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第1章
<63話>砂浜のユダ
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僕はフラフラとトイレから出た。
その前のベンチに座る京極さんが、
僕に向かって聞いてくる。
「もう、いいのか?」
「・・・ええ、なんとか・・・。」
グッタリとした上杉を学校に預けた後、
(本人が気絶しちゃってるので、
住所がわからなかったのだ。)
京極さん達が
僕も家に送ってくれている最中、
途中で猛烈な吐き気を覚えて、
公衆トイレに緊急停止、そして今に至る。
「お前、
夏が足えぐられたの見たときは、
なんともなかったんだろう?」
京極さんは水を僕に渡す。
「あの時は一刻を争う事態でしたし、
トラウマに塗りつぶされてて、
そんなもの目に入らなかったんです。
途中で何人もの亡骸を見てた、
っていうのもあります。
実際、帰ってから5日は、
ろくなもの食べられませんでした。
肉とか、見ただけでえづいたし。
フラッシュバックってやつですかね、
コレ。」
もらった水を飲み干すと、
大分楽になった。
『あいつ、多分情報漏洩防止のために、
消されたんだろうな。』
「ええ。」
フセの言葉に、京極さんが答える。
「迂闊だった。
あそこまで接近されて気付かないなんて、
警察官失格だぜ・・・。」
項垂れる京極さん。
そこで僕は、あることを思い出した。
「そういえば、
この前あいつが言っていたんですけど、
『暗殺者』の能力は、
『透明になる』能力だって。」
言ってはみたものの、
信憑性には著しく欠ける情報だ。
「成る程。
でも、それあいつが言ってきたんだろ?
敵さんにとって、
シンジュウは俺達に対抗するための、
要のはずなんだ。
自分の暗殺対象に、
わざわざそんな重要機密漏らすか?
それに、実行犯になるような
階級の低い奴が、
そんなこと知ってるのも怪しいし。」
京極さんは考えこむように腕を組む。
『これで君が襲われたのも2回目ですよね?
翔也、そろそろ彼に護衛を・・・。』
「ありがたいですが、いりません。」
蛙の提案を、僕はきっぱりと断った。
『はぁ!?
お前、何言って・・・!?』
「ちょっと黙ってて。」
激昂しかけるフセを静止する僕。
「怖くないのか?」
京極さんの問いに、僕は答える。
「そりゃ怖いですし、
本音を言えばつけて欲しいですよ。
でも、
シンジュウ使いを相手取るってことは、
それ相応の戦力を
割かなきゃいけないんでしょ?
その間に、別の人が、
戦闘能力のない斯波なんかが、
標的にされたらどうするんですか。」
今まさに命を狙われているはずの僕から、
こんな言葉が飛び出すのは、
予想外だったのか、
京極さんは少し眉を動かした。
「・・・勝算あるのか?
能力もちゃんとわからない奴に。」
「ないですよ。
でも、幸い僕の学校には
戦闘能力の高い奴らがいますし、
いざとなれば、奥の手もありますし。」
できれば、これは使いたくない。
だけど、今までみたいに、
ただ刀振り回して勝てるほど、
甘くないのも確かだろう。
その言葉を聞いた京極さんは、
一瞬顔に、
怒りの表情を浮かべた気がした。
しかし、それを判断するより先に、
彼は口を開いた。
「・・・車に乗りな、送ってやるよ。」
程なくして
京極さんと僕を乗せた車は、
義経家の玄関前に到着した。
「・・・正直最初は、
僕のことを殺人容疑で、
捕まえにきたのかと思ってましたよ。」
僕のことを京極さんは鼻で笑う。
「誰がどう見ても、
正当防衛だったからな。
それと、あの子のことは、
責任持ってなんとかする。
だから悪いが、
今回のことはくれぐれも・・・。」
「内密に、ですよね。」
京極さんの言葉を先取りしつつ、
車から降りた僕達は頭を下げる。
『頑張れよ、ショウちゃん!』
「だからやめてくださいって・・・。」
露骨に嫌がる京極さんに、
僕は思わず笑みをこぼす。
「赤斗殿!
無事のお帰り何よりでござる!」
やおら上から聞こえてきた声に、
僕が天を仰ぐと、
僕の家の2階から、
ニョッキリと首を出す侍と狸。
・・・なにしてんだ、あいつら。
呆れた目で彼らを見る僕を、
微笑ましい顔で見る大人2人と蛙1匹。
頭を掻き毟りながら、
僕とフセが家に入ろうとした時、
京極さんが後ろから声をかけた。
「・・・赤斗くん、
これからもシンジュウの力を
使うつもりなら、覚悟を決めろ。」
『心配するな、私が殺させない。』
僕に代わって、
フセがキッパリと言った。
すると、
「確かに死なない覚悟は必要ですが、
俺達に必要なのはもう一つあります。」
この時に京極さんが言った言葉を、
僕は多分、生涯忘れないだろう。
「赤斗くん、
これからもシンジュウの世界に
残るつもりでいるのなら、
目的のために、人を殺す覚悟をしろ。
その覚悟ができない限りは、
君はいつか、あの夏休みに潰される。」
僕は背を向け、固まったままだ。
扉の閉まる音が聞こえ、
車の音は遠ざかっていった。
「・・・うるさい、お前は黙ってろ。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ちょっと来て欲しいトコロが、
あるんデスが。」
数日後、
ずっと学校を休んでいた上杉は、
登校してくるなり僕に向かってそう言った。
「あの、もう大丈夫なの?」
「なんのことデスカ?」
上杉はキョトンと首を傾げる。
『多分、記憶処理でもされたんだよ。』
フセが呟く。
僕は罪悪感で重くなった口を、
無理矢理開く。
「何処?」
「ここデス!」
開かれた地図の中で上杉が指差した先は、
市の外れの海岸だった。
ここからなら、
バスで30分、と言ったところか。
「どうしてもイイタイ
ことがあって・・・。」
頬を赤らめ、もじもじする上杉。
急上昇する僕の心拍数。
これ、ひょっとするのでは!?
「今週のサタデー、15時、
来てもらえマスカ?」
僕が頷くと、
上杉はスキップで、
自分の席に帰っていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『お前、こんな時に、
呑気に遊びに行くなんて正気か!?
命狙われてんだぞ!』
場面は変わって夜、
部屋で木刀を振る僕を、
フセが怒鳴りつける。
「どうせ狙われる時は、
何処にいたって一緒だよ。
年がら年中家に引きこもってろっての?
父さんや母さんは、
シンジュウについて知らないんだぞ。
怪しまれるに決まってる。
気づいてないふりして、
普通の生活送るのが一番いいんだよ。」
『だったら尚更護衛をつけてもらえよ!
それに、
ニヤニヤしながら素振りするな!
気持ち悪い!』
おっと、思わず笑みが溢れてしまった。
今まで生きてきて14年、
遂に僕にも春が訪れたか・・・!
しかも、あんなに可愛い子に!
「うっ、うっ、
生きててよかった・・・!」
「赤斗殿、
邪念は捨て去ってくだされと、
お伝えしたはずでござる!」
甚右衛門やフセからの叱責も、
今の僕の耳にはまるで入ってこない。
鍛錬?敵?
そんなもの意に介している場合じゃない。
こちとら数日後には、
義経赤斗誕生以来の、
大イベントが起きるってのに。
「早くこないかなぁ、土曜日・・・!」
結局、木刀を振っている間、
僕の邪念は、消えることはなく、
当然のように当日まで続いたのである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
来たる当日、養老公園のバス停には、
精一杯のお洒落をして、
バス停に並ぶ僕の姿があった。
「赤斗殿、
その面妖な姿は一体・・・?」
「人の努力に、なんてこというんだ!」
フセの説得に負け、
仕方なく連れてきた甚右衛門に、
僕は思わずツッコむ。
過去を生きていた甚右衛門には、
今のお洒落は理解できないのか、
はたまた単純に僕がダサいのか・・・。
(前者であることを願おう)
『凄いでヤンス、鉄の猪でヤンス!』
「赤斗殿、お喜びくだされ、
今宵は猪鍋に致しましょうぞ!」
「あれは、自動車って言って・・・。
バカ、斬りかかろうとすんな!
どうせ透過するんだから!」
はしゃぎ続ける甚右衛門達を、
必死に御し続けながら、
僕はフセを睨みつける。
「おい、なんで連れてきたんだよ。」
それにフセは、一言。
『ボディガードさ。』
いや、
そもそも物体に干渉できない彼らが、
どうしてボディガードになるのか。
「・・・お前、
茶化したいだけなんじゃないのか?
幽霊にボディーガードが出来るとは、
到底思えないんだけど。」
『・・・どうかな。
けど、これだけは言っておくよ。
幽霊屋敷に忍び込んだ日、
もしあの時、
彼らが私達に触れることができて、
かつ、
敵意をもって襲いかかってきていたら、
まず間違いなく、
私達は死んでいたよ。』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ふざけているうちに、
予定のバスはバス停に到着、
至ってスムーズに、
僕達を海岸まで連れていってくれた。
9月も半ばに入り、
だいぶ冷たくなった海には、
殆ど人はいない。
波打ち際に立って海を眺める、
黒いコートを羽織り、帽子をかぶった、
長髪の少女を除いて。
「・・・上杉!」
僕が声をかけると、
彼女はこちらをゆっくりと向き、
微笑んだ。
「来てくれて、
ありがとうゴザイマス。」
「ううん。
それで、話って・・・?」
ああ、やばいやばい、
心臓がバクバク言ってるのが聞こえる。
そんな僕から水平線へと、
視線を移動させてから、
「海は、好きデスカ?」
上杉は切り出した。
「・・・まあ。」
唐突な質問に、僕は曖昧な返事をする。
「私は、好きデス。
向こうにいた時も、
よく、波の音を聞いてマシタ。
そうすると、辛いこととか、嫌なことが、
忘れられましたカラ。」
潮風にゆらゆらと髪を揺らしながら、
彼女は続ける。
「義経クン、私のこと、好きデスカ?」
いきなりのボディーブロー級の質問に、
僕は思わず言葉を無くす。
「え、は!?あ、う、えが・・・!?」
慌てふためく僕を見て、
上杉はクスリと笑ってから、
「もし、好きナラ、私と来てクダサイ。
貴方は、貴方なんデス。
貴方のお爺ちゃんに、
縛られなくてもいいんデス。
一緒に、正しいことをしまショウ。」
「ふざけんな。」
一言放ち、僕は彼女を睨む。
「正しいこと?
制御不能の化物を森に放って、
何十人も殺すことが、か?
僕はじいちゃんに縛られて
やってるんじゃない、
僕が正しいと思ったからやってるんだ。
僕の大好きな人たちが、
死んで欲しくないからやってるんだ。
人の命を奪うことが、
正しいことな訳がない。
君はそれをわかってるから、
今、ここにいるんだろ?」
上杉は僕の方を見ない。
僕は疑問を、あの時から、
ずっと引っかかっていた疑問を、
口に出した。
「先生を殺したのは、君?」
上杉は黙って海を見ている。
ただ、硬く手を握りしめていた。
多分それが、答えなんだろう。
僕も彼女と同じく海を見ながら、言った。
「・・・僕と一緒に、
京極さんのところへ行こう。
今なら、まだ・・・。」
「私は、もう戻れマセン。」
その言葉に、ふっと僕が横を見ると、
上杉はいない。
はっと目を見開いた僕の耳に、
微かな声が響いた。
「I’m sorry.」
その言葉が聞こえるのと同時に、
僕は右腕に違和感を感じ、視線を落とす。
そこには、不自然に盛り上がる右手首。
次の瞬間、
僕の皮膚を突き破り、
ナイフが飛び出してきた。
一瞬事態を飲み込めない僕、
そして、
「っ痛ぇぇぇええぇぇええ!!?」
ボロボロと涙をこぼしながら、
血で赤く染まった砂浜を、
痛みにのたうちまわる。
なんだ!?なにされた!?
『赤斗!?』
フセが駆け寄ってくる、が、
次の瞬間、彼の腹に、
どこからか飛んできた、
ナイフが突き刺さる。
追加される激痛。
「『がぁぁぁぁ!!』」
歯を食いしばりながら、
無理矢理立ち上がり、万年筆を取り出す。
しかし、それを握った瞬間、
拳を突き破って出てきた無数の針が、
僕に悲鳴とともに、万年筆を落とさせる。
落下した万年筆は、
血塗れの僕らから離れて、
真っ直ぐにどこかに飛んでいき、
前方の空中で浮いたまま静止した。
すると、ジワジワと、
万年筆を握った上杉が、
僕の前に姿を現した。
彼女の顔には、
百足が張り付いている。
「・・・使わせマセンよ。」
上杉は慣れた手つきで、
ナイフを僕に投げる。
「『世離』!」
僕は刀を呼び出し、思い切り薙ぐ。
運良くナイフが刀に当たり、
弾き飛ばされたナイフが
砂浜に刺さった次の瞬間、
僕は、宙を舞っていた。
・・・え?
それを理解したと同時に、
砂浜に顔面から
落下した僕は、その痛みに呻く。
「・・・こ、れ、は・・・!?」
『赤斗!
シンジュウだ、今のは、
全部あの子の『加護』による攻撃だ!』
言われなくてもわかってる。
その時の自分の表情は、当然わからない。
けど多分、
絶望と困惑が入り混じったような、
顔をしていたんだと思う。
上杉は一瞬だけ
悲しい表情を浮かべてから、
すぐに真顔に戻り、
「今から私は、
貴方が私にシタガッテくれるマデ、
貴方にジゴクを見せマス。
シタガッテくれるならそれでヨシ、
くれないなら、殺しマス。
組織の、『暗殺者』として。」
状況はまだ全く飲み込めていなかった。
だけど、今目の前にいる彼女は、
僕に、
気さくに話しかけてくれる、
友達ではなく、
僕への殺意に満ち満ちた、
僕が刃を向けなければいけない相手だ、
ということは、わかった。
その前のベンチに座る京極さんが、
僕に向かって聞いてくる。
「もう、いいのか?」
「・・・ええ、なんとか・・・。」
グッタリとした上杉を学校に預けた後、
(本人が気絶しちゃってるので、
住所がわからなかったのだ。)
京極さん達が
僕も家に送ってくれている最中、
途中で猛烈な吐き気を覚えて、
公衆トイレに緊急停止、そして今に至る。
「お前、
夏が足えぐられたの見たときは、
なんともなかったんだろう?」
京極さんは水を僕に渡す。
「あの時は一刻を争う事態でしたし、
トラウマに塗りつぶされてて、
そんなもの目に入らなかったんです。
途中で何人もの亡骸を見てた、
っていうのもあります。
実際、帰ってから5日は、
ろくなもの食べられませんでした。
肉とか、見ただけでえづいたし。
フラッシュバックってやつですかね、
コレ。」
もらった水を飲み干すと、
大分楽になった。
『あいつ、多分情報漏洩防止のために、
消されたんだろうな。』
「ええ。」
フセの言葉に、京極さんが答える。
「迂闊だった。
あそこまで接近されて気付かないなんて、
警察官失格だぜ・・・。」
項垂れる京極さん。
そこで僕は、あることを思い出した。
「そういえば、
この前あいつが言っていたんですけど、
『暗殺者』の能力は、
『透明になる』能力だって。」
言ってはみたものの、
信憑性には著しく欠ける情報だ。
「成る程。
でも、それあいつが言ってきたんだろ?
敵さんにとって、
シンジュウは俺達に対抗するための、
要のはずなんだ。
自分の暗殺対象に、
わざわざそんな重要機密漏らすか?
それに、実行犯になるような
階級の低い奴が、
そんなこと知ってるのも怪しいし。」
京極さんは考えこむように腕を組む。
『これで君が襲われたのも2回目ですよね?
翔也、そろそろ彼に護衛を・・・。』
「ありがたいですが、いりません。」
蛙の提案を、僕はきっぱりと断った。
『はぁ!?
お前、何言って・・・!?』
「ちょっと黙ってて。」
激昂しかけるフセを静止する僕。
「怖くないのか?」
京極さんの問いに、僕は答える。
「そりゃ怖いですし、
本音を言えばつけて欲しいですよ。
でも、
シンジュウ使いを相手取るってことは、
それ相応の戦力を
割かなきゃいけないんでしょ?
その間に、別の人が、
戦闘能力のない斯波なんかが、
標的にされたらどうするんですか。」
今まさに命を狙われているはずの僕から、
こんな言葉が飛び出すのは、
予想外だったのか、
京極さんは少し眉を動かした。
「・・・勝算あるのか?
能力もちゃんとわからない奴に。」
「ないですよ。
でも、幸い僕の学校には
戦闘能力の高い奴らがいますし、
いざとなれば、奥の手もありますし。」
できれば、これは使いたくない。
だけど、今までみたいに、
ただ刀振り回して勝てるほど、
甘くないのも確かだろう。
その言葉を聞いた京極さんは、
一瞬顔に、
怒りの表情を浮かべた気がした。
しかし、それを判断するより先に、
彼は口を開いた。
「・・・車に乗りな、送ってやるよ。」
程なくして
京極さんと僕を乗せた車は、
義経家の玄関前に到着した。
「・・・正直最初は、
僕のことを殺人容疑で、
捕まえにきたのかと思ってましたよ。」
僕のことを京極さんは鼻で笑う。
「誰がどう見ても、
正当防衛だったからな。
それと、あの子のことは、
責任持ってなんとかする。
だから悪いが、
今回のことはくれぐれも・・・。」
「内密に、ですよね。」
京極さんの言葉を先取りしつつ、
車から降りた僕達は頭を下げる。
『頑張れよ、ショウちゃん!』
「だからやめてくださいって・・・。」
露骨に嫌がる京極さんに、
僕は思わず笑みをこぼす。
「赤斗殿!
無事のお帰り何よりでござる!」
やおら上から聞こえてきた声に、
僕が天を仰ぐと、
僕の家の2階から、
ニョッキリと首を出す侍と狸。
・・・なにしてんだ、あいつら。
呆れた目で彼らを見る僕を、
微笑ましい顔で見る大人2人と蛙1匹。
頭を掻き毟りながら、
僕とフセが家に入ろうとした時、
京極さんが後ろから声をかけた。
「・・・赤斗くん、
これからもシンジュウの力を
使うつもりなら、覚悟を決めろ。」
『心配するな、私が殺させない。』
僕に代わって、
フセがキッパリと言った。
すると、
「確かに死なない覚悟は必要ですが、
俺達に必要なのはもう一つあります。」
この時に京極さんが言った言葉を、
僕は多分、生涯忘れないだろう。
「赤斗くん、
これからもシンジュウの世界に
残るつもりでいるのなら、
目的のために、人を殺す覚悟をしろ。
その覚悟ができない限りは、
君はいつか、あの夏休みに潰される。」
僕は背を向け、固まったままだ。
扉の閉まる音が聞こえ、
車の音は遠ざかっていった。
「・・・うるさい、お前は黙ってろ。」
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「ちょっと来て欲しいトコロが、
あるんデスが。」
数日後、
ずっと学校を休んでいた上杉は、
登校してくるなり僕に向かってそう言った。
「あの、もう大丈夫なの?」
「なんのことデスカ?」
上杉はキョトンと首を傾げる。
『多分、記憶処理でもされたんだよ。』
フセが呟く。
僕は罪悪感で重くなった口を、
無理矢理開く。
「何処?」
「ここデス!」
開かれた地図の中で上杉が指差した先は、
市の外れの海岸だった。
ここからなら、
バスで30分、と言ったところか。
「どうしてもイイタイ
ことがあって・・・。」
頬を赤らめ、もじもじする上杉。
急上昇する僕の心拍数。
これ、ひょっとするのでは!?
「今週のサタデー、15時、
来てもらえマスカ?」
僕が頷くと、
上杉はスキップで、
自分の席に帰っていった。
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『お前、こんな時に、
呑気に遊びに行くなんて正気か!?
命狙われてんだぞ!』
場面は変わって夜、
部屋で木刀を振る僕を、
フセが怒鳴りつける。
「どうせ狙われる時は、
何処にいたって一緒だよ。
年がら年中家に引きこもってろっての?
父さんや母さんは、
シンジュウについて知らないんだぞ。
怪しまれるに決まってる。
気づいてないふりして、
普通の生活送るのが一番いいんだよ。」
『だったら尚更護衛をつけてもらえよ!
それに、
ニヤニヤしながら素振りするな!
気持ち悪い!』
おっと、思わず笑みが溢れてしまった。
今まで生きてきて14年、
遂に僕にも春が訪れたか・・・!
しかも、あんなに可愛い子に!
「うっ、うっ、
生きててよかった・・・!」
「赤斗殿、
邪念は捨て去ってくだされと、
お伝えしたはずでござる!」
甚右衛門やフセからの叱責も、
今の僕の耳にはまるで入ってこない。
鍛錬?敵?
そんなもの意に介している場合じゃない。
こちとら数日後には、
義経赤斗誕生以来の、
大イベントが起きるってのに。
「早くこないかなぁ、土曜日・・・!」
結局、木刀を振っている間、
僕の邪念は、消えることはなく、
当然のように当日まで続いたのである。
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来たる当日、養老公園のバス停には、
精一杯のお洒落をして、
バス停に並ぶ僕の姿があった。
「赤斗殿、
その面妖な姿は一体・・・?」
「人の努力に、なんてこというんだ!」
フセの説得に負け、
仕方なく連れてきた甚右衛門に、
僕は思わずツッコむ。
過去を生きていた甚右衛門には、
今のお洒落は理解できないのか、
はたまた単純に僕がダサいのか・・・。
(前者であることを願おう)
『凄いでヤンス、鉄の猪でヤンス!』
「赤斗殿、お喜びくだされ、
今宵は猪鍋に致しましょうぞ!」
「あれは、自動車って言って・・・。
バカ、斬りかかろうとすんな!
どうせ透過するんだから!」
はしゃぎ続ける甚右衛門達を、
必死に御し続けながら、
僕はフセを睨みつける。
「おい、なんで連れてきたんだよ。」
それにフセは、一言。
『ボディガードさ。』
いや、
そもそも物体に干渉できない彼らが、
どうしてボディガードになるのか。
「・・・お前、
茶化したいだけなんじゃないのか?
幽霊にボディーガードが出来るとは、
到底思えないんだけど。」
『・・・どうかな。
けど、これだけは言っておくよ。
幽霊屋敷に忍び込んだ日、
もしあの時、
彼らが私達に触れることができて、
かつ、
敵意をもって襲いかかってきていたら、
まず間違いなく、
私達は死んでいたよ。』
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ふざけているうちに、
予定のバスはバス停に到着、
至ってスムーズに、
僕達を海岸まで連れていってくれた。
9月も半ばに入り、
だいぶ冷たくなった海には、
殆ど人はいない。
波打ち際に立って海を眺める、
黒いコートを羽織り、帽子をかぶった、
長髪の少女を除いて。
「・・・上杉!」
僕が声をかけると、
彼女はこちらをゆっくりと向き、
微笑んだ。
「来てくれて、
ありがとうゴザイマス。」
「ううん。
それで、話って・・・?」
ああ、やばいやばい、
心臓がバクバク言ってるのが聞こえる。
そんな僕から水平線へと、
視線を移動させてから、
「海は、好きデスカ?」
上杉は切り出した。
「・・・まあ。」
唐突な質問に、僕は曖昧な返事をする。
「私は、好きデス。
向こうにいた時も、
よく、波の音を聞いてマシタ。
そうすると、辛いこととか、嫌なことが、
忘れられましたカラ。」
潮風にゆらゆらと髪を揺らしながら、
彼女は続ける。
「義経クン、私のこと、好きデスカ?」
いきなりのボディーブロー級の質問に、
僕は思わず言葉を無くす。
「え、は!?あ、う、えが・・・!?」
慌てふためく僕を見て、
上杉はクスリと笑ってから、
「もし、好きナラ、私と来てクダサイ。
貴方は、貴方なんデス。
貴方のお爺ちゃんに、
縛られなくてもいいんデス。
一緒に、正しいことをしまショウ。」
「ふざけんな。」
一言放ち、僕は彼女を睨む。
「正しいこと?
制御不能の化物を森に放って、
何十人も殺すことが、か?
僕はじいちゃんに縛られて
やってるんじゃない、
僕が正しいと思ったからやってるんだ。
僕の大好きな人たちが、
死んで欲しくないからやってるんだ。
人の命を奪うことが、
正しいことな訳がない。
君はそれをわかってるから、
今、ここにいるんだろ?」
上杉は僕の方を見ない。
僕は疑問を、あの時から、
ずっと引っかかっていた疑問を、
口に出した。
「先生を殺したのは、君?」
上杉は黙って海を見ている。
ただ、硬く手を握りしめていた。
多分それが、答えなんだろう。
僕も彼女と同じく海を見ながら、言った。
「・・・僕と一緒に、
京極さんのところへ行こう。
今なら、まだ・・・。」
「私は、もう戻れマセン。」
その言葉に、ふっと僕が横を見ると、
上杉はいない。
はっと目を見開いた僕の耳に、
微かな声が響いた。
「I’m sorry.」
その言葉が聞こえるのと同時に、
僕は右腕に違和感を感じ、視線を落とす。
そこには、不自然に盛り上がる右手首。
次の瞬間、
僕の皮膚を突き破り、
ナイフが飛び出してきた。
一瞬事態を飲み込めない僕、
そして、
「っ痛ぇぇぇええぇぇええ!!?」
ボロボロと涙をこぼしながら、
血で赤く染まった砂浜を、
痛みにのたうちまわる。
なんだ!?なにされた!?
『赤斗!?』
フセが駆け寄ってくる、が、
次の瞬間、彼の腹に、
どこからか飛んできた、
ナイフが突き刺さる。
追加される激痛。
「『がぁぁぁぁ!!』」
歯を食いしばりながら、
無理矢理立ち上がり、万年筆を取り出す。
しかし、それを握った瞬間、
拳を突き破って出てきた無数の針が、
僕に悲鳴とともに、万年筆を落とさせる。
落下した万年筆は、
血塗れの僕らから離れて、
真っ直ぐにどこかに飛んでいき、
前方の空中で浮いたまま静止した。
すると、ジワジワと、
万年筆を握った上杉が、
僕の前に姿を現した。
彼女の顔には、
百足が張り付いている。
「・・・使わせマセンよ。」
上杉は慣れた手つきで、
ナイフを僕に投げる。
「『世離』!」
僕は刀を呼び出し、思い切り薙ぐ。
運良くナイフが刀に当たり、
弾き飛ばされたナイフが
砂浜に刺さった次の瞬間、
僕は、宙を舞っていた。
・・・え?
それを理解したと同時に、
砂浜に顔面から
落下した僕は、その痛みに呻く。
「・・・こ、れ、は・・・!?」
『赤斗!
シンジュウだ、今のは、
全部あの子の『加護』による攻撃だ!』
言われなくてもわかってる。
その時の自分の表情は、当然わからない。
けど多分、
絶望と困惑が入り混じったような、
顔をしていたんだと思う。
上杉は一瞬だけ
悲しい表情を浮かべてから、
すぐに真顔に戻り、
「今から私は、
貴方が私にシタガッテくれるマデ、
貴方にジゴクを見せマス。
シタガッテくれるならそれでヨシ、
くれないなら、殺しマス。
組織の、『暗殺者』として。」
状況はまだ全く飲み込めていなかった。
だけど、今目の前にいる彼女は、
僕に、
気さくに話しかけてくれる、
友達ではなく、
僕への殺意に満ち満ちた、
僕が刃を向けなければいけない相手だ、
ということは、わかった。
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「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
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