消えた幼なじみが騎士団長になっていた

氷雨そら

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異世界で幼なじみともう一度

聖女の称号


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


 ――――その日王宮に激震が走った。

「あ、あの鬼団長がお揃い……だと?」
「マダムシシリーの最新デザイン!」
「戦場の聖女が可愛すぎる?!」
「われらがリリアが」
「レオンさま!!」

 激震の理由は人それぞれだったが、王宮中の話題をかっさらったことは間違いない。

「お前ら、もう少し普通に現れることはできないのか?」

 額を押さえている将軍閣下は、眉間によっている皺がさらに深くなってしまっている。

「正式な礼服で訪れましたが、なにか不都合でも?」
「やっぱり、レオン団長だけでも逃がすべきでした」

 長い溜息のあと、将軍閣下が口を開いた。

「レオン、リリアを呼んだのは」
「俺の事だろ?ほかでもないリリアの頼みだ。ともに来てやったぞ?」
「ドラゴンの件も重要なのだが……」
「なんだと?!」

 予想に反して、呼び出された理由はドラゴンとともに戦ったことではなかった。通された部屋で、リリアは薄い水色の髪と瞳の懐かしい笑顔に出会う。

「神官さま!」
「やあ、リリア。久しぶりだね?」

 将軍閣下が、リリアに対し補足する。

「現在ジル殿は大神官になっておられる。この若さでは異例の人事だ」

 大神官と言えば、上級聖女と並び神殿の主要な役割を担っている。各地の神殿を合わせても数人しかいない、その権力は高位の貴族に並ぶとも言われる。

「ジル大神官さま。自分の事のようにうれしいです。おめでとうございます」

 リリアは、幼いころから自分がとてもお世話になった神官が、大神官になったという知らせを素直に喜んだ。光魔法が発現し、神殿で出会った日から、ジル大神官はリリアにとても親切に接してくれた。

(……それなのに、なぜかレオン団長とジル大神官がにらみ合っている気がする)

「我が騎士団の団員であるリリアがとても世話になったそうで。礼を言います。大神官殿」
「いえ、リリアは幼い頃からとても利発でかわいらしい方でした。当時から皆に可愛がられていましたよ」
「幼い頃の……リリア」
「ええ、あんなにかわいらしかったリリアが、今はこんなにも美しくなって」

 ジル大神官と目が合った。その瞳は微笑んではいるが、熱っぽさがあるように感じる。

(いつも穏やかな神官さまにしては、こんな表情珍しい)

 羽をはためかせながら、少し前まで憮然としていたロンが、リリアの耳元で小さな声で囁いた。

「な。あのジルとかいう神官。お前に気があるんじゃないか?」
「ふえ?!」

 リリアが発した奇声に、全員が今日も残念な目をして振り返った。その沈黙を振り払うように、咳ばらいを一つして将軍閣下が話を進める。

「……本題に入らせてもらおうか。大神官殿、お願いいたします」
「リリアが戦場の聖女と呼ばれているのは、神殿でもだれもが知ることとなっています。それで、困ったことに神殿内部から聖女を勝手に名乗っているという意見が出てきているのです」

 リリアは思わずレオン騎士団長を見た。眉一つ動かさないところを見ると、その情報はすでに得ていたようだ。リリアが逡巡している間に、レオン団長が口を開く。

「リリアは聖女を名乗っていません。その二つ名は民衆によるものです。まあ、腐敗した神殿の聖女殿らよりよほどリリアが神々しいのは事実だと思いますがね」
「え、ちょ?レオン団長?!大神官さまに、なに喧嘩売ってるの?!」

 それなのに、ジル大神官は怒るどころか笑顔になる。

「ふふ。ここだけの話ですが、リリアが聖女に誰よりもふさわしいのも、神殿が腐敗しているのも事実ですから構いませんよ?リリアのためにも腐敗は必ず正してみせましょう。しかし、このままでは神殿の権威が低下してしまう」

 相変わらずレオン団長とジル大神官は笑顔なのに見えない火花を散らすがごとくにらみ合っているし、話の内容も雲行きが怪しくなってきた。

「まあ、話が進まなそうだから俺が言うが、つまりリリアは神殿から正式に聖女の称号を賜るということだ」
「え?だって私は騎士団の癒し手ですよ?」
「遠い過去に前例がないわけじゃない。その聖女は騎士団に所属する癒し手だった。落とし子だったという噂もあるな?」

 口の端をあげた将軍閣下は確かに『落とし子』と言った。

「大聖女……違う世界から来たという逸話が確かにありますね。俺は眉唾だと思いますが?」
「そういうことにしておこうか」

 今度は将軍閣下とレオン団長が舌戦を繰り広げている。

(どこまで閣下は把握しているんだろう……)

「さて、これは決定事項だ。リリア、受けなければ神殿との友好関係が壊れてしまう。それからレオン」
「何を言うか、大体わかっていますが。何でしょうか?」
「三年前の戦争での報奨である伯爵位叙勲はまだ有効だ。受けるな?」
「……断ったはずですが」
「だが、リリアは聖女となる。そのうち大聖女と呼ばれる日も来るかもな?騎士団長という位だけでは不十分とは思わないか?」

 ギリ……と歯ぎしりの音が響いた。先に交渉の席で仮面を剥がされたのはレオン団長だった。

「あの。レオン団長が嫌というなら、私は聖女になりません」
「……リリア、違うんだ。別に伯爵位を受けるのは構わない。もともと、俺は高位貴族の庶子だ」

 この国は貴族がすべてにおいて優遇されている。いくら実力があっても、血の力なく貴族が多い騎士たちの上官、騎士団長に上り詰めるのは不可能と言える。

 神によって選ばれる存在とされる聖女が生まれによって選ばれないのが特別なだけなのだ。

(……そんなの当たり前なのに)

 リリアは神殿でほとんどの時間を過ごし、少しばかり世俗には疎い。
 さらにレオン団長の能力があまりにも人並み外れているから、その事実には意識が向かなかった。

「リリア、聖女の儀式は神殿で行われます。待っていますよ」
「大神官さま……」
「それに、長い間見守ってきた貴女をそう簡単に諦めることもできなそうです」

 リリアの髪の毛に、ジル大神官が口づけを落とす。リリアはすぐに否定の言葉を紡ごうとしたが、次の言葉で阻まれてしまった。

「リリア。今は私が不利なのは理解してます。ですから、返事はいりません」

 それだけ言い残して颯爽と大神官は去っていく。言いたいことは全部言ったとばかりに、将軍閣下も二人を残して去ってしまった。

(表情が、読めない……)

 いつもなら、何を考えているかすぐにわかるのに。今のレオン団長の考えがリリアには全く分からなかった。

「……ごめんな。少しだけ一人にしてもらえるか?」

(いや……)

「なんでリリアが泣くんだよ」

 困ったように笑ったレオン団長に手を引かれ、何も言えないままのリリアは王宮を後にした。
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