シンジュウ

阿綱黒胡

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第1章

<31話>乱入者

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「あら、どうしたの?
ひょっとして今の一撃で、
もうダウンしちゃった訳?

何よそれ、
男のくせに脆いわね。
そんなんじゃモテないわよ。」

「・・・ゲホッ!ガホッ!
・・・あ、貴方が・・・。
『専』・・・『門家』・・・ですか?」

フセが突き飛ばしてくれたおかげで、
ある程度ダメージが
緩和されたていたので、
はるか前方でのびている2人と違い、
何とか意識は保つことができていた。
(そのかわり、
甲虫咥えた柴犬が
お腹に突っ込んでくるという、
余計な追加ダメージはもらったけどね)
腹部の痛みを堪えながら、
僕は出ない声を何とか絞り出す。

「ん?
私のこと知ってるの?
ってことは君、
が言ってた
『柴犬ヘタレ』の男の子?

何だ、騎士じゃ無かったの。
そばにシンジュウがいたから、
てっきり貴方かと思っちゃったわ。

私は夏、
三好善一の妹よ。
いきなり殴り飛ばしてごめんなさい。」

専門家のおねーさんは、否、夏さんは、
そう言って謝る仕草をした。

へー、あの人妹いたのかー。
結構綺麗な人だなー。
・・・ていうか、
なんだよ『柴犬ヘタレ』って!
僕のことを
何ちゅう呼び方してんだあのオッさん!

などと考えている場合じゃ無かった。
僕の頭の中で、
ほんの少し前に
聞いた三好さんの忠告が響き渡る。

『その時何をしていようと、
どんな状況にあろうと、
全力で逃げた方がいい。』


そう言ったのだ。

『全力で逃げた方がいい。』
『全力で逃げた方がいい。』
『全力で逃げた方がいい。』

そうだ、逃げなきゃ行けないんだ!
僕はフセを左腕で抱え上げ、
右腕で『世離』を夏さんに突きつける。

「ぼ、僕達を逃がしてください!
僕達に貴方と戦う意思はありません!」
「いいわよ。
私も戦おうなんて思ってないもの。」

アレ?逃げていいの?
思ってたのと違うぞ?

「だって私の今回の
ターゲットは[騎士]だもの。

まあ、
幸いあそこで気絶してくれてるから、
後はだけだけれどね。

貴方がここで
何してたのか知らないけど、
もう夜もだいぶ更けたわよ。

早く帰って寝なさい。」
夏さんは諭すようのそう言った。

たしかにそうだったので、
僕はフセを抱っこして、
無言で出口まで歩いていく。

フセの口から解放されたオウミは、
『坊っちゃまぁぁぁぁ!
お嬢様ぁぁぁぁ!』
などと絶叫しながら、
猛スピードで2人の方へ
飛んで行ってしまった。

やれやれ、
あんな死闘を演じておきながら、
最後はこんな幕引きになるなんて、
思いもよらなかった。

にしても何だろう、
って。

警察にでも突き出すのかな?

そう思った僕は、ほんの出来心で、
「すいません、仕上げって・・・。」
とその詳細を聞こうと振り返った、
僕の目が捉えたものは、






















気付いた時には、
僕は夏さんに斬りかかっていた。

彼女は拳の降下を中断し、
危なげもなく僕の斬撃を避ける。

「あら、何するのよ。
早く帰りなさい。

トラウマになってもしらないわよ。」
彼女は至って冷静に、そう言った。

「今!何しようとしたんですか!」
体が震える。
目の焦点が合わない。
体から嫌な汗が滝のように吹き出る。
そんな状態で、
これ以上なく震える声で、僕は問う。

「何をそんなに動揺しているの?
心配しなくとも、


あ、こっちの男の子じゃなくて、
女の子の方が
良かったってことかしら?」

ここで僕は、
彼女のさっきの発言を理解した。

彼女のいう始末とは、


『坊っぢゃまぁぁぁぁ!』
オウミが錯乱したような声を出しながら
隼人君にすがりつく。

僕は隼人君の前に、立ちふさがる。
「どいてもらえるかしら?」
「どいたら殺すんでしょう?
絶対にどきません。」

「どいてもらえない?」
「どきません。」

「どいて。」
「どきません。」

?」
僕は声と身体を震わせながら言った。

「・・・やって・・・みろよ!」

その瞬間、夏さんが消えた。
と同時に、僕の背中に激痛が走り、
僕は吹っ飛んだ。

それが、
いつのまにか背後に回り込んでいた
夏さんの所業だと気づくのに1秒。

僕は再び、今度は壁に叩きつけられる。
「さあ、もう諦めて帰りなさい。」
「帰り・・・ません!」

僕は無理矢理立ち上がると、
渾身の力で地面を蹴り飛ばし、
刀の刃先を前に突き出して、
勢いそのままに夏さんに突進する。

しかし、
気付いたらそこに彼女はいなかった。
僕の刺突は虚しく空を切る。

次の瞬間、
右から猛スピードで
飛んできた何かが、
僕の右手の甲に突き刺さる。

「がっ、うああああ!」
その痛みに僕は思わず悲鳴をあげる。

投擲物の正体は、
何とボールペンだった。

(何でこんなものが
手の甲を貫通するんだ!?)
そんなことを思った瞬間、
僕のみぞおちに、
夏さんの拳がヒットし、
僕は宙へ打ち上げられた。

もう完全にサンドバックである。

何なんだこの人は!?
異常なまでに、

それにシンジュウは何処だ!?
近くにいるはずなのに、
全く姿が見えない。

朦朧とする意識の中、
僕の霞んだ視界が捉えたのは、
僕の遥か上空を旋回する、
1羽の『鷹』だった。

(・・・マジかよ。)

僕は重力に従って落下し、
地面から数十センチと言ったところで、
またまた夏さんに蹴り飛ばされ、
コンクリート塀に打ち付けられる。

全身が痛みでおかしくなりそうだ。
もう指一本すら動かない。

相手の能力すらわからないで瀕死、
最高に絶望的だ。

『赤斗ォ!』とフセの声がする。

直ぐ近くで叫んでいるはずなのに、
僕の耳には
遥か遠くから聞こえるように思える。

夏さんはゆっくりと
僕の直線上まで歩いてくる。

「・・・き、きちゃ・・・駄目だ。」
僕は消えそうな声でそう呟く。
聞こえているかはわからない、
だけどフセまで巻き込む必要はない。

「さて、
そろそろ終わりにしましょうか。

最後は、
こんな演出はいかが?

さっきお腹を殴った時に、
。」

そういう夏さんの手には、
僕が懐に後生大事に忍ばせていた筈の、
じいちゃんの形見の万年筆があった。

「返せ!」
と怒鳴りつけたかったけれど、
今はそんな気力も湧かない。

「冥土の土産ってわけじゃないけど、
一応最後に教えておいてあげるわ。

私の加護は、
『自身と、自身から
一定範囲にある、あらゆるものを
加速させる』能力。

、ね。

じゃあさよなら、義経、赤斗君。」

夏さんは万年筆を
僕に向かって投げた。

万年筆は僕の心臓めがけて、
ぐんぐん加速しながら、
一直線に突っ込んでくる。

あのままの軌道なら、
僕の心臓に突き刺さり、
一撃で木っ端微塵にしてくれるだろう。

尊敬してる人の形見で殺される最期か、
意外と悪くないかもしれない。

僕はフセをちらりと見る。
フセは何か喋っていた。

『やめろ!』とか、
そういうことを、
言ってくれているのかな。

しかし現実は、
そんな優しい言葉ではなかった。


『『・・・ウチ』ヲ
セ・・・トドウカサ・・・ナ!
ゼン・・・カラケシト・・・ゾ!』

全然聞こえないけれど、
僕なりに解釈してみると、こうだ。

『『真打』を
赤斗と同化させるな!
全員この世から消し飛ぶぞ!』





・・・ハ?





万年筆が僕の胸に着弾する。
しかし痛みは全く無い。
それどころかどうしたことか、
身体に力が溢れてくる!

こ、これなら勝てるかも!?

よし、このままあの人を倒せ殺せ消し飛ばせ消し飛ばせ消し飛ばせけしとばせケシトバセケシトバセケシトバセケシトバセケシトバセケシトバセケシトバセケシトバセケシトバセケシトバセケシトバセ
ケシトバセケシトバセケシトバセケシトバセケシトバセケシトバセケシトバセケシトバセケシトバセケシトバセケシトバセケシトバセケシトバセケシトバセケシトバセケシトバセケシトバセケシトバセ




















。』











え、今僕何て言った?
ただ、目の前で夏さんが、
高速で逃げていったのだけはわかる。

そして、虚空に穴が、開いて、
鉄骨が、鉄柱が、ショベルカーが、
吸い込まれて、僕も、全部





   

 











僕は、ここで意識を失った。












ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「・・・さい!・・・て下さい!
・・・起きて下さい!義経先輩!」
僕は隼人君に揺り起こされて、
目が覚めた。

「お、隼人君、目が覚めたのか、
おはよう。怪我は大丈夫?」
「その台詞
そっくりそのまま打ち返しますよ。

僕達が気絶してた2時間で、
どうやったらそんなに
傷だらけになるんですか?先輩。

まあ、シンジュウには
身体能力強化があるから、
もうある程度は動けるように
なってると思いますけど・・・。」

え・・・?あ!
「夏さんは!?あの女の人は!?」
『逃げてったよ。』
横からフセが答えてくれた。

「そ、そっか、よかった・・・。」
「・・・知り合いなんですか?」
隼人君の横で立っていた凛さんが、
睨みつけるようにしながら質問する。

「い、いや、本人には面識がないよ。
ただ、僕の知り合いの知り合い
だったんだよ。

マジで本人とは一切関わりないから!」
僕は必死で弁明する。
「ふーん、なら良いですけど。」

『赤斗様!
この度は私どもの罪を許すどころか、
敵から2人を守って下さいまして、
本当に、
本当にありがとうございました!

この恩は必ず!必ず返します!』
いつのまにか僕の頭の上にいたオウミが
物凄いスピードでまくし立てる。

「いや、良いよそんなの。」
僕は少し微笑んで、言った。

「後輩が悪いことをしたら、
全力で説教するのは先輩の仕事だ。

だけど、後輩が危険に晒されたら、
全力で助けるのもまた、
先輩の仕事だからね。」
僕は満面の笑みとともにそう言った。

フッ、完璧に決まったぜ!
と思っていたら、

『あのー、カッコつけてるとこ
悪いんだけどさあ。』

フセが急に割り込んで、
ムードをぶち壊した。

何すんだ、
余韻という言葉を知らないのか。

『君達家抜け出してきてんだよね?
流石にそろそろやばいじゃない?」

・・・まさか。
僕達はこわばる顔で時計を見やる。
予定では、3時くらいには
終わるはずだったのだけれど、

ただいま時刻は、午前4時50分。

僕は恐る恐る携帯を開く。
そこには鬼のような数の、
着信が入っていた。

親、教師、PTA、それに・・・警察。

北畠兄弟の方を見ると、
あっちも完全に顔面蒼白で
携帯を凝視していた。

そして、

「「「うわあああああああああああ!
やっべえええええええええ!!」」」

僕達は3人同時に絶叫し、
日の出寸前の闇を駆け出したのだった。



















ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この時、辺りはまだ真っ暗だったし、
僕達は物凄く焦っていた。

だから、『気づかなかった』し、
『気づけなかった』。

思えば、少なくとも僕が
まずすべきことは、
帰宅を急ぐことなんかより、

だったのかもしれない。

フセはおそらく知っていたのだろう。
そして、と、
今になってみれば思う。

本当にあの時、
ちゃんと確認しておくべきだった。

そうすれば、

夕方のニュースより早く、
知ることができたのに。














































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