そう」
「父上」と向峻が父を呼ぶ。父とは違い、迷いの晴れた目をしている。
「練族との不和が解消されるのであれば後顧の憂いを断つ事が出来ます。なれば、山芒軍の兵役を減らし、陛下の仰る開墾開拓にも人手を割けるのではありませんか?」
息子にまで説得され三対一の形となり、向青倫は黙考したのち結論を出す。
「陛下、どうぞ山芒の良き未来のため、陛下のお考えのもとお力をお貸しください」
うむ、と何故か李将軍が満足気に頷く。それを後目に、戊陽を気を引き締めた。
交渉が失敗すればそのまま練族が武器を構えて突撃してくる可能性も視野に入れ、峠に布陣していた山芒・禁軍の連合軍にはそのように通達してある。皇帝自らが交渉に臨み、練族を前に馬を降りる姿を見て、戊陽を目視出来た前列の山芒兵たちにも僅かながら活力が戻っていた。しかし、勢いづく山芒側の心を折るかのように、練族の長はすげなく告げる。
「──たわけた事を」
にわかに戊陽の背後に控えていた兵たちと李将軍の殺気立つ気配を感じ取り戊陽は片手で制す。
「土地などどこにあるというのだ!」
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練の女が手綱から手を放し、頭上から大きく手を振り下ろす。何かの合図だと分かるや否や、李将軍が馬から降りると即座に剣を抜き戊陽の前に飛び出してくる。
しかし練の騎兵はその場でぐるりと回って馬を後ろに向かせると、半数ほどが後方に下がっていくだけで突撃してくる事はなかった。
戊陽も李将軍も何が起きているのか分からず呆気に取られていると、下がった練の騎兵の代わりに甲冑姿の歩兵が前進し、旗手が黒地の旗を持ち上げた。
「あれは、百草霜に染めた旗に玄武の刺繍。北玄海軍です、陛下」
李将軍の呆気にとられたような呟きを辛うじて聞き取って声を上げたのは戊陽ではなく向青倫だった。
「……何故だ。一体どうしてあなたが練族などと手を組んでおられるのです、菫武修」
驚愕の面持ちで向青倫に名を呼ばれたその人は小柄な老人だった。馬に乗らず鎧も身に着けず、道袍を身に着けただけの軽装で、軽い足取りで戊陽の前までやってくると恭しく礼をする。
沈では明確に差別化している訳ではないが文人は拱手を、武人は抱拳礼をする事がほとんどだ。この老人、菫武修はその小さな形で後者だった。
「戊陽陛下。お初お目にかかります、私は北は北玄海を拝領する水王、名を菫武修と申します」
年齢は林隆宸と同じくらいだろうか。林隆宸は権力を笠に着たいやらしさがあったが、この老人にはそうした下品さは感じられない。生まれ付いた身分の高さと余裕が見てとれた。
一方戊陽は何が起きているのか状況を把握しきれず頭の中は焦りでいっぱいで、何と答えるのが正解かも分からなかった。しかし、戊陽はそうした焦りをおくびも出さずに胸を張り、正面から枯れ木のような老人を見下ろす。
「この場には礼も儀もありはせぬな、菫武修」
「もちろんに御座います」
いけしゃあしゃあと、という李将軍の声が聞こえてきそうだ。
即位式の際にも高齢を理由に登城しなかった老人が、山芒東方の高原地帯に現れるなど甚だ不敬である。だが最早、それを咎める段階にない事は、戊陽も菫武修もよく分かっていた。
「私めはこの度、陛下の暴政をお止めしに参った所存」
即座に李将軍の剣先が菫武修を捉える。戊陽も止めなかった。
「……聞こう」
「始まりは時の皇帝凱寧が、己の地位が揺らぐ事を恐れて国を五つに割った事に御座います。以来、四方は混乱に陥り多くの民が死に、見捨てられた四方は自力で領地を守る外なかった」
菫武修の話は続く。
「やがて凱寧が帝位を譲った後も上皇の座に収まり皇帝の言葉は全て上皇の言葉で御座いました。その後代々の皇帝たちは終ぞ四方を顧みる事はなく、広がり続けるあわいにいつ町が、村が、里が、飲み込まれるかも分からない日々に怯えて暮らすしかない。沈の皇族はもはや沈ではなく紫沈のみを国と思われている。ならば、我ら四方は今ここに手を取り沈という国家を正しく導かねばならぬ、と。嘗て神より国を預かりし初代皇帝とその忠臣たちに懸けて一念発起したのです」
菫武修の背後に控える北玄海軍は彼の言葉に胸を張り、自分たちは決して簒奪者ではない、我らこそが官軍であると主張するかのように堂々としている。皆、菫武修を信頼しているのだ。皮肉にも山芒軍に対して北玄海軍は菫武修のもとによく纏まっていた。
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「木王、向青倫よ! 今我らは協力しあい、この沈の悪しき血族を征伐しようではないか!」
李将軍が剣先を菫武修に向けたまま向青倫を振り返る。向青倫が菫武修の手を取ると決めた時、戊陽には一切の逃げ道が絶たれる事になる。ほんの一歩の距離にある驥驥の馬体が遠く感じた。
退くも進むも命の保証は無い、絶体絶命の窮地。戊陽の思考が完全に止まりかけた時だった。
「──山芒の王よ! お聞き下さい!」
その声は山芒軍の最前列から聞こえてきた。衆人たちの視線が一斉に降り注ぐ中で声の主は馬上から向青倫を見据える。
「つい先日の陛下のご活躍をお忘れか! 一体誰が山芒の兵の命を救ったのか! あなたのご子息が今こうして鎧を纏い山芒軍の大将としての務めを果たせるのは、一体どなたのお陰かを思い出して頂きたい!!」
「……辛新」
戊陽の呟きを聞き取って李将軍がはっとしたような顔つきになる。山芒兵も驚いた様子で辛新を振り返っている。
辛新は決して臆病者ではないけれど、決して己の力を過信する愚か者でもない。辛新の立場では山芒兵たちの心を動かす事は難しいとよく理解しながらも、それでも辛新は声を上げていた。
義というよりも、辛新を突き動かすのは愛なのだろう。曲がりなりにも皇帝の妃として入宮を控えていた向峰を想えば、北玄海に手を貸した先の彼女の身に幸福があるかは定かでない。或いは人質のようにして他の王に嫁がせられる未来だってあるだろう。
だから辛新は叫ぶのだ。皇帝に味方せよと。
だがしかし、領主に義を尽くせと諌言する辛新の言葉は、山芒兵の耳にはまさに若き義勇の言葉に聞こえていただろう。この窮地において何と強かな男だろうか。辛新は戊陽が思っていたよりも強い男だったのだ。
俄かに山芒側の空気が皇帝派へと傾いて誰もが向青倫の出方を窺う空気に包まれた時、一人の山芒兵が馬を降りて向青倫の方へ歩いてくる。何事かと全員が警戒する中で、その正体に真っ先に気付いた向青倫が驚愕に目を瞠る。
「し、向峰お前、何故、何をしに……」
その名が聞こえた瞬間、兵士の間にわっと動揺が広まる。
「お父様。お父様は向亗お兄様の手紙を読んで道をお決めになられたのでしょう? 一度決めた事を覆すなど、向家に生まれた者として恥と向峰は思います」
娘に睨まれて、父は大いにたじろいだ。女の身で戦場に来た事を叱る事さえなく、苦い表情で辛新と向峰の言葉を噛み締める。
「……お前の、言う通りだな」
「お父様信じておりました! ──ではっ」
何と問う暇はなかった。
メキ、メキッ、と不穏な音が鳴ったかと思うと、複数の大木が峠を目掛けて勢いよく倒れ込んでくる。一斉に悲鳴が上がり、馬が嘶いて、両軍は慌てて峠から離れた。
咄嗟に李将軍に衿を掴まれていた戊陽もどうにか下敷きにならずに済んでいた。驥驥も上手く逃げ出している。
場は一瞬にして混乱に陥った。興奮した馬が四方八方に走り出し、山芒兵も禁軍も散り散りになっていく。恐らく倒れた大木の向こうも似たような状況だろう。
「陛下! 早く馬にお乗りになってください!」
向峰が戊陽に駆け寄りながら叫ぶ。言われるがまま驥驥に跨ると、傍に来た向峰が拱手する。
「向峰殿、今は」
「少しだけ、耳をお貸しください」
向峰は真剣な目をしていた。戊陽は一度、短く頷く。
「向峰は陛下からの御恩を一生忘れません。私たちの事を許してくださってありがとうございます」
辛新が居た方角を見ると、辛新もまたこちらを向いて馬上で抱拳礼をしていた。
「さぁ陛下は下山なさってください。詳しくは辛新が説明致します」
李将軍も運よく自分の馬を見つけ既に騎乗していた。有事に備えて訓練された馬なので逃げていかなったようだ。
向峰と別れ、李将軍と共に辛新と合流すると、背後でドォンと巨大な物が倒れた音が何度か続けて響き渡る。あれが木王の血筋に与えられた異能の力だ。木、或いは草花など自然の物に対して働きかける事が出来る。兄妹の中でどうやら公主だけがその力を授かって生まれたらしい。凄まじい力だ。まさに度肝を抜かれたが感心している場合ではない。
「陛下、お久しぶりで御座います。先ほどは出過ぎた真似をして申し訳ありませんでした」
「何を言うか。お前の呼びかけがなければ私は向青倫に剣で刺されていたかもしれない」
「いえ、きっと向青倫様は私などに言われずとも陛下を選ばれていたと思います。恐ろしい人ですが、同時に義理堅い人なのです。それより陛下」
辛新はさっと周囲に視線をやって聞き耳を立てられていない事を確認する。そも倒木の轟音と馬の嘶きと兵士の叫喚で、誰も他人の事に気を回している余裕はなさそうだ。
「伝令によると紫沈に東江軍が迫っているようです」
「……何、だって?」
「急ぎお戻りになられた方が良いかと。北が練族と手を組んだ事も含めて何かおかしな事になっている気がします」
「しかし」
「こちらの事は山芒軍にお任せ下さい。向峰様の力を陛下もご覧になられたでしょう?」
振り返ると峠にはすっかり組み上がった倒木によって堰が出来ていた。もはや正面からの突破は困難である。伐って進むにしても数日はかかりそうに見えた。
もう、迷っている暇はなかった。
「ああ。私の持つ力と比べると派手で実に頼りがいのある力だな。辛新、向峰殿をよく守ってやると良い」
「はい。命に代えてもこの山芒と共に守り通してみせます」
戊陽は深く頷くと李将軍を連れて峠を山芒に向かって下り始める。背後では混乱が収まりつつあり、やがて木を迂回してきた北玄海・練族連合軍との戦いが始まるのだろう。
戦を止められなかった。しかし、状況は戊陽の想定していたものからは既に大きく離れてしまっている。練族の長の言っていた事は果たして本当なのだろうか。
「陛下、禁軍については指揮権を向青倫へと渡してありますが、引き上げさせますか?」
「いや良い。東江が進軍してきているとなると、山芒を奪われたら今度こそ紫沈で挟撃される。それは避けたい」
「ではこのまま禁軍は残していきましょう。山を下りるまでに信頼出来る武官を見つけられたら護衛につけます。陛下のお力は紫沈に着くまで温存した方がよろしいかと」
「……そうだな」
北が裏切り、西が都を狙っている。東は戊陽側についたが南はどうだ?
情報を精査するにも人も時も足りない。事は既に起きたのだ。
それでも頭を巡るのは何故という思い。
これからだった。地方政治を是正する足がかりとして刺史を更迭し、そして中央で権力を恣にした林隆宸を排する事に成功していた。これからは、更に四方に散った権力を削ぎ、中央との連携を回復させて衰退していくばかりだった沈を再び繁栄へと向かわせる。そのために動き出したばかりだったのだ。
戊陽は自分のやり方が間違っていたとは思わない。けれど、遅かったのだ。二年そこらではきかない怨嗟が、沈には深く深く渦巻いていた。それに気付けなかった時点で、戊陽は四方の反乱を抑える機を逸していた。
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