『【スパチャ感謝】バイト先の塩対応な彼が、私の正体を知らずにガチ恋してくる件』

みぃた

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第27話 私たちの夜明けのコーヒー

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夜明けの光がカフェ『夕凪』の窓から静かに差し込んでいた。
長い夜が終わり世界が新しい朝を迎えようとしている。唇が離れた後、私たちの間には心地よい沈黙が流れた。彼の腕の中、私はただ彼の鼓動の音とコーヒーの香りに包まれていた。
もう何も怖くはない。
彼の瞳に映る私は今まで見たこともないくらい幸せそうな顔をしていた。

「……コーヒー、冷めるぞ」

彼が照れくさそうに言って私の目の前のカップを指差した。
私は涙の混じった笑顔で頷く。
二人でカウンターに戻り並んで椅子に座った。彼が淹れてくれた一杯のコーヒーを二人でゆっくりと分け合って飲む。
その温かさが私たちの冷え切っていた心を完全に溶かしていく。

「……あのさ」

先に口を開いたのは彼だった。

「その、Kageのことは……」
「うん」
「……悪かった。勝手なことして」

彼は気まずそうに視線を逸らした。

「俺、どうすればいいか分かんなくて。ナイトのやり方はどう見てもおかしいのにお前はどんどん追い詰められていく。セバスチャンとして金を投げるだけじゃもう何も変えられないって思った。だから同じステージに立つしかねえって……」

彼の不器用な告白。
私は彼の大きな手をそっと握った。

「ううん。嬉しかった。すごく」

私の言葉に彼は驚いて顔を上げた。

「Kageさんの言葉がなかったら私はきっと潰れてた。あの真っ暗な画面から聞こえてきた声が私の唯一の光だったんだよ。ありがとうカイくん。私を見つけ出してくれて」

私の真っ直ぐな視線に彼はたじろいだ。そして観念したようにふっと息を吐く。

「……お前が俺を見つけてくれたんだろ。あの拙い歌で」

彼はそう言って優しく笑った。
私がずっと見たかった彼の本当の笑顔。
その笑顔だけで私はもう十分に報われた気がした。

その時だった。私のスマートフォンが静かに震えた。
画面にはネットニュースの速報が表示されている。
『VTuberナイト、活動休止を発表』
記事を開くとそこには昨夜の配信バトルの結果が書かれていた。
視聴者数、コメント数、そしてその後のSNSでの反響。その全てにおいて私の配信がナイト様の配信を圧倒的に上回っていたのだ。
そしてナイト様は今日の未明、一切の弁明をすることなく無期限の活動休止を発表した。
彼の築き上げてきた完璧な王国が一夜にして崩れ去ったのだ。

「……終わったんだね」

私が呟くとカイくんは静かに頷いた。

「……ああ。お前が終わらせたんだ」

彼は私の頭を優しく撫でた。
その大きな手の温かさ。
もう涙は出なかった。
ただ穏やかで温かい感謝の気持ちが私の心を満たしていく。



数日後。
カフェ『夕凪』はいつも通りの穏やかな日常を取り戻していた。
私とカイくんの関係もまた新しい日常へと変わっていた。

「本城さん、そこの棚拭いといて」
「はい、相田先輩!」
「……その先輩ってのやめろ」
「えー、でもバイト中は……」
「いいから」

彼はぶっきらぼうにそう言うと私の耳元でそっと囁いた。

「……二人きりの時に呼べよ。カイって」

その不意打ちに私の顔がかっと熱くなる。
彼はそんな私を見て楽しそうに笑っていた。
私たちの間には甘くて少しだけくすぐったい空気が流れている。
マスターはそんな私たちをカウンターの向こうから目を細めて見守っていた。きっと全部お見通しなのだろう。

その日のバイトの帰り道。
私たちは手を繋いで夕暮れの道を歩いていた。
彼の大きな手。私の小さな手。その繋がれた手から彼の温かさが伝わってくる。

「……これからどうすんの。ルルは」

彼が静かに尋ねた。

「うん。続けるよ。私のペースで」

私はきっぱりと答えた。

「もう誰かと比べるのはやめたんだ。有名にならなくてもいい。ただ私を好きでいてくれるみんなのために歌いたい。私の翼で飛べる範囲で飛んでいくよ」
「……そうか」

彼は満足そうに頷いた。

「それでセバスチャンとKageはどうなるの?」

私が尋ねると彼は少し考えてから言った。

「……Kageはもう消える。あいつの役目は終わったからな。セバスチャンは……どうすっかな」

彼は悪戯っぽく笑った。

「……たまにお前の一番近くで愛を叫んでやるよ」
「もう、恥ずかしいからやめて!」

私たちは子供のように笑い合った。
夕焼けが私たちの影を長く長く伸ばしていく。

アパートの前に着くと彼は私のことを優しく抱きしめた。

「……また明日な。ナギ」

初めて名前で呼ばれた。
その響きがあまりにも甘くて私の心臓が大きく跳ねる。
私は彼の胸に顔を埋めたままこくりと頷いた。
彼と別れた後私は自分の部屋に戻りパソコンの電源を入れた。
今夜は久しぶりに一人でゆっくりと配信をするつもりだ。
画面に映るルルの姿。
彼女はもう私の理想の姿ではない。
弱くて不器用ででも必死に前に進もうとする私自身だ。
私はマイクに向かって深呼吸をした。
そしていつもの挨拶を口にする。

「みんなー、こんばんるるー!」

その声は今までで一番明るくそして力強く響き渡った。
コメント欄には温かい言葉が溢れている。
そしてその中に一つの見慣れた名前を見つけた。
セバスチャン。
彼がそこにいた。
スパチャの赤い通知ではない。ただ静かな一つのコメント。

『今夜も世界で一番可愛いな』

その変わらない真っ直ぐな言葉。
私は画面の向こうの彼を想う。
塩対応で不器用ででも誰よりも優しい私の王子様。
私は最高の笑顔で彼に語りかけた。

「セバスチャンさん、ありがとう!……大好きだよ」

それはVTuber『ルル』からたった一人のファンへの告白。
そして本城凪から相田カイへの尽きることのない愛の言葉。
私たちの本当の物語はまだ始まったばかりだ。
夜明けのコーヒーの甘くて少しだけ苦い香りと共に。
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