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127 事故
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教習所のロビー。俊也は生あくびをかみ殺す。ゆうべはブルー。今朝はユーノのお相手を勤めたから。
朝嫁たちがスーツケース型の「どこでもまほうじ~ん」で、転移してくるのは、仕方がない事情がある。
ナイト形態で目覚めても、自力で人間に戻れないから。
案外不便だ。
一緒に免許を取れたらいいのだが、日本国籍を持っている嫁はカナだけだ。
カナは二月生まれだから、まだ免許は取れない。
「ふわ~……」
むくんだ顔と、とろんとした目で、太田がロビーにきた。
「お前、酒は控えた方がいいよ。そのむくみ方は病的。
結局何時まで飲んだ?」
俊也は忠言を与える。ただし、透視能力は使わない。男は死んでもいやだ。
「日は変わってなかったと思うけど。よく覚えてない」
こいつとは飲めない。酒に飲まれるタイプだ。俊也は内心そう思う。
もっとも、教習を終えたら縁は切れるはずだけど。
「午前はキャンセルした方がいいよ。まだ酒臭い。じゃ」
俊也はそう言い残し、下へ降りた。
あいつ、乗ると言っても多分乗せてもらえないだろう。
初めての路上教習。今日は女性の教官だった。三十歳は余裕で越えているだろう。
四十前後かもしれない。やせすぎで表情に乏しい。
顔はまあまあ整っているが、もちろん俊也のストライクゾーンからはずれている。
「前よ~し。……後ろよ~し!」
俊也はわざと大げさに車の前後を指さす。前後に人がいないか、またタイヤの空気圧が極端に減ってないかの確認だ。
こんなこと、教官でもやってないと思うけど。
ちょっぴり緊張。
車に乗り、シートの調節とルームミラー、サイドミラーの確認。ルームミラーを少し直し、すべてよし。
「本日はよろしくお願いします。青形俊也、いきます!」
俊也は教官を見る。「アムロかよ」と中年女性教官は、ぼそっとつぶやく。
突っ込み方に愛情がない。
まあいいけど。確かにボケ方の工夫がなかった。
どうもこの教官、ご機嫌が悪いようだ。俊也はフットブレーキを踏み、エンジンをかける。
ギアをオートに。指示器をつけて後方確認。サイドブレーキを解除し、車をゆっくり動かす。
うん、スムーズ!
減点できるものなら減点しやがれ、ってウソウソ。
早く免許持ちになりた~い!
俊也は順調にコースを進む。この辺は住宅街。用心しないと。「かもしれない運転」ですよ!
「あなた、路上初めてでしょ? 妙に慣れてるわね?
無免で練習したの?」
今まで一言も話さなかった教官が、ぼそっと言う。
「庭で少し練習した程度ですが」
ウソです。ごめんなさい。嫁たちが見張りに立ってくれ、二十時間は農道を走ってます。
「まあいいけど」
教官は納得してない様子。まあ、そうなんだろうね。初めてはなんであっても緊張するもの。
あの琴音ちゃんが、ガチガチになって泣きだしたし。今までになかったことなので、俊也も大いに戸惑った。
痛いのが超苦手だそうだ。あんまり得意な人もいないと思うが。
なんの話だと聞かれたら、あの話だと答えておこう。
それにしても後ろの車……、
「先生、どうしましょう? 後続車、やたら幅寄せしてきますが。
ここ、駐停車禁止ですよね?
はみ出し禁止区間でもあるし」
「制限速度きっちり守ってるんだから、気にしないで走れば?」
うん、なんといい加減なアドバイス。
おっと……。俊也はブレーキを踏む。
後続車はクラクションを鳴らし、無謀にも追い越した。
おい! ボールが転がってきたんだよ!
「あっ!」
俊也は思わず叫んだ。
ボールを追って男の子が飛び出した。
ドスン!
男の子が追い越し車に、跳ね飛ばされた。
「先生、救急車!」
そう言って俊也は車から飛び出した。
追い越した車は一度停止したが、急発進し逃げていった。
男の子は頭を、アスファルトに強くぶつけたようだ。後頭部から流れた血が、アスファルトに広がっていく。
俊也は男の子を透視した。これはダメっぽい。脳の損傷がひどい。
心臓に手を当てる。弱い拍動は感じられた。
だけど、脊椎も折れている。猫又に変身したら延命はできそうだが、根治は不可能だ。
手のひらに感じる鼓動が、徐々に弱まっていく。
そして、心臓は停止した。
「大丈夫そう?」
スマホを握りしめた教官が、大声で聞いた。
俊也は立ち上がり、首を振ってノーの意思表示をした。
警察に事情を話し、路上教習を再開する。
「どうしてあんなに落ち着いていられるの?」
顔色がまだ戻らない教官が聞いた。
彼女は事故の時も、警察官の聴取の時もほとんどしゃべらなかった。
「どうしてと言われても……」
俊也は答えようがなかった。
あちらは、「死があたりまえに転がっている世界」だ。
猫又ナイトやレジ形態では、すでに複数人の生命を奪っている。
俊也の戦い方のモットーは「できるだけ死者を出さない」ことだった。
だが、問答無用で襲ってくる者もいる。計略を巡らす余裕もないほどの唐突さで。
そんな場合はちゅうちょしない、というかできない。
身近な者を守るために。それに、食料を得るため、狩りをおこなうのも普通だし、解体処理も普通におこなう。
ついでに、事情聴取も普通におこなってきた。主にブルーが原因で。
「あの母親、半狂乱だったね。
どうして追い越しさせなかったんだ、なんていいがかりもいいとこ」
教官は憤る。
あの少年の母親は、少年が息を引き取ったすぐ後、家から飛び出してきた。
息をしない息子を見て、彼女は俊也にくってかかった。
事故の加害者だと誤解したのだ。
俊也は冷静に事故の状況を説明したが、彼女は取り合おうとせず俊也をなじり続けた。
「仕方ないです。怒りをどこかにぶつけるしかなかったんですよ」
俊也の言葉に、教官はしばらく無言だった。
「私、幸せなの? 失うものなんてなんにもない」
ぼそっとそう漏らした。
「失うのが怖いものを必死で守る。それが生きがい。俺はそう思います」
その言葉を最後に、俊也も教官も、教習所へ着くまで無言だった。
朝嫁たちがスーツケース型の「どこでもまほうじ~ん」で、転移してくるのは、仕方がない事情がある。
ナイト形態で目覚めても、自力で人間に戻れないから。
案外不便だ。
一緒に免許を取れたらいいのだが、日本国籍を持っている嫁はカナだけだ。
カナは二月生まれだから、まだ免許は取れない。
「ふわ~……」
むくんだ顔と、とろんとした目で、太田がロビーにきた。
「お前、酒は控えた方がいいよ。そのむくみ方は病的。
結局何時まで飲んだ?」
俊也は忠言を与える。ただし、透視能力は使わない。男は死んでもいやだ。
「日は変わってなかったと思うけど。よく覚えてない」
こいつとは飲めない。酒に飲まれるタイプだ。俊也は内心そう思う。
もっとも、教習を終えたら縁は切れるはずだけど。
「午前はキャンセルした方がいいよ。まだ酒臭い。じゃ」
俊也はそう言い残し、下へ降りた。
あいつ、乗ると言っても多分乗せてもらえないだろう。
初めての路上教習。今日は女性の教官だった。三十歳は余裕で越えているだろう。
四十前後かもしれない。やせすぎで表情に乏しい。
顔はまあまあ整っているが、もちろん俊也のストライクゾーンからはずれている。
「前よ~し。……後ろよ~し!」
俊也はわざと大げさに車の前後を指さす。前後に人がいないか、またタイヤの空気圧が極端に減ってないかの確認だ。
こんなこと、教官でもやってないと思うけど。
ちょっぴり緊張。
車に乗り、シートの調節とルームミラー、サイドミラーの確認。ルームミラーを少し直し、すべてよし。
「本日はよろしくお願いします。青形俊也、いきます!」
俊也は教官を見る。「アムロかよ」と中年女性教官は、ぼそっとつぶやく。
突っ込み方に愛情がない。
まあいいけど。確かにボケ方の工夫がなかった。
どうもこの教官、ご機嫌が悪いようだ。俊也はフットブレーキを踏み、エンジンをかける。
ギアをオートに。指示器をつけて後方確認。サイドブレーキを解除し、車をゆっくり動かす。
うん、スムーズ!
減点できるものなら減点しやがれ、ってウソウソ。
早く免許持ちになりた~い!
俊也は順調にコースを進む。この辺は住宅街。用心しないと。「かもしれない運転」ですよ!
「あなた、路上初めてでしょ? 妙に慣れてるわね?
無免で練習したの?」
今まで一言も話さなかった教官が、ぼそっと言う。
「庭で少し練習した程度ですが」
ウソです。ごめんなさい。嫁たちが見張りに立ってくれ、二十時間は農道を走ってます。
「まあいいけど」
教官は納得してない様子。まあ、そうなんだろうね。初めてはなんであっても緊張するもの。
あの琴音ちゃんが、ガチガチになって泣きだしたし。今までになかったことなので、俊也も大いに戸惑った。
痛いのが超苦手だそうだ。あんまり得意な人もいないと思うが。
なんの話だと聞かれたら、あの話だと答えておこう。
それにしても後ろの車……、
「先生、どうしましょう? 後続車、やたら幅寄せしてきますが。
ここ、駐停車禁止ですよね?
はみ出し禁止区間でもあるし」
「制限速度きっちり守ってるんだから、気にしないで走れば?」
うん、なんといい加減なアドバイス。
おっと……。俊也はブレーキを踏む。
後続車はクラクションを鳴らし、無謀にも追い越した。
おい! ボールが転がってきたんだよ!
「あっ!」
俊也は思わず叫んだ。
ボールを追って男の子が飛び出した。
ドスン!
男の子が追い越し車に、跳ね飛ばされた。
「先生、救急車!」
そう言って俊也は車から飛び出した。
追い越した車は一度停止したが、急発進し逃げていった。
男の子は頭を、アスファルトに強くぶつけたようだ。後頭部から流れた血が、アスファルトに広がっていく。
俊也は男の子を透視した。これはダメっぽい。脳の損傷がひどい。
心臓に手を当てる。弱い拍動は感じられた。
だけど、脊椎も折れている。猫又に変身したら延命はできそうだが、根治は不可能だ。
手のひらに感じる鼓動が、徐々に弱まっていく。
そして、心臓は停止した。
「大丈夫そう?」
スマホを握りしめた教官が、大声で聞いた。
俊也は立ち上がり、首を振ってノーの意思表示をした。
警察に事情を話し、路上教習を再開する。
「どうしてあんなに落ち着いていられるの?」
顔色がまだ戻らない教官が聞いた。
彼女は事故の時も、警察官の聴取の時もほとんどしゃべらなかった。
「どうしてと言われても……」
俊也は答えようがなかった。
あちらは、「死があたりまえに転がっている世界」だ。
猫又ナイトやレジ形態では、すでに複数人の生命を奪っている。
俊也の戦い方のモットーは「できるだけ死者を出さない」ことだった。
だが、問答無用で襲ってくる者もいる。計略を巡らす余裕もないほどの唐突さで。
そんな場合はちゅうちょしない、というかできない。
身近な者を守るために。それに、食料を得るため、狩りをおこなうのも普通だし、解体処理も普通におこなう。
ついでに、事情聴取も普通におこなってきた。主にブルーが原因で。
「あの母親、半狂乱だったね。
どうして追い越しさせなかったんだ、なんていいがかりもいいとこ」
教官は憤る。
あの少年の母親は、少年が息を引き取ったすぐ後、家から飛び出してきた。
息をしない息子を見て、彼女は俊也にくってかかった。
事故の加害者だと誤解したのだ。
俊也は冷静に事故の状況を説明したが、彼女は取り合おうとせず俊也をなじり続けた。
「仕方ないです。怒りをどこかにぶつけるしかなかったんですよ」
俊也の言葉に、教官はしばらく無言だった。
「私、幸せなの? 失うものなんてなんにもない」
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その言葉を最後に、俊也も教官も、教習所へ着くまで無言だった。
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