シンジュウ

阿綱黒胡

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第1章

<67話>ムスカリ

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上杉を殺さなかった僕の選択は、
果たして正解だったのだろうか。

病院に連れて行かれた
上杉の消息は、
1週間たった今でも一切不明で、
京極さんに電話をしても、
頑なに口を閉ざしたままだ。
当然、学校にも来ていない。

・・・いや、
多分もう来ることはないだろう。
警察が、
彼女を自由の身に置くとは思えない。
一生拘束か、
あるいは・・・、考えたくもない。

とにかく僕hいってぇ!!
「赤斗殿、
鍛錬中は集中されますよう、
お願いした筈でござる。」
「・・・すみません。」
「さあ、もう一度!
横に回り込んで、腹に向かって、
一閃、でござる。」

時刻は午前5時、例の河川敷。
僕は木刀片手に、
甚右衛門と鍛錬(もどき)をしていた。

素振りから晴れて昇格したのはいいが、
それは、毎日3時起きのキツさに、
そして、甚右衛門の化け物ぶりに、
驚かされる日々の始まりだった。

始めてから、これまた1週間。
稽古の内容は、
甚右衛門に言われた通りに、
彼に向かって刀を打ち込むという、
至って単純なものだったけれど、

「・・・!」
「てんで、甘いでござる。」
僕の力に任せた無茶苦茶な太刀筋を、
彼は涼しい顔で防いでしまう。

剣術を習い始めたばかりの僕は、
当然、技術なんぞこれっぽっちもない。
したがってその攻撃は、
力任せになるわけだけど、
『真打』の力で実体化した彼に、
僕の攻撃は
いとも簡単に受け止められる。
そして、

次の瞬間、
甚右衛門の突きが腹に入り、
僕は宙を舞った。

「赤斗殿、
今のが実践でしたら、
赤斗殿は今頃、
地獄の鏡の前にござる。

さぁ、もう一度!」
『確かに、遅いね。
本気でやってんの?』
「休憩させて、本当に死んじまう!

ていうか、
なんで「真打』が使えるんだ!」
フセに煽られた
苛立ちをあらわにしつつ、
懇願と疑問を、僕は同時に叫ぶ。

「少しばかり、
精神を調整するだけにござる。」
「いや、意味わかんねぇよ!
本来死にかけないと、
使えない筈だろ!?」

甚右衛門の時代がどの辺かは不明だが、
ここまで剣術を極める必要があったなら、
おそらく戦国動乱の時代だろう。

彼が野心を抱くタイプだったら、
間違いなく
歴史は変わっていただろう。
そんなことを思いながら、
僕はノロノロと立ち上がる。

「・・・もう一回!」
僕は剣を構え、
甚右衛門に
突進していくのだった・・・。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
絶対にこの修行、剣術に関係ない。

やつれた顔で登校しながら、
僕はそう思う。

『花鳥流』とやらの
剣術を教わるわけでもなく、
ただただ突進しては、
木刀で突かれ、殴られるだけ。
いつだったかに、
『僕はマゾじゃない』と言ったけれど、
わざわざ早朝に、
侍に木刀で殴られるのを
日課としているあたり、
その言葉を撤回する日も
近いかもしれない。

特に友達がいるわけでもないので、
誰と話すわけでもなく、
カラカラと扉を開け、僕は教室に入る。

「おはようゴザイマス!
赤斗君!」

爽やかに響いたその声に、
僕は思わず耳を疑った。

「・・・お、お前、何で・・・!?」

屈託のない笑顔を浮かべ、
彼女の席に座る上杉エリナに、
呂律の回らない舌を駆使して、
僕は何とか言葉を捻り出した。

フセの方を見ると、
彼も流石に呆然としている。

「なんのことデスカ?」

本格的なとぼけ顔で、
彼女は僕の質問をかわした。
これ以上、
この場で彼女とこの話題で話すと、
狂人扱い間違いなので、
僕は口をつぐむしかなかった。

何故、上杉がここにいられるのか。
その疑問は、授業が始まっても、
僕の頭をグルグル回っていた。
殺人鬼を自由の身に置く?
いやいやいやいや、ありえないでしょ。
京極さんは何考えてんだ?

先生に、
「何ボーッとしてんだ!」
と怒鳴りつけられるほど、
思考を巡らせたところで、
結論にたどり着けるはずもなく、
結局、上杉本人を捕まえて、
直接問いただすことにした。

日直が今日の学校の終わりを告げると、
生徒たちがゾロゾロと散ってゆく。

「エリナちゃん、
まだ部活決めてないんだよね?

今日、ウチ来てみない?」

おそらく体育会系の部員であろう、
長身の女子が、上杉を勧誘している中、
僕はスタスタとそこに歩いて行くと、

「ごめん、それ明日にして。」

言うが早いか、
上杉の腕を掴むと、
シンジュウの身体能力を最大限に使い、
疾風の如き速さで、
スクールバックを掴んだままの彼女を、
教室から引きずっていった。

また評判が落ちたかもしれないが、
もともと落ちに落ちているので、
もうとっくに底に到達しているだろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「モー、荒っぽいデスネェ。
何するんデスカ。」

廊下の隅まで連れてこられた彼女は、
ヘラヘラとそんなことを言う。

「・・・どういうことか説明しろ。
『少年法が尻尾巻いて逃げ出す』
レベルの君が、
『死刑に近い処分になる』と、
明言されていた君が、
監禁も監視もされずに、
まだここにいられる訳を。」

上杉は、一瞬キョトンとした顔をすると、
ポンと手を打ち、

「ああ、成る程!」と叫んだ。

「『死刑に近い処分』デスカ。
確かにそうかもしれマセン。」

と言うが早いか、
彼女は自分の胸をつつくと、
「私今、
対策課ココを裏切れないんデスヨ。」

そう言い放った。
「・・・は?」
「この前、君と一緒に、
キョーカ人間に襲われたトキ、
加藤さんって人いたデショ?

極秘事項なんデスガ、
あの人は、シンジュウ能力者デス。

『約束を破った相手に、
ペナルティを与える』ってユー。
私の場合のそれは、
対策課に反逆するヨーな、
行動をとるコト。」

僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
「・・・その、
ペナルティ、ってのは・・・?」
「なんでもないことデス、
端的に言うとデスネ、。」

あっさりと答える彼女。

「心臓、肺、その他、
生命維持に必要な器官が、
全て停止して死にいたりマス。

あんなにナヨッとしてるのに、
対策課にとっては、
なくてはならない存在なんですネェ。」
笑いながらいう彼女から、
僕は思わず視線を落とした。

「・・・そっか。」

彼女は、どう思っているんだろうか。

戻れないと言った彼女を、
殺してくれと言った彼女を、
自分のエゴで、
無理やり生かした僕のことを、
どう思っているんだろうか。

『・・・・私は、私は。
感謝している。感謝している。』

突然、血の底から響くような声が、
上杉の口の中から聞こえてきて、
僕は思わず飛び上がりそうになった。

「ああ、ご紹介がまだデシタネ。」
上杉が口を開けると、
中から、
涎塗れの百足が這い出してきた。

「ピート、デス。
昨日テキトーにつけマシタ。

もう日本語喋れるんデスヨ、
頭いいデショ?」
「昨日!?」

こいつ、昨日まで名前なかったのか!?
と言うか、
思春期の少女が何の躊躇いもなく
百足を口に!?
(あとで気付いたけど、
口の中に百足入れながら、
平然と喋ってたのか!?)

改めて、彼女の、
恐ろしい面に触れたような気がして、
僕は思わず身を震わせた。

『目的は、目的は。
わからないが、わからないが。
宿り主の、宿り主の。
命を救われたのなら、救われたのなら。
感謝せねばなるまい、
感謝せねばなるまい。』

妙な喋り方の百足に感謝され、
僕は苦笑いをする。

「ああ、それと、
私から一つだけ、
聞きたいことがあるんデス。」

すると、今まで微笑ましい笑顔で、
僕を見ていたエリナが、
キッと表情を変え、

「私を助けたって意味、
わかってマス?」

僕は、笑うのをやめた。

確かにそうだ。
彼女が、何十人もの人を殺めているのは、
紛れもない事実なのだ。

「手っ取り早い話、
もし私がこれから人を殺しタラ、
その責任の一端、貴方にあるんデスヨ?」
『随分な言い草だな。』

フセが牙を剥き出し、怒りを露わにする。
『命の恩人に対して、
それはないんじゃないのか?』
「よせ。」

僕はフセを制止する。
「確かにそうだ。
僕は、人殺しの君を助けた。

でもそれには、
しっかりと責任を持つつもりだよ。
『殺す覚悟』だ。」

僕は、
しっかりと彼女の目を見つめて、言った。

「もし、君が誰かを殺しそうになったら、
責任持って僕が君を止める。

君が誰かを殺したら、
その時は僕が君を殺す。

君が報いを受けるなら、
その時は僕も報いを受ける時だ。

それまでは、君と友達でいたい。

それが、今、僕にできる、
最良のことだと思うから。」

上杉を殺さなかった僕の選択は、
果たして正解だったのだろうか。
その答えは、おそらくこうだ。



僕は結局、自分第一の人間だ。

小早川だから殺した?
きっとそうなんだろう。
上杉だから助けた?
きっとそうなんだろう。

それが正しいかどうかなんて、
後悔してからでないとわからない。

あの場で僕は、
あの場の僕にとって最良の選択をした。

例え間違っていたとしても、
後悔するその日までは、
その報いを受けるその日までは、
それが正しかったと信じて、
前に進んでいくしかないのだ。

「なら、私のセキニンの取り方は。」

百足を掌に乗せた上杉は、
空いた窓から吹き込む風に、
その長い金髪を揺らしながら言った。

「あなたに、
コウカイさせないこと、デスネ。」

生温かった風は、
いつのまにか少しづつ、
冷たさを含み始めた。
もうそろそろ、9月は終わりだ。

季節は巡る。
人も多分、変われる。

人殺しである彼女に、
そんなことを期待するのは、
子供ゆえの、
愚かな信頼かもしれない。

でも、そんな愚かな信頼は、
子供の『特権』でもあるんだと思う。

少しの肌寒さを感じながら、
僕は、僕の行動が、
上杉の蜘蛛の糸となることを、
ただただ願った。























































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