シンジュウ

阿綱黒胡

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第1章

<42話>狸侍と『妖刀・世離』(其の1)

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侍というものは、
忠義を最も重んじる姿が、
よく創作物において
スポットライトが当てられる点だ。

実際、
主君が死んだら自分も死ぬという、
現代人には到底理解できない
『殉死』なるものまであるわけだし、
侍にとっての忠義というものは、
少なくとも専門知識0の僕が今ここで、
憶測たっぷりに
語っていいものでは無い、
高貴なものであるのは確かだと思う。

しかしまあ、



身に覚えのないそんな『忠義』を、
僕に向けられても困るんだけど!

「主様、よくぞ、よくぞご無事で!

よもやこの目でもう一度、
そのお姿を見ることができようとは!
この甚右衛門、
感激の至りにございます!」
兜を脱ぎ捨てて頭を露わにし、
涙声で喚きながら土下座する侍に、
僕は大慌てで弁明する。

「お、落ち着けぇ!!
人違いですって!
僕はそんな高い身分じゃないから!」

必死に弁明する僕は、
助けを求めるように
隼人君に目を向ける。

すると隼人君は、
一点の悪意もないキラキラした目で、
「先輩、凄いっすね!
まさか、召使いさんがいるなんて!」
「んなわけねえだろ!
百歩譲っているとしても、
今のご時世、どこに和服姿で帯刀してる
召使いがいるんだよ!」

すると侍が頭を上げて、
「何をおっしゃいます!
その『世離』が何よりの証拠!」
と発した。

僕と隼人君は停止し、
僕の手元の『世離』に視線を投げる。

「「・・・ひょっとして、
これで判断したのか?」」
『そうだよ。』
『その通りでヤンス。』

振り向くと、
いつのまにか本物の狸へと
変貌を遂げたあの狸とフセが、
僕の後ろに座っていた。

『甚右衛門、
この人はあんたの主君じゃ
ないでヤンスよ。』
狸が侍にそう言うと、侍は、
「何!?それは誠か、平五郎!
しかし、この方は、
代々主君の一族の方々しか使えぬ
あの刀を・・・。」
などとブツブツ言い始めた。

ここで、察しの悪い僕も、
なんとか察することができた。
「おい、フセ、
お前ひょっとして・・・。」
僕の問いかけに、
フセはあっけらかんと答えた。

『うん、そうだよ。
一時期、私はこの侍の主君の一族に、
三代くらい憑き続けていたのさ。

久しぶりだね、平五郎。』
『久しぶりでヤンス、
フセの兄者。』

お互いを懐かしみ合う
狸と柴犬(狸顔)と、
僕が自身の主君でないことがわかり、
「じゃあこいつ誰なんだよ。」
という顔で僕を見つめる侍を尻目に、
僕達はただただ呆然としながら、
時間を無駄に過ごした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「いや、先刻は大変失礼した。
拙者、片倉甚右衛門と申す者。
見ての通りの幽霊にござる。

そしてこっちは・・・。」
『平五郎でヤンス。
加護は
『自在な幽体離脱を可能にする』。

フセの兄貴の、
新しいご主人でヤンスね。
どうぞよろしくでヤンス。』
『違うよ平五郎。
確かに私はコイツに憑いてはいるけど
でも下僕なんかとんでもない!

むしろ逆さ。』
「おい、犬鍋にすんぞ。
・・・なるほどね、大体わかった。
つまり」

僕が言葉を続けようとした瞬間、

「貴方のいう主君って言うのは、
前にフセが憑いてた人で、
その人が『世離』の
加護を使ってたわけだ。

で、ある日どう言う理由か、
幽体離脱した時に戻れなくなっちゃって
そのままここを彷徨ってた。
ここを守りながら、ね。

そして僕達が来た。

そんで、
貴方は先輩がその刀を使うのを見て、
勘違いしちゃった、と。」

隼人君に美味しいところを
取られてしまった。

でも、
「加護ってそんなに続くもんなのか?
なんか、
霧散しちゃいそうな感じだけど。」
僕が疑問を呈すると、
隼人君が答えてくれた。

「ええ、僕もそう思います。
でもこの人は、
錨無しで彷徨ってた訳じゃ無いんです。

多分、前に住んでた人の家が、
代々継承していた『これ』を
忘れていったんだと思います。」

そう言って隼人君が指さした先には、
侍のしっぽ(?)がつながっている、
印籠が転がっていた。

侍は手を床についたままで、
「お察しの通り、
拙者はあれを媒介にして、
この世に
しがみついているのでござる。

そして侵入者が来て、
この印籠を開けた瞬間、
拙者が登場する、
と言うわけでござるな。」
「そんなびっくり箱みたいに・・・。」

成る程、今までの工事の人も、
なんらかの理由で
この印籠を開けちゃって、
コイツに脅かされたか
なんかだったんだろう。

そりゃ取り壊せないわけだ。

で、だ。
「どうするよ、コイツら。」
「どうしますかねぇ。」
僕と隼人君は首を傾げる。

この家が他人の所有物である以上、
流石にこのままにしておくのはまずい。

それこそ浮浪者や犯罪者の
寝床なんかにされたら、
この辺の治安がエライことになる。

まあ、コイツがここにいるから
そう言うことが防がれてるのだと
言えなくもないけれど、
いないならいないなりに、
空き家なことは確かなんだから、
封鎖なり人に貸すなり解体なり、
対応はできるだろう。

というか第一、
自分たちがせっかく建てた家が、
幽霊屋敷なんて嫌すぎるに違いない。

かと言って、
まさかその辺に
捨てるわけにもいかないし、
誰かに譲ろうにも、
今時別段有名どころのものでもない
印籠が欲しいなんて人、
日本中でも100人いないかもしれない。

博物館や大学にでも
持って行こうかと考えたが
同じように幽霊騒動が勃発しそうだし。

・・・よし。
「どっちかが連れて帰ろう!」
「何と!?誠でござるか?」
『『「はぁ!?」』』

僕の突拍子もない提案に、
甚右衛門が嬉しそうな声を、
フセ、オウミ、隼人君が
素っ頓狂な声を上げた。

「いやですよ!
なんでそんなこと
しなくちゃならないんですか!」
「仕方ないだろ、
ここに置いとく訳にもいかないし。

隼人君・・・お願いできる?」
「なんで僕なんですか!」
「いーだろ別に。
この話を言い出したの君だろ?

それに、
夏さんに襲われた時、
殺されかかってたの助けてやったの
誰だと思ってんだよ。

しかもあの後も、
斯波経由で、抹殺対象から
観察対象に格下げしてくれるよう、
交渉までしたんだぜ。

そんくらいやってくれよ。」
「だから無理なんですって!」

隼人君は泣きそうに
なりながら首を振る。

「お願いですからやめてください!
他の事ならなんでもしますから!」
「そ、そこまで拒絶する?」
「申し訳ありません、
拙者も少々傷つきましたぞ・・・。」

本人が傷つくほど拒絶する理由とは。

「そんなに幽霊嫌いなら、
何でウチ入ったの?」
隼人君はうなだれながら、
「違うんです、
別に僕は苦手じゃないんです・・・。

ほら、前に呪いの人形とかいうやつ、
持って帰った事あったじゃないですか。

あん時に、凛がキレちゃって・・・。」

成る程、凛さんが苦手だったのか。
しかし隼人君の話はまだ続く。

「なんでこんなもん
持って帰ってくるんだって、
スパイク履いた足でスネ蹴られて・・・
怯んだところをアッパーで
顎に一撃入れられて・・・。
で、さらに追撃で
渾身の正拳突きを僕の・・・。」
「・・・わかったよ、
僕が連れて帰るよ。」

流石に僕の負けだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「赤斗殿、
あの城は誰のものでござるか!?」
「・・・ただのマンションだよ。」
『す、すごいでヤンス!
鉄の猪が走ってるでヤンス!』
『自動車に
そんな過剰反応すんじゃないよ。』
「おお!
その魔法の箱はなんでござるか!?
なになに、
『私の事件は無事解決しました。
そっち手伝えなくてごめんなさい。

それと、あのカフェ面白かったね、
また行こうね。』・・・。」
「携帯を勝手に覗くなー!!」

数十分後、
ようやく暗くなり始めた空の下、
僕は隼人君と別れ、
帰路についていた。

帰宅中、甚右衛門と平五郎は
何かにつけて感動しっぱなしだった。
ちょっと外歩いただけでこれじゃあ、
めんどくさい日々になりそうだ・・・。

それにしても、
幽霊屋敷に猟奇殺人犯、
一体この街に、
何が起こっているんだろうか。

しかしそんな気持ちは、
近づいてきた自身の家から
漂ってきたカレーの匂いに刺激された
食欲に上書きされてしまったのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
同じ頃、
天原市内の何処かの路地裏で、
1人の男が燻っていた。

背中を丸めた
幼児のような低い身長の男。

不気味な声で、
電話に向かって話している。

「こちらB班。
『賢者』の回収に向かった
A班がやられました、
至急隠蔽をお願いします。

はい、おそらく例の兄妹に
妨害されたものと思われます。

しかし、こちらの観察対象には、
さらに別のサンプルも一体、
合流しているようです。

・・・いえ、まだ、
を使うのは、リスクが大きいかと。
まだ調整期間ですし、
万が一被害が大きくなれば、
こちら側の作戦が、
大々的に露呈しかねませんから。

こちらとしましては、
このまま作戦続行した方が
むしろ利益が大きいと思われますが、
作戦を変更しますか?』

電話から返答と思しき音がなる。

「ラジャー。
では、予定通り、
『旅人』の抹殺を
近日中に行います。

それでは、また後日。」

そして、沈黙。





























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