シンジュウ

阿綱黒胡

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第1章

<36話>兎探偵 斯波葉月の事件簿(其の4)

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午前1時だ。

僕は布団から起き上がると、
パーカーにジーパンの
あらかじめ用意していた私服に着替え、
窓をガラリと開けて、
そのまま

アパートといっても
小さなアパートだし、
僕達の住んでいるのは2階だから
(事務所兼なので、
あんまり高いところだと
年齢的に訪れるのがきつい人がいる、
というのが理由らしいが)
運動神経がよほど絶望的でない限り、
飛び降りたってまず怪我なんかしない。

ドアの開閉音で
アイツらが起きる可能性もあるし、
こっちの方がいいと考えたのだ。

うん?何?口調が違う?
おいおいここまで来てまだ
わかんないのか?

僕だよ、ピノだ。
結局あの後、葉月は眠ってしまった。
というのもアイツは、
『布団で寝た場合、
絶対に7時間眠る』という、
謎の体質持ちなのだ。

多くても少なくても7時間、
7時間立てば周りに物音ひとつなくても
絶対に起きるが、
7時間経たなければ、
例え耳元で銅羅を鳴らしても起きない。
(実際に三好が検証済みである)
そんな奴に
午前2時からの約束なんか
無理に決まっている。

だから、
僕が代わりに
行ってやろうというわけだ。

最近事件に飢えていた、
っていうのもあって心が弾む。

僕は鼻歌を歌いながら、
廃倉庫に歩を進めた。

目的地には、20分ほどでついた。
(所詮は同じ市内だからな)

「・・・。」
廃倉庫には、
いつ持ち込まれたのか
電気ランプの乗った丸机と椅子2個、
そして何故か椅子の後ろに大きな姿見、
その一つに黒いベールで顔を隠した、
いかにも、
という風なヤツが座っていた。

どうやらアレが占い師らしいが、
いかんせん堂々としすぎじゃあないか?
風貌も相まって、
補導どころか下手すりゃ通報である。

あまりにも怪しすぎたので、
僕が木に隠れて様子を伺っていると、
「ようこそお越しくださいました。
貴方が、斯波葉月さんですね。

どうぞこちらにおかけ下さい。」

見えないはずの僕の方を向き、
自分の向かい側の椅子を引きながら、
ヤツは僕に声をかけた。

「・・・バレてたのかよ。」
僕は潔く出て行き、
ヤツの反対側に腰かけた。

今日は月明かりがあるので、
ランプがなくても顔が見える。

僕がその顔をマジマジと見つめていると
「お代金の方を、
頂戴してもよろしいでしょうか?」

占い師はか細い声でそう聞いてきた。
何というか、なんとなく、
聞き覚えのあるような・・・?

「あ、うん。」
僕は少し慌てて煎餅を取り出し、
机の上に置いた。

「はい、確かに受け取りました。」
占い師は煎餅を手に取り、
目を細めた。

「それでは、何を占いましょうか?
貴方様のことですか?
それとも、
の方のことですか?」

憑依まで気づいていやがった。
本当に何者なんだ?コイツ。

「結構だよ。」

「それは、どういうことでしょう。」
占い師は不思議そうに首を左に傾けた。

僕は表情も変えずに宣言する。
「僕達は、
アンタの正体を暴きにきたんだから。」

「あら。」
占い師は、驚いたような声を出す。
「ということは、探偵さんですか。」
「まあ、そうだね。」
僕はニッコリと微笑む。
占い師も笑顔を崩さない。

「今までも私の正体を暴こう、
という方は何人かいらっしゃいました。
まあ、全員失敗しましたけどね。

一番有名な方でしたら、
ほら、2年くらい前に、
児童の連続誘拐事件があったでしょう?
あれを解決したって、
ニュースでも取り上げられた、
とかいう方がいらっしゃいましたね。

あの人は
結構惜しいとこまで行きましたけどね、
結局ダメダメでしたね。

まあその人は、
小早川衆議院議員の汚職を暴こうとして
そのまま行方不明に
なっちゃいましたけど。」
僕は思わずほくそ笑む。

「小早川議員?
そりゃいいや、
だってアイツの汚職を
暴いて辞職させたのは、
何を隠そう僕達なんだから。

例えばそうだな、
正規の入り口から来れば
迷子必至と言われる
この倉庫に1人でこれたってことは、
まずこの辺の人だよね、
他所から遠征してるわけじゃない。

それに天原中学校の生徒じゃないな。
赤斗から占い師のことなんて
聞いたことないから、
葉月の学校の生徒ってことは確定。

それに葉月の身近な人間だろ?
電話をかける時、
葉月は
『占いをしてくれ』と言っただけで、
自分の名前は一言も言ってない。
それなのに、
アンタはさっき
本名で僕達に呼びかけた。
それはアンタが
葉月の名前を知っていたからだ。

シンジュウは何処にもいない。
ということは、
僕達と同じく
『装飾品を身につけて発動する』タイプ
なんだろうということはわかるよね。

この煎餅はおそらくシンジュウ用だ。
こいつと引き換えに仕事を
させてるってわけか。

煎餅が食えるってことは、
多分鳥とかじゃないな。

猿とか猪とか鹿とか、その辺かな?

加護は証拠がないから
憶測でしかないけれど、
占い師をやっているってことは、
予知とか予言とかそんなところだろ。

ってことはかなり便利な加護だ。
日常生活において使わない手はない。
じゃあ、必ずボロが出るはずだ。

それを見つけりゃいいだけさ。」

占い師は一瞬だけ
驚いたように目を見開く。

してやったり、だ。

「1週間後にまた来るよ。
その時は、本名で呼んでやるさ。
そしたら、今度は葉月自身を
占っておくれよ。

『兎探偵』の名にかけて、
アンタの正体は必ず暴くから。」

占い師は、その唯一見える細い目を、
ゆっくりと釣り上げ、
微笑んで言った。

「面白そうですね。
期待してますよ、『兎探偵』さん。

ですが、その前に・・・。」
占い師は少し言いにくそうに、

「いくら夜といっても、
外出するのにクマちゃんのパジャマに
鹿撃帽のファッションは、
ちょっとやめた方が
よろしいかと思うのですが・・・。」

こうして、
人外をその身に宿す占い師と
(クマのパジャマを着た)探偵の勝負は、
月明かりに照らされた、
埃っぽいコンクリートの壁の中で、
始まったのだった。























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