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107 要求は治外法権

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 一時間の治療後、少女はローランの魔法によって、深い眠りに落ちていた。

少女の表情は、いった後の女そのものだった。

医師は俊也に促され、少女に聴診器を当てる。

「治っていると思います。雑音が全然聞こえなくなりました。
きれいに血液を送っているはずです。
奥さん、フミちゃん、なんかきれいになってませんか? 
顔の色といい、上半身全体の張りやつやといい」
 
医師は笑顔で夫人を見た。

「おっしゃる通りだと思います。俊也さ……」
 
俊也と二人の魔法使いは、病室にいなかった。


 俊也は野本に結果を告げ、病院を去ろうとした。

「少しお話、いいですか?」
野本は呼び止めた。

「いいですけど、早く娘さんに……」

「あなたが治ったというなら治っている。後でゆっくりと幸せを確かめます。
日本を代表して聞きます。
あなたの目的は何ですか?」
 
俊也は迷ったが、この男は密約を結んだ、ある意味同志だ。信用することにした。

「地球で普通に活動することです。俺や俺の関係者が。
俺たちは普通でないから、この世界で大変活動しにくい。
おわかりですね?」

「わかります。それであんな回りくどい方法を選んだわけか。
もちろんあの布と石のことです。
そうか、今回は力づくで生活権を、認めさせようとしているのか。
ちょっと派手すぎませんか?」
 野本はおかしくてたまらないが、強いて笑いを抑えた。

「力を示すなら徹底しなきゃ。有無を言わせないレベルで。
アメリカ、中国、ロシアでもやりますよ。
変な動きをされたらかなわない。
まともにぶつかったら、勝てるわけがありません。
野本さん、はっきり言います。我々はちょっとしたゲリラ活動で、地球を滅ぼせます。
だけど、そんなこと、できるわけないでしょ? 
だからこんな方法で、日本と全面戦争をしています。
国会議事堂やスカイツリー、レインボーブリッジ、本気で破壊するつもりでした。
もちろん、物理的に完全破壊するつもりなんてありません。
『呪い』をかけて、機能を、しばらく、破壊するつもりでした。
具体的には、入口に幽霊を配置するんです。
何十体も。
物理攻撃で幽霊は消滅します。
だけど、何体でも幽霊は生産できます。簡単な魔法も使えます。
気持ち悪くて誰も入れないでしょ? 
つまり機能をしばらく破壊することになります」
 野本は爆笑してしまった。かなわない。

「で、どの国を最終的に選ぶんですか?」
 野本は日本を代表して聞いた。

「世界一お人よしの国に、決まってるでしょ? 
あのお人よしの首相、もう少しもたせて下さい。
政治家にしてはいい人ですよね? 
だからあなたは支えたくなる。
魔法の国を代表してお約束します。
日本を『魔法の傘』で守ります。
間に合えばの話ですが。
それというのも、こちらの便利な通信手段、向こうでは現在導入していません。
ですが、大国でのデモンストレーションで、大きな抑止力にはなると思います。
その代り、全面協力をお願いしたい。
要求は『不平等条約』を認めてもらうことです。
つまり、日本国は、我が国の国民に対し、警察権、司法権、課税権を持たない。
わが国の権利を脅かす者は、こちらが逮捕し、こちらで裁く。
簡単に言えば、大使館を認めて下さい。
その施設内は治外法権。
そして、我が国の国民や特別資格を認める者に、外交官特権を与えて下さい。
わが国の国民は現在二十人程度。特別資格は今のところ十人以内。
大きな問題は起こしません。自由に行動できる限り。
全然無理はないでしょ? 
本音を言えば、向こうの世界でも、俺たち浮いてるんです。
力が大きすぎて。
だからひっそりと暮らしてます。
ですが、力のおかげで自由に暮らせている。
こっちでも同じ生活をしたいだけです。
自由に買い物やデートができて、自由にちょっとした商売をしたい。
本当にそれだけです。
気持ち、伝わりましたか? 
もてあますほどの力を持てば、結構苦労は多いんです。
どうかわかってください」
 
野本は大きくうなずいて右手を出した。

「国会で通させます。シュンヤーダ王国の承認と、国交の樹立。
あなたが言った外交官特権は、どの国にも認めていることです。
全然問題はありません」
 
俊也は「よろしく」と握手に応えた。


 フミの病室。野本はドアを開ける。
「点滴も取れたのか?」
 野本の問いに、妻はなんとも言えない笑顔でうなずく。

「こんな安らかなフミの寝顔、見たことないでしょ?」
 野本はベッドに近づき、娘の寝顔を見つめる。本当だ……。

「一つだけ聞かせてくれ。病気は治ったが、あの男の、子をはらんだ。
そんな可能性はないだろうな?」
 妻は思わず笑った。

「どうですかね。相手は大魔法使いですから。
普通の人間なら、ありえないと答えておきます。
ただ、覚悟していてください。将来あの人の子をはらむ可能性大です。
フミは健康と引き換えに、心を盗まれた気がします。
あなた、フミが社会復帰できたら、私も社会復帰します。
よろしいですね?」

「娘の命の恩人を手伝う。そういうことか?」

「フミだけではありません。私も命を助けられたかもしれません。
あの方に初期の乳がんを治してもらいました。
遺伝子的な危険因子を指摘されました。
家系をたどったら納得できます。
ある程度落ち着いたら、乳房を取り除きます。
フミには別の方法を選ばせるつもりです。
あの方のおそばに置いておけば、乳がんを発症してもすぐに治してもらえます。
明日父に談判します。よろしいですね? 
否とおっしゃるなら、私はあなたと離婚し、フミとともにあの方の国へ参ります。
本当は女としてそうしたいのですが、あなたのために乳房はあきらめます」
 
参った。野本は完敗を認めた。

「大使館員に、雇ってもらったらどうだ? 
あの男、こっちの世界に未練たらたらだから、あんな大芝居を打ってる。
定期的に診てもらったら、残しても大丈夫だと思うが? 
俺も未練たらたらだ」
 そう言って野本は、妻の乳房を触る。

「どうですかね? 忙しいと言って、ここのところ、ろくにお相手してもらえなかったし。
いまさら未練だと言われても」
 妻は野本の手を取って、柔らかくおっぱいの上で動かす。

「今夜から善処する」

「いいでしょう。しばらくは様子をみます。
フミの件は譲れませんから。なんとしてでもあの方に押し付けます。
フミもそれを望みます。
母親だから、女だからわかるんです」
 
母親は、フミの着替えをさせて驚いた。

俊也は下半身に全然触ってないのに、娘のパンツはびしょびしょだったのだ。
もちろん失禁ではない。別のことが原因で。

同様の原因で、彼女は現在ノーパンだった。


 同じころ、ドクター山口は頭を抱えていた。

どうカルテに書けばいいんだ? 

院長は学会へ症例報告しろと言わないだろうか? 

絶対ムリ!
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