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第28話 新しい日常と、二人だけのブレンド
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あの夜明けから一ヶ月が過ぎた。
カフェ『夕凪』には変わらない日常が流れている。コーヒーの香ばしい香り、静かに時を刻む古時計の音、そしてお客様たちの穏やかな笑い声。
けれど私とカイくんを取り巻く空気は確かにそして温かく変わっていた。
「本城さんオーダー入った。テーブル三番アイスコーヒー二つ」
「はい、承知しました!」
私は明るい声で返事をすると慣れた手つきでグラスを準備する。その様子をカウンターの向こうからカイくんが見守っていた。その瞳はもう私を値踏みするような冷たい光を宿してはいない。ただひたすらに優しい。
私たちの間にまだたくさんの言葉はない。
でもそれでよかった。
時折交わす視線。ふとした瞬間に触れ合う指先。そして彼が私にだけ見せてくれるほんの僅かな笑顔。
その一つ一つがどんな言葉よりも雄弁に彼の想いを伝えてくれていた。
店の壁には私と彼が一緒に作ったポップが飾られている。
『一日の終わりに雪解けの香りを』
その拙いキャッチコピーと温かいコーヒーカップのイラスト。
それを見るたびに私の胸は甘酸っぱい気持ちで満たされる。
あの不器用な共同作業が私たちの全ての始まりだったのだ。
その日のバイトの帰り道。私たちは当たり前のように並んで歩いていた。
夕暮れの光が私たちの影を長くアスファルトに描き出す。
「……今日の、お前」
先に口を開いたのは彼だった。
「……接客、上手くなったな」
「え、本当ですか!?」
思わぬ褒め言葉に私の声が上ずる。
「……まあ前がひどすぎただけだけどな」
彼はぶっきらぼうにそう付け加えた。でもその横顔は少しだけ笑っている。
その天邪鬼な優しさ。
私はもうそれにいちいちときめいてしまう自分を隠すことができない。
「……相田くんこそ。今日のドリップすごく丁寧でした。見てて分かりましたよ」
「……当たり前だろ。プロだからな」
彼は得意げに胸を張る。
その子供みたいな一面がたまらなく愛おしい。
私たちはそんな他愛のない会話を交わしながらゆっくりと歩く。
この穏やかな時間がずっと続けばいいのに。心の底からそう願った。
アパートの前に着くと彼は私のことをじっと見つめた。
「……ナギ」
彼が私の名前を呼ぶ。
その低い声が私の鼓膜を優しく震わせた。
「……今度の休みどっか行くか」
「え……」
それは紛れもないデートの誘い。
私の心臓が大きく跳ねる。
「……水族館とかどうだ。お前好きそうじゃん」
「……はい! 行きたいです!」
私は満面の笑みで頷いた。
彼はそんな私を見て満足そうに笑うと私の頭を優しく撫でた。
「……じゃあまた連絡する。ちゃんと飯食えよ」
彼はそう言って私の返事を待たずに去っていく。
私はその背中が見えなくなるまでずっと手を振っていた。
胸の中が幸せで張り裂けそうだった。
◇
その夜。私は久しぶりにVTuber『ルル』として配信をしていた。
ナイト様との一件以来私の配信スタイルは大きく変わった。
もう誰かの期待に応えようと無理はしない。
ただ私を好きでいてくれるみんなと一緒に楽しい時間を共有する。
それだけでよかった。
「みんなー、こんばんるるー!」
私の元気な挨拶にコメント欄が温かい言葉で溢れる。
その中に見慣れた名前を見つけた。
セバスチャン。
彼がそこにいた。
『今夜も可愛いな。俺のお姫様』
そのキザなセリフに私は思わず吹き出してしまった。
画面の向こうの彼の照れたような顔が目に浮かぶようだ。
「セバスチャンさんありがとう! でもあんまり甘いことばっかり言ってるとみんなに引かれちゃうよ?」
私がからかうと彼はすぐにコメントを返してきた。
『構わん。俺の愛は誰にも止められない』
その真っ直ぐな言葉。
私は画面の向こうの彼に語りかける。
「……ありがとう。でももう大丈夫だよ」
私のその言葉にコメント欄が少しだけざわめいた。
「私にはもう一人じゃないから。リアルで私を支えてくれる大切な人ができたから」
それは私のファンへの誠実な報告。
そして画面の向こうの彼へのメッセージ。
コメント欄が祝福の言葉で埋め尽くされる。
セバスチャンからのコメントはなかった。
でもそれでよかった。
私の気持ちはきっと彼に届いているはずだから。
配信が終わり私は心地よい疲労感に包まれていた。
彼がくれたコーヒー豆を挽く。
部屋中に香ばしい香りが広がる。
それは彼と私だけの特別なブレンド。
少しだけ苦くてでもどうしようもなく甘い私たちの恋の味。
私はそのコーヒーをゆっくりと味わった。
窓の外には満月が輝いている。
私たちの新しい物語はまだ始まったばかりだ。
この温かいコーヒーの香りと共にどこまでも続いていく。
-完-
カフェ『夕凪』には変わらない日常が流れている。コーヒーの香ばしい香り、静かに時を刻む古時計の音、そしてお客様たちの穏やかな笑い声。
けれど私とカイくんを取り巻く空気は確かにそして温かく変わっていた。
「本城さんオーダー入った。テーブル三番アイスコーヒー二つ」
「はい、承知しました!」
私は明るい声で返事をすると慣れた手つきでグラスを準備する。その様子をカウンターの向こうからカイくんが見守っていた。その瞳はもう私を値踏みするような冷たい光を宿してはいない。ただひたすらに優しい。
私たちの間にまだたくさんの言葉はない。
でもそれでよかった。
時折交わす視線。ふとした瞬間に触れ合う指先。そして彼が私にだけ見せてくれるほんの僅かな笑顔。
その一つ一つがどんな言葉よりも雄弁に彼の想いを伝えてくれていた。
店の壁には私と彼が一緒に作ったポップが飾られている。
『一日の終わりに雪解けの香りを』
その拙いキャッチコピーと温かいコーヒーカップのイラスト。
それを見るたびに私の胸は甘酸っぱい気持ちで満たされる。
あの不器用な共同作業が私たちの全ての始まりだったのだ。
その日のバイトの帰り道。私たちは当たり前のように並んで歩いていた。
夕暮れの光が私たちの影を長くアスファルトに描き出す。
「……今日の、お前」
先に口を開いたのは彼だった。
「……接客、上手くなったな」
「え、本当ですか!?」
思わぬ褒め言葉に私の声が上ずる。
「……まあ前がひどすぎただけだけどな」
彼はぶっきらぼうにそう付け加えた。でもその横顔は少しだけ笑っている。
その天邪鬼な優しさ。
私はもうそれにいちいちときめいてしまう自分を隠すことができない。
「……相田くんこそ。今日のドリップすごく丁寧でした。見てて分かりましたよ」
「……当たり前だろ。プロだからな」
彼は得意げに胸を張る。
その子供みたいな一面がたまらなく愛おしい。
私たちはそんな他愛のない会話を交わしながらゆっくりと歩く。
この穏やかな時間がずっと続けばいいのに。心の底からそう願った。
アパートの前に着くと彼は私のことをじっと見つめた。
「……ナギ」
彼が私の名前を呼ぶ。
その低い声が私の鼓膜を優しく震わせた。
「……今度の休みどっか行くか」
「え……」
それは紛れもないデートの誘い。
私の心臓が大きく跳ねる。
「……水族館とかどうだ。お前好きそうじゃん」
「……はい! 行きたいです!」
私は満面の笑みで頷いた。
彼はそんな私を見て満足そうに笑うと私の頭を優しく撫でた。
「……じゃあまた連絡する。ちゃんと飯食えよ」
彼はそう言って私の返事を待たずに去っていく。
私はその背中が見えなくなるまでずっと手を振っていた。
胸の中が幸せで張り裂けそうだった。
◇
その夜。私は久しぶりにVTuber『ルル』として配信をしていた。
ナイト様との一件以来私の配信スタイルは大きく変わった。
もう誰かの期待に応えようと無理はしない。
ただ私を好きでいてくれるみんなと一緒に楽しい時間を共有する。
それだけでよかった。
「みんなー、こんばんるるー!」
私の元気な挨拶にコメント欄が温かい言葉で溢れる。
その中に見慣れた名前を見つけた。
セバスチャン。
彼がそこにいた。
『今夜も可愛いな。俺のお姫様』
そのキザなセリフに私は思わず吹き出してしまった。
画面の向こうの彼の照れたような顔が目に浮かぶようだ。
「セバスチャンさんありがとう! でもあんまり甘いことばっかり言ってるとみんなに引かれちゃうよ?」
私がからかうと彼はすぐにコメントを返してきた。
『構わん。俺の愛は誰にも止められない』
その真っ直ぐな言葉。
私は画面の向こうの彼に語りかける。
「……ありがとう。でももう大丈夫だよ」
私のその言葉にコメント欄が少しだけざわめいた。
「私にはもう一人じゃないから。リアルで私を支えてくれる大切な人ができたから」
それは私のファンへの誠実な報告。
そして画面の向こうの彼へのメッセージ。
コメント欄が祝福の言葉で埋め尽くされる。
セバスチャンからのコメントはなかった。
でもそれでよかった。
私の気持ちはきっと彼に届いているはずだから。
配信が終わり私は心地よい疲労感に包まれていた。
彼がくれたコーヒー豆を挽く。
部屋中に香ばしい香りが広がる。
それは彼と私だけの特別なブレンド。
少しだけ苦くてでもどうしようもなく甘い私たちの恋の味。
私はそのコーヒーをゆっくりと味わった。
窓の外には満月が輝いている。
私たちの新しい物語はまだ始まったばかりだ。
この温かいコーヒーの香りと共にどこまでも続いていく。
-完-
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