36 / 90
第一章
第36話 来訪の理由と甘口カレー
しおりを挟む
「ところで、お二人はどうしてこちらへ?」
俺もジョッキに口をつけながら、場の空気を落ち着ける意味でも気になっていた話題を振る。
この問いに答えてくれたのはケネトさん。整ったこげ茶色のヒゲに泡を乗せたまま、和やかな口調で語りだす。
「珍しくも良質な衣服を着た御仁が童女らを連れ、何やら街を歩き回っていると報告があったのです」
どうやら、俺たちのラクスジット観光の噂が届いてしまったようだ。
一方、情報を得たゴルドさんたちは、こちらの身の安全を考えて合流すべく捜索を開始。その途中、例の薄汚い探索者四人組を見つけ出したという。
「ですが時すでに遅く、ずいぶん前に帰還したと聞かされました。そこで我々はいったん引き上げたのです。けれども我が主は、『また破落戸どもに目をつけられてはいまいか』と案じておりました」
あの探索者たち、武装した護衛の方々に囲まれて事情聴取されたそうだ。ちょっと気の毒に思う……また会ったらお詫びしよう、と俺は心に留めた。
それはともかく、ゴルドさんたちはいったん帰宅したにもかかわらず、こうして駆けつけてくれた。サリアさんがいるとはいえ、注目の的になったばかり。不測の事態があってはいけない、と。
さらに俺の姿をひと目確認せねばと廃聖堂内を探索した結果、この地下通路の発見に至る。
「なるほど、いろいろとご心配をおかけして申し訳ない」
「なに、こちらが勝手に気を揉んだだけのこと。サクタロー殿はお気に召されるな」
俺の謝辞に対し、ゴルドさんはマフィアのファーザーもかくやの笑みを浮かべて応じる。
強面すぎるが、本当にいい人だ。これで商人だというのだから、ちゃんとやれているのか逆に心配になってくる。彼らが困っているときは必ず力になろう。
「それにしても、サクタロー殿には驚かされてばかりであるな。いやはや、神の抜け道がこのような場所に存在するなど思いもせなんだ」
言って、残り少ないビールをぐいっと飲み干すゴルドさん。
その視線は真っすぐこちらへ向けられている――ひいては、この通路の先が気になって仕方がないといった様子。
まあ、それは後ほどってことで。
よし、そろそろメインディッシュを持ってくるか。
俺はいったんキッチンへ引っ込み、温め直したカレーの鍋と炊飯器、福神漬けのタッパーや皿などを順に地下通路へ運び込み、物置用のテーブルへ置いていく。
続いて、カレーライスを盛りつけた皿を全員の前にサーブした……のだが、そこで場の空気が凍りついた。
「……サクタロー殿。匂いは良いが、これは本当に食べ物なのか?」
鼻をくんくんやりながら尋ねてくるサリアさん。
食べ物かどうか迷うとか、やはりカレーの見栄えは不評らしい……エマとルルも、へにょんと獣耳を倒して悲しそう。ああ、おいたわしや。
ゴルドさんとケネトさんも、のけぞって絶句している――だが、すかさず救世主が弾むような声をあげた。
「わーい、カレーだ! いただきますっ!」
自分専用のキッズスプーンを高々と掲げたのは、誰あろうリリだった。この子だけは調理中に味見していたので、特に抵抗はないのである。
続けて全員の注目を集めつつ、皿のカレーライスをひと掬いしてパクリ、もぐもぐ……ゴクリと喉を動かしたら、ぱっと破顔して再び口を開く。
「う~ん、おいしいっ! ねぇサクタロー、なんでみんなたべないの? リリがぜんぶたべてもいい?」
「もちろん、たくさん食べてね。でも、せっかくリリがお手伝いしてくれたんだし、皆にも食べてもらいたくない?」
俺の問いかけに、リリは元気よく「たべてほしい!」とお返事してくれた。
この素直な反応に影響されたのか、エマが「いただきますっ!」と言ってスプーンを持つ。次いで、意を決した様子でカレーライスをもぐもぐと……犬っぽい獣耳をピコピコ動かしながら目を白黒させ、最終的にぱっと明るい笑顔を浮かべる。
「お、おいしいっ! これリリがおてつだいしたの? すごいね!」
「ね、おいしいよね! リリね、おなべたくさんグルグルしたんだよ!」
エマとリリは顔を見合わせてニッコリ笑うと、カレーライスをもりもり食べ始めた。
ここでサリアさんが動く。間をおかずゴルドさんとケネトさんも、ステンレスのスプーンを手に取ってカレーライスを口に運ぶ。すると、立て続けに感嘆の声が上がった。
「な、なんたる美味……ッ! 香り高く、奥深く、複雑な味わいが見事に調和しておる! 神々の晩餐に供される逸品と言われても驚かぬぞ」
「ええ、これは本当に素晴らしい……おそらく、香辛料がふんだんに使われていると思うのですが、その過程がまったく想像できません」
ゴルドさんとケネトさんは、うまいうまいと取り憑かれたみたいにスプーンを動かす。サリアさんなんて、とっくに無言でかっくらっている。
よかった、お口に合ったようだ。幼女たちでも食べやすいよう今回は甘口を用意したが、初カレーは刺激弱めでちょうど良かったかもしれない。
唯一ルルだけは、スプーンを手に取らない……あ、取った。
それから流れるような身のこなしで椅子を降りたかと思えば、俺の元へやって来てスルリと膝の上に収まった。さらにこちらを仰ぎ見て、パカッと口を開く。
これは、催促だ。
食べさせろ、とキラキラの青い瞳が雄弁に語っている。
甘やかすのはよくないんだよなあ……でも、こんなに可愛いんだもの。今日くらいはいいよね、の精神でカレーを食べさせてあげることにした。まだあまり上手にスプーンを使えないしね。
当然、エマとリリから『ズルい!』のクレームが入ったので、交代で食べさせて回る。おまけに、大人たちのおかわりを皿によそったりして、俺だけとても忙しいディナータイムとなった。
ほどなく、鍋と炊飯器の中身は空となる。
結局カレーライスをぺろりと平らげたみんなは至福の表情を浮かべ、ゆったりとした食休みを過ごした。これで幼女たちの白米に対する認識も変わったはず。大満足である。
その後、俺のおもてなしミッションは最終フェーズに突入。
ゲスト二人と護衛のサリアさんを連れ、軽く我が家を案内してみせた。
その際、何気なく交わされた会話でちょっと曖昧な返答をしてみたところ……。
「やはりサクタロー殿は、遥か遠き大国のやんごとなきご身分であらせられたか!」
「これまでのご無礼、ご容赦賜りますよう伏してお願い申し上げます」
ゴルドさんとケネトさんは、盛大に真意を読み間違ってしまう。
完全に誤解している。さらには我が家のリビングで両手を組んで跪き、俺に頭を垂れるのであった……こちらこそ、なんかごめんなさい。
俺もジョッキに口をつけながら、場の空気を落ち着ける意味でも気になっていた話題を振る。
この問いに答えてくれたのはケネトさん。整ったこげ茶色のヒゲに泡を乗せたまま、和やかな口調で語りだす。
「珍しくも良質な衣服を着た御仁が童女らを連れ、何やら街を歩き回っていると報告があったのです」
どうやら、俺たちのラクスジット観光の噂が届いてしまったようだ。
一方、情報を得たゴルドさんたちは、こちらの身の安全を考えて合流すべく捜索を開始。その途中、例の薄汚い探索者四人組を見つけ出したという。
「ですが時すでに遅く、ずいぶん前に帰還したと聞かされました。そこで我々はいったん引き上げたのです。けれども我が主は、『また破落戸どもに目をつけられてはいまいか』と案じておりました」
あの探索者たち、武装した護衛の方々に囲まれて事情聴取されたそうだ。ちょっと気の毒に思う……また会ったらお詫びしよう、と俺は心に留めた。
それはともかく、ゴルドさんたちはいったん帰宅したにもかかわらず、こうして駆けつけてくれた。サリアさんがいるとはいえ、注目の的になったばかり。不測の事態があってはいけない、と。
さらに俺の姿をひと目確認せねばと廃聖堂内を探索した結果、この地下通路の発見に至る。
「なるほど、いろいろとご心配をおかけして申し訳ない」
「なに、こちらが勝手に気を揉んだだけのこと。サクタロー殿はお気に召されるな」
俺の謝辞に対し、ゴルドさんはマフィアのファーザーもかくやの笑みを浮かべて応じる。
強面すぎるが、本当にいい人だ。これで商人だというのだから、ちゃんとやれているのか逆に心配になってくる。彼らが困っているときは必ず力になろう。
「それにしても、サクタロー殿には驚かされてばかりであるな。いやはや、神の抜け道がこのような場所に存在するなど思いもせなんだ」
言って、残り少ないビールをぐいっと飲み干すゴルドさん。
その視線は真っすぐこちらへ向けられている――ひいては、この通路の先が気になって仕方がないといった様子。
まあ、それは後ほどってことで。
よし、そろそろメインディッシュを持ってくるか。
俺はいったんキッチンへ引っ込み、温め直したカレーの鍋と炊飯器、福神漬けのタッパーや皿などを順に地下通路へ運び込み、物置用のテーブルへ置いていく。
続いて、カレーライスを盛りつけた皿を全員の前にサーブした……のだが、そこで場の空気が凍りついた。
「……サクタロー殿。匂いは良いが、これは本当に食べ物なのか?」
鼻をくんくんやりながら尋ねてくるサリアさん。
食べ物かどうか迷うとか、やはりカレーの見栄えは不評らしい……エマとルルも、へにょんと獣耳を倒して悲しそう。ああ、おいたわしや。
ゴルドさんとケネトさんも、のけぞって絶句している――だが、すかさず救世主が弾むような声をあげた。
「わーい、カレーだ! いただきますっ!」
自分専用のキッズスプーンを高々と掲げたのは、誰あろうリリだった。この子だけは調理中に味見していたので、特に抵抗はないのである。
続けて全員の注目を集めつつ、皿のカレーライスをひと掬いしてパクリ、もぐもぐ……ゴクリと喉を動かしたら、ぱっと破顔して再び口を開く。
「う~ん、おいしいっ! ねぇサクタロー、なんでみんなたべないの? リリがぜんぶたべてもいい?」
「もちろん、たくさん食べてね。でも、せっかくリリがお手伝いしてくれたんだし、皆にも食べてもらいたくない?」
俺の問いかけに、リリは元気よく「たべてほしい!」とお返事してくれた。
この素直な反応に影響されたのか、エマが「いただきますっ!」と言ってスプーンを持つ。次いで、意を決した様子でカレーライスをもぐもぐと……犬っぽい獣耳をピコピコ動かしながら目を白黒させ、最終的にぱっと明るい笑顔を浮かべる。
「お、おいしいっ! これリリがおてつだいしたの? すごいね!」
「ね、おいしいよね! リリね、おなべたくさんグルグルしたんだよ!」
エマとリリは顔を見合わせてニッコリ笑うと、カレーライスをもりもり食べ始めた。
ここでサリアさんが動く。間をおかずゴルドさんとケネトさんも、ステンレスのスプーンを手に取ってカレーライスを口に運ぶ。すると、立て続けに感嘆の声が上がった。
「な、なんたる美味……ッ! 香り高く、奥深く、複雑な味わいが見事に調和しておる! 神々の晩餐に供される逸品と言われても驚かぬぞ」
「ええ、これは本当に素晴らしい……おそらく、香辛料がふんだんに使われていると思うのですが、その過程がまったく想像できません」
ゴルドさんとケネトさんは、うまいうまいと取り憑かれたみたいにスプーンを動かす。サリアさんなんて、とっくに無言でかっくらっている。
よかった、お口に合ったようだ。幼女たちでも食べやすいよう今回は甘口を用意したが、初カレーは刺激弱めでちょうど良かったかもしれない。
唯一ルルだけは、スプーンを手に取らない……あ、取った。
それから流れるような身のこなしで椅子を降りたかと思えば、俺の元へやって来てスルリと膝の上に収まった。さらにこちらを仰ぎ見て、パカッと口を開く。
これは、催促だ。
食べさせろ、とキラキラの青い瞳が雄弁に語っている。
甘やかすのはよくないんだよなあ……でも、こんなに可愛いんだもの。今日くらいはいいよね、の精神でカレーを食べさせてあげることにした。まだあまり上手にスプーンを使えないしね。
当然、エマとリリから『ズルい!』のクレームが入ったので、交代で食べさせて回る。おまけに、大人たちのおかわりを皿によそったりして、俺だけとても忙しいディナータイムとなった。
ほどなく、鍋と炊飯器の中身は空となる。
結局カレーライスをぺろりと平らげたみんなは至福の表情を浮かべ、ゆったりとした食休みを過ごした。これで幼女たちの白米に対する認識も変わったはず。大満足である。
その後、俺のおもてなしミッションは最終フェーズに突入。
ゲスト二人と護衛のサリアさんを連れ、軽く我が家を案内してみせた。
その際、何気なく交わされた会話でちょっと曖昧な返答をしてみたところ……。
「やはりサクタロー殿は、遥か遠き大国のやんごとなきご身分であらせられたか!」
「これまでのご無礼、ご容赦賜りますよう伏してお願い申し上げます」
ゴルドさんとケネトさんは、盛大に真意を読み間違ってしまう。
完全に誤解している。さらには我が家のリビングで両手を組んで跪き、俺に頭を垂れるのであった……こちらこそ、なんかごめんなさい。
277
あなたにおすすめの小説
一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました
由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。
ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。
遠い存在になったはずの彼。
けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。
冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。
婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています
ゆっこ
恋愛
「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」
王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。
「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」
本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。
王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。
「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」
もうすぐ帰って来る勇者様と私の結婚式が3日後ですが、プロポーズされていないといくら言っても誰も信じてくれません
まつめ
恋愛
3日後に村をあげての盛大な結婚式がある。それはもうすぐやって来る勇者様と自分の結婚式。けれど勇者様は王都の聖女様と結婚すると決まっている。私は聖女様の代わりに癒し手として勇者様を治療してきた、だから見事魔王を打ち破って帰って来た時、村人達は私が本物の聖女だと勘違い。私がいくら否定しても誰も聞いてはくれない。王様との謁見を終えてもうすぐ勇者様が村に帰って来る。私は一度も好きだと言われてないし、ましてや結婚しようとプロポーズも受けていない。村人達はお祭り騒ぎで結婚式の準備は加速していく。どうしようと困っているのに、心の奥底で「もしかしたら……」と大好きな勇者様が自分を選んでくれる未来を淡く期待して流されてしまう私なのだった。どうしよう……でもひょっとして私と結婚してくれる?
「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」
イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。
ある日、夢をみた。
この国の未来を。
それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。
彼は言う。
愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?
夫が「未亡人を我が家で保護する」と言ってきました【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
伯爵夫人カタリナの前に、夫が“行くあてのない未亡人”を連れて帰ってきた。
夫は「保護だ」と言い張り、未亡人を家に住まわせようとするが──その素性には不審な点が多すぎた。
問いただしても夫は曖昧な説明ばかり。
挙げ句の果てには「ずっと家にいればいい」「家族になればいいだろう」と、未亡人を第2夫人にする気満々。
家を守るため、カタリナは未亡人の身元を調査する。
そして判明するのは……?
⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。
最安もふもふ三匹に名前をつける変な冒険者ですが、この子たちの力を引き出せるのは私だけです ~精霊偏愛録~
Lihito
ファンタジー
精霊に名前をつける冒険者は、たぶん私だけだ。
うさぎのノル、狐のルゥ、モモンガのピノ。三匹とも最安の契約で、手のひらに乗るサイズ。周りからは「手乗り精霊で何ができる」と笑われている。
でも、この子たちへの聞き方を変えるだけで、返ってくる答えはまるで違う。三匹の情報を重ねれば、上位の精霊一体では見えないものが見える。
上位パーティが三度失敗した大型討伐。私は戦わない。ノルに地中を、ピノに上空を、ルゥに地上を調べさせて、答えを組み上げる。
——この世界の精霊の使い方、みんな間違ってませんか?
【完結】嫌われ公女が継母になった結果
三矢さくら
恋愛
王国で権勢を誇る大公家の次女アデールは、母である女大公から嫌われて育った。いつか温かい家族を持つことを夢見るアデールに母が命じたのは、悪名高い辺地の子爵家への政略結婚。
わずかな希望を胸に、華やかな王都を後に北の辺境へと向かうアデールを待っていたのは、戦乱と過去の愛憎に囚われ、すれ違いを重ねる冷徹な夫と心を閉ざした継子だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる