寡黙な剣道部の幼馴染

Gemini

文字の大きさ
1 / 18
帰郷

第一話

しおりを挟む
さとしは大学の教授だったか?」
「研究員とか言ってたな」
「おんなじようなものじゃないか、本当に出世したなぁ」
「大先生だよな! ガハハハ!」

 六月。梅雨特有のジメジメとした空気と、朝から止まないシトシト雨。

 僕は今、公民館の座敷で懐かしい顔ぶれに囲まれている。高校の間の三年間だがお世話になった剣友会の恩師が亡くなったと聞いて、慌てて葬儀の会場となっている公民館にやってきたのは一時間ほど前。

 八年ぶりの僕の帰郷に昔馴染みのおじさんたちが集まりだして、今の仕事のことなどあれこれ聞かれている。
 酔っ払ったおじさんたちにビールを飲まされ、久しぶりのアルコールが胃に沁みる。大学で働くようになりこういう席で慌てることはなくなった。周りに合わせて、でも飲みすぎないように。こんなことで自分が社会人として意外にも馴染んだことを自覚した。テーブルには寿司やオードブルが並んでいて、弔問客がぞろぞろとこちらに流れては空いている席に座る。

「ねぇ、おじさんたち落ち着いてよ。ただの研究員だって。准教授にもなれていないんだから」

 そう説明するもおじさんたちは、何故か「まぁまぁ」と言って僕の肩をポンポンと叩いて黙らせる。

「大学で先生をしてるんだ、わしらにとったら同じことだ」
「ところでお前さんは、いくつになったんだ?」
「二十六ですよ」
「智のばあさんが天国で喜んでんだろうよ」
「そうだと、良いんですが」
「決まってら、天国でもお前さんの心配してるよ」

 ばあさんとは僕の祖母のことだ。両親の居ない僕の親代わりでもある。この地で五十年くらい定食屋をやっていた。目の前にいるおじさんたちは常連で、彼らにとっても『おふくろ』のようだったようだ。ばあちゃんは僕が高校三年生の時に亡くなっている、脳卒中だった。





「あらあら、あんまり飲ませんじゃないよ? 年寄りと違って若い人は明日も早くから仕事なんだからね?」

 見兼ねたおばちゃんがお茶を淹れてくれて、それを僕の前に置いた。そうして僕の肩をぽんと叩いた。おばちゃんは、ばあちゃんの定食屋で長くパートをしていた人で、僕をよく知っている。八年ぶりに会うおばちゃんは、体が一段と丸みを増していて、髪は白髪が増えていた。
 お茶のお礼を言おうとおばちゃんを見上げると、僕の斜め後ろ辺りを見上げて驚いた顔をしていた。そして「あら、あの子も来たんだね。若いのに律儀だ」と眉を下げて穏やかにそう呟いた。

 一体誰のことを言っているのか。おばちゃんは開け放たれている入り口を見つめていて、なんとなく僕も後ろを振り返った。
 入り口に設置された受付で周りの群衆より頭ひとつ分飛び出ている男が目に入る。その男は自分の番になると受付に丁寧に頭を下げてから大きな背中を丸めて記帳を始めた。とても大柄で肩も胸も厚い。あれは僕より背が高いだろう。大学生くらいだろうか。短く刈り上げたいかにも剣士でありそうな爽やかな髪型に、シャープな横顔は真面目さを伺わせる。

「智君もだけど、先生に習った子供はみんな良い子に育ったんだねぇ……」

 おばちゃんの声に振り返ると、おばちゃんは祭壇を見つめていて、その声は少しだけ震えているように思えた。恩師とはこの地域で五十年ほど剣道を教えていた剣士で、地元の名士だ。僕は高校一年でこの地域に引っ越してきたのだが、高校卒業までの三年の間世話になった。

 小さな公民館の外まで出来た弔問の列はずっと絶えない。受付を済ませた男は、今度は焼香の列の一番後ろに付いた。





「ご苦労さまだったね」

 入り口までおばちゃんが迎えに行くと、男は丁寧に頭を下げる。そうして肩に付いた雨粒を手で払うと中に入ってきた。

「ここにどうぞ、ほら、若い人同士。ね、智君」
「えぇ、どうぞ」

 おばちゃんに促されて若い男が近づいてくる。天井の蛍光灯の明かりがその男の体で一瞬遮られ暗くなる。ふと見上げるが逆光で男の顔はよく見えない。顔をしかめ一旦諦めておばちゃんが淹れてくれたお茶を啜ると、男はすっと隣に座った。そのあまりの体幹の良さからか、武道をしている人間の所作に懐かしさを覚える。そして、見つめられていると分かる刺さるような視線の強さを、左側に感じた。

「ウーロン茶がいいかい? ビールもあるけど」

 おばちゃんが空のコップを持ってやってきた。僕から視線を逸らしてテーブルの真ん中に置かれている瓶たちを眺めてから「ありがとうございます。じゃあビールをいただきます」とコップを受け取った。
 低く丁寧な話し方と、とても懐かしいような雰囲気に、どうしても顔が見たくなって男の方をちらりと見た。コップを受け取る腕の筋肉が盛り上がった。半袖から見える椀橈骨筋が異常に発達している。剣士特有の腕だ。現役の剣士ということか。思わず僕は自分の腕を握り、すっかり細くなってしまったことに自嘲した。

「あ、手酌は駄目だよ」
「すいません、ありがとうございます」

 僕は男からビール瓶を取り上げると、コップにビールを注いでやった。そして自分の飲みかけのコップに注ぎ足すと、それを持って男のコップに軽く当てた。

「献杯」
「献杯」

 男はその一杯をぐいっと飲み干した。


 どこかで会っているはずなんだ。先生のお通夜に来るということは剣友会仲間であるはずだし、年も近い。となると同時期に道場に居た可能性は高い。

「あ、あの」
「ん?」
「俺を覚えていませんか」





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

諦めた初恋と新しい恋の辿り着く先~両片思いは交差する~【全年齢版】

カヅキハルカ
BL
片岡智明は高校生の頃、幼馴染みであり同性の町田和志を、好きになってしまった。 逃げるように地元を離れ、大学に進学して二年。 幼馴染みを忘れようと様々な出会いを求めた結果、ここ最近は女性からのストーカー行為に悩まされていた。 友人の話をきっかけに、智明はストーカー対策として「レンタル彼氏」に恋人役を依頼することにする。 まだ幼馴染みへの恋心を忘れられずにいる智明の前に、和志にそっくりな顔をしたシマと名乗る「レンタル彼氏」が現れた。 恋人役を依頼した智明にシマは快諾し、プロの彼氏として完璧に甘やかしてくれる。 ストーカーに見せつけるという名目の元で親密度が増し、戸惑いながらも次第にシマに惹かれていく智明。 だがシマとは契約で繋がっているだけであり、新たな恋に踏み出すことは出来ないと自身を律していた、ある日のこと。 煽られたストーカーが、とうとう動き出して――――。 レンタル彼氏×幼馴染を忘れられない大学生 両片思いBL 《pixiv開催》KADOKAWA×pixivノベル大賞2024【タテスクコミック賞】受賞作 ※商業化予定なし(出版権は作者に帰属) この作品は『KADOKAWA×pixiv ノベル大賞2024』の「BL部門」お題イラストから着想し、創作したものです。 https://www.pixiv.net/novel/contest/kadokawapixivnovel24

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

楽な片恋

藍川 東
BL
 蓮見早良(はすみ さわら)は恋をしていた。  ひとつ下の幼馴染、片桐優一朗(かたぎり ゆういちろう)に。  それは一方的で、実ることを望んでいないがゆえに、『楽な片恋』のはずだった……  早良と優一朗は、母親同士が親友ということもあり、幼馴染として育った。  ひとつ年上ということは、高校生までならばアドバンテージになる。  平々凡々な自分でも、年上の幼馴染、ということですべてに優秀な優一朗に対して兄貴ぶった優しさで接することができる。  高校三年生になった早良は、今年が最後になる『年上の幼馴染』としての立ち位置をかみしめて、その後は手の届かない存在になるであろう優一朗を、遠くから片恋していくつもりだった。  優一朗のひとことさえなければ…………

君と過ごした最後の一年、どの季節でも君の傍にいた

七瀬京
BL
廃校が決まった田舎の高校。 「うん。思いついたんだ。写真を撮って、アルバムを作ろう。消えちゃう校舎の思い出のアルバム作り!!」 悠真の提案で、廃校になる校舎のアルバムを作ることになった。 悠真の指名で、写真担当になった僕、成瀬陽翔。 カメラを構える僕の横で、彼は笑いながらペンを走らせる。 ページが増えるたび、距離も少しずつ近くなる。 僕の恋心を隠したまま――。 君とめくる、最後のページ。 それは、僕たちだけの一年間の物語。

何度でも君と

星川過世
BL
同窓会で再会した初恋の人。雰囲気の変わった彼は当時は興味を示さなかった俺に絡んできて......。 あの頃が忘れられない二人の物語。 完結保証。他サイト様にも掲載。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

処理中です...