苦しくても悲しくても あなたのそばにいればよかった

瀬音

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第二章:ノーマル「陸久」視点

彼らしくない彼、残された手紙

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 夏の暑さがぶり返したような秋の初めの夜、二人は新しくできた定食屋で夕食を食べ、いつものようにコンビニで酒とつまみを買って、陸久リクの部屋に向かった。

 大学の近くにある陸久の部屋は、学生らしいワンルームだ。玄関を入ると左側に簡素なキッチン、右側にはユニットバス。その先の八畳のフローリングの部屋に、ベッドと小さなテーブルやテレビなどが置かれている。


 順番にシャワーを浴びたあと、二人は買ってきたお酒を開けて乾杯をした。


 甘党の瑛斗エイトはビールのつまみに新作のプリンを食べている。
 お酒を飲みながらいつも甘いものを食べる瑛斗が不思議で、陸久は不思議そうに瑛斗を見つめた。

「何? 陸久もプリン食べたい?」
「いや、俺はいらない。ビールにプリンって合う気がしないもん」
「合うよ。はい、あーん」
「いらないって」
「試しにひとくち食べてみなよ。これ新作のプリンで、そこまで甘くない」
「じゃあ自分で食う。スプーン貸して」
「……陸久に食べさせたい。ね、口開けて」
「ん……」

 少し躊躇ったあと、陸久は仕方なく雛鳥のように口を開けるた。
 瑛斗はプリンをすくったスプーンを小さな陸久の口に差し入れ、うっとりとしたような恍惚の表情を浮かべる。

「陸久……美味しい?」
「うん、まぁ、うまいけど」
「もっと食べて。ほら」

 瑛斗がもう一度プリンを口に運ぼうとするので、陸久は「俺はもういいや」とそれを断った。

 瑛斗は傷ついたような、そしてどこか苛立ったような顔をしてスプーンをプリンの容器に戻すと、急に唇を重ねてきた。

「せんぱっ……!? んっ……」

 普段の瑛斗は、とても優しい。抱かれるときは、いつだって丁寧すぎるほどの手順を踏んでくれる。
 
 でも、今夜の瑛斗は何かに追われるように乱暴なキスをして、Tシャツの下から手を入れて荒々しく陸久の乳首を擦った。

「先輩っ、どうしたの……? あ……」

 プリンを食べなかったことで瑛斗を怒らせてしまったのだろうかとも思った。でもそんなの、あまりに瑛斗らしくない。これまで、瑛斗が他人に対して横柄な態度をとるところなんて一度も見たことがなかった。誰にでも物腰の柔らかい、紳士的な人だった。


「せんぱい、怒ってるの……?」
「起こる理由がないよ。ねぇ陸久……口で、してくれる?」
「いいけど…」

 ベッドに乗り上げるのかと思った瑛斗が、その場で立ち上がりスウェットをずらした。緩く立ち上がったペニスを片手で支え、まだ座っている陸久を見下ろしてくる。

「陸久、舐めて」
「え……?」

 立ったままの瑛斗にフェラをするには、陸久が跪いてペニスを咥えるしかない。
 普段通りにベッドの上でする口淫なら、しゃぶりながら自分も勃起してしまうほど興奮する。でもこの体勢でするフェラチオには少し抵抗があった。

 それでも瑛斗が望むならと、陸久は膝立ちになり瑛斗の股間に顔を近づけた。湿らした舌で裏筋を舐め回したあとに、丸みを帯びた先端を咥える。唇で圧をかけながら顔を前後に動かすと、ぐぐっと硬くなったそれが喉に当たった。
 その瞬間、陸久は反射的に嘔吐いた。こみ上げる吐き気を逃すことができず、口からペニスを抜こうともがく。
 でも、瑛斗の大きな手が陸久の後頭部を押さえつけ、逃がしてはくれなかった。必死に吐き気と戦う陸久の口に何度も何度もペニスが穿たれる。

 陸久は涎と涙で顔をベタベタしながら、瑛斗の性器に噛みつかないよう必死に口を開けていた。
 しかし、やがて吐き気が堪えられなくなり、両手で瑛斗の腰を強く押してトイレに駆け込んだ。咳き込みながら食べたものを少し吐いても、涎と涙が止まらない。


 涙が零れる半分は物理的な理由で、残りの半分は感情的な理由だった。
 屈辱的でもあったし、愛されていないようでもあったし、瑛斗が望むことに応えられなかったことが悲しくもあった。

 顔と同じように心もぐちゃぐちゃで、トイレの床に蹲ってしばらくの間放心していた。



 吐き気が収まると、感情も幾分落ち着いてきた。
 トイレの床なんて場所に座り込んでいたことに気付き、そのままバスルームに飛び込んでもう一度シャワーを浴びた。
 風呂を出た後、どんな顔をして瑛斗に謝ればいいのだろうかと考えていたら、随分長い時間がかかってしまった。



 部屋に戻ると瑛斗の姿はなくなっていた。

 机の上には千切ったノートの切れ端が置かれている。
 そこには、その人柄そのもののように整ったいつもの瑛斗の文字ではなく、斜めに乱れた文字がメッセージを残していた。

≪すまない。本当にすまない≫

 陸久はそのメッセージを何度も読んだ。

 瑛斗の欲求に応えられなかったことで嫌われてしまったのではないかという不安に、指先が震える。叶うわけがないと諦めていた恋だったのに、一度瑛斗に愛される幸福を知ってしまったら、失うのが怖い。こんなにも大好きな人の求めた行為を拒絶した自分を、殴りたかった。あんなことで失ってしまうのなら、もっと限界まで耐えればよかった。

 瑛斗が脱いでいった部屋着を胸に抱き寄せて、陸久はベッドに寝ころび背を丸めた。服に残る瑛斗の匂いが恋しかった。
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