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帰郷
第四話
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「ありがとうございました!」
「お先に失礼します!」
剣道場からゾロゾロと剣士たちが外へ出てきた。僕が到着した時にちょうど稽古の時間が終わったらしく挨拶をし合って各々の家路へと向かう。少年の部は既に終わっていて、この時間帯は一般の部。大人に混じって鍛錬したい中学生から、八十代くらいまでの剣士が集う。
ここは大学の構内にある歴史ある剣道場で、幼稚部から大学院までの学生たちの部活動の場であり、もちろんOBたちも地域の人たちも通ってくるところだ。
元々は、総理大臣なども名を連ねる錚々たるメンバーが揃うこの歴史ある剣友会。その中で指導者としての資格を得た人たちのお陰で下の剣士の育成が行われている。
僕と将馬も入学してから二年間。将馬が事故で亡くなるまでここにいた。
玄関の出入りが一段落したのを見計らって僕は靴を脱ぐ。顔を覗かせると道着特有の匂いが僅かにした。そして端に有馬の姿を見つける。
防具は付けず竹刀を構えじっとしている。一瞬にして集中する鋭い視線に僕は目を奪われた。ただひたすら素振りをしているだけに過ぎないのだが五年剣道から離れていた僕にとっては、この緊張感がとても新鮮で思わず息を呑んだ。
「大歓迎だよ」
「ありがとうございます」
入り口脇の小さな事務所で、道場長である先生にお世話になりたいと話すとすぐに書類を出してくれた。
「まぁ、書類なんて形式だからゆっくりでいいから。まずは稽古に来て身体を慣らしなさい。六年のブランクなんて社会人にとっては浅いもんだ。この間入った人なんて、確か二十年やってなかったと言っていたよ」
「二十年ですか」
「武道はいつからだって始められる、遅いことはない」
「はい、お世話になります」
「うん」
事務所を出るとまだ道場に明かりが付いていた。まだ有馬は稽古しているんだろう。結局有馬に声は掛けずに今日はそのまま帰ることにした。
六年ぶりの帰郷に、将馬のことを考えないわけはなかった。高校一年でばあちゃんの住む町に引っ越してきて、初めて出来た友達。その五年後に事故でこの世から消えてしまうだなんて。本当にあっという間の時間だった。
将馬は雨の中バイクでスリップして自損事故を起こした。同じ大学へも通い、大学内の剣道場でも切磋琢磨していた大切な仲間だった。いきなりの交通事故で帰らぬ人となってしまった将馬。僕の古い傷のひとつ。
葬儀での有馬のことも覚えている。親族の席で学生服を着て、膝に手を当てて姿勢良く座っていた。とても静かに俯いてただ一点を見つめていたんだ。きっと涙を堪えているんだろう、僕はそう思った。憧れていた兄を失った有馬の心は、とても傷ついていた。
葬儀のあと、少しだけ話せたと記憶しているが、ろくなことは言えていないだろう。なにか言わなきゃと思ってても全てが無意味に思えて、世間話をしたように思う。有馬の痛みにどう寄り添ってやればいいのか、泣いて取り乱す有馬のお母さんを見て、余計僕は何も言えなくなっていた。
僕はばあちゃんを病気で亡くしてる。なのに、ろくな言葉が出てこなかった。慰めの言葉も、労りの言葉も。祖母と兄では違うのではないか、色んなことを考えて結局言葉が見つからなかった。その後一周忌、三回忌と法要には同級生たちと参加させてもらうだけで、それまでのような関係は終えてしまった。
六年経って、有馬は少しは乗り越えられたのだろうか。
ちらりと時計を見るともう二十一時を過ぎている。
「買い物して帰るか……」
最近出来た二十四時間営業のドラッグストアに寄って食材や洗剤などをカゴに入れていく。大学に進学してからずっとひとり暮らし、この生活にはすっかり慣れた。
明日からは剣道というものが再び自分の生活に入り込む。カップ麺に手を伸ばそうとしてその手を止めた。
翌日、仕事を終えて剣道場へ向かうと、先生から聞いたのか沢山の剣士たちが迎えてくれた。ジャージ姿で現れた僕に、みんなが『宜しくお願いします』と声を掛けてくれる。
軽く準備運動をしていると有馬がやってくるのが見えた。有馬は道場に一礼をして中に入ってくる。体に馴染んだ藍色の道着姿の有馬は、この間会った時とはまた違った印象だ。いや、体つきが想像した以上に逞しく、精悍だった。
「あ、有馬」
僕が呟くと、周りの人たちが「ん?」という顔をする。
「有馬くんのお知り合い?」
「ぅス」
そう有馬は無愛想に答えるが『そうかそうか』と周りにいる人たちは笑みを返す。皆はもうそれが有馬だと理解しているようで、僕はそんなやり取りで通じあえていることに、安堵したような気持ちになった。
「今日からだったんですね」
有馬が近づいて小声で僕に言った。
「あ、うん。前に一度来たんだけど、挨拶だけですぐ帰ったんだ」
「そうですか……」
「あっ、有馬。あのさ、お願いがあるんだ。後ででいいから稽古つけて欲しいなって……相手してくれるか?」
「もちろんス、あ、ちょっと待っててください」
僕のお願いに有馬は真面目な顔つきで了承してくれると、一度ロッカールームへと戻って行った。そしてすぐに戻ってくるとその手には竹刀があった。
「この竹刀使ってください、俺のです」
「うん、借りる! どうしようかと思ってた! ありがと」
「……ぅス」
「僕は端っこで素振りから始めるよ」
僕は有馬の竹刀を借りて初心に立ち返り、ひたすら素振りを繰り返した。高校時代は早素振りなどといって千本素振りをして自身を追い込む練習があったが、今はゆっくりと竹刀を振り落とし、ひとつひとつの動作を確認して自身と向き合う。
「お先に失礼します!」
剣道場からゾロゾロと剣士たちが外へ出てきた。僕が到着した時にちょうど稽古の時間が終わったらしく挨拶をし合って各々の家路へと向かう。少年の部は既に終わっていて、この時間帯は一般の部。大人に混じって鍛錬したい中学生から、八十代くらいまでの剣士が集う。
ここは大学の構内にある歴史ある剣道場で、幼稚部から大学院までの学生たちの部活動の場であり、もちろんOBたちも地域の人たちも通ってくるところだ。
元々は、総理大臣なども名を連ねる錚々たるメンバーが揃うこの歴史ある剣友会。その中で指導者としての資格を得た人たちのお陰で下の剣士の育成が行われている。
僕と将馬も入学してから二年間。将馬が事故で亡くなるまでここにいた。
玄関の出入りが一段落したのを見計らって僕は靴を脱ぐ。顔を覗かせると道着特有の匂いが僅かにした。そして端に有馬の姿を見つける。
防具は付けず竹刀を構えじっとしている。一瞬にして集中する鋭い視線に僕は目を奪われた。ただひたすら素振りをしているだけに過ぎないのだが五年剣道から離れていた僕にとっては、この緊張感がとても新鮮で思わず息を呑んだ。
「大歓迎だよ」
「ありがとうございます」
入り口脇の小さな事務所で、道場長である先生にお世話になりたいと話すとすぐに書類を出してくれた。
「まぁ、書類なんて形式だからゆっくりでいいから。まずは稽古に来て身体を慣らしなさい。六年のブランクなんて社会人にとっては浅いもんだ。この間入った人なんて、確か二十年やってなかったと言っていたよ」
「二十年ですか」
「武道はいつからだって始められる、遅いことはない」
「はい、お世話になります」
「うん」
事務所を出るとまだ道場に明かりが付いていた。まだ有馬は稽古しているんだろう。結局有馬に声は掛けずに今日はそのまま帰ることにした。
六年ぶりの帰郷に、将馬のことを考えないわけはなかった。高校一年でばあちゃんの住む町に引っ越してきて、初めて出来た友達。その五年後に事故でこの世から消えてしまうだなんて。本当にあっという間の時間だった。
将馬は雨の中バイクでスリップして自損事故を起こした。同じ大学へも通い、大学内の剣道場でも切磋琢磨していた大切な仲間だった。いきなりの交通事故で帰らぬ人となってしまった将馬。僕の古い傷のひとつ。
葬儀での有馬のことも覚えている。親族の席で学生服を着て、膝に手を当てて姿勢良く座っていた。とても静かに俯いてただ一点を見つめていたんだ。きっと涙を堪えているんだろう、僕はそう思った。憧れていた兄を失った有馬の心は、とても傷ついていた。
葬儀のあと、少しだけ話せたと記憶しているが、ろくなことは言えていないだろう。なにか言わなきゃと思ってても全てが無意味に思えて、世間話をしたように思う。有馬の痛みにどう寄り添ってやればいいのか、泣いて取り乱す有馬のお母さんを見て、余計僕は何も言えなくなっていた。
僕はばあちゃんを病気で亡くしてる。なのに、ろくな言葉が出てこなかった。慰めの言葉も、労りの言葉も。祖母と兄では違うのではないか、色んなことを考えて結局言葉が見つからなかった。その後一周忌、三回忌と法要には同級生たちと参加させてもらうだけで、それまでのような関係は終えてしまった。
六年経って、有馬は少しは乗り越えられたのだろうか。
ちらりと時計を見るともう二十一時を過ぎている。
「買い物して帰るか……」
最近出来た二十四時間営業のドラッグストアに寄って食材や洗剤などをカゴに入れていく。大学に進学してからずっとひとり暮らし、この生活にはすっかり慣れた。
明日からは剣道というものが再び自分の生活に入り込む。カップ麺に手を伸ばそうとしてその手を止めた。
翌日、仕事を終えて剣道場へ向かうと、先生から聞いたのか沢山の剣士たちが迎えてくれた。ジャージ姿で現れた僕に、みんなが『宜しくお願いします』と声を掛けてくれる。
軽く準備運動をしていると有馬がやってくるのが見えた。有馬は道場に一礼をして中に入ってくる。体に馴染んだ藍色の道着姿の有馬は、この間会った時とはまた違った印象だ。いや、体つきが想像した以上に逞しく、精悍だった。
「あ、有馬」
僕が呟くと、周りの人たちが「ん?」という顔をする。
「有馬くんのお知り合い?」
「ぅス」
そう有馬は無愛想に答えるが『そうかそうか』と周りにいる人たちは笑みを返す。皆はもうそれが有馬だと理解しているようで、僕はそんなやり取りで通じあえていることに、安堵したような気持ちになった。
「今日からだったんですね」
有馬が近づいて小声で僕に言った。
「あ、うん。前に一度来たんだけど、挨拶だけですぐ帰ったんだ」
「そうですか……」
「あっ、有馬。あのさ、お願いがあるんだ。後ででいいから稽古つけて欲しいなって……相手してくれるか?」
「もちろんス、あ、ちょっと待っててください」
僕のお願いに有馬は真面目な顔つきで了承してくれると、一度ロッカールームへと戻って行った。そしてすぐに戻ってくるとその手には竹刀があった。
「この竹刀使ってください、俺のです」
「うん、借りる! どうしようかと思ってた! ありがと」
「……ぅス」
「僕は端っこで素振りから始めるよ」
僕は有馬の竹刀を借りて初心に立ち返り、ひたすら素振りを繰り返した。高校時代は早素振りなどといって千本素振りをして自身を追い込む練習があったが、今はゆっくりと竹刀を振り落とし、ひとつひとつの動作を確認して自身と向き合う。
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