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枸櫞の香り
第十六話
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俺はすっかり巴に手を出せなくなった。俺の性欲の強さからしたらとてもじゃないが考えられないこと。毎日3ラウンドはいける自信は常にある。……のに、
巴があの子だって解ってしまったら、この年まであの悲しみが解消されないままに過ごしてきたと思ったら。もうあの項に口付けることを躊躇ってしまう。
そんなことより巴と向き合って宿題をやらなかったことを責められたいし、寝癖を睨まれたいし、満員電車でこの胸に頼ってほしい。
俺達はこんなめぐり合わせで再会できた。
もし神様がいてもうこれ以上、巴に悲しい思いを抱かせないように俺に託してくれたんだとしたら。
誰かがじゃない、この俺が巴を笑顔にできるんなら。
「ただいまぁ~はぁ、疲れたー!」
母親が帰国した。巴の父親は旅行先からクエートへ向かったらしい。
「お土産は?」
「たくさんあるわよ~巴くんも、ほら来て」
トランクを開けるとそれはお土産がこれでもかと詰め込まれていた。いかにも海外な色合いのチョコレートやクッキー缶など。俺はその中でパスタとソースの瓶を手に持った。
「このパスタソース、楽しみだな、今夜はこれにする?」
「あら長政作ってくれる? ママ助かるわ」
「あ。でも散々イタリアンだったんだから和食がいいか」
「あぁ~確かにご飯が食べたいわ!」
「いいよ、なんか作るよ」
後ろに突っ立ってる巴に一緒に作ろうと手招きしてキッチンへ向かうと、後ろからトボトボと付いてくる気配がする。それを驚いた顔をして母親が見ていた。
「ふたりで作ってくれるの? ママ、泣きそう」
緊張ぎみに俺の隣に来る巴、俺から離れると不安なようだ。母親の圧に困っているのかもしれない。
「あった! あった! これ二人へのお土産」
たくさんのお菓子たちの下からようやく取り出したニつのお揃いのへらべったい箱。
「お財布なんだけど、ふたりに合うかなって思って選んだんだけど……気に入らなかったらほら、売ってくれてもいいし、それでまた好きなの買って、くれたら……」
「ママ」
おずおずと二人の前に差し出す母親に落ち着くように長政が母親の肩に手を掛けた。母親もまた巴がずっと距離を置かれていることに気を揉んでいたのは確かで、自信がない。
「……ありがとうございます」
巴はひとつを受け取った。手に取った箱を見ればその包みにはイタリアの有名ブランドのロゴが入っている。売ればいいと言ったのはそのせいかもしれない。
「お揃いとか色違いじゃないのよ! ほら、お揃いは流石に、ね! 恥ずかしいじゃない? だから型違いにしたの、ふたり相談して決めてね」
早口で全て言い終えると母親は荷解きをしてくると足早に自室へ入っていった。
「ごめん、気を遣わせてるよね」
巴がぼそりと言った。
「ママも巴に笑ってほしいんだよ」
「……」
でも無理に笑えとは言わない。それじゃ意味がない。自然に笑えるようになってくれるまで待つ。俺は巴から箱を取り上げるとふたつをリビングのローテーブルに重ねて置いた。
「さぁ、飯作るかな」
「なに、作るの?」
「巴はなに食いたい?」
「僕?」
「そうだよ、ママが居ない間だけだと思ってた?」
「……うん」
素直に頷く巴。
「材料はそんなないけど……あんの卵くらい」
「じゃぁ、オムライス」
即答するから笑う。
「そりゃ、聞かれたらオムライスって言うよ」
「そんなに食いたい?」
「食いたいけど、和食がいいって言ってた」
「巴、オムライスは和食なんだ」
「そんなわけあるかよ」
「日本独自の洋食文化だから」
「……で?」
丸め込まれるわけにはいかないって様子で巴は、胸の前で腕を組んだ。
「日本の家庭料理のひとつでもある」
「……まぁ、そう言われてしまうと」
渋々というか、多分納得していない。けれど巴もオムライスが食べたいんだろう、深く追求すればそれが叶わなくなるのも分かってる。巴は冷蔵庫を開けて玉ねぎを取り出した。
「あと、鶏肉……」
思い出しながら冷蔵庫から取り出す背中を見て俺はのたうち回りそうになった。可愛さに悶えるというのか、尊さに胸を掻きむしりたくなる衝動。
素直になってくれて嬉しい。母親には甘えられなくても俺に甘えればいい。ケチャップや玉子も手に持って振り返る巴の頭を撫でると巴はやめろと言いながら頬をほんのり赤くさせた。
俺は仕上げのケチャップを巴に手渡す。好きに書いてと言うと巴は少し考えて書き始めた。覗き込むと俺の名前をひらがなで書いていた。
思わず「ながましゃ」と呼んでくれてた巴を思い出す。あの頃の巴とオムライス食べたかったな。
「あら、オムライス! ひとつ半熟?」
「それママのね」
「はーい」
元気よく答えた母親は薄焼きのオムライスに目をやる。母親はそれを見てニコッと微笑むとそれをそれぞれの席に運んだ。
「長政のオムライス久しぶり、頂きます!」
「……いただきます」
巴はオムライスを見てスプーンを入れるのを躊躇ってる。俺はそれを見て笑いそうになる。
「巴くん、どうかした?」
「あ、いえ!」
母親がオムライスに何かあるのかと覗き込もうとしたとき、ケチャップの文字をスプーンの裏で慌てて消した。母親は気にせず美味しいわ~と自分の皿に視線を戻す。
チラリと巴を見ると恥ずかしさで俺を睨んでる。そりゃそうだな。母親が置いたあとでこっそり名前のあとにハートマークを書き足したんだ。俺は眉毛を上げて素知らぬ顔で俺のオムライスにスプーンを入れる。巴の書いた「ながまさ」という文字を眺めながら大切に。
すっかり俺には色んな感情を見せてくれて、どれも嬉しくて、ひとつひとつが可愛い。
どうか俺を信用してくれますように。
信用には信頼と違って担保が伴うという。
ならばその信用の担保はメシだ、俺のオムライスだ。
巴があの子だって解ってしまったら、この年まであの悲しみが解消されないままに過ごしてきたと思ったら。もうあの項に口付けることを躊躇ってしまう。
そんなことより巴と向き合って宿題をやらなかったことを責められたいし、寝癖を睨まれたいし、満員電車でこの胸に頼ってほしい。
俺達はこんなめぐり合わせで再会できた。
もし神様がいてもうこれ以上、巴に悲しい思いを抱かせないように俺に託してくれたんだとしたら。
誰かがじゃない、この俺が巴を笑顔にできるんなら。
「ただいまぁ~はぁ、疲れたー!」
母親が帰国した。巴の父親は旅行先からクエートへ向かったらしい。
「お土産は?」
「たくさんあるわよ~巴くんも、ほら来て」
トランクを開けるとそれはお土産がこれでもかと詰め込まれていた。いかにも海外な色合いのチョコレートやクッキー缶など。俺はその中でパスタとソースの瓶を手に持った。
「このパスタソース、楽しみだな、今夜はこれにする?」
「あら長政作ってくれる? ママ助かるわ」
「あ。でも散々イタリアンだったんだから和食がいいか」
「あぁ~確かにご飯が食べたいわ!」
「いいよ、なんか作るよ」
後ろに突っ立ってる巴に一緒に作ろうと手招きしてキッチンへ向かうと、後ろからトボトボと付いてくる気配がする。それを驚いた顔をして母親が見ていた。
「ふたりで作ってくれるの? ママ、泣きそう」
緊張ぎみに俺の隣に来る巴、俺から離れると不安なようだ。母親の圧に困っているのかもしれない。
「あった! あった! これ二人へのお土産」
たくさんのお菓子たちの下からようやく取り出したニつのお揃いのへらべったい箱。
「お財布なんだけど、ふたりに合うかなって思って選んだんだけど……気に入らなかったらほら、売ってくれてもいいし、それでまた好きなの買って、くれたら……」
「ママ」
おずおずと二人の前に差し出す母親に落ち着くように長政が母親の肩に手を掛けた。母親もまた巴がずっと距離を置かれていることに気を揉んでいたのは確かで、自信がない。
「……ありがとうございます」
巴はひとつを受け取った。手に取った箱を見ればその包みにはイタリアの有名ブランドのロゴが入っている。売ればいいと言ったのはそのせいかもしれない。
「お揃いとか色違いじゃないのよ! ほら、お揃いは流石に、ね! 恥ずかしいじゃない? だから型違いにしたの、ふたり相談して決めてね」
早口で全て言い終えると母親は荷解きをしてくると足早に自室へ入っていった。
「ごめん、気を遣わせてるよね」
巴がぼそりと言った。
「ママも巴に笑ってほしいんだよ」
「……」
でも無理に笑えとは言わない。それじゃ意味がない。自然に笑えるようになってくれるまで待つ。俺は巴から箱を取り上げるとふたつをリビングのローテーブルに重ねて置いた。
「さぁ、飯作るかな」
「なに、作るの?」
「巴はなに食いたい?」
「僕?」
「そうだよ、ママが居ない間だけだと思ってた?」
「……うん」
素直に頷く巴。
「材料はそんなないけど……あんの卵くらい」
「じゃぁ、オムライス」
即答するから笑う。
「そりゃ、聞かれたらオムライスって言うよ」
「そんなに食いたい?」
「食いたいけど、和食がいいって言ってた」
「巴、オムライスは和食なんだ」
「そんなわけあるかよ」
「日本独自の洋食文化だから」
「……で?」
丸め込まれるわけにはいかないって様子で巴は、胸の前で腕を組んだ。
「日本の家庭料理のひとつでもある」
「……まぁ、そう言われてしまうと」
渋々というか、多分納得していない。けれど巴もオムライスが食べたいんだろう、深く追求すればそれが叶わなくなるのも分かってる。巴は冷蔵庫を開けて玉ねぎを取り出した。
「あと、鶏肉……」
思い出しながら冷蔵庫から取り出す背中を見て俺はのたうち回りそうになった。可愛さに悶えるというのか、尊さに胸を掻きむしりたくなる衝動。
素直になってくれて嬉しい。母親には甘えられなくても俺に甘えればいい。ケチャップや玉子も手に持って振り返る巴の頭を撫でると巴はやめろと言いながら頬をほんのり赤くさせた。
俺は仕上げのケチャップを巴に手渡す。好きに書いてと言うと巴は少し考えて書き始めた。覗き込むと俺の名前をひらがなで書いていた。
思わず「ながましゃ」と呼んでくれてた巴を思い出す。あの頃の巴とオムライス食べたかったな。
「あら、オムライス! ひとつ半熟?」
「それママのね」
「はーい」
元気よく答えた母親は薄焼きのオムライスに目をやる。母親はそれを見てニコッと微笑むとそれをそれぞれの席に運んだ。
「長政のオムライス久しぶり、頂きます!」
「……いただきます」
巴はオムライスを見てスプーンを入れるのを躊躇ってる。俺はそれを見て笑いそうになる。
「巴くん、どうかした?」
「あ、いえ!」
母親がオムライスに何かあるのかと覗き込もうとしたとき、ケチャップの文字をスプーンの裏で慌てて消した。母親は気にせず美味しいわ~と自分の皿に視線を戻す。
チラリと巴を見ると恥ずかしさで俺を睨んでる。そりゃそうだな。母親が置いたあとでこっそり名前のあとにハートマークを書き足したんだ。俺は眉毛を上げて素知らぬ顔で俺のオムライスにスプーンを入れる。巴の書いた「ながまさ」という文字を眺めながら大切に。
すっかり俺には色んな感情を見せてくれて、どれも嬉しくて、ひとつひとつが可愛い。
どうか俺を信用してくれますように。
信用には信頼と違って担保が伴うという。
ならばその信用の担保はメシだ、俺のオムライスだ。
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