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第二章
第47話 容態と生え際
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「久しぶりですね。山本誠司(やまもと・せいじ)さん」
「おいおい。敬語なんてやめてくれよ、サクちゃん」
「あはは、しばらく会ってなかったから。ほら、親しき仲にも礼儀ありってね――じゃあ、気を取り直して。久しぶり、セイちゃん」
「おう、久しぶり……けど、俺たちがいつまでも『兄弟』なのは変わらないだろ。礼儀なんて今更でしょ」
歩み寄って声を掛けると、吸っていたタバコを携帯灰皿に押し込みつつ返事をくれる山本誠司――改め、セイちゃん。
数年ぶりの再会だから、ついテンションが上がって冗談を口にしてしまった。でも、嬉しいな。俺と同じく大事に思ってくれているみたい。
彼がいま言ったように、俺たちは兄弟同然に育った。
向こうの親が働きに出ている間、うちの実家に預けられていたのだ。もちろん我が実姉の『紗季子』とも面識があり、弟の一人として共にこき使われてきた。
「久々に会えて嬉しいよ。ちょうど俺も、サクちゃんに連絡しようと思ってたところなんだ」
「そうなの? なんか用事でもあった?」
「用事というか、時間が空いたから顔を見ときたいなって。あと暇つぶし」
俺がトートバッグを膝に置きながらベンチの隣に腰掛ければ、さっそく談笑が始まる。
転がるように話題が出てきて、冬の気配漂う夜空のもとで大いに盛り上がった。ぎこちなさもすぐに抜け、昔みたいな気安いやり取りがテンポ良く続く。
「ところで、今回はまた急にどうしたの? 数年ぶりに連絡きて嬉しかったけど」
「セイちゃんが病気だって聞いて心配になってさ。最初は『異常ナシ』って報道で安心してたのに、急に入院するっていうから」
二人の笑い声が落ち着いたところで、セイちゃんがふと本題を切り出す。
再検査で入院ともなれば、そうとう容態が悪いのではないだろうか……もし命に関わる病気であれば、俺は黙って見過ごすつもりはない。そのための手段だって用意できる。
「それで、体調はどうなの?」
「まあ、ぼちぼちだよ」
「そっか。もし悪いなら――例えば、どんな病気でも治す薬があると言ったらどうする?」
「そんなモノがあるなら、俺だけじゃなくて世界中の人が欲しがるだろうね……でも、残念だよ。まさか、サクちゃんも『そっち側』にいっちゃうなんて」
セイちゃんは大きくため息をつくと、ポケットから新しいタバコを取り出して火をつけた。
次いで「そっち側?」と首を傾げる俺に向け、うんざりした様子で事情を語り始める。先ほどの気安いムードから一転、少し重い空気が漂い出す。
「入院するって話が広まった途端、以前にもまして妙な連中が次から次へと近寄ってくるようになったんだ」
快癒の壺だの、病魔退散の札だの、癒魂の御珠だの、怪しげなオカルトアイテムの売り込みが後を絶たなかったらしい。挙げ句、拝み屋を自称する不審者まで押しかけてきた。しかも知人の伝手を利用してきたというのだから、相当悪質である。
肝心の容態については、そこまで深刻ではないそうだ。
精密検査で腸に軽い癒着が見つかり、当初は手術が必要かと思われた。しかし幸いにも内視鏡での処置が可能で、数日後には退院できる見込みだという。
なるほど。それなら良かったけど……あれ、じゃあ俺もその胡散臭い団体の一員だと誤解されているってこと?
ちょっと例え話をしただけなのに、心外にも程がある……いや、無理もないか。このタイミングで『どんな病気でも治す薬がある』なんて言われたら、誰だって疑うに決まっている。
「サクちゃん。もしお金に困っているんだったら、素直にそう言ってよ。いくらでも俺が都合するから。遠慮するなよ、兄弟だろ? だからさ、怪しい活動からは足を洗ってくれ。きっと紗季子姉ちゃんも心配しているはずだ」
「うちの姉は相変わらずな感じだし、そんなつもりじゃなかったんだけど……」
「そもそも、ブラック企業なんかに務めるから正気を失うんだよ。だから、大学を卒業するとき『うちの会社に来い』ってしつこく言ったんだ」
セイちゃんは大学在学中に起業した。そして俺が就職活動を始める頃には、すでに会社は波に乗っていた。
業種は、クラウド系のITサービス。SNS関連のPR事業を軸にスタートしたが、業績が上がるなり小規模クラウド事業に携わる会社を買収。その後、あれよあれよという間に勢いを増し、グロース市場に上場。現在は地方自治体の案件も受注している……と、この前ネットで見た。
一方で、俺に何度も『うちの会社に来い』と声をかけてくれていた。しかしあまり世話になるのも悪いと考え、結局は別の会社に就職したわけだけど。そこで、まんまとブラック上司にハマってしまい、精神をすり減らす日々を送る羽目になったのである。
セイちゃんと疎遠になったのも、ちょうどその頃あたりだったか。思い返せば、男としてのプライドや嫉妬みたいな感情もあったような……どのみち、今となっては良い経験だ。
おかげで、うちの獣耳幼女たちやサリアさんに出会えたしね。もちろんゴルドさんたちのことも忘れていない。
「いや、でもなあ……俺のところに来ても、結果は変わらなかったかもな」
タバコの煙を吐き出しながら、さらにトーンダウンするセイちゃん。
どうしたのか聞けば、経営者も楽じゃないらしい。
まさに生き馬の目を抜くようなスピードで刷新されていくIT業界。その先頭を走り続けるのは、並大抵のことではない。
さらに、経済的に成功すると良からぬ輩がひっきりなしに寄ってくるらしく、「人に気を許せない生活が何よりのストレスだ」と肩を落とした。女性関係でも痛い目にあったみたいで、同情を禁じえない。
「これ、内緒の話なんだけど……実は近々、会社の株を手放して隠居しようと考えていたんだ。もうね、本気で疲れちゃったよ。サクちゃんみたいに田舎でのんびりするのもいいかもね」
「え、そうだったんだ。なんか、そうとうお疲れだね」
「まあね……こんなに髪も薄くなっちゃったし、忙しくて植毛もできない生活とか終わってるでしょ。最近じゃあ『人生とは何か』なんて考え込むことが多くなったりしてさ」
前髪をかきあげながら、力なく笑うセイちゃん。
おでこからくるタイプのようで、生え際はかなり後退気味。苦しい抵抗を強いられている。ただ顔が整っているから、それはそれで味がある。
あと本人はストレスのせいだと認識しているようだけど……たぶん遺伝だろうなあ。だって、親父さんとそっくりだもん。
「おいおい。敬語なんてやめてくれよ、サクちゃん」
「あはは、しばらく会ってなかったから。ほら、親しき仲にも礼儀ありってね――じゃあ、気を取り直して。久しぶり、セイちゃん」
「おう、久しぶり……けど、俺たちがいつまでも『兄弟』なのは変わらないだろ。礼儀なんて今更でしょ」
歩み寄って声を掛けると、吸っていたタバコを携帯灰皿に押し込みつつ返事をくれる山本誠司――改め、セイちゃん。
数年ぶりの再会だから、ついテンションが上がって冗談を口にしてしまった。でも、嬉しいな。俺と同じく大事に思ってくれているみたい。
彼がいま言ったように、俺たちは兄弟同然に育った。
向こうの親が働きに出ている間、うちの実家に預けられていたのだ。もちろん我が実姉の『紗季子』とも面識があり、弟の一人として共にこき使われてきた。
「久々に会えて嬉しいよ。ちょうど俺も、サクちゃんに連絡しようと思ってたところなんだ」
「そうなの? なんか用事でもあった?」
「用事というか、時間が空いたから顔を見ときたいなって。あと暇つぶし」
俺がトートバッグを膝に置きながらベンチの隣に腰掛ければ、さっそく談笑が始まる。
転がるように話題が出てきて、冬の気配漂う夜空のもとで大いに盛り上がった。ぎこちなさもすぐに抜け、昔みたいな気安いやり取りがテンポ良く続く。
「ところで、今回はまた急にどうしたの? 数年ぶりに連絡きて嬉しかったけど」
「セイちゃんが病気だって聞いて心配になってさ。最初は『異常ナシ』って報道で安心してたのに、急に入院するっていうから」
二人の笑い声が落ち着いたところで、セイちゃんがふと本題を切り出す。
再検査で入院ともなれば、そうとう容態が悪いのではないだろうか……もし命に関わる病気であれば、俺は黙って見過ごすつもりはない。そのための手段だって用意できる。
「それで、体調はどうなの?」
「まあ、ぼちぼちだよ」
「そっか。もし悪いなら――例えば、どんな病気でも治す薬があると言ったらどうする?」
「そんなモノがあるなら、俺だけじゃなくて世界中の人が欲しがるだろうね……でも、残念だよ。まさか、サクちゃんも『そっち側』にいっちゃうなんて」
セイちゃんは大きくため息をつくと、ポケットから新しいタバコを取り出して火をつけた。
次いで「そっち側?」と首を傾げる俺に向け、うんざりした様子で事情を語り始める。先ほどの気安いムードから一転、少し重い空気が漂い出す。
「入院するって話が広まった途端、以前にもまして妙な連中が次から次へと近寄ってくるようになったんだ」
快癒の壺だの、病魔退散の札だの、癒魂の御珠だの、怪しげなオカルトアイテムの売り込みが後を絶たなかったらしい。挙げ句、拝み屋を自称する不審者まで押しかけてきた。しかも知人の伝手を利用してきたというのだから、相当悪質である。
肝心の容態については、そこまで深刻ではないそうだ。
精密検査で腸に軽い癒着が見つかり、当初は手術が必要かと思われた。しかし幸いにも内視鏡での処置が可能で、数日後には退院できる見込みだという。
なるほど。それなら良かったけど……あれ、じゃあ俺もその胡散臭い団体の一員だと誤解されているってこと?
ちょっと例え話をしただけなのに、心外にも程がある……いや、無理もないか。このタイミングで『どんな病気でも治す薬がある』なんて言われたら、誰だって疑うに決まっている。
「サクちゃん。もしお金に困っているんだったら、素直にそう言ってよ。いくらでも俺が都合するから。遠慮するなよ、兄弟だろ? だからさ、怪しい活動からは足を洗ってくれ。きっと紗季子姉ちゃんも心配しているはずだ」
「うちの姉は相変わらずな感じだし、そんなつもりじゃなかったんだけど……」
「そもそも、ブラック企業なんかに務めるから正気を失うんだよ。だから、大学を卒業するとき『うちの会社に来い』ってしつこく言ったんだ」
セイちゃんは大学在学中に起業した。そして俺が就職活動を始める頃には、すでに会社は波に乗っていた。
業種は、クラウド系のITサービス。SNS関連のPR事業を軸にスタートしたが、業績が上がるなり小規模クラウド事業に携わる会社を買収。その後、あれよあれよという間に勢いを増し、グロース市場に上場。現在は地方自治体の案件も受注している……と、この前ネットで見た。
一方で、俺に何度も『うちの会社に来い』と声をかけてくれていた。しかしあまり世話になるのも悪いと考え、結局は別の会社に就職したわけだけど。そこで、まんまとブラック上司にハマってしまい、精神をすり減らす日々を送る羽目になったのである。
セイちゃんと疎遠になったのも、ちょうどその頃あたりだったか。思い返せば、男としてのプライドや嫉妬みたいな感情もあったような……どのみち、今となっては良い経験だ。
おかげで、うちの獣耳幼女たちやサリアさんに出会えたしね。もちろんゴルドさんたちのことも忘れていない。
「いや、でもなあ……俺のところに来ても、結果は変わらなかったかもな」
タバコの煙を吐き出しながら、さらにトーンダウンするセイちゃん。
どうしたのか聞けば、経営者も楽じゃないらしい。
まさに生き馬の目を抜くようなスピードで刷新されていくIT業界。その先頭を走り続けるのは、並大抵のことではない。
さらに、経済的に成功すると良からぬ輩がひっきりなしに寄ってくるらしく、「人に気を許せない生活が何よりのストレスだ」と肩を落とした。女性関係でも痛い目にあったみたいで、同情を禁じえない。
「これ、内緒の話なんだけど……実は近々、会社の株を手放して隠居しようと考えていたんだ。もうね、本気で疲れちゃったよ。サクちゃんみたいに田舎でのんびりするのもいいかもね」
「え、そうだったんだ。なんか、そうとうお疲れだね」
「まあね……こんなに髪も薄くなっちゃったし、忙しくて植毛もできない生活とか終わってるでしょ。最近じゃあ『人生とは何か』なんて考え込むことが多くなったりしてさ」
前髪をかきあげながら、力なく笑うセイちゃん。
おでこからくるタイプのようで、生え際はかなり後退気味。苦しい抵抗を強いられている。ただ顔が整っているから、それはそれで味がある。
あと本人はストレスのせいだと認識しているようだけど……たぶん遺伝だろうなあ。だって、親父さんとそっくりだもん。
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