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第一章
第18話 お礼のティーカップ
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「とにかく大事なくてよかった。さあ皆の者、急ぎ茶の用意をせよ。きっとサクタロー殿も喉が乾いていることであろう」
ご明察のとおりカラカラだ……お心遣い痛み入ります。
前回と同様、お付きの方々の手によってテーブルなどが手際よく運び込まれ、俺とゴルドさんは対面する形で椅子に腰を落ち着けた。
ややあってメイドさんが淹れてくれた茶を一口いただき、ようやく手の震えがおさまる。
「災難でしたな、サクタロー殿。この聖堂から少し行くと『貧民窟』に差しかかる。大方、そこから這い出てきた輩であろう。チョロチョロと逃げ足が早く、いくら駆除しても湧いてくるのでキリがないと衛兵どもが嘆いておった。まったく、ドブネズミのようなやつらよ」
廃聖堂の周辺はいわゆる裏町にあたり、主に低所得者層の住むエリアになっているそうだ。そしてもっと貧しい極貧層は、街はずれにある貧民窟(スラム)へと流れていく。他にもスネに傷を持つ者や不浪人などが多く住み着いているらしい。
なるほど。世界は違えども、後ろ暗い連中は荒れた場所を好むようだ。
よほど煩わしいのか、ゴルドさんは忌々しげに眉間のシワをいっそう深めておられる。
「そういえば、あいつら『フラーテル』? がどうとか言ってましたけど……」
「ああ、どうせハッタリなので気にする必要はない。ラクスジットの破落戸は、どいつもこいつもその名を口にするのでな」
貧民窟では実際にフラーテルなる徒党が幅をきかせ、馬鹿にならない影響力を持つ。そして悪知恵の働くチンピラどもが威を借る狐とばかりに、脅し文句としてこぞってその名を口にするようになった。
その旨の説明を受け、俺はほっとため息をつく。いつの間にか地場の犯罪組織に目をつけられていたなんて洒落にならない。
「それなら安心しました……あ、そうだ。助けていただいたお礼に、こちらを贈らせてください」
俺はスーツケースから立派な木製の化粧箱を取りだし、よく見えるようテーブル中央にのせる。ゆっくり蓋をあければ、ふわふわの緩衝材に埋もれる白磁のティーセットが顔をのぞかせた。
日本で一万円もした高級品だ。もちろん命の恩には到底足りないけれど、あいにく今すぐ渡せる値打ち品はこれくらいのもの。
「こ、これは!? 東方からの舶来品……いや、比較にならぬほど高品質だ。見よ、ケネト。ただでさえ貴重な白磁に高貴な金彩がふんだんに使われておるぞ。なんと見事な……そもそも我らが普段目にする物よりも断然白い。加えて信じられぬほど薄く、形は計算され尽くしたかのように精緻。これぞ珠玉の逸品というに相応しい」
「ええ、あまりの美しさに呼吸を忘れて見入ってしまうところでした。そのうえ持ち手のついた意匠とは大変めずらしい……」
「うむ、仮に貴族の『家宝』と言われても驚くまいよ。サクタロー殿、手にとって見てもよいだろうか?」
「はい。差し上げる物ですから、ご自由になさってください」
俺の返事を待ってから、ゴルドさんは白磁のカップを恐々と持ちあげ、背後に控えていたケネトさんと一緒に品定めを始める。それからしばらくの間、称賛と感嘆の唸り声が止むことはなかった。
喜ばれるのではないかと思っていたけれど、ここまでの反応は予想外。正直、ちょっとコワいくらいだ。
「手触りまで素晴らしく、非の打ち所がない……いやはや恐れ入る。まさかこれほど貴重な『ヨウレンの磁器』をお持ちとは、サクタロー殿には驚かされてばかりだ」
「そんなに珍しいものですか?」
「極めて珍しい……少なくとも私は初めて目にした。美しさもさることながら、この取っ手のある型は一点ものに違いない。根拠は磁器の仕入先、つまり『ヨウレン』の風習にある」
遠く離れた東方に存在する大国、ヨウレン――かの地で白い茶器は生産され、はるばる船で運ばれてくる。他にも絹や茶葉や香辛料など、同様の経路で持ちこまれる交易品は多数ある。
そしてヨウレンの茶器といえば、生活様式の観点から『取っ手ナシ』が一般的。ゆえにその希少価値は計り知れない。
ゴルドさんは嘆息まじりにそう答え、ティーカップを丁寧な手付きで化粧箱に戻した。
「東方の大国ですか……」
まるで地球史における『大航海時代』のエピソードである。
俺は以前、異世界の市場を観察して『異世界の文明は近世初頭のヨーロッパに近い』と結論づけたけれど、そのイメージはわりと正鵠を得たものだったようだ。
不思議なことに、異世界は地球と似たような歴史を歩んでいるらしい。そのうえ、地理的にも似通っていそうな気配を感じる。
「サクタロー殿。せっかくではあるが、この茶器は受け取れぬ。礼としてはあまりに過剰ゆえ」
「いえいえ。私の気持ちですので、ぜひお受け取りください」
「しかし、流石にこれは……」
ティーセットの化粧箱を間に挟み、受け取ってほしい、いやいや受け取れない、なんてやり取りをしばらく繰り返す。だがこうしていては埒が明かないのかと思ったのか、最終的にはゴルドさんが折れる形となった。
「ほんの気持ちばかりの品で恐縮ですが、どうぞお納めください」
「今回はご厚意に甘えさせていただく。サクタロー殿、心より感謝を申しあげる。ところで、先日ご依頼いただいた件についてお伝えしたいのだが……」
一段落したところで、仕切り直すように本題を切りだすゴルドさん。
内容は言うまでもなくこの廃聖堂にまつわるもの。前回の商談の終わりに、俺は土地と建物の使用権を得るべく手続きの代行をお願いしていた。
ご明察のとおりカラカラだ……お心遣い痛み入ります。
前回と同様、お付きの方々の手によってテーブルなどが手際よく運び込まれ、俺とゴルドさんは対面する形で椅子に腰を落ち着けた。
ややあってメイドさんが淹れてくれた茶を一口いただき、ようやく手の震えがおさまる。
「災難でしたな、サクタロー殿。この聖堂から少し行くと『貧民窟』に差しかかる。大方、そこから這い出てきた輩であろう。チョロチョロと逃げ足が早く、いくら駆除しても湧いてくるのでキリがないと衛兵どもが嘆いておった。まったく、ドブネズミのようなやつらよ」
廃聖堂の周辺はいわゆる裏町にあたり、主に低所得者層の住むエリアになっているそうだ。そしてもっと貧しい極貧層は、街はずれにある貧民窟(スラム)へと流れていく。他にもスネに傷を持つ者や不浪人などが多く住み着いているらしい。
なるほど。世界は違えども、後ろ暗い連中は荒れた場所を好むようだ。
よほど煩わしいのか、ゴルドさんは忌々しげに眉間のシワをいっそう深めておられる。
「そういえば、あいつら『フラーテル』? がどうとか言ってましたけど……」
「ああ、どうせハッタリなので気にする必要はない。ラクスジットの破落戸は、どいつもこいつもその名を口にするのでな」
貧民窟では実際にフラーテルなる徒党が幅をきかせ、馬鹿にならない影響力を持つ。そして悪知恵の働くチンピラどもが威を借る狐とばかりに、脅し文句としてこぞってその名を口にするようになった。
その旨の説明を受け、俺はほっとため息をつく。いつの間にか地場の犯罪組織に目をつけられていたなんて洒落にならない。
「それなら安心しました……あ、そうだ。助けていただいたお礼に、こちらを贈らせてください」
俺はスーツケースから立派な木製の化粧箱を取りだし、よく見えるようテーブル中央にのせる。ゆっくり蓋をあければ、ふわふわの緩衝材に埋もれる白磁のティーセットが顔をのぞかせた。
日本で一万円もした高級品だ。もちろん命の恩には到底足りないけれど、あいにく今すぐ渡せる値打ち品はこれくらいのもの。
「こ、これは!? 東方からの舶来品……いや、比較にならぬほど高品質だ。見よ、ケネト。ただでさえ貴重な白磁に高貴な金彩がふんだんに使われておるぞ。なんと見事な……そもそも我らが普段目にする物よりも断然白い。加えて信じられぬほど薄く、形は計算され尽くしたかのように精緻。これぞ珠玉の逸品というに相応しい」
「ええ、あまりの美しさに呼吸を忘れて見入ってしまうところでした。そのうえ持ち手のついた意匠とは大変めずらしい……」
「うむ、仮に貴族の『家宝』と言われても驚くまいよ。サクタロー殿、手にとって見てもよいだろうか?」
「はい。差し上げる物ですから、ご自由になさってください」
俺の返事を待ってから、ゴルドさんは白磁のカップを恐々と持ちあげ、背後に控えていたケネトさんと一緒に品定めを始める。それからしばらくの間、称賛と感嘆の唸り声が止むことはなかった。
喜ばれるのではないかと思っていたけれど、ここまでの反応は予想外。正直、ちょっとコワいくらいだ。
「手触りまで素晴らしく、非の打ち所がない……いやはや恐れ入る。まさかこれほど貴重な『ヨウレンの磁器』をお持ちとは、サクタロー殿には驚かされてばかりだ」
「そんなに珍しいものですか?」
「極めて珍しい……少なくとも私は初めて目にした。美しさもさることながら、この取っ手のある型は一点ものに違いない。根拠は磁器の仕入先、つまり『ヨウレン』の風習にある」
遠く離れた東方に存在する大国、ヨウレン――かの地で白い茶器は生産され、はるばる船で運ばれてくる。他にも絹や茶葉や香辛料など、同様の経路で持ちこまれる交易品は多数ある。
そしてヨウレンの茶器といえば、生活様式の観点から『取っ手ナシ』が一般的。ゆえにその希少価値は計り知れない。
ゴルドさんは嘆息まじりにそう答え、ティーカップを丁寧な手付きで化粧箱に戻した。
「東方の大国ですか……」
まるで地球史における『大航海時代』のエピソードである。
俺は以前、異世界の市場を観察して『異世界の文明は近世初頭のヨーロッパに近い』と結論づけたけれど、そのイメージはわりと正鵠を得たものだったようだ。
不思議なことに、異世界は地球と似たような歴史を歩んでいるらしい。そのうえ、地理的にも似通っていそうな気配を感じる。
「サクタロー殿。せっかくではあるが、この茶器は受け取れぬ。礼としてはあまりに過剰ゆえ」
「いえいえ。私の気持ちですので、ぜひお受け取りください」
「しかし、流石にこれは……」
ティーセットの化粧箱を間に挟み、受け取ってほしい、いやいや受け取れない、なんてやり取りをしばらく繰り返す。だがこうしていては埒が明かないのかと思ったのか、最終的にはゴルドさんが折れる形となった。
「ほんの気持ちばかりの品で恐縮ですが、どうぞお納めください」
「今回はご厚意に甘えさせていただく。サクタロー殿、心より感謝を申しあげる。ところで、先日ご依頼いただいた件についてお伝えしたいのだが……」
一段落したところで、仕切り直すように本題を切りだすゴルドさん。
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