我が家と異世界がつながり、獣耳幼女たちのお世話をすることになった件【書籍化決定!】

木ノ花

文字の大きさ
74 / 90
第二章

第74話 少年の誤解

しおりを挟む
 清潔感がある、とはお世辞にも言い難い。
 見知らぬ獣人の少年が着用する衣服は擦り切れており、デザインは非常に簡素。足元はボロボロの革を紐でくくりつけ、靴とも思えぬ靴を履いている……いや、これはもう『装着している』が正解か。

 黒い短髪の毛先は不揃いで、浮いた脂や付着した汚れが目立つ。その頭部に生える同色の被毛に包まれた三角の獣耳も、やはりまったく艶がなく……腰の後ろからちらっと覗く尻尾も似たような状態だ。どことなく、出会ったばかりのうちの獣耳幼女たちの姿を彷彿させる。

 背丈は俺の胸に届かないくらい。顔立ちには、まだ幼さが残っている――ざっと視線を巡らせ、見知らぬ獣人の少年の姿を確認する。
 
 それに合わせ、何者なのかおおよそ見当をつけていた。十中八九、この廃聖堂の孤児院で暮らしていた年長組の孤児の一人だろう。

「あ、タリク!」

「ほんとだ、タリクだ! なんでここにいるの?」

 答え合わせをするまでもない。小走りでやってきたエマとリリが、俺の足にしがみつく。それから揃って少年を指さし、『タリク』という名を口にした。
 
 この間にサリアさんも移動を済ませており、気づけば真横に立って警戒感をあらわにしている。ただ一人、ルルは……。

「ふにゃぁぁああああああっ!」

 なぜか泣きながら、俺の体をよじ登ろうとしていた。
 行動自体は先ほどと変わらないけど、必死さがぜんぜん違う。まるで大嫌いな相手から逃げるような……とにかくすぐに抱き上げ、背中をぽんぽんして落ち着かせる。

「どうしたのかな、ルル。大丈夫だよ。俺とサリアさんがいるから、安心してね」

「ルルは、まだキライなのかなぁ……タリクたちに、よくごはんとられてたから」

 エマが言うには、タリクくんはやはり孤児院でともに暮らしていた年長組の一人らしい。そして年少組だったうちの獣耳幼女たちは、よくごはんを取られていたのだとか。

 俺の予想は正解だった。それに、これだけ嫌がられる理由にも納得だ。
 貧しい孤児院での生活。体格などを考慮すれば、同情の余地はある。とはいえ、食べ物の恨みは長く尾を引く。

 まして食べるのが大好きなルルのことだ。そう簡単には許してもらえまい。ツライ時期の記憶を思い出し、動揺しているせいもあるだろう。

「そ、それは、悪かったって言ってるだろ! だから、ときどき食べ物を渡してたんじゃないか! ていうか、ルルがしゃべってる!?」

 ああ、そうか。タリクくんも、ルルの声を聞くのはこれが初めてなのか。驚いて当然だ。それと、エマが前に『ときどき年長の孤児たちがたまに食料を持ってきてくれる』と言っていたっけ。俺と出会う前の話だ。

 だとすると、彼は恩人とも言える。その食料がなければ、俺たちが出会うことはなかったかも……ダメだ。もしそうなっていたらと想像するだけで、たちまち胸がきゅっと苦しくなる。

「それで、お前は何しに姿を現したのだ。この聖堂に用事でもあったのか?」

「あ、そうだった……お前ら、この聖堂にイタズラするな! それに、エマたちをさらってドレイにするつもりだろ! 今すぐその手をはなせ!」

 ルル、エマ、リリ、と順番に獣耳ごと頭を撫で回して心を落ち着かせる。その横でサリアさんが腕を組みつつ話を先に進めてくれた……のだが、タリクくんの盛大な勘違いが判明した。

 真相は正反対。俺は完全にこの子たちの保護者となり、廃聖堂は修繕が開始されたばかりだ。

「わたしたち、ドレイになるの?」

「リリたちは、サリアといっしょ?」

「じゃあいいね! いまといっしょだね!」

 顔を見合わせ、きゃっきゃと笑うエマとリリ。ルルは……俺の胸元に顔をぐいぐいして、鼻水を服になすりつけていた。あとでちーんしようね。

 それで、タリクくんはどうして勘違いしてしまったのかな。敵意を向けられたままは困るから、きちんと説明しておかねば。

「タリクくん。俺は誓って人攫いなんかじゃないから安心して。奴隷なんてもっとありえないよ」

「うそつけ、その女の人はドレイじゃないか! その首輪がドレイの印だって知ってるぞ!」

 言って、距離を詰めてくるタリクくん。
 え、誰のこと……と首をかしげそうになって、俺ははたと気づく。そういえば、サリアさんは奴隷だったね。自由すぎてすっかり忘れていた。

 でも、確かにこの黒いチョーカー(首輪)は誤解を生むな。タリクくんの年齢を考えれば、エマたちを奴隷にしようと企む悪い大人と勘違いしても無理はない。

 だったら、もうサリアさんを解放してしまおうか。信頼関係をしっかり構築できている現状、何が変わるわけでもない。俺にとっては家族みたいなものだ……が、果たして本人が望むかどうか。

「タリクくん、この人には特別な事情があるんだ。とはいえ、俺としても本意じゃないからね。本人が解放を望むなら喜んで応じるつもりだよ。そんなわけで、サリアさん。もしよかったら、奴隷から解放するけど……」

「なんで!? いやだっ! 私だけ仲間外れにするつもりか!」

「でも、ほら。この子みたいに勘違いする人がいるかもだし、関係はこれまでと変わらないから……」

「サクタロー殿は、そうやって私を捨てるつもりなんだろ! いやだっ、いやだいやだ! このままみんなで楽しく愉快に暮らすんだ――」

 拒絶すると同時にしゅばっと地面へ寝転がり、全力でバタつくサリアさん。
 ぐーたらだけど、やるときはやる人。護衛の仕事は完璧だし、俺が困っていたら必ず助けてくれる――最近はそんな感じだったから、またしても忘れていた。

 サリアさんは、基本は本能のままに生きる自由人である。それゆえ人目や常識などまったく気にならず、どんな状況であろうと全力で駄々を捏ねられるのだ。

 これには、タリクくんもドン引きの様子。うちの獣耳幼女たちにも盛大に笑われている……これでは、どっちが子どもかわかったものではない。

「サリアさん、わかったから……まだ奴隷のままでいいからさ。ね、だから起き上がって」

「本当か? 嘘じゃないな? あと夜にレモンサワーもう一本追加してくれるか? フィーナの分もいいか?」

「はいはい、わかったから立ちなさいって。ほら、こんなに服を汚しちゃってもう」

 背中が土まみれだ。我が家へ戻ったら洗面所へ一直線だね。髪も汚れているからお風呂に入ってもらわないと。

 サリアさんの背中をはたいていると、獣耳幼女たちも手伝ってくれた。楽しげにしているので、何かの遊びだと勘違いしているみたい。抱っこされたままのルルもすっかりご機嫌だ。

「ドレイって、そんなにいいものなのか……?」

 おっと、いけない。タリクくんに、間違った社会常識を抱かせるところだった。できるならば、奴隷にはならずに生きていく方がいいに決まっている。どうか道を踏み外さないでね。

 それはともかく、どうにか誤解を……と俺が思考を巡らせようとしたそのとき。不意に、『くう』とタリクくんのお腹から音が聞こえてくる。

 改めてよく見れば、だいぶ線が細い……よし、何か食べさせよう。お腹がすいているとろくな考えが浮かばないからね。さっきの奴隷云々もそのせいに違いない。何より、目の前でひもじい思いをしている子どもを放っておけない。

 我が家へお招きするのは難しいけど、廃聖堂で軽く食事をふるまおう。
 ついでに、彼の近況や他の孤児たちがどう生活しているか聞かせてもらいたい。いろいろと気になっていたところなので、ちょうどいい機会だ。
しおりを挟む
感想 78

あなたにおすすめの小説

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

異世界に転生してチートを貰ったけど、家族にハメられて敵国の捕虜になったら敵国の王子に求婚されました。

naturalsoft
恋愛
私は念願の異世界転生でチートをもらって旅立った。チートの内容は、家事、芸術、武芸などほぼ全ての能力がそつなくプロレベルに、こなせる万能能力だった。 しかし、何でも1人でやってしまうため、家族に疎まれて殺されそうになりました。そして敵国の捕虜になったところで、向こうの様子がおかしくて・・・? これは1人で何でもこなしていた弊害で国が滅ぶ寸前までいったお話です。

婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています

ゆっこ
恋愛
 「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」  王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。  「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」  本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。  王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。  「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」

もうすぐ帰って来る勇者様と私の結婚式が3日後ですが、プロポーズされていないといくら言っても誰も信じてくれません

まつめ
恋愛
3日後に村をあげての盛大な結婚式がある。それはもうすぐやって来る勇者様と自分の結婚式。けれど勇者様は王都の聖女様と結婚すると決まっている。私は聖女様の代わりに癒し手として勇者様を治療してきた、だから見事魔王を打ち破って帰って来た時、村人達は私が本物の聖女だと勘違い。私がいくら否定しても誰も聞いてはくれない。王様との謁見を終えてもうすぐ勇者様が村に帰って来る。私は一度も好きだと言われてないし、ましてや結婚しようとプロポーズも受けていない。村人達はお祭り騒ぎで結婚式の準備は加速していく。どうしようと困っているのに、心の奥底で「もしかしたら……」と大好きな勇者様が自分を選んでくれる未来を淡く期待して流されてしまう私なのだった。どうしよう……でもひょっとして私と結婚してくれる?

「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。 ある日、夢をみた。 この国の未来を。 それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。 彼は言う。 愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?

夫が「未亡人を我が家で保護する」と言ってきました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
伯爵夫人カタリナの前に、夫が“行くあてのない未亡人”を連れて帰ってきた。 夫は「保護だ」と言い張り、未亡人を家に住まわせようとするが──その素性には不審な点が多すぎた。 問いただしても夫は曖昧な説明ばかり。 挙げ句の果てには「ずっと家にいればいい」「家族になればいいだろう」と、未亡人を第2夫人にする気満々。 家を守るため、カタリナは未亡人の身元を調査する。 そして判明するのは……? ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。

最安もふもふ三匹に名前をつける変な冒険者ですが、この子たちの力を引き出せるのは私だけです ~精霊偏愛録~

Lihito
ファンタジー
精霊に名前をつける冒険者は、たぶん私だけだ。 うさぎのノル、狐のルゥ、モモンガのピノ。三匹とも最安の契約で、手のひらに乗るサイズ。周りからは「手乗り精霊で何ができる」と笑われている。 でも、この子たちへの聞き方を変えるだけで、返ってくる答えはまるで違う。三匹の情報を重ねれば、上位の精霊一体では見えないものが見える。 上位パーティが三度失敗した大型討伐。私は戦わない。ノルに地中を、ピノに上空を、ルゥに地上を調べさせて、答えを組み上げる。 ——この世界の精霊の使い方、みんな間違ってませんか?

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

処理中です...