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85 鬼になってもいいよ

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 翌日の早朝、ケーンはブラックの背にまたがった。

ゆうべ全部の嫁にこう宣言した。しばらく一人旅に出る。

「ケーンさん! 
兄者が死んだのは、全部ケーンさんが悪いんですよね!」
 必死の形相のメイが、ケーンの行く手をさえぎった。

「そうだよ。全部俺の責任だ」

「卑怯です! 
ケーンさんが悪いなら、最後まで責任を取って下さい! 
一人ぼっちになった私を、置いて行くんですか!」

「だけどさ……」

「だけど?」

「俺を許せる?」
「何をとがめたらいいんですか? 
ケーンさんは、兄者と私の関係に危険を感じたんでしょ? 
それで兄者の性欲を解消しようとした。
兄者がおぼれたのは、バンパイア族の魅了魔法にかかったからだと、キキョウさんから聞きました。
それもケーンさんの責任ではありません。
ケーンさんは…あの方々のご子息。
バンパイアの女が、兄者を殺して、泡を食って逃げだした理由も、キキョウさんから聞きました。
……お願いですから、私を見捨てないでください!」
 メイはひざまずいて泣き崩れた。

「ケーン! 男として責任果たさんとどうすんねん!」
 ユリがケーンを叱責。

ケーンはブラックから降りた。

「本当に、いいの?」
 メイはこくんとうなずき、ケーンの胸に飛び込んだ。

ケーンに、また新しい嫁が加わった。


 ケーンとメイは、例のテントへ。もちろんメイは初めて。おなじみのリアクション後、ケーンはメイをそっとハグ。

 ケーンには、抱きしめることしかできなかった。

 ケーンは、身近な者の死が実感できない。両親をはじめ、父ちゃんの愛人たち、そして母ちゃんの眷属。みんな母親の能力で、不老不死の存在となっている。
 オートマタたちも、不具合が少しでもあったら、修繕がすぐに可能だ。
 だからこそ、彼は嫁たちを完璧な装備で固める。

つまり、彼にとって、身近な者の死は最大の恐怖なのだ。しょっちゅう自分が、お花畑で「死」を実感していたから余計に。

 今、自分の腕の中で小刻みに震えるメイ。おそらく、彼女の胸の中は兄を失った恐怖でいっぱいだ。

 幼いころから自分を守ってくれた兄。

男爵の毒牙を逃れるため、いっしょに家を飛び出してくれた兄。

無理やり勇者ムサシに、弟子入りしようとしてくれた兄。

 そして、ケーンにすがり、結果、才能のなさを突き付けられ、冒険者をあきらめた兄。

 ある意味、エリックは、メイに人生の多くをささげたのだ。
 どれほど、抱擁は続いただろうか?

 震えがとまったと思ったら、不意にメイが体を離した。

「ケーンさん、どんなコスプレにしましょうか?」
 メイがにっこり笑って聞いた。はれぼったい彼女の目は、すでに乾いていた。

「どれでもいいよ」

「おやおや?
ノリが悪いですね。
ケーンさんらしくありませんよ。
竹筒、くわえちゃおうかな?」
 メイはコスプレ満載のクローゼットへ。

「竹筒くわえてる子、変身したら、セクシーで強くなれるんでしょ?
兄の大ピンチの時。
私、強く生きます!」

「俺、どっちかと言えば鬼よりだから。
滅ぼさないで」
 ケーンは、やけに古めかしくてやぼったい和風衣装を、メイのために整えた。

 ちなみに、竹筒は省略させた。はなはだチューに邪魔だし、メイは鬼になってもいいと思ったから。
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