婚約破棄後、権大人に溺愛されて天まで昇る

あきづき

文字の大きさ
4 / 4
第四章

そんなに臆病なくせに、よくもまあ、俺を誘惑しようなんて思ったものだな。

しおりを挟む
   徐挽宁(ジョ・ワンニン)は、彼の指先が首筋をかすめるように触れたのをはっきりと感じた。敏感なその場所に、思わず身体が震える。
   吐息は熱を帯びていて、首の後ろにふわりとかかるたびに、心がざわめいた。
   あまりにも静まり返った空間に、自分の心臓の鼓動がまるで太鼓のように響いている気がした。
   ネックレスが外れた瞬間、ジョ・ワンニンは小さく呟いた。「ありがとう……」
   ルー・エンベイは見下ろすように彼女を眺め、その吐息はほんのりと温かく、彼女の髪の上をそっと撫でていった。
 「昨夜会ったことすら、もう覚えてないのか?」
   ジョ・ワンニン:「……」
   ルー・エンベイは大物で、彼は二人の関係を認めもしなかった。ジョ・ワンニンが厚かましく彼に取り入るなんて、とてもできるはずがなかった。彼女はもう二度と会うことはないと思っていたのに、まさか翌日に偶然出くわすとは──。
   しかも、相手はまさかの、彼女の恋敵の義理の叔父だった。
   いったいこれは何なんだ、この忌々しい運命は!
 「その服、とてもよく似合っているよ。」
   彼の言葉は、ジョ・ワンニンの記憶を昨夜へと引き戻した。彼女の頬は次第に熱を帯びていく。
   世間では、晟世グループの社長、ルー・エンベイは清廉潔白で欲望に無縁、冷静で淡々とした人物だと言われている。
   しかし、昨夜の彼は、その面では……まったくもって淡白とは程遠かった。
   今思い返すと、彼女はまだ腰や足のだるさを感じていた。
   ルー・エンベイは彼女のネックレスを外しながら、翡翠の玉佛の小さなペンダントをじっと見つめた。細かな細工が施された、その希少な翡翠だった。
  「乗馬はできるか?」
  「できない。」
  「教えてあげる。」
    ジョ・ワンニンは驚きを隠せなかった。
    —— 
   ジョ・ワンニンが馬場に着くと、すでに馬丁が一頭の茶色い馬を引き出していた。
   大きな馬は彼女をよりいっそう小さく見せた。馬にまたがろうと身を翻すと、蹄が前後に踏み鳴らされ、馬尾が舞い上がる埃を払った。彼女は振り落とされやしないかと不安で、足は鐙に乗せたものの、両手の置き場に困ってしまった。
   ルー・エンベイが手綱を握り、馬にまたがると、その場にいた多くの人々が意味深な表情を浮かべた。
    チェン・ボーアンは怒りで額に血管が浮き出るのを抑えきれなかった。
   ジョ・ワンニンのその行動は、まるで公然と彼に裏切りの烙印を押すようなものだった!
   ジョ・ワンニンはチェン・ボーアンの青ざめた顔をちらりと見て、唇の端をぎゅっと引き締めた。
   彼にすべての注意を奪われて、ジョ・ワンニンはルー・エンベイが馬にまたがる姿にまったく気づかなかった。
   男の温かな体がぴったりと彼女に触れるまで、ジョ・ワンニンはようやく我に返った。
   ルー・エンベイは手綱を握りしめると、自然な動きで彼女の全身を優しく腕の中に包み込んだ。
 「俺の目の前で、他の男を見るのか?」彼の声が彼女の耳元に囁きかけ、吐息は温かく熱を帯びていた。
   ジョ・ワンニンは顔を真っ赤に染めた。
   ルー・エンベイは軽く馬をムチで叩くと、馬が動き出し、二人の体はますます密着し、まるで一つの存在のようだった。
 「そんなに力を入れなくていい、リラックスして。」
   彼の薄い唇が彼女の耳元をかすめ、火照りを呼び起こし、彼女の小さな頬は真っ赤に染まった。
   彼女が必死にリラックスしようとするその瞬間、足元の馬が突然震え、勢いよく駆け出した。
   彼女は思わず声を上げて驚いた。
   馬の背中で激しく揺れ動き、彼女はこれまで一度も馬に乗ったことがなかった。鞍が脚を痛めつけ、心臓は喉元まで跳ね上がり、めまいを覚えながらも、ただ後ろの人に一層しっかりと身を預けるしかなかった。
   耳元を風が激しくかき鳴らし、ジョ・ワンニンはまるで命が尽きそうな気分だった。
 「止まって、お願いだから早く止まって!」
   ジョ・ワンニンの声には、かすかに嗚咽が混じっていた。
  人混みを離れるまでは、ルー・エンベイは馬を止めることができず、ようやく馬から降りた。
  ジョ・ワンニンは気持ちが少し落ち着くと、すぐに馬を降りた。昨日の疲れがまだ残っていて、元々ふらついていた足に加え、鞍が脚を痛めつけていたため、力が抜けて立つこともままならず、両脚は痛みで痺れ震えていた。
 「昨日俺を誘惑してたときは、そんなに臆病じゃなかったくせに。」
 「そんなことない。」
 「君はチェン・ボーアンの婚約者で、シンユと俺の関係を知っていて、それでわざと近づいてきたのか?」
   彼の目は真っすぐに彼女を見据え、じっと見定めていた。
   ジョ・ワンニンは一瞬にして全身がぞくりと寒気に包まれた。
 「避妊薬は飲んだのか?」





しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他

猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。 大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

処理中です...