スキル『箱庭』を手にした男ののんびり救世冒険譚〜ハズレスキル? とんでもないアタリスキルでした〜

夜夢

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第54話 イストリア領にて

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 ここはイストリア領。今日はレイの義弟ノワールが儀式を受ける日だ。ノワールはおよそ十ヶ月前より一回り大きくなり、少し歩いただけで息をあげていた。

「ぶひぃ、ぶひぃっ! 歩き辛いぃっ」
「早くしろ。儀式を受けさせる義務がなければ貴様などに時間を割く事もないのだ。これが終わったらもう貴様の顔など見んからな」
「ぶひぃ~」

 レイがいなくなった事でノワールはさらに自堕落となり、毎日毎日訓練もせず食っちゃ寝生活を送っていた。そして無理矢理妻にされたエリスは腹を大きくし、ノワールとは別室で暮らしている。

「ち、父上。少し休憩をっ!」
「ふざけるなぁぁぁぁっ! 部屋から玄関までも歩けんのか貴様はぁぁぁっ! もう良いわっ! 誰かおらんか!」
「はっ」

 怒る領主の前に妙齢の執事長が現れ頭を下げる。

「この豚を教会まで運べ。ゴミスキルなら追放……いや、その場で処分しておけ。剣聖、もしくは賢者だった場合のみ生きる事を許す」
「そ、そんな酷過ぎるっ! 俺がこうなった理由は父──」
「消えろ。貴様の顔は長く見たくない。連れて行け」
「ははっ」

 ノワールは馬車へと運ばれ荷台に押し込まれた。

「くそっ! なんだあの態度はっ! 俺はこれまで何でも父上のいう通りにしてきたじゃないかっ! 嫌だったけどエリスと子どもまで作ったんだぞ! 何度吐き気を我慢したかっ! ん? どうした、早く出発しろよ」

 馬車に乗り込むも一向に馬車が動かない。

「ノワール様、その……少々お待ち下さい。今馬を追加いたしますので」
「なんだよ、早くしろよ。お、焼き菓子があるじゃないか。ぶひひっ」
「……嘆かわしい……」

 執事長は聞こえない様に呟き、その後馬を二頭並べようやく屋敷から離れた。

 そして教会に到着した所でノワールに声を掛ける。

「ノワール様、到着いたしました。司祭様に報せて参りますのでお待ち下さい」
「ん~。早くしろよ~」

 執事長は馬車を走らせながら町の様子を伺っていた。

「レイ様がいた時とはずいぶん変わってしまった。イストリア領はもうダメかもしれんな」

 町は誰もノワールに声援すら送らず儀式の日にも関わらず誰も教会に集まらない。ノワールは民からの人望は皆無だった。

「失礼、司祭様はおられるか」
「これはこれはイストリア家の。準備は整っておりますよ。司祭様は中でお待ちです」
「そうですか。では先に挨拶を」

 執事長はノワールを馬車で待機させ司祭に挨拶をしに向かう。

「な、なんですと!? 私に嘘を吐けと!?」
「旦那様のお言葉です。もし良いスキルを授かってもハズレスキルと宣言していただきたい」
「で、できかねます! 神のお言葉を偽るなど!」
「よろしいのですか? まかり間違ってノワールが領主にでもなれば町はさらに疲弊し、教会への寄進もなくなりますぞ」
「うっ……しかし……」

 イストリア領はこのノワールと妻のエリスを養うために増税されていた。エリスはノワールと子を成したのだから贅沢させろと領主に詰め寄った。この時点でノワールの処分を決めていた領主は何が何でも生まれる子が欲しかったため、エリスの我が儘を受け入れた。結果イストリア領は増税となり、領の人口が減り、残った領民は苦しい生活を強いられていた。

「エリスに子が産まれ次第エリスも処分します。そして今日ここでノワールも処分します。これはイストリア領で暮らす民のため。承知していただきたい」
「わ、わかり……ました」
「ありがとうございます。これは少ないですが旦那様からになります」

 執事長は司祭に領主からの心付けを手渡した。

「こ、今回だけですぞ」
「結構です。ではノワールを連れて参ります」

 そうしていよいよノワールがスキルを授かる時が訪れた。

「早くしろっ。教会は気分が悪くなるぶひっ」
「……で、では儀式を始めます」

 司祭は水晶を片手に床に跪かず腰を下ろす事しかできないノワールの頭に手をかざし祈りを捧げる。

「神よ、今日また一人神の慈愛を賜る者が現れました。この者に神の愛をお示し下さいませ」

 通常ならここで水晶が光り輝き文字が浮かび上がる。だがそこで異変が起きた。

「はい? 何か光が小さいような……」
「なんだぶひ? どうなったぶひ?」
「あ、出ました。えっと……ノワール様のスキルは……ぶふっ!?」
「な、なんて出たぶひ!?」

 司祭は必死に笑いを堪えるも噴き出してしまった。

「し、失礼。ノワール様のスキルは……【努力】でした」
「はぁ? なんだそれ?」
「はい。スキル【努力】とは頑張れば頑張るほど力が増すスキルです。ですが努力を怠りますと一瞬で努力が水の泡となるスキルですね」
「お、俺がハズレスキルだとっ! ふざけ──は? へ?」

 ノワールの胸から細剣の先端が突き出し床に血溜まりができあがっていく。

「な……んだこれ……」
「旦那様からの御命です。ノワール、あなたはイストリア家に必要ない人間です。どうぞ安らかに」
「執事……長っ! ぐはぁっ!!」

 執事長の細剣は背後から確実にノワールの心臓を貫いていた。執事長はゆっくりと細剣を抜き、布で細剣に付いた血を拭き取る。

「司祭様、この遺体は共同墓地に埋葬します。お手伝いしましょう」
「……本当によろしかったのですか? スキルは嘘を吐くまでもありませんでしたが」
「これもイストリア領の未来のためです。ただでさえ領民から見放されつつあります」
「こうなるとレイ様が惜しまれますね」
「……そうですな。レイ様は人望もあり優れた指導者たり得ましたが……スキルがハズレだったがために……」
「今どうしておられるのでしょうな」

 こうして義弟が人知れず処理されていた頃、レイはルーベルから転移石を使いエルドニア王都に戻り箱庭で魚介類の養殖を始めていた。

「これで良しっと。あとは毎日素材が手に入るのを待つだけかな」
「レイ~」
「ん?」

 養殖場に魚介類を放出しているとリリーが駆け寄ってきた。

「リリーか。どうかした?」
「お魚手に入ったなの?」
「うん、大漁にね。シーサーペントはどうしてる?」
「三体に増えたなのっ」
「産まれたのか~」
「可愛いなのっ!」

 養殖場の反対側にも海を作り、そこをシーサーペントの住処にした。様子を見に向かうと産まれたばかりの小さいシーサーペントが元気に海を泳いでいた。

「主殿、元気なシーサーペントが生まれましたぞ~」
「お疲れ様です。問題はありませんか?」
「もちろんでさぁ。餌やりはあっしに任せてくだせぇ」

 この男はミーレスでスラムにいた。スキルは【飼育】でこの男が育てた魔獣は通常より力を増す特性がある。

「シーサーペントって何食べるの?」
「へぇ。基本なんでも食べるみたいでさぁ」
「なんでも? じゃあ餌の心配はないって事か」
「へぇ。食べる所見ていきやすか?」
「あ、見たい見たい」

 すると男はバケツに入れた魔獣の肉を抱え海に向かい声を掛けた。

「ジル! ニア! サフィー! ご飯だぞ~」

《キュゥ~~~ッ!》
「あ、名前付けたのか」
「へぇ。父親がジル、母親がニア、子がサフィーでさぁ。ちなみに子はメスでさ」
「ずいぶん懐いてない?」
「そりゃあっしが飼育係兼調教師なんで。ほら、ご飯だ」

 海面から顔を出したシーサーペントの口にブロック状にした魔獣の肉を放り投げていく。子どもには小さいサイズの肉を投げ入れていた。

「ず、ずいぶん食べるんだね」
「デカいっすからねぇ。ま、アイツらはあっしにお任せくだせぇ。どんどん増やしてみせまさぁ」
「餌で困らない程度にね」
「うっす!」

 シーサーペントが増えれば増えるだけレイの力が増す。そしてこの一年近くで町でも新しい命が生まれ始めていた。

「安全だと人が増えるんだなぁ。そろそろ教会でも建てよっかな。でも……箱庭の中で儀式ってできるのかな? 試してみるしかないか~」

 レイは次の目標を箱庭の中に司祭を招く事に決めるのだった。
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