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第1章
<46話>オモイデバナシ
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少し、祖父の話をしよう。
僕の祖父、義経良太郎は、
小説家だった。
八房連太郎という筆名を、
おそらくこの日本で
知らない人はいないだろう。
この時代を代表する、作家。
表舞台に顔を出せば、
あらゆる賞を総なめにすること
受け合いだっただろう。
ただし、祖父は、
そういうものは全部辞退していたが。
祖父は、
出版社に作品を持っていっては、
その印税で生活していた。
メディアへの露出を嫌い、
いつも家に閉じこもっている変わり者。
正体を知っているのは、
家族と、担当編集者だけ。
小説の用事以外で外に出るのは、
買い物に行く時か、
郵便ポストに原稿を入れに行く時、
あとはたまに僕の家に遊びにくる
くらいだったと思うし、
そんなんだから、
当然近所付き合いなんかも
全くなかった。
実際、父の養育にも、
祖父は殆ど関わらなかったらしく、
そのせいでうちの親戚からは、
かなりの鼻つまみものとして
扱われていたし、
祖父自身も、
あまり積極的な親戚付き合いを
する方では無かった。
そんな祖父だったが、
孫である僕には優しかった。
祖母が亡くなってから、
祖父は一層家に
閉じこもるようになったが、
あの人は料理は得意だったし、
家もそこまで広いわけではないので、
多分、そんなに不自由は無かったろう。
両親は同居も視野に入れていたらしいが
祖父は、
孫や息子に迷惑をかけたくないと、
それを頑なに固辞していた。
僕は「1人で寂しくないの?
一緒に住もうよ。」
と何度か言った事がある。
すると祖父は決まって、
「全然寂しくないさ。
赤斗もこうしてきてくれるし、
それに、
1人で住んでるわけじゃないからね。」
と答えた。
今考えれば結構怖いこと
言ってたんだけど、
ピュアでありバカでもあった当時の僕はそれをすんなり受け入れた。
祖父の家は自宅からも近かったので、
僕はよく祖父の家に
遊びに行った。
僕が呼び鈴を鳴らすと、
祖父はその白い歯を見せて笑って、
「やあ、赤斗。
よくきたね、おはいり。」
そう言って家に招き入れてくれた。
「お腹、空いてるんじゃないかい?」
「うん!ペコペコ!」
「そうかそうか。」
これがいつもの掛け合いだった。
そして祖父はいつも、
甘いアップルパイを焼いてくれた。
祖父の家で、
それを夏は氷たっぷり、
冬は湯気の立つ紅茶と一緒に食べるのが
小さい頃の僕にとっては、
何よりの楽しみだった。
そして祖父は、
何故かいつも常備してある
ササミをつまみに、
ビールを飲みながら、
口の周りをベトベトにして
パイを食べる僕を、
目を細めて眺めていた。
そして祖父はその後、
物語を読み聞かせてくれた。
買ってきたものなんかじゃなく、
自分で書いたものだ。
祖父は僕のために、
何本も何本も、
短編の小説を書いてくれた。
そして、
自分の書いた小説のサイン入り初版を、
必ず送ってきてくれた
(ちなみに、
サインを書いた理由を聞いてみると、
「なんとなく」と言われた。)
その全ては、今も大切に保管して、
何度も何度も読み返している。
この前学校で読んでいたのもそれだ。
今思えば、
超売れっ子作家が自分だけのために
短編を書き下ろしてくれるなんて、
贅沢極まりないことだけれど、
当時の僕からすれば、
それは当たり前だった。
祖父の作風は、
出版社に持ち込むための長編でも、
僕のための短編でも、共通して、
俗に言うファンタジー、
と言うやつだった。
異世界の人間や動物たちを書いた、
オーソドックスなもの。
だけどそのリアリティは、
まるで本当に見てきたかの様な、
他とは『次元が違う』物だった。
大ブームが起こるのも、頷ける。
そんな祖父だが、小説の取材で、
よく何処かに行くことがあった。
ウチに
「ちょっと取材に行ってくるから、
心配するな。」という連絡だけして、
祖父は消える。
比喩ではなく、本当に『消える』のだ。
祖父は行き先を言わないから、
どこにいったか誰にもわからないし、
外に出たのを見た人もいない。
交通サービスを利用した形跡も無い。
何処で夜を明かしているかも
わからなければ、
何をしているのか知る人もいない。
当然家にもいない。
電話は繋がるのだけれど、
電話口から聞こえてくる音は、
祖父の声だけで、
他は全くの無音なのだ。
電車や車の音すら聞こえない。
だけど、
早ければ翌日、長くても1週間経てば、
いつのまにか祖父は帰ってきている。
かなり不思議だったのだけれど、
調べようも無いので、
何も害のないことだし、
父や母は携帯が壊れているのだと、
無視することにしたらしい。
それが祖父とウチとの、
当たり前の付き合いだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その当たり前が打ち崩されたのは、
僕が5歳の時だった。
ある日、
祖父の家に行った僕が見たのは、
何やら怪しげな風貌の男が、
祖父の家から出てくるところだった。
僕はすれ違ったその男が妙に気になり、
アップルパイを食べながら、
祖父に尋ねてみた。
「ねえ、さっきの人誰?」
すると祖父は笑って、
「なんてことないよ、
ただのじいちゃんの友達の会社の、
社員さんさ。
じいちゃんの友達はなぁ、
すごいんだよ?
なんと会社の社長さんなんだ!」
「すごーい!」
自身の祖父に
そんな凄い友達がいることに、
僕は純粋に驚いた。
しかし、来客はこの1回ではなかった。
何度も何度も、
その男は祖父の家を訪れた。
時には1人で、
時には部下らしき人たちと。
流石に僕も幼心ながら、
何か妙だと思い、
ある日、
部屋で話し込んでいた、
祖父とスーツの男の会話を、
こっそりと盗み聞きしてみた。
「・・・ですから、義経さん。
これは決して
悪い条件ではないのですよ?
むしろメリットしかありません。
当主も、義経さんとの、
関係の回復を望んでおられます。
是非とも今一度、私どもに、
力を貸していただけないでしょうか?」
「断ると何度言ったらわかる?
そっちが勝手にやればいいだろう。
わしがいなくたってできるんだろ?
お前らが散々にひけらかして、
かさにきて威張り散らしていた、
『創造主』の力があれば。
あの時、
わしの再三の忠告を聞くどころか、
都合が悪くなったとたん
追放したやつが、
今更どのツラ下げてこれたんだ?」
「・・・確かに、当主の
『創造主』の力は強力です。
しかし、万能ではありません。
計画の完全なる遂行のためには、
貴方の力が不可欠なのです。
そのご様子ですと、
まだ後継者も
決まっていないのでしょう?
息子さんにも、
渡さなかったようですし。」
「だから、やらんといっているだろ。
第一、そんな身勝手な計画、
参加するわけがないだろう。」
「・・・いくら払えば?」
「金なんぞいらんわ。
燃やすほどあるからな。
・・・もういい、
そっちに来る気がないのなら、
お望みの通り、
わしから会いに行ってやる。
日にちは、さっきのでいいんじゃな?」
「ご承知いただき、誠に感謝します。
それと・・・
当主は、貴方のことを、
まだ親友だと言っておられますよ。」
「親友?アイツがわしのことを?
自分の子供にすら愛を注げんやつが、
自分の孫を道具としか見とらんやつが、
よくもまあ、
そんな寝言をほざけたもんだな。
ワシは、あんな下衆野郎を
親友にした覚えは無い。
ワシの親友はな、
10年前に死んだんだよ。
早く帰れ。
ワシはそこにいる孫のために、
パイを焼かにゃならんのだ。」
盗み聞きがバレていたことに、
僕はギョッとした。
まあ、小学校低学年の隠密スキルなんて
無いに等しいのだから、
当然といえば当然なのだが。
男は立ち上がり、
部屋の出口へと歩いていった。
そして僕のそばで立ち止まると、
ジロリと僕を睨みつける。
「・・・お孫さん、
まだ小さいんですねえ。
可愛いでしょう。」
男の声に、
祖父は少しだけ怒りを混ぜた声で
「ああ、目に入れても痛く無いよ。
・・・先に言っとくがな、
もしワシの息子や、娘や、孫に、
かすり傷1つつけてみろ、
貴様ら全員、
無限地獄に叩き落としてやる。」
「・・・わかってますよ。
ただ、後悔しますよ、
貴方のその選択は。
では、また1週間後、
お会いしましょう。」
男はそう言って、
スタスタと歩いて行った。
「じ、じいちゃん、今のって・・・。」
祖父は顔を緩ませて、
「大丈夫、何でもないよ。」
と言ってから、
「それからな、
1週間後から友達と会うために
何日か家を開けるから、
心配せんようにお父さんたちに
伝えといてくれんか?」と言った。
僕は頷いた。
それから1週間後の朝、
祖父は僕の家にきて、
父と母にこう言った。
「赤斗からも聞いてるとは思うが、
ちいと旧友に呼び出されてな。
しばらく家を開けるから。
なぁに、3日ほどしたら帰るさ。
だから、心配せんといてくれ。」
そう言って祖父は行ってしまった。
前述したように、
今までもこういうことは多々あったので
特に抵抗もなく、
僕達は祖父を見送った。
それから3日たった。
祖父は、帰ってこなかった。
それから1週間たった。
祖父は、帰ってこなかった。
それから1ヶ月たった。
祖父は、帰ってこなかった。
流石に心配した父は、
警察に捜索を依頼した。
その1週間後、祖父は見つかった。
いや、正確には、
祖父の血塗られた右腕が、
見つかった。
現場は、海に近かったのもあり、
バラバラにされて、
死体は海に投げ入れられたのだろうと、
警察は推測したのだそうだ。
警察は必死に捜索してくれたが、
殆どの遺体は見つからず、
結局帰ってきたのは
その右腕だけだった。
父や母は、
あんまり取り乱していなかったと
記憶しているけれど、
それは僕が、
あまりにも物凄い状態だったから、
冷静にならざるをえなかったんだろう。
親から祖父の死を知らされた時、
当然ながら、僕は泣いた。
泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、
泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、
泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、
泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、
泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、
泣きまくった。
今後20年分くらいは、
泣いた自信がある。
おかげで僕は、齢5歳にして、
引きこもり予備軍になってしまった。
幼稚園にも行かず、
僕はずっと家に閉じこもっていた。
ある日、遺品整理に
祖父の家に行っていた父が、
僕に封筒を突き出した。
封筒には、達筆な字で、
「せきとへ
(平仮名にしたのは、
僕にも読めるようにだろう)」
と書かれていた。
「おじいちゃんからだよ。」
僕は奪い取るように封筒を受けとると、
そのまま手でビリビリと破く。
中には、2つの物が入っていた。
1つは、祖父が愛用していた万年筆。
もう1つは、手紙だった。
「おじいちゃんは、すこしのあいだ、
とおいところにいきます。
でも、しんぱいしないで。
せきとがおおきくなったら、
かならずまたあえるからね。
このまんねんひつは、
おじいちゃんがいる、
『ひみつのへや』にいくための、
『カギ』です。
ずっともっていて、
そして、つかうべきときがきたら、
これをつかって、
おじいちゃんにあいにきてください。
また、あおうね。
おじいちゃんより」
祖父は、わかっていたのだろう。
自身がこうなることを。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「・・・っていうのが、
僕とじいちゃんの大雑把な話だよ。」
『・・・ウッ!グスッ!ズビッ!
感動したよ!
涙が溢れて止まらないよ!
涙腺を崩壊させられたよ!』
「嘘くせえ・・・。」
『ホントホント!
涙腺がマキシ◯ムブ・・・。』
「おいやめろそれ以上はヤバイ!!」
時刻は終業式の日の、午後8時過ぎ。
勉強を終え、ご飯も食べた僕は、
自分の部屋で、フセからの頼みで、
僕とじいちゃんの話を語っていた。
『そっかそっかあ。
君とおじいちゃん、
そんな過去があったんだねぇ。
うう、涙無しでは語れないよ!』
「わかったから、
そのオーバーリアクション
やめてくれ、鬱陶しい。」
僕はフセにツッコミつつ、本棚から、
じいちゃんの本を持ってきて、
ベットの上でパラパラとめくる。
(・・・会いたいな。)
今はもう会えない
尊敬する人の生きた証は、
そのページをめくると、
産みの親が生きていた頃と変わらない、
乾いた音を、僕の部屋に響かせた。
僕の祖父、義経良太郎は、
小説家だった。
八房連太郎という筆名を、
おそらくこの日本で
知らない人はいないだろう。
この時代を代表する、作家。
表舞台に顔を出せば、
あらゆる賞を総なめにすること
受け合いだっただろう。
ただし、祖父は、
そういうものは全部辞退していたが。
祖父は、
出版社に作品を持っていっては、
その印税で生活していた。
メディアへの露出を嫌い、
いつも家に閉じこもっている変わり者。
正体を知っているのは、
家族と、担当編集者だけ。
小説の用事以外で外に出るのは、
買い物に行く時か、
郵便ポストに原稿を入れに行く時、
あとはたまに僕の家に遊びにくる
くらいだったと思うし、
そんなんだから、
当然近所付き合いなんかも
全くなかった。
実際、父の養育にも、
祖父は殆ど関わらなかったらしく、
そのせいでうちの親戚からは、
かなりの鼻つまみものとして
扱われていたし、
祖父自身も、
あまり積極的な親戚付き合いを
する方では無かった。
そんな祖父だったが、
孫である僕には優しかった。
祖母が亡くなってから、
祖父は一層家に
閉じこもるようになったが、
あの人は料理は得意だったし、
家もそこまで広いわけではないので、
多分、そんなに不自由は無かったろう。
両親は同居も視野に入れていたらしいが
祖父は、
孫や息子に迷惑をかけたくないと、
それを頑なに固辞していた。
僕は「1人で寂しくないの?
一緒に住もうよ。」
と何度か言った事がある。
すると祖父は決まって、
「全然寂しくないさ。
赤斗もこうしてきてくれるし、
それに、
1人で住んでるわけじゃないからね。」
と答えた。
今考えれば結構怖いこと
言ってたんだけど、
ピュアでありバカでもあった当時の僕はそれをすんなり受け入れた。
祖父の家は自宅からも近かったので、
僕はよく祖父の家に
遊びに行った。
僕が呼び鈴を鳴らすと、
祖父はその白い歯を見せて笑って、
「やあ、赤斗。
よくきたね、おはいり。」
そう言って家に招き入れてくれた。
「お腹、空いてるんじゃないかい?」
「うん!ペコペコ!」
「そうかそうか。」
これがいつもの掛け合いだった。
そして祖父はいつも、
甘いアップルパイを焼いてくれた。
祖父の家で、
それを夏は氷たっぷり、
冬は湯気の立つ紅茶と一緒に食べるのが
小さい頃の僕にとっては、
何よりの楽しみだった。
そして祖父は、
何故かいつも常備してある
ササミをつまみに、
ビールを飲みながら、
口の周りをベトベトにして
パイを食べる僕を、
目を細めて眺めていた。
そして祖父はその後、
物語を読み聞かせてくれた。
買ってきたものなんかじゃなく、
自分で書いたものだ。
祖父は僕のために、
何本も何本も、
短編の小説を書いてくれた。
そして、
自分の書いた小説のサイン入り初版を、
必ず送ってきてくれた
(ちなみに、
サインを書いた理由を聞いてみると、
「なんとなく」と言われた。)
その全ては、今も大切に保管して、
何度も何度も読み返している。
この前学校で読んでいたのもそれだ。
今思えば、
超売れっ子作家が自分だけのために
短編を書き下ろしてくれるなんて、
贅沢極まりないことだけれど、
当時の僕からすれば、
それは当たり前だった。
祖父の作風は、
出版社に持ち込むための長編でも、
僕のための短編でも、共通して、
俗に言うファンタジー、
と言うやつだった。
異世界の人間や動物たちを書いた、
オーソドックスなもの。
だけどそのリアリティは、
まるで本当に見てきたかの様な、
他とは『次元が違う』物だった。
大ブームが起こるのも、頷ける。
そんな祖父だが、小説の取材で、
よく何処かに行くことがあった。
ウチに
「ちょっと取材に行ってくるから、
心配するな。」という連絡だけして、
祖父は消える。
比喩ではなく、本当に『消える』のだ。
祖父は行き先を言わないから、
どこにいったか誰にもわからないし、
外に出たのを見た人もいない。
交通サービスを利用した形跡も無い。
何処で夜を明かしているかも
わからなければ、
何をしているのか知る人もいない。
当然家にもいない。
電話は繋がるのだけれど、
電話口から聞こえてくる音は、
祖父の声だけで、
他は全くの無音なのだ。
電車や車の音すら聞こえない。
だけど、
早ければ翌日、長くても1週間経てば、
いつのまにか祖父は帰ってきている。
かなり不思議だったのだけれど、
調べようも無いので、
何も害のないことだし、
父や母は携帯が壊れているのだと、
無視することにしたらしい。
それが祖父とウチとの、
当たり前の付き合いだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その当たり前が打ち崩されたのは、
僕が5歳の時だった。
ある日、
祖父の家に行った僕が見たのは、
何やら怪しげな風貌の男が、
祖父の家から出てくるところだった。
僕はすれ違ったその男が妙に気になり、
アップルパイを食べながら、
祖父に尋ねてみた。
「ねえ、さっきの人誰?」
すると祖父は笑って、
「なんてことないよ、
ただのじいちゃんの友達の会社の、
社員さんさ。
じいちゃんの友達はなぁ、
すごいんだよ?
なんと会社の社長さんなんだ!」
「すごーい!」
自身の祖父に
そんな凄い友達がいることに、
僕は純粋に驚いた。
しかし、来客はこの1回ではなかった。
何度も何度も、
その男は祖父の家を訪れた。
時には1人で、
時には部下らしき人たちと。
流石に僕も幼心ながら、
何か妙だと思い、
ある日、
部屋で話し込んでいた、
祖父とスーツの男の会話を、
こっそりと盗み聞きしてみた。
「・・・ですから、義経さん。
これは決して
悪い条件ではないのですよ?
むしろメリットしかありません。
当主も、義経さんとの、
関係の回復を望んでおられます。
是非とも今一度、私どもに、
力を貸していただけないでしょうか?」
「断ると何度言ったらわかる?
そっちが勝手にやればいいだろう。
わしがいなくたってできるんだろ?
お前らが散々にひけらかして、
かさにきて威張り散らしていた、
『創造主』の力があれば。
あの時、
わしの再三の忠告を聞くどころか、
都合が悪くなったとたん
追放したやつが、
今更どのツラ下げてこれたんだ?」
「・・・確かに、当主の
『創造主』の力は強力です。
しかし、万能ではありません。
計画の完全なる遂行のためには、
貴方の力が不可欠なのです。
そのご様子ですと、
まだ後継者も
決まっていないのでしょう?
息子さんにも、
渡さなかったようですし。」
「だから、やらんといっているだろ。
第一、そんな身勝手な計画、
参加するわけがないだろう。」
「・・・いくら払えば?」
「金なんぞいらんわ。
燃やすほどあるからな。
・・・もういい、
そっちに来る気がないのなら、
お望みの通り、
わしから会いに行ってやる。
日にちは、さっきのでいいんじゃな?」
「ご承知いただき、誠に感謝します。
それと・・・
当主は、貴方のことを、
まだ親友だと言っておられますよ。」
「親友?アイツがわしのことを?
自分の子供にすら愛を注げんやつが、
自分の孫を道具としか見とらんやつが、
よくもまあ、
そんな寝言をほざけたもんだな。
ワシは、あんな下衆野郎を
親友にした覚えは無い。
ワシの親友はな、
10年前に死んだんだよ。
早く帰れ。
ワシはそこにいる孫のために、
パイを焼かにゃならんのだ。」
盗み聞きがバレていたことに、
僕はギョッとした。
まあ、小学校低学年の隠密スキルなんて
無いに等しいのだから、
当然といえば当然なのだが。
男は立ち上がり、
部屋の出口へと歩いていった。
そして僕のそばで立ち止まると、
ジロリと僕を睨みつける。
「・・・お孫さん、
まだ小さいんですねえ。
可愛いでしょう。」
男の声に、
祖父は少しだけ怒りを混ぜた声で
「ああ、目に入れても痛く無いよ。
・・・先に言っとくがな、
もしワシの息子や、娘や、孫に、
かすり傷1つつけてみろ、
貴様ら全員、
無限地獄に叩き落としてやる。」
「・・・わかってますよ。
ただ、後悔しますよ、
貴方のその選択は。
では、また1週間後、
お会いしましょう。」
男はそう言って、
スタスタと歩いて行った。
「じ、じいちゃん、今のって・・・。」
祖父は顔を緩ませて、
「大丈夫、何でもないよ。」
と言ってから、
「それからな、
1週間後から友達と会うために
何日か家を開けるから、
心配せんようにお父さんたちに
伝えといてくれんか?」と言った。
僕は頷いた。
それから1週間後の朝、
祖父は僕の家にきて、
父と母にこう言った。
「赤斗からも聞いてるとは思うが、
ちいと旧友に呼び出されてな。
しばらく家を開けるから。
なぁに、3日ほどしたら帰るさ。
だから、心配せんといてくれ。」
そう言って祖父は行ってしまった。
前述したように、
今までもこういうことは多々あったので
特に抵抗もなく、
僕達は祖父を見送った。
それから3日たった。
祖父は、帰ってこなかった。
それから1週間たった。
祖父は、帰ってこなかった。
それから1ヶ月たった。
祖父は、帰ってこなかった。
流石に心配した父は、
警察に捜索を依頼した。
その1週間後、祖父は見つかった。
いや、正確には、
祖父の血塗られた右腕が、
見つかった。
現場は、海に近かったのもあり、
バラバラにされて、
死体は海に投げ入れられたのだろうと、
警察は推測したのだそうだ。
警察は必死に捜索してくれたが、
殆どの遺体は見つからず、
結局帰ってきたのは
その右腕だけだった。
父や母は、
あんまり取り乱していなかったと
記憶しているけれど、
それは僕が、
あまりにも物凄い状態だったから、
冷静にならざるをえなかったんだろう。
親から祖父の死を知らされた時、
当然ながら、僕は泣いた。
泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、
泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、
泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、
泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、
泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、
泣きまくった。
今後20年分くらいは、
泣いた自信がある。
おかげで僕は、齢5歳にして、
引きこもり予備軍になってしまった。
幼稚園にも行かず、
僕はずっと家に閉じこもっていた。
ある日、遺品整理に
祖父の家に行っていた父が、
僕に封筒を突き出した。
封筒には、達筆な字で、
「せきとへ
(平仮名にしたのは、
僕にも読めるようにだろう)」
と書かれていた。
「おじいちゃんからだよ。」
僕は奪い取るように封筒を受けとると、
そのまま手でビリビリと破く。
中には、2つの物が入っていた。
1つは、祖父が愛用していた万年筆。
もう1つは、手紙だった。
「おじいちゃんは、すこしのあいだ、
とおいところにいきます。
でも、しんぱいしないで。
せきとがおおきくなったら、
かならずまたあえるからね。
このまんねんひつは、
おじいちゃんがいる、
『ひみつのへや』にいくための、
『カギ』です。
ずっともっていて、
そして、つかうべきときがきたら、
これをつかって、
おじいちゃんにあいにきてください。
また、あおうね。
おじいちゃんより」
祖父は、わかっていたのだろう。
自身がこうなることを。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「・・・っていうのが、
僕とじいちゃんの大雑把な話だよ。」
『・・・ウッ!グスッ!ズビッ!
感動したよ!
涙が溢れて止まらないよ!
涙腺を崩壊させられたよ!』
「嘘くせえ・・・。」
『ホントホント!
涙腺がマキシ◯ムブ・・・。』
「おいやめろそれ以上はヤバイ!!」
時刻は終業式の日の、午後8時過ぎ。
勉強を終え、ご飯も食べた僕は、
自分の部屋で、フセからの頼みで、
僕とじいちゃんの話を語っていた。
『そっかそっかあ。
君とおじいちゃん、
そんな過去があったんだねぇ。
うう、涙無しでは語れないよ!』
「わかったから、
そのオーバーリアクション
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