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第六話 蜂蜜色の午後と小さな妖精
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穏やかな昼下がりだった。初夏の太陽が店の窓から優しい光を投げかけ、床にくっきりとした四角い光溜まりを作っている。店内の空気は焼きたてのパンの香りと、ことこと煮込まれるスープの匂いで満たされ、眠気を誘うほどに心地よい。常連のゴブリンは店の隅で箒を手に、かいがいしく床を掃いている。彼の働きぶりは実直で、今や『陽だまり亭』に欠かせない存在だ。スライムはカウンターの上で気持ちよさそうに昼寝をしている。時折ぷるんと体を揺らす姿は見ているだけで癒された。
「湊や、ちょっとお使いを頼めるかい?」
カウンターの向こうで帳簿をつけていたハナさんが顔を上げた。
「裏の森にある大きな樫の木に蜂が巣を作っていてね。そこの蜂蜜を少し分けてもらってきておくれ」
この世界の蜂は人間が刺激しない限りは大人しいらしい。そしてその蜂蜜は、花の蜜だけでなく様々な樹液を吸って作られるため、濃厚で複雑な味わいがするという。
「わかりました。すぐに行ってきます」
湊は小さな壺を手に店を出た。ハナさんに教えられた通り森の小道を進んでいくと、一際大きな樫の木が見えてくる。近づくと、ぶうううん、という低い羽音が聞こえた。木の幹のうろの中に、確かに大きな蜂の巣がある。蜂たちは忙しそうに巣を出入りしているが、湊に気づいても襲ってくる様子はない。
湊はそっと巣に近づき、木の匙で蜂蜜を壺へと移していく。黄金色というよりは深い琥珀色をした蜂蜜はとろりとしていて、陽の光を受けて艶やかに輝いた。花の香りに混じって、どこか森の土や木々を思わせる深く豊かな香りがする。壺が半分ほど満たされた時だった。
チリリン。
どこかで小さな鈴が鳴るような音がした。音のした方へ目を向けると、樫の木の枝に小さな人影が座っている。身長は十センチほど。トンボの翅のような薄く透き通った翅が四枚、背中についていた。陽の光を浴びて輝く金色の髪に尖った耳。花の蜜を吸う妖精、ピクシーだ。
ピクシーは湊が持っている蜂蜜の壺をじっと見つめている。その小さな唇がきゅっと結ばれているのを見ると、どうやら我慢しているらしい。甘いものが好きなのだろう。その姿はショーウィンドウのケーキをねだる子供のようで、とても愛らしかった。
「君も、これが欲しいのかい?」
湊が優しく声をかけると、ピクシーはびくりと肩を震わせ、警戒するように身構えた。しかし蜂蜜の魅力には抗えないらしい。こくり、と小さく頷いた。
湊は木の葉を一枚ちぎって皿代わりにし、その上に蜂蜜を少しだけ垂らしてピクシーのいる枝にそっと置いた。ピクシーはしばらく様子を窺っていたが、やがておそるおそる近づくと指先で蜂蜜をぺろり、と舐める。その瞬間、ぱあっと小さな顔が輝いた。よほど美味しかったのだろう。夢中になって葉の上の蜂蜜を舐め始めた。
その姿に微笑ましくなりながら、湊は店へと戻った。厨房に入り、採ってきた蜂蜜を使って早速おやつを作る。ピクシーのような小さな客には、小さくて見た目も可愛いものがいいだろう。湊は棚から数種類の木の実を取り出した。クルミに似たもの、アーモンドに似たもの。どれも森で採れる自然の恵みだ。
まず木の実を粗く刻み、フライパンで軽く煎って香ばしさを引き出す。次に小鍋に蜂蜜と少しだけバターのような乳製品を入れて火にかけた。ふつふつと泡が立ってきたら、煎った木の実を加えて手早く絡める。甘く香ばしい匂いがたまらなく食欲をそそった。熱いうちにオーブンシートの上にスプーンで一口大に広げ、冷まして固める。「森の木の実のハニーナッツ」の完成だ。カリカリとした食感と濃厚な蜂蜜の甘さ、木の実の香ばしさが一体となった、素朴ながらも贅沢な菓子だった。
湊がカウンターにハニーナッツの皿を置くと、いつの間にかあのピクシーが窓辺に止まっていた。チリリン、とまた鈴の音がする。どうやら匂いに誘われてついてきたらしい。
「おいで。君のために作ったんだ」
湊が手招きすると、ピクシーは警戒しながらもゆっくりとカウンターまで飛んできた。そして小さなハニーナッツを一つ、両手で大事そうに抱えて口に運ぶ。サクサク、カリカリ。小さな口で一生懸命に頬張る姿は見ているだけで心が和んだ。一つ食べ終えるとまた一つ。よほど気に入ったのか、あっという間に三つも平らげてしまった。
満足したピクシーは湊の目の前でくるりと一回転し、チリリン、と綺麗な音を立てた。それが彼女なりの「ありがとう」の挨拶らしかった。そして去り際に、きらきらと輝く金色の粉を振りまいていく。その粉を浴びたカウンターの上のハーブの鉢植えが、みるみるうちに生き生きと輝きを増していくではないか。どうやらピクシーの魔法の粉には植物を元気にする力があるらしい。小さな妖精からの素敵な贈り物だった。
蜂蜜色の光に満ちた午後。また一人、『陽だまり亭』に小さくて可愛い常連客が加わった。
「湊や、ちょっとお使いを頼めるかい?」
カウンターの向こうで帳簿をつけていたハナさんが顔を上げた。
「裏の森にある大きな樫の木に蜂が巣を作っていてね。そこの蜂蜜を少し分けてもらってきておくれ」
この世界の蜂は人間が刺激しない限りは大人しいらしい。そしてその蜂蜜は、花の蜜だけでなく様々な樹液を吸って作られるため、濃厚で複雑な味わいがするという。
「わかりました。すぐに行ってきます」
湊は小さな壺を手に店を出た。ハナさんに教えられた通り森の小道を進んでいくと、一際大きな樫の木が見えてくる。近づくと、ぶうううん、という低い羽音が聞こえた。木の幹のうろの中に、確かに大きな蜂の巣がある。蜂たちは忙しそうに巣を出入りしているが、湊に気づいても襲ってくる様子はない。
湊はそっと巣に近づき、木の匙で蜂蜜を壺へと移していく。黄金色というよりは深い琥珀色をした蜂蜜はとろりとしていて、陽の光を受けて艶やかに輝いた。花の香りに混じって、どこか森の土や木々を思わせる深く豊かな香りがする。壺が半分ほど満たされた時だった。
チリリン。
どこかで小さな鈴が鳴るような音がした。音のした方へ目を向けると、樫の木の枝に小さな人影が座っている。身長は十センチほど。トンボの翅のような薄く透き通った翅が四枚、背中についていた。陽の光を浴びて輝く金色の髪に尖った耳。花の蜜を吸う妖精、ピクシーだ。
ピクシーは湊が持っている蜂蜜の壺をじっと見つめている。その小さな唇がきゅっと結ばれているのを見ると、どうやら我慢しているらしい。甘いものが好きなのだろう。その姿はショーウィンドウのケーキをねだる子供のようで、とても愛らしかった。
「君も、これが欲しいのかい?」
湊が優しく声をかけると、ピクシーはびくりと肩を震わせ、警戒するように身構えた。しかし蜂蜜の魅力には抗えないらしい。こくり、と小さく頷いた。
湊は木の葉を一枚ちぎって皿代わりにし、その上に蜂蜜を少しだけ垂らしてピクシーのいる枝にそっと置いた。ピクシーはしばらく様子を窺っていたが、やがておそるおそる近づくと指先で蜂蜜をぺろり、と舐める。その瞬間、ぱあっと小さな顔が輝いた。よほど美味しかったのだろう。夢中になって葉の上の蜂蜜を舐め始めた。
その姿に微笑ましくなりながら、湊は店へと戻った。厨房に入り、採ってきた蜂蜜を使って早速おやつを作る。ピクシーのような小さな客には、小さくて見た目も可愛いものがいいだろう。湊は棚から数種類の木の実を取り出した。クルミに似たもの、アーモンドに似たもの。どれも森で採れる自然の恵みだ。
まず木の実を粗く刻み、フライパンで軽く煎って香ばしさを引き出す。次に小鍋に蜂蜜と少しだけバターのような乳製品を入れて火にかけた。ふつふつと泡が立ってきたら、煎った木の実を加えて手早く絡める。甘く香ばしい匂いがたまらなく食欲をそそった。熱いうちにオーブンシートの上にスプーンで一口大に広げ、冷まして固める。「森の木の実のハニーナッツ」の完成だ。カリカリとした食感と濃厚な蜂蜜の甘さ、木の実の香ばしさが一体となった、素朴ながらも贅沢な菓子だった。
湊がカウンターにハニーナッツの皿を置くと、いつの間にかあのピクシーが窓辺に止まっていた。チリリン、とまた鈴の音がする。どうやら匂いに誘われてついてきたらしい。
「おいで。君のために作ったんだ」
湊が手招きすると、ピクシーは警戒しながらもゆっくりとカウンターまで飛んできた。そして小さなハニーナッツを一つ、両手で大事そうに抱えて口に運ぶ。サクサク、カリカリ。小さな口で一生懸命に頬張る姿は見ているだけで心が和んだ。一つ食べ終えるとまた一つ。よほど気に入ったのか、あっという間に三つも平らげてしまった。
満足したピクシーは湊の目の前でくるりと一回転し、チリリン、と綺麗な音を立てた。それが彼女なりの「ありがとう」の挨拶らしかった。そして去り際に、きらきらと輝く金色の粉を振りまいていく。その粉を浴びたカウンターの上のハーブの鉢植えが、みるみるうちに生き生きと輝きを増していくではないか。どうやらピクシーの魔法の粉には植物を元気にする力があるらしい。小さな妖精からの素敵な贈り物だった。
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